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戦闘携帯への模犯怪盗

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STAGE1:こんばんは、僕が模犯怪盗だ

 予告時間まであと十分。ハウオリシティのブティックはたくさんの警察によって入り口もその周りも警備されていた。怪盗クルルクが予告状を出してくるのは初めてではないのだから当然のことだが、猫一匹通さないという気迫が伝わってくる。屈強な男たちに加え、その手持ちであるゴローンやゴーリキーが隊列を組んでいる。さらにその周りには、怪盗を見るためにテレビ局のカメラマンやメレメレの島民が待ち構えている。

「ライアー、ここでいったん止まってくれ」
「ライライアー」

 アイアイサー、の掛け声と同じ抑揚で答え停止するアローラライチュウと一緒に夜空に滞空するクルルク。一瞬でもライアーと名付けた彼が磁場を作るのをやめればスケートボード(特注のシルクハットが変形したもの)ごと真っ逆さまだが全くその心配はしていない。ひとまず彼らから見えないほどの上空で見下ろしているが、入る隙間はない。店の中にも警備員は待ち構えていることだろう。

「ま、いつものこと。前座の警備員さんたちにはこれで遊んでてもらおうかな」

 クルルクは六つのうちの一つ、ハートボールの中からポケモンを呼び出す。
 ピンク色の髪のような渦巻く触覚の上に、三角帽。足から下はすっぽりとお椀のようなもので覆われている。そのポケモンは無邪気な女の子のような瞳とは裏腹に、雨粒みたいに小さく見える人間たちを見て不安げに黒い両腕でクルルクを背中から抱きしめる。
 アローラの守り神であるポケモンの一角、カプ・テテフだ。
 
「大丈夫さ。テテフ、今日もみんなを楽しませてあげておくれよ」

 クルルクは姿勢をかがめ、頭の三角の部分と自分の額を合わせる。彼はカプ、の呼び名をつけない。ニックネームをつけるでもない。何故ならカプとは禁忌、恐ろしいものを指す言葉だから。

「テテフの力は危なくなんかない。そうだろ?」

 クルルクはカプ・テテフと呼ばれたこの子の力は決して禁忌ではないと信じている。その気持ちが伝わり、テテフはそっと腕をクルルクから離し、両腕を夜空に掲げる。
 夜空の星をその手に集めるように、きらきらとした粉がテテフに集まっていく。ほんの一分そうするだけで、星の輝きを鱗粉に変えたような不思議な粉がテテフの周りに集まった。
 
 準備は整った。クルルクは往年のポケモントレーナーたちがそうしてきたように、勢いよく指令する。

「いけっ、テテフ!『アロマセラピー』だ!」
 
 テテフ最大の特徴であり、カプの名を関するポケモンの中でも最狂とさえ言われることのある触れたものに元気を与える鱗粉を、エスパータイプとしての力で風に吹き散らされぬよう指向性をもって飛ばす。それは警備員に、やじ馬たちに、カメラマンたちに平等に降り注いだ。
 ほんの少しして、下の彼らは自分の体の異常に湧いてくる力、普段以上の注意力、精神の高ぶりに気付く。

「力が湧いてくる……やつが来るぞ!」
「一瞬たりとも気を抜くな!」

 警備員たちの号令。それに合わせるように、【ブティックの二つ隣にあるショッピングモールの屋上から】怪盗クルルクの声が響いた。


『お待たせしたね警察諸君!僕を捕まえられるというのなら、ここまで来るがいい!!』


 どよめき。警備員が、それに従うポケモンが、野次馬達が一斉にショッピングモールへと向かう。現れた犯罪者と周囲の期待の高まりという熱に浮かされたように、一人残らずだ。

「おいお前じゃまだ、どけ!」
「野次馬は職務の邪魔だからどいていろ!」
「クルルクに最初に会うのは私よ!」

 入り口で押し合いへし合いしながらも、みんな中へ入って屋上に向かうのを確認し──クルルクは夜空から、ライアーとテテフと一緒に悠々と地面に降り立つ。スケートボードは着地するとボタン一つで元のシルクハットに戻り、斜めに被りなおした。
 屋上で声がした仕掛けはなんのことはない。午前中の時点で、タイマーをセットしたレコーダーを屋上の隅に隠しておいただけのことだ。 
 警備員のいなくなったブティックに、クルルクは胸を張って侵入する。
 中にいるのは、ブティックの店員たち。それと業を煮やした警備員のボスだった。中年の男性で、生え際の後退し始めた額まで真っ赤になっている。テテフがちょっと不安そうにクルルクの後ろに隠れた。

「こんばんは、グルービー警部。予告通り、『移ろいの靴』をいただきに参上したよ」
「ええいあいつら、毎度あっさり釣られおって……」
「はは、部下の教育が足りないんじゃないかなあ」

 丁寧な一礼をする怪盗に、警部は忌々しげに舌打ちする。いつもこうだからだ。警部がどれだけ事前に見え透いた誘導に乗るなと言い聞かせても、警備員たちは声のするほうに猪突猛進してしまう。
 本当はテテフの鱗粉には力を与えるだけでなく、強いお酒を飲んだ時のような酩酊状態にする効果があり、判断力を失わせるからなのだが、わざわざ手品の種を明かすマジシャンはいない。クルルクはけろりとした顔で警部を笑った。もっと言えば効果が消えると一時的に反動で体の力が抜ける副作用もあるので、あっちの屋上へ着いたが最後ここへ戻るのは時間がかかる。

「どうする? 警部が僕をポケモンバトルで止めてみせるかな?」
「するか!」
「なら、いつも通りお宝はいただいていくよ」

 クルルクは店内を見渡す。いつもなら大事そうにケースにでも入れてお宝を保管しているはずだ。だが、どこを見てもない。

「……あれ?」
「フン、いつも同じ手が通用すると思うなよ!『移ろいの靴』は俺がこの店のどこかに隠した!見つけられるものなら見つけてみろ!」
「そういうことか……ライアー、テテフ、手伝ってくれ!」

 ここはブティック。当然のことながら、ところせましと洋服や靴、アクセサリが並べられている。この中から目的の靴一つ見つけるのは、かなり難しい。
 とはいえ予告時間まであと五分もない。クルルクとライアー、テテフは店内を走り回って必死に探す。
 天井の照明のそば。暑いアローラでだれが着るのか知らないファーコートのポケット。カラフルな靴の並んだ場所。折りたたまれたズボンの隙間。店員のスカートの中……(見たのはテテフであり断じてクルルクではない)試着室のカーテンを開けても見つからなかったところで、時間は予告時間の八時となってしまった。

「どうだ!さすがに部下たちも戻ってくるだろう。神妙にお縄につくか、宝をあきらめて帰るんだな!」
「……そうだね、探すのはもうやめるよ」

 あっさりと諦めるクルルク。テテフがびっくりしてクルルクに近づき、諦めないでと言わんばかりに首を振った。だが、クルルクはテテフをボールに戻してしまう。

「どうやら潔く捕まることにしたようだな……貴様の盗人生活も、今日で終わりだ!」
「それはどうかな。出てこいバーツキング!」

 グルービー警部が手錠を取り出す。だけど、それは勘違いだ。クルルクが宝を諦めるなどあり得ない。
 六つのボールの中から一つポケモンを呼び出す。蝙蝠のような羽根。スピーカーのように丸く大きな耳。そして誇り高き竜の瞳を持つポケモンを呼び出す。バーツキング、蝙蝠の王の名をつけたそのポケモンの名はオンバーン。

「闇雲に探すのはやめるってだけさ。こいつで直接、『移ろいの靴』のありかを教えてもらう」
「な、何!貴様、俺を脅す気か!」

 鋭い牙で噛みつかれればどんな人間もひとたまりもないだろう。大口を開けたオンバーンに警部は慄く。クルルクはその様をまた笑った。

「全然違う。間違いだらけだよ。僕は怪盗だ。人を脅して宝をもっていくなんて、強盗のようなことはしない。バーツキング、『超音波』だ!」
「ーーーーーー!!」

 オンバーンの口から、人間には聞こえない音波が発生する。それでも感じ取れる衝撃に警部も店員も耳をふさいだ。音波が消えたとき、オンバーンは自分の羽根で試着室を指さす。

「そこはさっき……いや、そういうことか!」

 クルルクは急いで試着室のカーテンを開ける。当然さっきと同じ、ただ正面のガラスが彼を映すだけで何もない部屋だ。そしてクルルクは、そのまま入って中からカーテンを見た。

「ば、馬鹿な!」
「僕が来るのは時間ギリギリ。試着室のカーテンの裏、鏡でも映らない高さに留めておけばじっくり探す余裕のない僕は見つけられない……考えたね」
 
 カーテンの裏側に、不自然な布のふくらみ。それを剥がすと中から盗むと予告状を出したガラスのように透明な『移ろいの靴』が確かにあった。布に包んでから丁寧に抱え試着室から出る。

「なぜ今の一瞬で隠し場所がわかったんだ!」

 警部は狼狽える。クルルクはオンバーンの羽根とハイタッチした後、応用問題を解く優等生のようにすらすらと答える。

「オンバーンの出す超音波は、何も攻撃のために使うだけじゃない。むしろ本来は音を出して、暗い夜でも障害物の位置を正確に割り出すのが目的なんだ」
「……!」
「わかったよね? そう、さっきの超音波でこの店のどこにどんな形のものがあるか、一瞬でバーツキングにはわかった。そして、不自然な場所にある靴は一個だけ。ならそこに『移ろいの靴』が隠されてるってことさ!!」
「貴様……逃がさん!」

 時間はちょうど八時一分。予告時間を終わったクルルクは、怪盗として台詞を決める。


「警部の『宝をどこに隠したか?』という問題に、ただ片っ端から探して見つけるだけなら時間をかければ誰でも解ける。だけど僕は仲間のポケモンの力を借りて、華麗に効率よく回答を出す。それが怪盗クルルク、模犯怪盗だ!じゃあね警部!」


 手錠を構えて捕縛しようとする警部に、トランプを一閃。真ん中から手錠を断ち切って、怪盗クルルクとその仲間のポケモンたちはブティックを出る。
 再びシルクハットをたたんでスケートボードに変化させ、ライチュウの磁場で夜空へ飛ぼうとした時──ブティックの正面から、銃声がした。クルルクの足元に、レゴブロックのような四角い弾丸が突き刺さる。


「待てよ怪盗。この島で誰かを傷つけるのは、このオレが許さない」


 アニメでよく聞くような、高い少年らしい声。灰色のヘッドギアに、両手両足、それと胸の部分を赤いプロテクターが覆っている。お腹の中心についている青い輝きのボールが異彩を放っている。そんな人物が右手に灰色の銃を持ち、クルルクに向ける。
 クルルクは足を止め、丁寧に一礼した。

「今日は君のお出ましか。まあこの島での犯行である以上わかっていたけど……遅かったね。お宝はいつも通りいただいたよ」
「なら置いて帰れ」
「はいわかりました、なんて言うとでも?」

 そんな会話をしているとグルービー警部が銃を撃った人物を見て指をさす。

「島キャプテン……メレメレライダー!来てくれたのか!」
「………………安心しな。オレが来たからには、こいつに宝は奪わせない」

 返事をする前、カッコワル……と密かに呟いたのをクルルクだけは聞き逃さなかったが、余計な口出しはしない。いきなり銃を向けた物騒な人物は、アローラの島の代表者なのだ。クルルクは何度もこうしてことを構えたことがある。

「で、奪わせないってどうするのかな?」
「わかっているくせに……」

 銃を腰に戻し、メレメレライダーはモンスターボールを構える。クルルクも、対応するようにボールを構えた。

「このアローラでの決闘の方法はただ一つ……ポケモンバトルだ。お前が勝てばその宝は好きにしろ。だがオレが勝てば宝は返してもらう!行け、ルカリオ!」
「いいよ、今回も負けないけどね!頼むよバーツキング!」

 ルカリオとオンバーンが向かい合う。宝を盗み出して終わりではない。何故ならここはアローラ。ポケモンバトルで力を見せなければ、目的は果たせない。ここはそういう場所なのだから── 
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