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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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第五次イゼルローン要塞攻防戦7



「反徒どもが……」
 クライストは呟いた言葉に、続く言葉は心の中に留め置いた。
 多くの部下をなくした気持ちが、あの阿呆にも理解できただろうかと。
 最もそれについては口にはせず、危機が避けたとクライストはわずかな上機嫌さをもって、問う。

「敵はどうだ」
「は。攻撃を仕掛けていた部隊は撤退行動を見せて……」
「そうだろう。逃がす前に、もう一撃を撃て」
「しかし、敵艦隊の一部が要塞に取り付いております」
「何だと……?」
 問うた言葉にこたえるように、モニターがイゼルローン外壁を映した。

 要塞に沿って高速で移動する艦隊がある。
 その艦艇の形からは、はっきりと反徒――自由惑星同盟軍であると確認ができた。
「なぜ、こんなところに反徒どもがいる!」
 思わぬ場所に――それも直近で動く艦隊に、クライストが叫ぶ。
「は。敵は後退ではなく、前進をしたようです。即ち駐留艦隊の脇を抜け――トールハンマーを避けて、前進しております」

「あの無能どもは止めることすらできんのか」
 叩きつけた音が、金属音とともに聞こえた。
 脇机――その上に置かれていたウィスキーグラスとともに、机を叩き潰した音だ。
 砕け散ったガラスで切れた拳を気にすることもなく、クライストは艦隊を見つめていた。
 だが、見れば艦艇数は数千余りの少数だ。
 トールハンマーが直撃すれば、一瞬で消え去る。

 時間が少し遅くなっただけで、問題はないかと思いなおす。
 それよりも――。
 モニターを見つめれば、駐留艦隊はいまだ動揺から立ち直っていないようだ。
 それでも乱れた陣形を戻しつつ、一部艦隊が反転の態勢に入っている。
 狙いは簡単に気が付いた。

 イゼルローンに間近に迫った敵艦隊を追うつもりなのだろう。
 クライストは不愉快そうに眉をしかめた。
 先ほどの失敗を懲りていないのかと、心中で毒づいた。
「駐留艦隊に伝えろ。接近する敵はこちらで始末する――駐留艦隊は敵本体が近づかぬように牽制しろと」
「はっ」

 短い呼吸での返事。だが、命令を受けた通信士官はこちらを見たままで、動くことはなかった。
「何をしている」
「いえ。伝達は、それだけ……でしょうか」
「それだけだ」
 怒りを込めて短く答えて、クライストはそこで周囲の視線を感じた。
 誰もがクライストを見ていることに。
 沈んだような顔立ちで見られれば、周囲が何を求めているかクライストも理解ができた。

 だが、それらの懸念をクライストは一笑する。
「なんだ。駐留艦隊にお悔やみの言葉でも伝えろというのか。ばかばかしい」
 吐き捨てるように呟いた。
「そもそもこの事態を作り出したのは、駐留艦隊の連中だ――イゼルローン要塞を守るために、我々は心を鬼にして命令を下すことになったのだ。例えば逆の立場であっても、私は感謝することはあっても、怒ることなどない」

「ですが」
「うるさい。それ以上は言うな、さっさとヴァルテンベルクに伝えろ」
 話は終わりだと手を振られれば、帝国軍の人間もそれ以上は言葉にすることはない。
「トールハンマーは、あのこざかしい蝿を始末する」
「は、はっ。エネルギー再充電を完了しました、目標――敵分艦隊」
 端末を激しく叩く音がした。

 イゼルローン要塞に走っていた光が、集中したのは要塞脇を走る自由惑星同盟の艦隊だ。
 いかに加速しようと、それはあくまでも艦隊の動きだ。
 モニターに映るは、トールハンマーから逃れようと、イゼルローン要塞に沿って走る敵の艦影。
 間隙を突かれたのならばともかくとして、狙われれば、神の雷からは逃げる方法はない。
 クライストは、満足げに背もたれに体重を預けた。

「砲撃準備完了しました」
「よし――」
「閣下!」
 言葉の途中で邪魔をされ、クライストは苦い顔を浮かべた。
 邪魔をした索敵士官を睨めば、別モニターに敵本体が映し出された。
「反乱軍が、艦隊をこちらに向けてきます」

「愚かどもが」
 唸るようにクライストは声を出した。
 モニターには敵の艦隊から数千隻ほどの艦艇がイゼルローンに向けて、進軍する様子が映っていた。
「駐留艦隊はどうしている」

「いまだ陣形を整えている模様」
 クライストの表情に浮かんだのは、迷いだ。
 即ち、どちらを狙うべきかと。
 もう少し敵が遅ければ、駐留艦隊の準備が整い、敵本体は駐留艦隊に任せて、分艦隊を始末できただろう。だが、敵もさるものですぐに行動を開始してきている。
 最もトールハンマーを警戒してか、その数は二千隻余りであり、明らかに少ない。

 どちらを残したところで、イゼルローン要塞を攻略することは不可能だが。
「閣下。このままでは駐留艦隊に被害が出ることに」
 背後から、副官であるバッハから慎重ながらも発言があった。
「要塞の攻略は無理でも駐留艦隊に攻撃を加えられたら、損害は増えるか」
「ええ」

「ま、貸しを作るのも悪くはない」
 かかと笑う様子に、誰もが驚いたようにクライストを見た。
 だが、本人自身は上機嫌であり、若干の非難を込めた視線を向ける砲術士官に声をかける。
「目標を変更せよ。狙いはこちらに向かう艦隊だ」
「りょ、了解しました。目標変更します」

 背後を走る分艦隊へと集約していた光が消え、再度現れたのは要塞前方だ。
 強い輝きをもった光の渦は、照準の変更によって遅れは生じたものの、迎撃には十分すぎる距離がある。
「敵艦隊を迎撃せよ!」

 光の渦が、向かい来る艦隊に対して吠え――直後、同盟軍艦隊が爆発した。

 + + +

 光が伸びた――直後であった。
 同盟軍本体から向かう艦隊が、次々と爆発し――衝撃波と破片をまき散らした。
 その艦隊は、元々はイゼルローン要塞の破壊を目的にした無人艦群だ。
 敵の砲撃が早まったために、使用することがなかったため無傷で残っていたが、この段階では惜しげもなく、全てを投入した。

 持てる分全ての爆薬を積んだ無人艦は、砲撃を受ける直前――要塞に向かう途中で盛大に自爆したのだ。
 むろん、離れた場所での自爆であるため、要塞に大きな被害を与えることはできなかった。
 だが、その爆発の衝撃は陣形を立て直すことに集中していた駐留艦隊を容赦なく襲った。
 艦艇の破片は容赦なく降り注ぎ、あるいは衝撃波によって操作が狂った艦が、隣にぶつかる。大きくはないが、決して少なくはない被害を駐留艦隊は受けることとなった。

「全艦隊――撤退だ!」
 スレイヤーの号令の下に、第五艦隊第一分艦隊は疾走している。
 それはただ漫然とした、逃走ではない。
 目的を持った、逃走。

 要塞主砲がなくとも、敵の要塞からは単座式戦闘艇―-ワルキューレが追いかけ、補助砲が唸りをあげる。そぎ落とされるように、一隻また一隻と艦隊では破壊が行われ、炎をあげて、爆発していく。
 だが、艦隊は恐れることなく、ただ走り続ける。
 イゼルローン要塞の外周を回るようにして、それはいつかのセランが見せたスイングバイに似た軌道を持ちながら、走る。

 一周を回って要塞から離れれば、同盟軍本体までは一直線だ。
 トールハンマーの再充電時間を考えれば、航路は最短距離を向かうしかない。
 しかし、それは――最も危険な航路、すなわち駐留艦隊の脇を通過する。
通常であったならば駐留艦隊に邪魔をされ、あるいは一万を超える艦隊の激しい攻撃によって五分と持たず全滅する可能性もあっただろう。だが、先の無人艦による自爆のために、駐留艦隊の動揺は大きく、駐留艦隊は組織だった攻撃ができない。

 一斉射撃ではなく、個別攻撃あれば防御壁で十分に対応が可能である。
 そして、駐留艦隊の脇を通るということは。
 再充電を完了したトールハンマーが再び、前方に光の渦を作り出していた。
 しかし、撃てない。

 第一分艦隊は駐留艦隊の脇を通り、そして、駐留艦隊の斜線上を疾走している。
 要塞に被害がない状況で――さらに言えば、たかだか一分艦隊を攻撃するために、もう一度味方殺しをするまでは追い込まれてはいなかったようだ。
 要塞司令官は、再びトールハンマーを封じられたことに歯ぎしりをしていることだろう。
 背後で駐留艦隊が遠ざかるまで、光の渦を睨みつけていた、アレスは小さく息を吐いた。

 見れば、同様に息をスレイヤーが吐いていた。
 目が合えば、どちらともなく、笑う。
 そんな二人の様子に、ファーガソンが呆けたようにモニターを見ていた。
 遠ざかるのは要塞と、駐留艦隊。

 闇の中で瞬く駐留艦隊の明かりと――太陽の様に輝く光の渦を見つめた。
 もう一方で、近づくは瞬く味方の光。
 そこで初めて、実感を持ったように――情けなくとも手すりにもたれかかった。
「はは」
 口から漏れるのは、小さな、から笑いだった。

 いまだに助かったことが奇跡の様に思え、そして実感もできないでいる。
 何が起こったのか。
 ファーガソンですら理解できないのだ。
 他の者も、浮かべる表情はファーガソンと似たり寄ったりの、呆けたような間抜けな表情を浮かべている。

 この状況を正確に理解しているのは、目の前にいるスレイヤーとアレス・マクワイルドだけだろう。
 誰よりも厳しく、真剣な表情をしていた二人。
 そんな二人が穏やかに笑ったことで、ファーガソンの力も抜けていた。
 ただ助かったと――詳しくは理解していないが、それだけは理解ができた。
 スレイヤーがアレスに近づいて、ご苦労と一言声をかけた。

 それは直属の部下ではなく、他部署の、そして一大尉に真っ先にかける言葉ではなかったかもしれない。
 しかし、ファーガソンは不思議と不愉快な気持ちは持たなかった。
 むしろ、それが当然であると――自然と受け入れることができた。
 死地の中にずっといたために、そんな負の感情を持てなかったという側面もあるかもしれないが。
「どうやら、正しい選択を選んでくれたようだ」

「どうでしょうか。もしかしたら、誤りであったかもしれません」
「その判断は、後世の学者や政治家に任せるよ。ただ我々は助かり――生き延びた、それで十分ではないかね」
 スレイヤーの言葉に、アレスは静かに瞳を閉じて、ゆっくりと頷いた。
「ええ。生き延びた……それ以上は贅沢ですね」
「マクワイルド大尉。礼をいう」

 名前を呼んだ後に続いたのは、敬礼だ。
 教科書の手本そのままの姿で、伸びた背筋と指先がアレスに向けている。
 動かぬ姿に、アレスが戸惑いを浮かべれば。
 自然――ファーガソンもまた、アレスに対して敬礼をしていた。

 命を助けられた――それが実感をもって、体を動かしていたからだ。
 伝染するように、アレスを囲むように、動く腕が増えていく。
 やがて、全員が敬礼をアレスに向けていた。
「ああ。私は何も……」

 照れたように呟くが、周囲を見れば、アレスもまた敬礼をした。
 照れ笑いを消して、真剣な表情となる。
「助かったのは皆様の力によるところです。私こそ助かりました」
「そうか。そういう事にしておこう」
 スレイヤーは静かに頷いて、ゆっくりと腕をおろした。

 視線を変える。
 正面には――同盟軍の明るい光が、彼らを待ち受ける街明かりの様に輝いている。

 + + +

 傷ついた第五艦隊を迎えるように、同盟軍の残存艦隊が広がった。
 比較的無傷であった艦隊が前に出て、駐留艦隊を警戒する間に、スレイヤーの率いる艦隊を包んでいく。わずか数千にまで数を減らし、無傷といえる艦隊はほとんどない。
 偶然にも被弾を免れた数隻が奇跡ともてはやされたくらいだ。

 それは良くあるような奇跡の光景ではあったが、少なくとも生き残った者たちにとっては奇跡だろうが、偶然であろうが何だって良い事だ。
 スレイヤー艦隊を回収すれば、同盟軍艦隊は静かに下がっていく。
 撤退するか、さらなる攻略に乗り出すかは今後の判断であろうが、少なくともこのまま継戦を続けるにしては、兵は疲弊をしていた。戦闘が始まって長時間休みなく戦闘を続けていたことも大きかったが、何よりも要塞主砲を間近に見たことで、多くの兵たちは体よりもむしろ心を大きく折られている。

 それは上層部にしても、そうであったのだろう。
 このまま攻撃を続行しようという言葉は、最も過激な意見をしていたビロライネンからも出てはこなかった。
 それは帝国軍もそうだったのだろう。

 いや、帝国軍にとってはそれ以上の被害がある。
 単純な艦艇の損傷数もそうであるし、何より疲労もだ。
数倍にもなる艦隊との戦闘、味方殺しの一撃、そして無人艦による自爆攻撃。
 駐留艦隊にとってはまさに地獄の数時間だったであろう。
 下がりゆく同盟艦隊を追いかける素振りすら見せられない。

 むしろ助かったと安堵しているのは、駐留艦隊の数の方が多かったかもしれない。
 何よりも味方であったはずの、要塞から撃たれたのだ。
 それを仕方がなかったと考えるものは、誰一人としていなかった。
 傷ついた艦は、それでも睨むようにイゼルローン要塞の前でたたずんでいる。
「閣下! 要塞司令から連絡です――逃走する敵艦隊を追撃せよと」

 その言葉に、ヴァルテンベルクは目を見開いて、通信士官を見た。
 通信士官もまた、報告するか迷ったのだろう。
 そこには苦い感情をもって、通信機を抑えている。
「はは。この後で、要塞司令官殿は我々に攻撃しろというのか」
「はっ」

「糞でも食ってろと伝えろ――帝国貴族にあるまじき、下品な言葉を、失礼した」

 不愉快げにヴァルテンベルクは鼻を鳴らした。

 + + +

 イゼルローン要塞から距離を取った巨狼の顎の手前。
 一時的に陣形を整えながら、兵士たちには順番に休憩が命じられた。
 このまま戦うか、あるいは引くか。
 それを上層部が相談する時間と同時に、疲労を少しでも回復させる休息でもある。

 参謀各員も、作戦会議が始まるまでしばらくの休息が与えられた。
 ワイドボーンなどは、即座にスレイヤー艦隊に連絡を入れようとして、ヤンに止められる。
 せめて帰るまで、我慢してくれと。
 憤然たる様子であったが、さすがに激戦を潜り抜けて帰還したアレス・マクワイルドに対して即座に説教をするというのは気がとがめたのか、あるいはアロンソやパトリチェフの援護のおかげか、戻ってからにするとの言質を得ることができた。

 これで一緒に怒られてやるという約束は、果たしたよな、一応。
 何よりも前借で怒られているわけであるし、これ以上は任せたとヤンは思う。
 総旗艦で立っていただけであったとはいえ、ヤン自身も疲れなかったわけではない。
 戦闘の間は一切休憩がなかったわけであるし、何よりも後半の救出のタイミングを一手に引き受けた形だ。

 給料分は十分働いたのではないだろうかと思う。
 それ以上はもっと高給をとっている人間のやる仕事だ。
「ヤン少佐」
 あくびを噛み殺しながら、タンクベッドが配置されている部屋に向かう途中で、背後から声がかけられた。

 クエリオ・アロンソ中佐だった。
 近づいてくる人影に、ヤンは敬礼で答えた。
 初めて出会うことになった真面目な上官は、いつかのムライ中佐を思い出す。
 最も感情が、それよりも感情の希薄に欠ける様子は、ムライ以上に苦手意識を持っていた。
 敬礼を返しながら、アロンソがヤンの前に立った。

 何もしていないのに怒られるような気がするのは、自分の性格のためであろうか。
「呼び止めてすまない。言っておきたいことがある」
「何でしょうか」
「マクワイルド大尉の救出作戦についてだ」
 ヤンは小さく息を飲んだ。

 だが、アレスの上官であったことを思い出し、悪戯がばれた子供の様に、困ったように頭をかいた。
「ご存知でしたか」
 呟いた言葉に続く言葉はない。
 アレス・マクワイルドからもらったデータメモリは二つ。
 一つは、先ほどの作戦で見せた無人艦による牽制だ。

 逃げる少数の艦隊よりも、向かい来る艦隊の方を優先するであろうという作戦は、結果としてアレスたちを救うことになった。無人艦による自爆も、想定通りに敵の駐留艦隊に混乱を与え、逃走としてはほぼ満足をいくものとなったであろう。
 そして、あの時には公開しなかったが、もう一つの作戦があった。
 それは、救出とは真逆の作戦。

 無人艦の突入後に全艦隊で再び突入をかけるというものだ。
 その場合にはスレイヤー艦隊が、イゼルローン要塞の直近で敵に対して激しい攻撃を加える手はずとなっていた。そうなれば、敵は傍から攻撃を加えるスレイヤーの艦隊に主砲を向けるか、あるいはたとえ同盟軍本体に攻撃があったとしても、次の攻撃が来る前には要塞に肉薄し、陸戦部隊を送り込むことが可能である。

 接近する艦隊を邪魔する駐留艦隊は、まともに戦うことなどできない。
 そうなっていれば、被害は大きいものの要塞が攻略できる可能性は残っていただろう。
 そして、被害が大きくとも、攻略をしてしまえば、未来の損害はそれ以上に少ないものである可能性がある。

 それを見せていれば、司令部は攻撃に意見が傾いていたかもしれなかった。
 上層部にとっては、その可能性は喉から手が出るほどのものであっただろう。
 それを隠したと知れれば、責任を追及されるのは確実。
 だが、ヤンはそれが悪いことだとは思わなかった。

 責められるのであれば、それも仕方がない。
 退職が数年ほど早くなっただけだ。
 アロンソの無表情な瞳が、ヤンを捉えていた。
 それをまっすぐに見返せば。

「……私はあの場で最善と思える手を取っただけです。ですが」
「何を君が気にしているかわからないが」
 そんなアロンソは静かに、頬を緩めた。
「私はお礼を言いに来ただけだ。部下を助けてくれた、礼をいう」
 目を開いたヤンに対して、アロンソは再度敬礼を送った。

 それは美しさもある、見事な敬礼であった。

 + + +

 宇宙歴792年、帝国歴483年5月7日。
 第五次イゼルローン要塞攻略作戦は、同盟軍の撤退によって終結することになる。
被害艦艇が少なく、敵駐留艦隊と要塞に対して大きな被害を与えたことから、再度の攻略も検討されたが、頼みの並行追撃作戦が敵に知られたこと、さらには無人艦の多くを救出時に使用したことにより、シトレ大将はこれ以上の攻撃は不可能と判断し、被害が少ないうちに撤退することを選択したのだった。

 要塞の攻略こそはならなかったが、同盟軍にとっては敵要塞に肉薄し、さらには被害艦艇数も一万を下回り、近年の要塞攻略作戦では最も少ない被害数であった。敵駐留艦隊に対してもほぼ同数の被害を与えており、むしろ同盟軍の勝利といっていいとの論調が自由惑星同盟に広がっていくことになる。
 味方殺しさえなければ、勝っていたと、多くの国民が叫ぶ。

 イゼルローン回廊では――同盟軍の墓標を増やしただけにすぎなかったのであるが。

 そのことに触れることは、誰一人としていなかった。


 
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