殺人鬼inIS学園
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第二十六話:殺人鬼、帰省す。
前書き
ちょっとした閑話です。今回はだらしない殺人鬼を。
「まずは、帰還ご苦労様でした」
「……」
あの後、ドイツ・フランス国境にたどり着いたラシャは、待機していたIS学園の使者と名乗る人間と合流し、無事帰国を果たしていた。学園にはIS委員会からの査問という体で通されており、特に山田先生と千冬からは何があったのか問い詰められたが、全て機密という事でお茶を濁す結果となった。
「今後の依頼の通達も新聞という形ではなく、異なる通達に変えました。この携帯電話によって以来の通達云々をお伝えしますのでよろしくお願いいたします」
用務員状態の十蔵からシンプルな携帯電話を受け取ったラシャはついでに数日の夏季休業を言い渡された。
「久々に家に帰るか。どうなっているのかまるでわからないが」
「わぁお」
率直に表現すると、ラシャの自宅は無くなっていた。彼のアパート自体が取り壊されてしまっており、雑草が我が物顔で蔓延る空き地へと変貌してしまっていたのだ。
「何があったんだよこれは」
「……白騎士事件さ」
声のした方向に振り向くと、買い物袋を下げた一夏が立っていた。
「まさか……」
「ミサイルの破片が直撃して取り壊されたんだ。……ラシャ兄が居なくなって一週間も経ってなかった」
「そんなにダメージがやばかったのか?」
「白騎士事件の被害をもみ消したんだよ、あいつら。IS神話を小奇麗に見せるためにこのアパートは邪魔だって……さ」
一夏の脳裏に過る偉そうな女性。ソレに顎で使われる黒服達。全てが苦く、憎悪で焼き切れそうな記憶だ。
「そうだったのか……」
ISを絶対視する連中は手段を選ばない風潮が定着して久しくなっていたが、白騎士事件直後から片鱗は見えていたのだ。
「俺だってこないだ千冬姉に教えてもらったばっかりだよ。ラシャ兄、ごめん。俺がもっとしっかりしてれば壊させなかったのに、ラシャ兄が居なくなったショックで何も出来なくて……」
今にも泣きそうな表情を見せる一夏に対し、ラシャの表情は明るかった。
「お前はいつだってしっかりもんさ。そもそも10歳にもなってない子供に家を守ること自体難しいことだしな」
「ラシャ兄は悔しくないのかよ!?千冬姉との思い出を壊されたんだぞ!?夏休みに宿題手伝ってくれた部屋も、マンガ本持ち込んで寝転がってた部屋も、俺に料理を教えてくれた台所も、一緒に汗だくでプラモ作ったベランダも……なくなっちまったんだぞっ」
嗚咽をこらえ切れなくなった一夏の瞳に涙が光る。不思議とうるさいはずの蝉の声が静かに聞こえる。まるでラシャの次のセリフを待ちわびる劇の観客のように。
「悔しい。もちろん悔しい」
ラシャは歌い出すように口を開いた。
「だが、お前や千冬ちゃんが生きている。これから取り戻せばいい。それともお前はこれから俺と心中するつもりだったのか?」
喝采を上げるように蝉の声が元に戻る。
「俺は……」
「解っているとも。連中が憎くないのかと言いたいのだろう?無論憎い。だが、今直ぐに出来ることはたかが知れている。故に今は何もしない。お前も連中に目にもの見せたければ胆を舐めることを覚えろ」
いつの間にか、ラシャは織斑姉弟の同居人としてではなく、復讐に燃える殺人鬼として一夏に話していることに気づいた。
「良いか、敵というものは直ぐ戦って勝てることってのは稀なんだ。大抵は相手のことをよく調べて弱点を探って勝つんだよ。宮本武蔵とかがよくやってたやつだな」
「でもよ、やっぱり卑怯じゃないか?それ」
「じゃあ今直ぐ俺を倒してみせろ、そうすれば認めてやる」
ラシャは右腕の袖から警棒を取り出すと正眼に構えた。
「うぉぉ!?待った待ったあ!!」
咄嗟に両腕を上げて降伏の意思を伝える。ラシャは呆れ顔で警棒を袖に引っ込めた。
「どうだ?相手を知る事を怠るってのはこういうことだ戦って負ければソレでおしまい。下手すりゃ死ぬ。死んだらソレまでだ」
「……」
ラシャは一夏の頭を乱雑に撫でた。
「お前は俺よりまだ若い。だからつまらないことでドジ踏んで欲しくないんだ。どうしても悲願を成就させたいならそのための力を着けるんだ。そのためなら俺や千冬ちゃんは喜んで協力するぜ?」
「わ、わかったよ」
「さて、一夏。帰んな。千冬ちゃんが怒る前によ」
気付けば既に正午を回っており、長針は20分に届こうとしている。途端に一夏の顔が青ざめる。
「やべえ!アイス買ってたの忘れてた!……あ、ああああああああああ!!袋の中が甘ったるい汁まみれにっっっ!!!」
真夏の直射日光をこれでもかとばかりに浴びまくった買い物袋からは、甘ったるくも爽やかなサイダーやストロベリーの香りが露骨に漂い、中身の惨状を雄弁に物語っていた。これでは昼食の材料も滅茶苦茶であろう。
「うぁお」
二人の脳裏に、昼飯を滅茶苦茶にされて怒り狂う千冬の姿が浮かび上がる。
「じゃあ俺は帰るわ、一夏よ、生きていたらなんか奢るぜ」
いそいそと踵を返すラシャの足元に一夏はしがみつく。はずみでラシャは顔面から地面に突っ込む形で転倒するが、必死に灼熱のアスファルトに爪を立てんばかりに掴みかかり、ひたすら前に進もうとする。
「ラシャ兄も来いよぉ!俺だけでどうしろって言うんだよぉ!!絶対死んじまうよ俺!!」
「俺が行ったところでどうにもならんのは目に見えているだろうが!離せコラ!!」
「嫌だあ!!死なば諸共ォ!!」
非常にしょうもない攻防戦を繰り広げている二人のもとに、見慣れた影法師が差した。
「お前たち、特に一夏。帰りが遅いから様子を見に来てみれば何をしている……私はアイスクリームが食べたいと行ったはずだよな?だから早く帰れとも言った。違うか?」
そこにはうだるような暑さでイライラが臨界点に突破してしまい、おしとやかさや女子力と言ったものが全て禍々しさに置換されてしまった般若がごとき羅刹女が居た。ノーブラタンクトップにホットパンツという姿なのにまるで色気を感じないのは、やはり周囲に渦巻いている粘性の強い怨念めいた謎のオーラの様なもののせいであろうか。
「ラシャ、お前がついていながらどういうことだ?ん?」
「いやあ、何だ。つい話し込んじまってたらいきなり一夏がな……」
「分かった、アイスが溶けたのはお前のせいなんだな。うん。死刑だ」
「ち、千冬ね……」
「一夏、お前も同罪だ」
「「ぬわーーーーーーっ!!」」
この時の千冬の折檻は鳴きに鳴いていた蝉共でさえ我先に飛び去るほどの凄絶なものであったという。
「そんなわけでクソ暑い中我々のためにお暴れになられましたので、そうめんを献上したいのですが如何でしょうか?」
「うむ、苦しゅうない」
惨劇から一時間後、片頬に大きな紅葉を貼り付けたラシャは、織斑家応接間にて戦前の戦国武将のごとく鎮座している千冬にそうめんを恭しく差し出していた。一夏は全速力でアイスクリームを買い直しに言ったため、現在シャワーを浴びていた。不機嫌な千冬という核爆弾と同じ屋根の下に居る貧乏くじは引かせられぬと、ラシャが敢えて矢面に立つ形となったのだ。
「しかし、俺の部屋の道具をみんな運んでくれていたんだな」
ラシャはちらりと二階へ目をやった。そうめんを茹でる前に、千冬に通された二階の一室には彼がアパートに置いていたものがほぼ無傷で置かれていたのだ。勉強机やかき集めた史料。何気無く買った漫画本やその日適当に書いた買い物のメモまでが律儀に置いてあったのだ。
「何時帰って来ても良いようにしただけだ」
千冬はそっけなく答えるものの、僅かに上気した頬と僅かに釣り上がった口角は、彼の帰還を喜んでいるに違いない。一見突き放したような態度を取っているが、此方を捉えて離さない流し目がバレバレである。
「そうかそうか、ところでな~にビール空けてるのかなあ~?」
ラシャは苦笑いしたまま千冬の右手でチャプチャプ音を立てている銀色の缶に目をやった。白騎士事件以前は飲酒できる歳ではなかったとは言え、此処までの飲ん兵衛になってしまうのは頂けない。
「今日はオフだ。見逃せ」
「ほう、日の高いうちから呑むとはいい度胸だ。健全なる社会人として教育してやろう」
ラシャは一呼吸置くと、外へ飛び出していった。
「さて鬼が出るか蛇が出るか……」
ビール缶を置いて身構える千冬。数分後、戻ってきたラシャは抱えてきたスーパーの袋の中身をカジノのディーラーが如くテーブルに並べた。
「これは……」
「チーカマ、チーチク、干しイカ、塩辛、ジャーキーにブロックチーズ……呑むには最低限揃えておくものだ、覚えておけ」
「ふっ、完敗だな。今回ばかりは負けたよラシャ」
「ソレを言うなら乾杯だろ千冬ちゃん」
そう言いつつビール缶を軽くぶつけ合う様は完全に駄目な大人達であった。
テーブルのつまみが減少していくのに反比例して部屋に酒臭さが充満していく。ラシャは、千冬の飲酒ペースがいつもより早いことに気付く。いくら鋼の肝臓を持っていたとしても、急性アルコール中毒を心配せざるを得ない状況に、ラシャは待ったをかけるべく手を伸ばした。
「そろそろよせ、晩飯も控えてるし大体飲み過ぎだぞ?」
「んあぁ?」
何とも情けない声を上げて反応を返す千冬。ラシャはコイツはもうダメだと判断し、事前に用意しておいたミネラルウォーターを手に取ると、千冬から空になっているビール缶を取り上げた。
「やらぁ、まだのむぅ……」
「残りの量もわからねえくらい酔ってるじゃねえか。そんな状況じゃあ酒の味もクソもないだろう。何があったか知らないがそこまで呑むほどのことか!?」
刹那、ラシャの天地が逆転した。いや、千冬によって投げ飛ばされて組み伏せられたのだ。
「何があったか……だと?」
床に叩きつけられた衝撃で平衡感覚を取り戻そうとあがいていたラシャの脳は、続いてお見舞いされた千冬の頭突きによってさらにかき乱された。
「お前が帰ってきたじゃないか、ここに!なのにその態度は何なんだ!?いつも理由を作って居なくなって……私や一夏がどれほど心配したか……」
千冬の声に嗚咽が混ざる。ラシャは10年近く根無し草を続けていたために一つの家屋に長居することをほぼ忘れてしまっていた。今ねぐらにしているIS学園の部屋でさえ引き払う時はあっさり引き払えてしまう程にものがない。
「……そうか、そうだな。心配掛けたなぁ」
「遅すぎだばかぁ!!」
「すまなかっ……おむっ!?」
唐突にラシャは千冬に唇を奪われた。熱を持った千冬の舌がラシャの口蓋を、歯をこじ開けて、舌と絡まり合う。同時に千冬の両腕がラシャの後頭部に優しく、しかし逃さぬように添えられ、抱きしめられる。
長い、長いキスが終わった。蕾が花開くように顔を離した二人だが、まだ体は密着したままだ。離れたく──放したくないのであろう。千冬の両腕はガッチリとラシャの背をホールドしている。
「ラシャ……」
なにか濡れを帯びた様な甘えた声で千冬が耳打ちする。此処まで来て意味を察することが出来ないほどラシャは愚かではない。
「一夏が居るぞ?」
「あいつは長風呂だ、上がるにはまだ時間が……!!」
千冬の表情が凍りつくと同時に、ラシャの背後から何かが雪崩落ちる音と、女の悲鳴が聞こえた。
「イタタタ……鈴さん!寄りかかりすぎですわ!」
「セシリアのお尻が大きいからよく見えないのよ!!……あっ」
振り返ると、一夏と、最近彼とよく行動を共にしている一年の専用機持ち達が折り重なって倒れていた。いつの間にかシャワーから上がっていた一夏は、三人ほど──鈴、セシリアと呼ばれた少女とシャルロット・デュノアの下敷きになっている。
千冬の表情に朱色が戻る。ラシャの前にしか見せない只の女の子な『織斑千冬』からブリュンヒルデである『織斑先生』にギアチェンジする。
「お前たち、何時からそこに居た」
「の、ノーコメントです……?」
困惑顔で引きつった笑顔を浮かべるシャルロット。しかし、その横を千冬の手刀が掠める。
「わひゃあ!?」
「記憶を失え」
「マジよ、あの千冬さんはマジだわあああ!!」
「お、織斑先生がご乱心ですわぁ~~!?」
「逃げるな鳳、オルコット!!貴様らも記憶を失え!安心しろ、例えIS操縦技術が基本からすっぽ抜けても半日でもとに戻してやる!!」
「ひいいいいぃぃぃぃぃぃ!?」
この後、一夏が回復するまで織斑家を訪れてあわよくばひと夏の恋を堪能しようとしていた少女たちはホラー映画ばりのサバイバルを骨の髄まで味わう羽目になったとさ
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