| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三部 原作変容
最終章 蛇王再殺
  第四十話(最終話) 狩猟大祭

俺たちがデマヴァント山に赴いてから、王都エクバターナに帰り着くまで、往復で十日間を要した。その間にエクバターナの情勢は激変していた。

…などということは勿論なかった。宰相ルーシャンは国王アルスラーンの留守中を大過なく治め、奴隷制度廃止に批判的だった旧勢力にもつけ入る隙をまるで与えなかった。原作でのルーシャンにはアルスラーンの顔を見ると結婚結婚と口にする悪癖があったが、この世界ではそれもなくなることだろう。むしろ、側室選びに頭を痛めることになるかもしれない。

俺たちが王都エクバターナの城門を潜ると、待っていたのは市民たちの万雷の拍手と歓声だった。王都の市民には数千樽のぶどう酒が振る舞われ、広場には数多の松明が灯され、笛や琵琶が陽気な音楽を奏で、歌や踊りが披露された。その全てを宰相ルーシャンが手配したらしい。通常業務だけでも多忙であったろうに、そこまでの手配をもこなすとは、想像以上の辣腕ぶりと言うべきであった。こんな人材を埋もれさせておくなんて、アンドラゴラスも馬鹿なことをしたものだ。

市民たちと酒を酌み交わしていると、頻りにありがとうありがとう、よくやってくれました、と声を掛けられた。また、市民たちの話を聞くともなしに聞いてると、カイ・ホスローは英雄王とも呼ばれるけど、ではアルスラーン陛下はどう呼ぶべきだろうかという話になっていた。

よし、お主の出番だぞ、ギーヴ!と思っていたが、頻りに横に座った女性に話しかけてるだけで、解放王の三文字を彼が口に出しそうな気配はない。周りからは、「自由王!」、「いや、公正王!」、「快賊王なんて駄目だろうか…」などの意見も出てるがどうにも、解放王という意見が出そうにない。何故だかそれを敢えて避けてでもいるかのように。だから、業を煮やした俺はとうとう言っちまったんだよ。「解放王なんてどうだ?」と。

そしたら、何かやたらと拍手喝采されたんだよな。やめろ、やめてくれ、原作をパクっただけなんだ。そんなキラキラした目で皆俺を見るな!そう思いながら、周りを見回すと、宴もたけなわな中、知った顔が二人きりで何処かへしけこむ姿をチラホラと見かけた。…あれはギーヴとフィトナか。まあ、ギーヴは美女好きだからな。カルナもファランギースも所帯持ちだし、フリーな美女なんてフィトナぐらいしかいなかったもんなあ。原作ではギーヴがフィトナを殺したような記憶があったが、まあ、フィトナは原作ではナバタイ国を経て、ミスル王国に現れるなど、ありえないぐらいの流転ぶりだったからな。それがないならばこういう縁の出来方もおかしくはないかもな。

意外なところではグルガーンとレイラってカップルがいつの間にか成立していた。グルガーンは暗灰色の衣の魔道士の一人として、魔道を修めた訳だが、その知識の中には薬学や錬金術的な部分もあったらしく、医者であるレイラがいろいろ質問し、グルガーンがそれに答えてってことを繰り返してる間に何となく出来てしまったらしい。レイラはつい最近までジャスワントと付き合っていたはずなんだがな。ただ、機会があったらシンドゥラに帰りたいジャスワントと、何があっても恩人の俺に付いていくつもりのレイラの間で、今後についての話し合いはずっと平行線だったらしい。で、ジャスワントがシンドゥラに聖剣四振りを借り受けに行って離れている内に、グルガーンに決定打を撃たれてしまったらしい。ははははは、残念だったな、ジャスワント!

おっと、ジャスワントが寄ってきやがった。こいつ、随分と出来上がってんな。レイラにフラレていい気味だと思ってるんでしょうが、貴方の命令でシンドゥラまで行ったせいでこうなったんでしょうが。ああ、本当は道中何度もこんな仕事投げ出して、父のところに戻ろうかなとも思ったんですよ。そうしたら、殿下はどんな顔をするんだろう。ざまあだよなとも思いながらも、アルスラーン殿が困ると思うとそれも出来なかったんですよ。それで仕方なく使命を果たしてきたってのに、報われないこと夥しいですな。とか、くどくど言いやがる。こいつ、絡み上戸だったんだな。

その内ウザくなってきたんでな。何を言ってるんだ、俺が最も信頼してるのはジャスワントお前だ。何だかんだ言いながらも仕事はきっちり仕上げてくれるし、いつもお前が見えないところで俺の尻拭いをやっていてくれてたことだってちゃんと判ってる。ただなあ、俺はどうしても面と向かってしまうとお前には憎まれ口を叩いちまうんだよ。本当はいつも感謝してるんだぜ。シラフじゃあ言えないから今言っておくぞ。いつもありがとうな、ジャスワント。

そんな風に適当に言ったら、こいつ、泣き出しちまいやがってな。積年の苦労がようやく報われた思いです。これからもずっとお供致します。里帰りなんて極たまにすればいいだけのことです。とかと、ワンワンとな。こいつ、泣き上戸でもあったのかよ。マジでウンザリしてきたんで、トイレだと行って走って逃げてきた。大丈夫だよな、ジャスワントの奴、追ってきてないよな?

ん?今、城壁への階段を登っていこうとしてるのは、ラクシュじゃないか?丁度いい、あいつには話しておくことがあったんだ。

◇◇

一人でボーッと城壁の上から街を見下ろしてると、殿下に見つかった。「よう、何してるんだ?」と相変わらずの調子だ。参ったな、本当は見つかりたくなかったのに。

「んー、これからどうしようかなって考えててさ。いっそ、お母さんのところに戻るかなあって」

結局、あの弓と矢筒を届けてくれたのはお母さんみたいだしね。どうやらくれるつもりらしいけど、そんな訳にはいかないもんね。返しに行かなきゃ。

「はあ、何でだ?お前これからもずっと付いて来てくれるんじゃないのか?」

「だって、殿下はミリッツァ様のお婿さんになっちゃうんでしょ?殿下が誰かのものになっちゃうの、見たくないんだ。そんなの嫌なんだもん」

「そりゃあ、ミリッツァとも結婚するけどな。あいつだけのものになる訳じゃないぞ?側室も迎えることにしたしな!」

「はあ、何それ!結婚してすぐに側室ってそんなの許されると思ってるの?殿下はアホの子なの?」

「お前にアホの子とか言われるとは嫌な世の中だな。いいんだよ、ミリッツァにはもう許可とってあるし。じゃないと王様になんてなってやらないって駄々こねたからな!」

「何なのそれ、そんないい女なの?どこの何て女よ!」

いいなあその娘、羨ましすぎるよ。

「そこのお前」

「はあっ!?」

「だからお前だよ。諜者の頭領カルナの娘のラクシュ!俺は昔、俺自身に誓ったんだ。家族同然の乳兄妹と、いつか本当の家族になると。もし俺が王になれるなら必ずそうするとな。それとも嫌か?」

「い、嫌じゃないともさ!ありがとう殿下。きっと大切にされるさー」

「おう、大切にしてやるともさ」

こうして私たちは末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

……あれ?まだ終わりじゃないの?

◇◇

パルス暦324年10月15日、この日シャフリスターンの野においてシンドゥラ、チュルク、マルヤム、ミスラの四カ国の王を招いて、私、アルスラーンの即位後三度目となる狩猟大祭が行われた。

狩猟祭自体は三代前のパルス国王ゴダルゼス大王の時代までは行われていたものらしい。その時には六カ国の王が招待され、パルスの繁栄と大陸公路の平和とを祝い、相互の友好を誓いあったものであったそうだ。それを復活させ、今後は「狩猟大祭」と呼ぶようにしようと言い出したのは、我が心の兄にしてマルヤム国王ラジェンドラ殿だった。最初の年に参加したのはパルスの他はマルヤムとシンドゥラで、翌年には婚姻政策によってパルスとの心理的距離の縮まったチュルクが参加し、今年になってようやくミスラが参加することになった。

「おう、これは婿殿。我が娘エミーネは息災か?」

いきなりそんな挨拶をしてきたのはチュルクのカルハナ王だ。私は昨年チュルクの第二王女エミーネを側室とし、今年の初めに子供が生まれたばかりだった。

「はい、舅殿。母子ともに大変元気です。娘のナーズィは心なしか舅殿に似ておられるようですよ」

「そうかそうか、それは嬉しいのう。これからもよろしく頼む。また困ったことがあったら言うがいい。相談に乗ろうぞ?」

そう言い残してカルハナ王は離れていった。宰相に何やら呼ばれているらしい。それにしても、カルハナ王と言えば、『陰険で猜疑心の塊のような男』とナルサスなどは言っていたが、実際に話してみれば子煩悩で意外に面倒見の良い人物であるように感じられる。人というのは付き合ってみないと判らないものだと常々思う。

「おう、我が弟よ、久しぶりだな。皆元気か?」

「これは、ラジェンドラ兄様、ご無沙汰しております!皆ですか、勿論元気です。あ、そうそう、ナルサスがとうとう観念してアルフリードと結婚しました!」

「おう、それは実にめでたい!」

そう、アルフリードが十九歳の誕生日を迎える直前にナルサスはアルフリードと結婚式を挙げたのだ。ナルサスとしてはもっと年回りの近い相手を望んでいたようだったけど、蛇王ザッハークをも戦慄させた恐るべき画才の持ち主という評判が広まって(広めたのはダリューンらしい)他の花嫁候補が一向に現れず、アルフリードの心映えに魅せられたナルサスがとうとう降参したらしい。

ナルサスが言うところの悪友ダリューンは、シンリァン殿との間に長女が生まれ、今度はランファと言う絹の国風の名前を付けたそうだ。長男のシャーヤールはと言えば、去年エステルとの間に生まれた私の長女ナハールをひと目見て、「陛下、僕、この子をお嫁さんに欲しい!」と言い放ち、ダリューンを卒倒させるという前人未到の武勲をあげたものだった。他の子は母親似なのに、ナハールだけは私によく似ていて、私と同じ様な晴れ渡った夜空のような目をしている。私の目もそんな表現をされているようだけれど、この娘の目を見てようやく腑に落ちた。鏡で見てもそんな風には見えないのだけどね。

それからダリューンは大将軍になった。キシュワードは「戦士の中の戦士を差し置いて自分が大将軍になどなれんよ!」と言ってさっさと任地のペシャワールに帰ってしまったし、存命の万騎長で一番年長のクバード殿はマルヤムに仕えることにしてしまったしね。あと、ラジェンドラ兄に「大将軍になってしまえば、やりたい仕事だけをやり、やりたくない仕事は他人に押し付けるってことが出来るようになるぞ?」と言われたのも大きいらしい。それでもやはり忙しいらしく、「あの横着王に騙された!」と頻りにこぼしているそうだけれど。

エラムは王宮勤めのアイーシャという娘が気になっているらしい。失敗してばかりで呆れ返ると言っているが、そう言いながらも目が笑っているのだ。そろそろじれったくなってきたので、国王命令で結婚させてしまおうかと思っている。きっとまたエラムにはそんな横紙破りはやめてくださいとか口うるさく言われてしまいそうだけど。

「トゥースは一度に三人の妻を迎えましたよ?」

「ああ、あいつやっぱりか!」

「や、やっぱり?」

「あ、いや、そんな星回りを、あいつはしているのだ。シンドゥラ占星術ではそうなのだ」

そう言えば、ラジェンドラ兄はシンドゥラ占星術が得意なのだっけ。ナルサスやダリューンも占ってもらったことがあるらしい。今度私も占ってもらおう。

「おや、楽しそうじゃな。仲間に入れて欲しいものだが、縁を結んでいない我が国が出しゃばるのはお邪魔だろうかの?」

「おお、これはホサイン殿!」

ミスル王国の国王ホサイン三世殿、頭髪が少し心許なくなっているのと痩せにくい体質を、どうやら気に病んでいるらしい。仲間はずれのままではいつ数カ国連合軍がミスルに攻め込んでくるか判ったものではない。そうなる前に狩猟大祭に参加することにしよう、ということで今回から参加されることになった。別に攻め込んだりするつもりはないのだけれど、内政に高い手腕を発揮されてきたこの方としては戦争で国力が落ちたりするのは何より恐ろしいことなのかもしれない。

「いやいや、ホサイン殿、年回りの近い姫がいないのなら、重臣の娘をお主の養女にして、アルスラーンと縁付けると言う手もありますぞ?」

「おお、そんな手が?」

ラジェンドラ兄、あまり妙な入れ知恵をされては困るのですが?

「ただし、容姿も中身もそれなりのご器量でないと恥をかきますので。その辺にはご留意したほうがよろしいかと思われますな」

「なるほど、良い話を聞いた。さっそく検討しよう。これからは貴国とも仲良くしたいものですな!」

まあ、友好につながるならば構わないか。それよりまた側室が増えるのだろうか。うう、また胃が痛くなってきた。帰ったらまた宮廷医に胃薬を処方してもらおう。

◇◇

「ラジェンドラ兄のところはお変わりはありませんか?」

この数年間でだいぶ王様らしい貫禄の出てきた心の兄弟が聞いてくる。向こうで実の兄が呼んではいるが、うるさい黙れ今はそれどころではない。

「ああ、相変わらずみんな元気さ。ミリッツァが長男を出産したんでな。そろそろラクシュと子作りを始めようとしてるところだ」

ルシタニアの侵略の爪痕はまだマルヤムに深く残っているし、俺は異国人だし、決して統治は楽ではない。だが、昔とちっとも変わらないラクシュの笑顔を見ていると、もうひと頑張りしてみるかと言う気が湧いてくる。

蛇王ザッハークを倒した後もアルスラーン戦記のこの世界は終わること無く続いていく。その歴史が少しでも平和で幸せに満ちたものになるよう、俺たちはこれからも力を尽くしていこう。そして、あの世に行ったら親父にこう言ってやるのだ。「聞いてくれよ、山のようにみやげ話があるんだ。まずどれから聞きたい?」と。

《完》
 
 

 
後書き
1ヶ月と少しという短い間でしたがお付き合い頂き誠に有り難うございました。

最初の内は不定期でしたが、アクセス解析を見て思った以上に多くの方に読んで頂けていることを実感すると、休むのが申し訳なくなって、途中から毎日更新に切り替えさせて頂きました。そのせいで読むのも大変だったかもですね。

幸い自由の利く仕事だったのでそれ程無理はしなくて済みましたが、作成中の文章が何度も消えたりとか、更新時刻の20分前にようやく書き上がったりとか、落とす恐怖を度々味わいました。

それでも大好きな『アルスラーン戦記』のことばかり考えたり、原作を何度も読み返したりしながら過ごせたこの日々は私にとって人生の宝物になりました。

今後は本編を補完するような外伝や、年表、登場人物列伝などを不定期に書いたり、感想欄で指摘のあったオタク的ネタ言動部分を中心とした改稿も行っていきたいと考えておりますので、忘れた頃にまた読み返して頂けると幸いです。

本当に有り難うございました。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧