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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第二部 原作開始
第二章 王子三人
  第二十一話 小恋旋律

パルス暦320年11月末、俺たちは傭兵三万弱を率いてギランを発ち、ペシャワールを目指すことにした。ニームルーズ山脈とギランとの間を南北に流れるオクサス河にそって北上し、その後はニームルーズ山脈を迂回した上でペシャワールに向かうことになる。

もしもペシャワールでアルスラーン王子と合流した上でヒルメス王子とも顔を合わすことになるならば、「王子二人」ではなく、「王子三人」になる訳だな。まあ、俺は他所の国の王子だが。何にせよ、その日が非常に楽しみだ。どんな言葉をヤツに投げかけてやろうか。

◇◇

私たちがいる廃村までラクシュ殿を追いかけて来た騎士見習いエトワールはみんなの手で生け捕りにされ、今ギーヴによって縄で再び縛り上げ直されたところだった。

「さてと、こんな感じの縛り方でいいですかね、アルスラーン殿下?」

うん、さっきの縛り方よりは普通で、大分いい。さっきのは随分とその…いろんなところに食い込んだり、胸の形が強調されてたりして…、何というか目の毒だった。

ダリューンなんかは

「ギーヴ殿、お主、何というものを殿下にお見せしているのだ!」

と剣を抜かんばかりの剣幕でギーヴに詰め寄るし、エトワールはエトワールで

「何というものとはどういうことだ!私がそんなにみっともないとでもいうのか!」と縛られたまま怒って暴れて、やたら体の一部が揺れまくるし…

…まあいい、忘れよう。

篝火の元、私たちはこの騎士見習いとの話し合いを始めることにした。

「…それで君は恩人のバルカシオン伯爵?を彼女が殺したと思ってるんだね?」

「その通りだ。後ろ暗いことが無ければあんなに逃げるはずがない!こいつだ、こいつがやったに違いない!」

その調子では無実でも逃げたくなる気がするけれど…

「でも、彼女は今日の昼間はずっとここに居たんだよ?私だけでなく、ここに居るエラム、ギーヴ、シンリァンもそれを見ている。夜が更けてからは確かに私がお願いして、王都に行ってもらっていたけれどね」

「なんだと?それは本当のことなのか?」

「真のことじゃぞ、ルシタニア兵。この目を見よ。正義と真実の光に溢れていようが!」

「おい、またそれを言っているのかお主は!そんなものこの夜の闇の中では見えぬだろうが?」

またダリューン夫婦が漫才を始めた。本当に仲が良いなあ。いつか私もこんな風に…。いや、それは今はいい。

「ではあんな夜更けに何の目的があったというのだ!大方ろくでもないことなのであろう?」

語気を荒げる彼女に私はどう答えるべきか迷った。身分を明かしたらよそよそしい態度を取られてしまうかもしれない。出来るだけ、私の身分はぼやかしておこう。

「王宮に私の母が囚われているのだ。母が心細くならないよう、矢文で私の無事を知らせようとしたのだ」

「そ、そうだったのか!済まぬ、疑ったりして!」

私の声音に何かを感じ取ってくれたのだろうか。素直に詫びてくれた。ここまで素直だというのも新鮮だな。どうにも高貴な方とか大人の人は素直に自分の非を認めてくれないものだから。

「バルカシオン伯爵とやらを暗殺した者なら俺とナルサスとで倒したぞ?蛇王ザッハークの下僕を自称していた魔道士だった」

「?蛇王ザッハーク?何なのだ、それは?」

「何百年か前までこの国を支配してた魔王みたいなものさー。両肩にニョロニョロと蛇が生えてて、その蛇が人間の脳みそをムシャムシャ食べるのが好きだったんだってさー」

ああ、確かにパルス人以外にはあまり知られていないのかも。とはいっても今説明してくれたのは、シンドゥラ人のラクシュ殿だが。そう言えばラジェンドラ殿もよくご存知だったな。

「そのザッハークを復活させるにはもっとたくさんの血が流れる必要がある。それを妨げるような良識派の存在は邪魔だと言っていたな」

「馬鹿な!伯爵はただ単に図書館長だったからその立場上ああ言っただけの事だ!流血を止めるとか止めないとかそんな立場の人ではない!」

「…となると何だ?伯爵とやらは見込み違いで殺されたと?」

「そうなるな、ギーヴ殿。多分、あの場であのように口論するよう仕向けたのは王弟ギスカール公だろうが、そのせいで巻き込まれてしまったとも言える」

「いいや、ギスカール公を責めるのは筋違いというものだ。全てそのザッハークの下僕とやらが…、おい、そのザッハークの下僕とやらはそいつだけか?それともまだあと何人もいたりするのか?」

いや、さすがに私たちはそこまでは…。

「居るよー?今回倒したのはビードだっけ?だとすると、指導者の尊師とかいう人を含めて後七人だねー」

「!ラクシュ殿、どうしてそれを!」

本当に、どうしてそこまで知ってるのだろう?

「ラジェンドラ殿下がグルガーンさんに頼んでザッハーク一味に潜入してもらって、情報も送ってもらってるのさー。尤も不審がられないようにだから、連絡頻度はそんなに高くないんだけどねー」

グルガーンというと、フゼスターン地方のミスラ寺院で会ったファランギースの恋人の兄弟だという人か。そう言えばその人は置き手紙を残して急にいなくなったそうだったけど、そんな事情があったのか。

「そうか、ならば、ザッハークの一味とやらは私にとっても恩人の仇、憎むべき敵だ。お主らがルシタニアと戦うなら全く協力は出来ないが、相手がザッハーク一味なら別だ。頼む、私も戦うゆえ、一緒に行動させてくれ!」

「そーだねー。それがいいよー。ザッハーク一味が流血を加速しようとするならそれを阻止せんとする私たちの前に必ず現れるはず。迂遠に見えて、共に行動することがザッハーク一味と雌雄を決する一番の近道だよー」

うん、私もそれがいいと思う。この子はいささか無鉄砲過ぎる。弓の悪魔と恐れられるラクシュを単身追いかけるなんて、恐れを知らないのだろうか。こんなことではすぐに死んでしまいかねない。そばに置いて、目を離さないようにしないと。

それに何だか目が離せない。ほっそりとしているのに男の私とはまるで違う体の曲線を何だか不思議と目で追ってしまう。ころころと変わる表情でいつも気持ちを偽らずに伝えてくれるのもうれしい。いつも元気で見ていて何だか微笑ましい。ずっと近くで見ていたいと思ってしまうのだ。何だろうな、この気持は。一体、何と呼ぶべきものなのだろう。

◇◇

エステル・デ・ラ・ファーノ。俺は彼女こそが人間アルスラーンをこの世界につなぎとめる楔だったと思っている。原作で彼女が死んだ時、俺はその時初めてこの世界の崩壊の序曲を聞いた気がするのだ。彼女がいなくなったがために、アルスラーンは一人の人間であることではなく、王者として在ることに専心するようになった。そして、ザッハークと対峙し、相打ちになることを厭わなかった。臣下を残して死ぬ主君があるか!お前は無責任だ!と何度叱りつけたいと思ったことか。

原作で彼女が出てくるのは第四巻汗血公路のことだったな。聖マヌエル城の攻防戦で初めて登場するのだった。とするとまだまだ先のことになるのか。ならばまだ彼女のことをそんなに考えることはないか。今はペシャワールについてからの自分の立ち回りについて、一つ一つおさらいをしておかなくてはな。

そんな風に考えていた俺は、後日諜者から、既にエステルがアルスラーン一党と行動を共にしているとの報告に、馬から転げ落ちそうになった。

ちょっと待て、あの逃避行にエステルが同行してるだと?危ないだろうが!特に途中で一人又は数人に分断される部分がマジでヤバい。大体、この世界ではアルスラーン一行の人数が変わってしまってるんだから、あのシャッフルの結果がどうなるか見当もつかない。

くそお、こうなったら一刻も早くペシャワールに着かなくては!そして、そこから速攻でアルスラーン一行を迎えに行くのだ!
 
 

 
後書き
今回のサブタイトルは 小さな恋のメロディ のつもりです。 
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