ランス ~another story~ IF
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第13話 鬼畜王戦争の記憶Ⅲ
異世界に真っ先に飛び込んだ志津香は周囲を確認した。
そこは広大な世界。
そして遠くに見える大きな大きな生物らしきものがいた。
且て第二次魔人戦争にて 討伐した鬼の魔人バボラよりも、一回りは大きな生物が、非常にゆっくりとした速度で動いていた。
『ここは……』
『うむ。スロージャイアントだ。此処であれば、あの生物以外おらぬ故、危険はなく、他のモンスターの邪魔もない。あの場所にいるのであれば、こちらに来たがっていたとしても、この距離では早くて一日は掛かるからな。寂しく、つまらぬ場所ではあるが、元々無害に加えて、他に危険分子もおらぬ最適な場所だ。腰を据えてじっくり話すのであれば』
この場所は現在の大陸とは全く違う世界…… その名も異世界 スロージャイアント。
名は、この世界を発見したミラクルが付けたものであり、この広大な世界にただの巨人1人しか存在しなく、目的もなく、存在意義さえわからない。更に言えば知能も極端に低いからか本能のみで動いているのだ。
傍から見れば悲しい生物……と写るだろう。死にもせず、普通なら生物であれば食事をし、睡眠をとり……、少なからず欲と言うものが存在する筈、それが一般的な常識だった。少なくとも、自分達の世界ではそれが当然だった。
だが、この巨人には何もない。死にもしない。ただそこにいるだけだった。そして解き思い出したかの様に歩き回るだけで、それだけで完結した世界だ。
『……………』
一番先に、この世界に到達していたマスク・ド・ゾロは あの巨人をただ眺めていた。志津香やミラクル、そして続けざまにかなみやヒトミ、シーラにハンティ、フェリス、香と続々とこの世界へと来る。ゲートの開く独特の音がなり止む事は無かった。
『マスターオブネメシス。この光景、懐かしくはないか? くくく。もう10年以上昔だが、主を含め、皆に見せてやったであろう。サウスモールに連れて行っても良かったのだが、如何せんあちらはモンスターが厄介だからな。話し合いには不向きだ』
ミラクルは、ゾロがあの男であることを大前提に話しを進めた。
これで、自然に会話に加わろう物なら、最早確定。最初の鎌掛け、と言った所だろうか。……いや、生半可な言葉は捨て、直球を選んだとも言える。
ゾロは、巨人を眺めながらも ミラクルの言葉に耳を傾けていた様でゆっくりとした動きで振り向いた。
『ふむ。懐かしい……とは思えぬな。私にとっては見慣れぬ光景だ。……どうやら元居た世界からかけ離れている様だ。ミラクル・トー。私はこの世界を知らない。お前達は誰と勘違いしているのかは知らぬが、ここは初めて来た。故に、少々戸惑っていただけだ。……さて、ここに連れてきた目的を、教えてもらえないか』
ゾロの答えは、此処に集った娘たちが訊きたかった答えとは程遠かった。
誤魔化している気配が視えない。本当に知らない……と言わんばかりに答える姿勢に、心が折れそうになったのも無理はない。
『―――いつも、いつも、救ってくれているのは感謝しているわ』
そこに一歩前に出たのは、ミラクルではなく志津香だった。
自身がかぶる魔法使いの帽子をぐっ と深くかぶり 男の顔を見ない様にしつつ、話し続ける。
『RA5年…… あの馬鹿が魔王の血に負けてしまった時の最初の襲撃。リセットのクラウゼンの手が届いたのも、アンタがランスを止めてくれてたからだってこと、判ってる。リセットの事も微かに覚えて、止まったって見方が多いみたいだけど…… それ以上にアンタがしたって判ってる。アンタがいなかったら成功しなかった。魔王の時だけじゃない。……その前の魔人戦でも』
それは公にはなっていない事だ。
一度目の魔王ランスを止めたのはリセットの一撃である、が実際にはやや異なる。確かに魔王の血に侵され、屈したランスだったが、リセットの顔は まだ心の何処かに微かに残っていた様で、それで隙が出来た と言うのも間違いではない。……だが、それでも 相手は魔王の称号を持つ この世界で絶対の強者。如何に強い戦士がいた所で、そうやすやすとリセットの攻撃、ビンタが届くとは思えない。
その一役を担ったのが……眼前の男だった。満身創痍と言っていい魔軍との連戦にて、陰ながらに敵戦力を減らし、魔王まで導き、その魔王戦において、傍らで魔法を放つなどして決定的な隙が出来たのだから。
『ふむ……。そうだったな。確かに』
ゾロはそれを否定する様子は無かった。
それは、あっさり認めるのに、肝心な所は認めてくれない。ゾロとあの男は別人である……と言う可能性だってあるかもしれないが、今の志津香には、いや この場に集った全員がそれを認めたくはなかった。そして、もう1つの候補があるのだ。本人であるけれど、本人ではない。矛盾しているかもしれないが、有り得る現象の候補がもう1つ。
『っっ……!! 戦うなら、最初から協力してよ!! 違う……違うっっ! いつも、いつも、私達の傍にいてっっ!! きっと、きっと…… 思い出す筈だからっ!』
そう――何らかの影響で記憶を失っている、と言う可能性だ。
第二次魔人戦争後の突如の消失。原因は誰にも判らなかった。その時に何かがあったのは判る。もう敵対する魔人は全て撃破し、もう危険は何一つない筈なのに。それでも何かがあり、そして 記憶を封じられた可能性だってある、と感じていた。
ゾロは、それを訊いて ゆっくりと首を左右に振った。
『すまないな。生憎だが、私が活動できる時間は限られているのだ。詳しくは説明できないが その辺りは判ってもらいたい。……先程の様に、いつも危険な時にしか駆けつけられないのは、悪いと思っているが。いや、駆けつけられてない時もあることを踏まえても……すまないな。人類の危機だと言うのに』
その顔半分がマスクで覆われており、表情は見る事は出来ないが、それでも 申し訳ない、と落としているのは判る。判るからこそ、本当の事を言っているのだとも思えてしまうのだ。
『それが望みなのであれば、現時点で叶える事は出来ない。私は戦いには、協力する。……が常に行動を共にいる事は出来ない』
『ッ……』
『それと、思い出す、と言うのは一体何のことだろうか。ミラクルの様に、お前達も私を誰かと勘違いをしているだけなのではないか?』
その言葉を訊いた瞬間に、志津香が更に前に出た。
表情を隠す様に帽子を深くかぶっていたのだが、それを脱ぎ去って、ゾロを正面から見た。
そして、志津香だけではない。
共に此処に来た かなみやヒトミ、シーラ、ハンティ、フェリス、香、五十六、ウスピラ……。
此処に来る事が出来た者。間に合った者全員が前に出た。
『勘違いなんかじゃないっ! 思い出して!! アンタは………っ、アンタは……』
志津香の目からは大粒の涙が零れ落ちており、それが志津香の勢いによって宙へと舞った。舞うと同時に、その名を口にする。……男の名を。且ての人類の英雄の1人の名を。
『ユーリ。……アンタは、ユーリ・ローランド! ………ゆぅっ!!』
それが、その名を呼んだ瞬間が合図だった。弾かれる様に皆が動き出した。
『ユーリ、おにいちゃんっっ! もどってきてよっ、お兄ちゃんなんでしょ? ぜったい、ぜったい……。わたし、わたしにはわかるんだからっ!! 私がおにいちゃんの事、間違える筈ないもん! ず、ずっと ずっと会いたかった。会いたかったんだからっっ!! うわぁぁん おにいちゃんっっ!!』
ヒトミがゾロの所へと駆け出し、しがみ付いて泣き出す。マスクを着けている為、表情は読み取れないゾロだが、言葉を発する事もなく、ヒトミのしがみ付かれたまま、だった。
そして、次にヒトミの傍にいて、同じく涙を流しているのは かなみだ。彼女は抱き着いたりはしなかったが、その場で身体を震わせていた。
『ユーリ、さん……。なんですよね。ユーリさん、ですよねっ!? 戻ってきてくださいお願いしますっ。わたし、わたし あなたがいないと……わたしっ……。みんなみんな、待ってるんですっ。ウズメも、ユーリさんの事を……帰りをずっとずっと待っているんです』
続いて、ハンティとシーラもだった。順番待ちをする……なんて余裕はない。想いの丈をぶつける為に、今 集まれる者だけの全員が、此処に集ったのだから。いや、彼女たち以外にも沢山いる事だろう。……彼の帰還を待っている者達は。
『ったく、いったい いつまでほっつき歩くつもりなんだいユーリ。……大体そんな強いオーラ出す様なヤツを、魔法を斬っちまう様なヤツを、魔人を それも二体だよ? それを一蹴する様なヤツを、他と間違える訳ないだろ? お前以外にいる訳ないだろ? ……お前はユーリなんだ。……理由は判らないが、今は 『ゾロ』って人格になってるって感じだけど、それは乗っ取られてんのか? ……いや 若しくは記憶自体が今飛んでんのか? まぁ 何でも良いけどね。判ってんのは、絶対に治してやるって事だけだ、だから一度戻ってきな!』
『ユーリ様……。私は、あのヘルマンの革命の時。……いえ、それ以前初めてお会いしたあのマルグリット迷宮での時。……貴方に救ってもらったあの時から今日まで、片時も忘れた事はありません。会えなくなって、本当に辛かったです。会えない時も、いつもいつも、私は貴方を想っていました。貴方の傍を、離れたくなかった……。もう一度、頭を撫でて欲しかった……。大丈夫だと、言ってほしかった。だから、だからお願いします。どうか、どうか……』
ゾロからの返答はない。4人の想いに更に乗せる形でここに降り立った人物がいた。
それはこの場で唯一の人外――悪魔フェリス。
且てユーリが契約し、使役した悪魔。そして、そんな主従関係などはない。対等であり、親友であり、互いにとって、かけがえの無い存在だ。何よりも、フェリスもこの場の皆にも負けない程――、ユーリを愛しているから。
『ユーリ。……ダークランスはお前の事を兄だと慕っていたのは知っているだろう。……わたしの息子は、アンタの事をずっと探していた。身体がボロボロになっても、精神が崩れても、戦えない身体になっても、ずっとずっとアンタの背を探し続けた。………私だって同じだ。ユーリの事を、探し続けた。……ようやくわたしが会えた。もう、帰ってきてくれ。アイツには………、わたしには、わたし達にはお前が必要なんだ。もう、何処にも行かないでくれ……っ。頼む……。わたしの3つの願い。わたしが 悪魔に願うとすれば、お前だけ、なんだ。それ以外に、いらない……。3つとも、全部お前に使う……っ』
涙が等しく流れる。突如いなくなり……そして息子のダークランスの暴走を止めた時でさえ、涙をこらえる事が出来たのに、今だけは我慢できず流れた。
魔法大国ゼス、四将軍の1人。氷軍の将軍ウスピラ・真冬。
『………私に、心をくれたのが、ユーリ。貴方……だった。ずっと――絶望してた。将軍の大役を担ってきたのも、ずっと誤魔化し続けてた。戦ってる内は忘れる事が、出来ていた。………わたしは心の何処かでは自分は幸せになんかなってはいけないと思ってた。そんな私に、温もりをくれた。………でも、ユーリ。あなたがいなくなって、わたしの心が、また氷初めてしまった。……………お願い。戻って、きて。世界のどこにも……ユーリがいない事だけは、わたしは耐えられそうにない、から』
ウスピラも騒然な人生を歩んできた。事業に失敗した両親が一家心中した時が始まりであり、彼女だけが生き残る。だが、そこからが生き地獄だと言って良いだろう。借金をカタに売られ、当時のゼス長官の元へと所属する事になった。……愛玩動物も同然の扱いだった。そんな絶望の中でも、学業を続け 優秀な成績を残し続けていたが、当時は腐敗していたゼス。毎日の様に慰み者にされ続けていた。
そんな地獄から助けてくれたのがユーリと言う冒険者だった。ゼス長官の実態が表立った事もあり、元々容姿端麗、成績優秀だったウスピラへの同情が集まって辞任に追い込まれ、復讐をしようとユーリに襲い掛かって、そして返り討ちにあった。
その日から、ウスピラは一日たりとも忘れた事がない。ユーリと言う男のことを。
そして JAPAN組の五十六と香姫。
かつてのJAPANの戦国の世を統一。ランスと共に平和へと導いてくれた英雄の1人であるユーリ。香姫は兄と慕い……、五十六にとっては、足利から弟を守ってくれた人。そして 愛する人。……子を授けてくれた人だった。
『ユーリ殿……。私もあなたがそうだと、間違いないと、思っています。勇義も立派に……ユーリ殿に似て逞しく、賢く、立派な男子へと成長致しました。だけど……私の心の中には、まだ大きな穴があるのです。……貴方が、この世界にいないのだと言われたその瞬間から、大きな穴が出来てしまってました。……そして、貴方を見た時から、その心の穴が塞がっていくのを感じます。……間違いないとわたしの中でわたしが叫んでいるのです』
五十六の横に立つ香姫。
同じくJAPANの戦国時代において、ユーリと共に戦い続けた織田家の姫にして、現国主。あの血で血を洗う争いを止めてくれたのがユーリとランスだった。そして、何よりもユーリと言う人は、今は亡き香姫の兄……信長に誓ってくれた筈だった。
『ユーリ兄様。覚えてますか……? 私の兄……信長兄様の前で誓ってくれた事。家族を、兄に変わって見守り続けると。必ず、守ると、言ってくださいました。私は今でもはっきり覚えています。忘れません。忘れることなんて、できません。……私は、まだ ユーリ兄様と離れたくありません。……ずっと、ずっと傍にいて欲しいって思うのが私の心からの願いです。……私の我儘、です。もっともっと我儘を言って良いと、ランス兄様も、ユーリ兄様も、我儘を言って良いと言ってくれました。ですから、言わせてください。……戻ってきてください』
語っても語っても、尽きる事などはない。口を開けば、少しでも思い返せば、湯水のごとく、温かい気持ちが湧き上がってくる。
そして、ここにいる女達の願いは、ただ一つだけだった。
――帰ってきて欲しい、と言う願い。
それは、戦争を手伝え、共に戦えと言ったものではない。ただ、傍にいて欲しいと願うだけだった。
『………』
仮面をかぶった男、ゾロは ゆっくりと背を向けた。
しがみつき泣き続けるヒトミの頭を撫で、落ち着かせる。ヒトミ自身はまだまだ涙を流していて、離れる気配がなかったのだが、少し落ち着ける事ができたのか、或いは本当に久しぶりの感触。撫でてくれた事で 心が癒されたのか、向けられた表情は 笑っている様に見えた。
でも、その笑顔も直ぐに陰る事になる。それはヒトミだけではなく……。
『……お前達の想いの強さも判る。私にも判る。その表情を見れば一目瞭然。秘めている内なる想いもハッキリと私には見えた』
表情こそは仮面の奥にあり、見えないのだが それでも雰囲気で分かった。申し訳ない、と表情を落としている事に。
『私から言えるのは『すまない』そして『申し訳ない』それしか言葉が見つからない』
それは聞きたくはなかった返答だった。
勇者災害と言う未曽有の事態から露わになったゾロと言う男。一目みた時から何かが引っかかり……会う度に確信に近い気持ちが固まってきていた。
やっとの思いで目の前の男と対峙した。間違いないと誰もが思っていた。
それは、相手にしてみれば、勝手な思い込みなのかもしれない。それでも―――ここまで来たんだから。
『否、それだけではないか。ユーリ・ローランド。………それは誰だ? 私の名はマスク・ド・ゾロ。申し訳ないが、違うとしか言えない。人の身で姿を現しているのだが、私と言う存在は―――』
ゆっくりと手を掲げると、光の粒子が降りてきてゾロの周囲に降り注いだ。
『私はマスク・ド・ゾロ。その名を持ち、……創造神の啓示を受けた者。とも言っておこう。この世界から神は去った――が、残してくれた物はあるのだ。それが今、我が力となっている。……私の力は そう言ったものからきているのだ。故に、人外な力と言われている』
神々しいまでの光だった。
神異変で全ての神や天使がいなくなってから 久しく感じなかったもの。
そして――それが決定的だったかもしれない。
皆が知るユーリ・ローランドと言う男は、神と言う存在を好ましく思っていないと言うのは 皆が知っているから。そして、フェリスが誰よりもそれを感じた。神か悪魔か、と問われれば 悪魔をとる――と言っていたから。
『では、私は行く。………さらばだ』
光を纏ったまま、ゾロは背を向けた。
誰も声すら上げなかった。ただ、その背を見送る事しか出来なかった。
唯一変わらなかったのは、ミラクル・トーのみであり、逃がすつもりはない、と行動を起こした。それは異界へ追い込んでいるからこその油断。ゲートをミラクルが開かない限り、元の世界に戻れない。つまり袋の鼠も同然である――と思い込んでしまった失態。
ゾロはミラクルの前でゲートを展開したのだ。
流石に唖然とするミラクル。この魔法を使えるのは、歴史上において数人。若しくは魔王。即ち魔法Lv3の使い手でなければ不可能なのだから。
『私は、今のお前達の期待には応えらない、が。人類に対し、見合う働きするつもりだ。常に共に行動する事は出来ずとも、私はお前達の味方。それだけは、覚えておいて貰いたい』
ゾロは、そう言い残して 異界から去った。
誰も何も言えない。聞いてなかったのか? とさえ思える程に誰も反応しなかった。
ミラクルだけは、ゾロ獲得に執念を燃やしていたが、それは後に皆に優先順位を言われる。
それが――最初の邂逅にして、失意の結果である。
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