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八条荘はヒロインが多くてカオス過ぎる

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第百六十二話 夏の最後の夜その十二

「案外な」
「外国から見るとだね」
「違うって感じかもな」
「僕達がすき焼きに思うのと同じで」
「確かにヴェネツィアの景色じゃ絵にならないさ」
 そこですき焼きを食べてもというのだ。
「ゴンドラに乗りながらワインとチーズは合うけれどな」
「それよさそうだね」
「この前赤ワイン三本とチーズと生ハム、ソーセージとクラッカーで飲んでみたんだけれどな」
「美味しかった?」
「最高だったぜ、まさにヴェネツィアって感じでな」
 僕に枝豆、極めて日本的な食べものを楽しみつつ話してくれた。
「いい思い出にもなりそうだぜ」
「そうなんだ」
「まあそれでもすき焼きはな」
「合いそうもないから」
「ちょっと考えるか、けれど食いたいな」
 例え合わなくて食べるのはどうかと思ってもこの気持ちは抑えられないというのだ、食べたいというそれは。
「一ヶ月に一回はな」
「日本にいる時みたいに」
「冬はな、それで母さんのことをな」
「何とか終わらせて」
「そしてな」
 そのうえでというのだ。
「三人ですき焼き食おうな」
「親父が作るのかな」
「どっちがいい?」
 親父は僕に真顔になって問い返してきた。
「俺が作る関西風か母さんが作る関東風か」
「秋田のだね」
 お袋は秋田生まれですき焼きも関東の影響があるみたいだ、同じすき焼きでも食べてみると違っていた。
「それかだね」
「ああ、どっちがいい?」
「お袋の作ってくれたすき焼きの味なんて忘れたよ」
 僕は笑って親父に返した。
「だからね」
「久し振りに食いたいか」
「そうしたいね」
「俺もだ」
 親父も笑って話してくれた。
「だからな」
「その時はだね」
「お母さんに頼むか」
「そうするんだ」
「御前も頼めよ、しかしな」
「しかし?」
「俺もこう決断するまでに時間がかかったぜ」
 自嘲めかした笑みだった、今度の笑みは。そのうえで今は焼き鳥を食べている僕に言った。タレを着けた鶏肉と葱の組み合わせが最高だ。
「中々以上にな」
「何年も?」
「ああ、何年も考えてな」 
 そのうえでというのだ。
「決められたぜ」
「親父は即断即決じゃなかった?」
 僕が知っている限りではだ。
「そうじゃなかった?」
「仕事も遊びもな」
「外科医だからだよね」
「一瞬で迷うとな」
 それこそという返事だった、目の光も鋭くなっていた。
「もうな」
「それで終わりだよね」
「外科手術ってのは時として一刻を争うんだ」
「だから一瞬でも躊躇したら」
「それで助からない命もある」
「だからだよね」
「俺は基本は迷わないんだよ」
 本当に即断即決だというのだ。
「迷わないで決めてるぜ、けれどな」
「お袋のことは」
「かなり迷ったんだよ」
 一体どうするかということをというのだ。 
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