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戦闘携帯への模犯怪盗

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OPENING:アローラ、僕の一番好きな海

「アローラには、五つの海がある」

 夜。灯台もなければマンタインサーフの人も集まらない、真っ暗なメレメレの海辺に少年の声が波の音のように静かに響いた。
 四つの島からなるアローラの海は、島に住むポケモンによって色が違う。
 その中でも彼は、リリィタウンのそばのメレメレ海が二番目に好きだ。
 週に一度、昼間から日が沈むまで見るのが彼の習慣。砂浜にシートは引かずに、Tシャツと半ズボンのまま。ほとんど黒に近い緑色の髪に砂がつかないように、頭の後ろで手を組んでビーチに寝転がってうとうとしながら。
 メレメレの海は澄んでいるから、昼間は空の色を映したように青く。夕方になると落ちる太陽の色で赤く。そして水平線の中に沈んだ夜の海は闇そのものになる。声を出さなければ、闇に染まった浜辺に少年が寝そべっていることにも気づけないだろう。
 青、赤、そして闇。これは彼にとって欠かせない色なのだ。その理由は──

「ちょっと、まだ海見てるの? 後一時間で予告の時間でしょ、クルルク」
「んー、そろそろ行くよ。ラディは海見てかないの?」

 少年、クルルクは寝転がったまま顔だけをラディと呼んだ少女のほうに向ける。
 肩にかかる程度の金髪。背はほとんどクルルクと変わらないが、顔たちは少しばかり幼い。格好はハイビスカスの絵がいくつも描かれたスカート。お腹の周りにベージュのリボンを巻いた白地のデザインカットソー。首に巻かれた大きめのシルクのスカーフが胸の周りまで垂れている。
 クルルクとは正反対の女の子らしい気合の入ったコーディネートをした彼女は、やれやれとため息をついた。

「あのね。もう夜七時よ。こんな真っ黒な海見て喜ぶのはあんたくらいでしょ」
「真っ黒だけど、それだけじゃないよ。波の音がよく聞こえるし、砂浜はひんやりするし。というかまた服買ったの? お金もったいなくない?」

 ラディはクルルクと幼馴染だ。物心ついたあたりから大体一緒にいて、同じスクールに通っている。今日はスクールも半日だけだったのだが、お昼に見た時とは服が変わっている彼女に疑問符を投げる。

「お金について聞く前に私に言うべきことがあるんじゃないの?」

 幼いながらに凛とした声。夜になったというのにその視線の強さははっきりと感じ取れる。が、それはそれとして。

「あーうん可愛い……って言ってあげたいところだけど正直暗くてよく見えない。別に今わざわざ着なくてもいいんじゃないかな。明日とかで……」
「うっさい!とにかく、遅れたら承知しないからね!もう警備の人たちも来てるんだから!」

 ラディは怒ってビーチから離れて行ってしまう。理不尽だ、とは思ったが心配して見に来てくれたのだろう。もう少しのんびりしていたかったが仕方ない、と彼は砂を払って立ちあがる。
 ポケットの中のスマートフォンを出し、アローラのニュースを見る。最新記事には、二つの写真が添付されていた。一つは、透明なガラスに複雑な線の意匠が施された、女性用の小さな靴。

「これが『移ろいの靴』……ラディに一回履かせてみたいなあ。壊れたら嫌だけど……あいつ綺麗な靴とか好きだし」

 『移ろいの靴』とは非常に珍しいポケモンの体の一部を使用して作った靴で、これを履いた人は普段我慢している感情が解放されると言われている。が、ガラスに近い材質の靴なので壊れるのを恐れて滅多に履こうとする人はおらず、ブティックにひっそりと保管されている幻の靴である、と記事に書かれている。
 そしてもう一つの写真。赤青の水玉模様の便せんにゴシック体で文字が書かれている。

「本日夜八時、ハウオリシティのブティックにある『移ろいの靴』を頂きに参上する。怪盗クール・ピーター・ルーク」

 クール・ピーター・ルーク。このアローラ地方に3年前から現れ、ポケモンを巧みに操り様々な貴重品を盗み出す彼は、怪盗だ。
 貴重品を盗むためにわざわざ予告状を出して警備を集め、衆人環視の中で派手に盗むことを生業とする。そんな人間は昼も夜も電気の光で溢れ、眠る前布団に入っている時ですら端末一つで世界と繋がれるようになった今、過去の遺物となったと思う人もいるかもしれない。
 だが、違う。
 闇はいつでもすぐそこにある。端末では発信できない浪漫がある。それを信じ、求める人間がいる限り怪盗は消えてなくならない。
 【自分の】本名が書かれた予告状を見て、クルルクの口の端が歪む。

「よーし、ちゃんと届いてるみたいだね。僕の予告状」

 彼は来ていたTシャツと半ズボンを放り投げる。そして次の瞬間には赤いジャケットに黒のデニムパンツ。シルクハットまで身に着けた彼は、本の中に出てくる怪盗そのものの姿になっていた。腰には、六つのモンスターボールまで装着されている。その中の一つから、アローラ地方を象徴するポケモンの一匹、ライチュウを呼び出す。こげ茶色の丸い体を自らの尻尾に乗せた彼は、待ちくたびれたと言いたげな顔で周りに電磁波を走らせる。

「今日も頼むよ、ライアー」
「ライライアー!」

 ライチュウのニックネームを呼び、クルルクは頭のシルクハットを指でくるくると回す。薄い鉄で作られた特注品のそれは、四回転ちょうどで真っ平に凹んでから大きく横に伸びた。帽子の上の部分が伸縮する高枝切りバサミのようにたくさんのより薄い鉄板を収納しているのだ。それをスケボーのように足に乗せ、準備は完了。ライチュウの発した電気が、鉄のスケボーに磁力を帯びさせ、周りの磁場と引き合う力と反発する力が作用し、水上スキーのようにライチュウの後についていく。

 そして二人は、夜空へと上っていく。リリィタウンの民家が、真っ暗な海が小さくなる。まばらな人の姿が目視できないほどの上空で、ハウオリシティのブティックへと進路を向ける。
 アローラにはスマートフォンやロトム図鑑など技術はもたらされたものの、まだ工場などが少なく空気は綺麗だ。その夜空は、無数の星を隠すことなく映し出す。

 メレメレ、アーカラ、ウラウラ、ポニ。アローラの全ての夜が見せる、輝く星の海。それがクルルクの一番好きな海だ。そんな海を見ると、いつだって、なんだってできる気分になる。昔からずっとだ。

 だから少年は、怪盗として叫ぶ。夜の星全てに響かせるように。

 
「始めようか、退屈を盗み出す、模犯的な夜を!!」
  
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