外伝・少年少女の戦極時代
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ライダーズ・ロジック ①
大切な仲間に暴力を振るった挙句、大切な場所から自分を追放した、憎い憎い略奪者。
シュラにとって、駆紋戒斗はそういう男だった。
そんな憎い男の下に付き、シュラなど最初からいなかったかのように戒斗に傾倒していく元仲間たちは、シュラには直視に堪えなかった。
傾倒したばかりか、かつて戒斗が「卑怯」と切り捨てた不正を他のビートライダーズのチームに対して行うザックとペコを知り、アザミと二人、悔し涙を流したこともあった。
だから、シュラは一つの覚悟を固めた。
強くなる。
駆紋戒斗と初めて会ったあの日、自分がもっと強ければ、チームもチームメイトも取り上げられることはなかった。ましてやチームメイトたちを卑怯者に貶めることもなかった。
駆紋戒斗がチームバロンを脱退したと聞いて、その覚悟はさらに頑なになった。
駆紋戒斗がいない今、チームの仲間たちを導けるのはシュラだけ。
遺憾ながらも“バロン”となってから実力を上げた彼らを、束ねられるだけの強さが、シュラには必要絶対条件だった。
体を鍛えた。心を練った。
結果として、シュラはその身一つで地下闘技場のチャンピオンに登り詰め、挑戦者に心酔されるだけの男となった。
ザックやペコ、かつてのチームメイトを導くに足る器になった。
シュラ自身をここまで押し上げる契機となった駆紋戒斗に、感謝し、敬意を示す寛大ささえ手に入れた。
もう誰にも「卑怯者」とは言わせない。我が強さはここに至れり。
熱狂する観客の中から、一人だけ冷めた顔でリングに出て来たザックを認め、シュラは歓迎の笑みを刷いてザックに歩み寄った。
…
……
…………
大勢の観客が熱狂する闘技場で、ザックだけはひどく冴え冴えとした気分でそこにいた。
シュラが競技賭博の報酬として勝者に、もうあるはずのないロックシードを渡した瞬間でさえ、疑問より想いの渦巻きのほうが大きかった。
「一人の男がこの国を去った! その男の名前は、駆紋戒斗。彼はチームバロンを作り、強さを求め、強さで世界を変えようとした! 彼の名前を叫んで讃えろ」
観客から巻き起こる戒斗コールに、ついにザックは耐えられなくなった。否、耐えるのを、やめた。
ザックは観客を割ってリングに出た。
「――これはこれは懐かしい顔だ」
シュラは親愛を浮かべてザックに歩み寄り、昔よくしたようにザックの肩を掴んでリング中央へと招いた。
シュラがザックを観客に紹介する段になって、ザックはシュラの腕を振り解いて、ステージに上がった。そして、動揺もあらわなペコの手を掴んで連れて帰ろうとした。
ペコが、ザックの手を振り解かなければ。
「……俺はここに残る」
「どうして……っ」
「本人の意思を無視するわけにはいかねえなあ」
シュラがステージに上がって来て、男たちの一人から薄いノートPCを受け取って開いた。
画面にユグドラシル・タワーに似た塔の3D映像が表示された。
「間もなく救済の時がやってくる」
シュラは語る。塔の名は、セイヴァーシステム。要約するに、かつてのユグドラシルが有していたスカラーリングとそう変わらない殲滅兵器だった。その上、シェルターに隠れた一握りの人間だけが助かるという点まで同じと来た。
「どうだ、ザック。俺たちの仲間にならないか。戒斗はお前たちを置いて行った。だから俺がお前たちを束ね、救済へ導く。そうできるだけの強さを俺は手に入れたんだ」
怒りで熱した思考ではなく、冴えた思考でいたから、ザックはシュラを改めて見つめ直すことができた。
シュラのオーラはリーダーのそれだ。戒斗とも、自分が知るビートライダーズのどのリーダーとも異なるが、今のこの男は指導者としてふるまうにふさわしいものを持っている。
「断る」
だからといって、それがそのまま賛同する理由にはならない。
「――だったら帰すわけにはいかねえな」
シュラは笑みを消し、指を鳴らした。
ステージ上にいるネオ・バロンの構成員がザックを取り囲む、その前に、ザックはステージから跳び下りた。
だが、暗がりで見えなかった位置から、別の男たちが出て来て、今度こそザックを包囲した。
男たちがザックに襲いかかってきた。この人数、避けるだけで精一杯だ。突破できない。
徐々に回避の精度も下がり、男たちのパンチやキックがザックの全身の至るところを痛めつけていく。
「お待ちなさいッ! 一対大勢なんて卑怯じゃなくて?」
観客の中から出て来たのは、凰蓮・ピエール・アルフォンゾだった。
「ここはワテクシにお任せなさい」
凰蓮は上着を脱いで適当な観客に預けるなり、猛然とネオ・バロンの男たちに挑みかかった。
凰蓮と示し合わせたようなタイミングで、今度は城乃内秀保が出て来て、ザックの腕を肩に回させて立ち上がらせた。
(逃げねえと。でも足が。俺の足はもう)
パパン! パパパパパン!
クラッカーの弾ける音がして、曲がった楕円のプチ爆弾が爆ぜた。
紙吹雪がザックに振りかかる。すると、動かせない、と思った足にほんの少しのパスが開通した。
ザックは全神経を開通したパスにつぎ込んで足に命令し、立ち上がった。立ち上がれた。
城乃内の肩を借りて闘技場から逃げて走りながら、ザックは自身の根底にあったものに気づいた。
気づいて、泣きたかった。
(何だよ。動く、動くじゃねえか、俺の足。オーディション本番で足が上手く動かせないなんて、俺の実力がこの程度で打ち止めだって事実から目を逸らしたいがための言い訳だったんじゃねえか。ああ、俺は何て――弱いんだ)
後書き
セイヴァーシステムの本来の機能を知った今だと、シュラがとても可哀想に思えてならない今日この頃です。
戒斗生きてるのに何を思ってのネオ・バロン?
その動機を冒頭にモノローグに詰め込んでみました。伝わっていれば幸いです。
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