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外伝・少年少女の戦極時代

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斬月編・バロン編リメイク
  拝啓、美しい人へ

 咲たちを襲ったイドゥンの正体を告げてすぐ、貴虎は私用車で呉島邸を発った。
 行き先がイドゥン――藤果の言っていた“施設”だということは咲でも分かった。

 今の咲はヘキサの体と入れ替わっている。貴虎を追って戦闘の助けになることはできない。

 咲はまず、光実の傷を手当てした。
 インベスと切った張ったが日常となりつつある咲は、こういった応急処置にも慣れている。戦闘後は咲が紘汰やザックの専属ナースである。

 光実の手当てが終わってから、咲は一度屋敷を出て、スマートホンで「室井咲」と表示された番号に電話をかけた。

《……もしもし?》
「ヘキサ! あたし、咲、分かる?」
《……咲? 咲! どうしたの? 今どこにいるの?》
「ヘキサんちの前庭。急な話で……ショックなことばっかでごめんだけど、急いでるの。聞いて。今ね、ヘキサの上のお兄さんが――」

 咲は自分が襲われたことを伏せつつ、藤果のこと、例の“施設”のことをヘキサに伝えた。

《――――》
「ほんとに、ごめん。ごめんね、ヘキサ。あたし」
《貴兄さんを追いかけたいって、思ってくれてる?》
「……うん。でも今は、あたしが『ヘキサ』だから。追いかけたって変身もできないし。なんにもならないことはわかってるの。わかってるけど」

 ヘキサの愛する長兄ではなく、朱月藤果を放っておけない。藤果の目には「碧沙」に映っていようが、こうなった咲に優しくしてくれた藤果はただ一人だ。

《咲。今わたし、うちに……呉島のお屋敷に向かってるとこなの。わたしもちょっと、会えないでいた間にトラブルがあって、だから。着くまで待ってほしいの。それから一緒に行こう? 今は『わたし』が『咲』でしょ? ()()()()()()()ベルトで変身――》
「それはだめッ!! 絶対絶対だめ!!」

 体が咲のものだろうが、ヘキサに戦わせるなど以ての外だ。ヘキサだけはこの修羅の巷に飛び込ませてはいけないし、そうであるからこそ咲も安心して戦えるのだ。

《咲、でも……あのね!》
「デモもストライキもないの! 上のお兄さんはあたしだけで追いかけるから」
《……わかったわ。じゃあ、うちの車使って。運転手さんの中で一番古株の人を呼んで。その運転手さん、わたしが産まれる前から呉島家付きだから、たぶん、お父さんをその“施設”に送り迎えしたこと、あるかもしれない。道知ってると思う》
「アドバイスさんきゅ。……ごめんね。フジュンな動機で、ヘキサの体使っちゃって」
《そこは気にしないわ。たぶん、わたしも咲と似たような理由で、咲の体で駆けずり回ったから。――気をつけてね》
「ありがとう。ヘキサも気をつけて。またあとで」





 咲は通話を追えてすぐさま行動に出た。ヘキサに言われた通りに、咲は最古参の運転手に頼み込んだ。天樹が生前に通っていた“施設”へ行きたい、理由は長兄の身が危ないからだとまくし立て、運転手に思いきり頭を下げた。
 その運転手はヘキサの予測通り、郊外の特別な施設へのルートを知っていた。
 咲はすぐに自家用車に乗って貴虎が向かった“施設”へ向かった。

 郊外の雑木林を行くことしばし、一台の車が無人で停め置かれていた。運転手によると、あれは貴虎の私用車だという。

 咲は単身、砂利道を駆け出した。
 霧深い道を抜けると、目の前に廃墟が現れた。「沢芽児童保護院」の看板の上には、ユグドラシル系列のマーク。――ここで間違いない。

 チェーンで封鎖された正門は、すでに人がこじ開けて通ったと思しき開き具合。咲もまたその正門の隙間を抜けて、荒れた建物の中に足を踏み入れた。

 咲は不気味さを我慢して、薄暗い施設を、奥へ奥へと進んだ。

 ふと、一つの開けっ放しのドアが目に留まった。正門と同じだ。そのドアにもまた木材の封印があり、それが破られた跡があった。

 咲がそのドアの向こうを覗き込んだ時だった。
 か細く、声がした。女の、掠れた呻き声。

 咲は反射的に急傾斜の階段を駆け下りた。
 散らかった地下室に出て、咲は、埃が積もった床に倒れる藤果を見つけた。

「おねーさん!!」

 咲は藤果に駆け寄り、小さな体で精一杯、藤果の上体を少しだけ起こした。

 藤果は顔中にエイリアンのような痣を何十本も浮かせ、苦しげに眉根を寄せて歯を食い縛っている。

(どうしよう、どうしよう。このまま藤果おねーさんが死んじゃったら。なにか、ないの。なにか、あたしにできること。どうしよう。だれか。ねえ、助けて。たすけてよ)

 敵味方も損得勘定も、善悪さえもない。目の前で死にかけている人に何かしてあげたいのに何もできない。その過酷は、11歳の少女に涙を流させてもしかたないものだった。

 咲は、泣いた。ごめんなさい、とくり返し言って、とにかく泣いた。
 ――流れた涙の(しずく)は藤果の顔にいくつも落ち、滑って、彼女の唇を濡らした。

 ぴく――藤果の指先がわずかに、動いた。

「ぅ……」
「おねーさん!?」

 藤果がうっすらと瞼を開けた。

「おじょ、う、さま……どう…して…?」
「どうしてとか何でとかは長くなるから以下省略! それより、おねーさんはだいじょうぶなの? もう痛かったり苦しかったりしない?」
「あ、れ――? そういえ、ば…なんとも…治って、る?」
「よかったぁ…よかったよぉ…っ」

 嬉し泣きする咲を、藤果が茫洋と見上げていた。




 しばらくして、藤果が口を開いた。

「どうして、あなたが泣くんですか? 私はあなたのお兄さんを、殺そうと――」
「したね。でも、えっと、ちょっと今は訳アリで。とにかく、お兄さんたちより藤果おねーさんのが心配だったの。だからここで、生きててくれてよかったなって」

 藤果はまじまじと咲を見上げた。信じられないものを見る目だ。

「――私はたったさっきまで、あなたの上のお兄さんと戦ってた。殺すつもりだった。彼は、私に――とどめを刺さなかった。生かしておいたらまた命を狙うって、言ったのに――本当に甘い、ひと。どうしてあんな優しい人が――」

 咲の頭に小さな疑問が浮かんだ。――藤果は本心から貴虎を殺したいとは思っていなかったのではないか、と。

 使い古された言葉だが、その気になればいくらでもチャンスがあった。料理に毒を盛る、寝込みを襲撃する、兄妹の誰かを人質に取る、etc――
 なのに、藤果はアーマードライダーとなって敵対した。貴虎も光実も歴戦のアーマードライダーであれば、彼女の選んだ殺害方法は下策中の下策だ。

「まだ……足りない? まだ、おねーさんの気持ち、満たされない?」
「……もう、分かりません。だって、私はたったさっき、貴虎に殺されました……呉島に復讐しなければみんなが浮かばれないと信じていたコドモは、さっき、死んだんです……あなたが、兄弟より私を心配だと言ってくれたように……私も、ここで殺された仲間たちより、貴虎ひとりへの想いが上回ってしまった……ねえ、お嬢様。もうどちらも憎みきれないし愛しきれなくなった私は、どこへ行けばいいんでしょう――?」

 藤果がこれから行くべき場所。その答えなら咲にも分かる。

「病院行こう」
「――え」
「病院でケガ治してもらいに行こう。それで元気になったら、カウンセリングに行こう。あたしも昔……いじめられてた時期、ごはんの味がわからなくなったこと、あるの。その時のカウンセラーさん、紹介するから。そしたら、おいしいもの食べて『おいしい』って感じられるようになるし、アップルパイも今よりおいしく焼けるようになるって」
「――何ですか、それ。まるで夢見がちなコドモみたい」
「だ、だって正真正銘、コドモだもん! しょーがないじゃん!」
「ふふ……そうですね。あの貴虎に育てられた子だから、きっと大人びたしっかり者だって、勝手に誤解してました……あなたは本当に、“普通の女の子”として育てられたんですね……」
「――そうだよ。『呉島碧沙』はね、どんな家に産まれてどんな立場になったって、『ただの碧沙』なの。忘れないで」

 無事に元に戻れた時に、藤果に、本物のヘキサを咲のようなじゃじゃ馬だと思われないように、念のための注意だ。

 藤果は苦笑しながら、戦極ドライバーからリンゴのロックシードを外して、咲に差し出した。――自ら戦うための力を、手放した。

 咲は藤果の手からリンゴのロックシードを受け取った。

「確かに受け取ったから」

 藤果は満足げな表情のまま気を失った。

 いつもならアーマードライダーに変身して藤果をおぶさって外へ連れ出すこともできたのだが、生憎と今の咲はヘキサの体になっている。
 加えて、スマートホンはこの地下室だと使い物にならないようなので、外に出て人を呼んで来なければいけない。それに、ここに藤果が倒れていることの言い訳も考えなければ。

 幸い、外に直通の階段がある。咲はブレザーのポケットにリンゴのロックシードを押し込み、その階段を使って建物の外に出た。 
 

 
後書き
 「美しい人」は林檎の花言葉だったりします。

 ※2018年5月23日、内容差し替え 
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