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朱の盆

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第五章

「酷いな、いきなり投げるなんて」
「襲い掛かって来る方が悪いわよ」
 奈緒は上半身を起こして抗議してきた妖怪に怒った顔で返した。
「それこそ」
「襲うってわしそんなことせんよ」
「嘘よ、じゃあさっきのは何よ」
「驚かそうとしただけだよ」
「それだけ?」
「それだけだよ、わし等朱の盆は人を襲ったり食ったりとかしないよ」
 妖怪は自分の名前も言ってきた。
「間違っても」
「あんた朱の盆っていう妖怪なの」
「そうだよ、泉鏡花さんの天守物語にも出てるぞ」
「そうなの?」
「歌舞伎の方ではこの姿で出てるよ」
 こう母娘に話した。
「間違っても人を襲ったりせんよ」
「そうした妖怪なの」
「驚かせるだけでな」
 それはするがというのだ。
「他のことはせんよ」
「いやあ、けれど夜道でいきなり出てきたらよ」
「襲われると思ってか」
「投げられても文句言えないわよ」
 奈緒は強気で自分の行動は正しいと主張した。
「生憎だけれどね」
「きついなあ」
「きつくないわよ、当然よ」
 自分の行動はというのだ。
「女の子相手にそんなことしたら」
「世知辛いものだな、しかし本当に言うぞ」
「驚かせようとしただけだったのね」
「そうだよ、しかし驚かせようとして投げられるんならな」
 朱の盆はその場に胡坐をかいて述べた。
「今後驚かせ方を考えないとな」
「少なくとも痴漢と間違えられない様にした方がいいわよ」
「それはわしにとっても不名誉だしな」
「そうでしょ、だったらね」
「これからはこうした驚かせ方はしないよ」
「ええ、今度私の前に出てきたらまた投げるから」
「やれやれ、腕だけじゃなくて気も強い娘だな」
 朱の盆はあくまで強気な奈緒にぼやいた、そしてだった。
 二人に別れの挨拶をするとその場から消え去った、これで母娘は再び家への帰路についたがここで晶子は言った。
「妖怪が本当にいるなんてね」
「これでわかったわよね、お母さんも」
「ええ」 
 その通りだとだ、晶子も答えた。
「この目で見たからね」
「私もはじめて見たわ」
「あと柔道もね」
 今度はこのことについて話した晶子だった。
「いいわ」
「いいって?」
「さっきは奈緒がいてくれたから助かったし」
「あっちは驚かせるだけだったけれどね」
「けれど若し痴漢とかだったら」 
 その時はというのだ。
「大変なことになってたから」
「だからなのね」
「ええ、奈緒がいてくれたから助かったから」
「柔道もなの」
「こう言えば手の平返しで自分勝手だけれど」
 それでもだ、自分を助けてくれたからだと言うのだった。
「頑張りなさいね」
「有り難う、じゃあ柔道どんどん励んでね」
「これからも強くなるのね」
「柔道していたらすっきりするし勉強にも集中出来るから」
 奈緒は柔道をはじめてから成績がかなりよくなった、汗を流してストレスが解消されているせいである。
「だからね」
「これからも柔道していくのね」
「頑張るわ、全国大会も目指すわ」
「その意気でね」
 晶子は娘に微笑んで言った、そうして二人で家に帰った。母と娘は肩を寄せ合って仲良くそうした。


朱の盆   完


                 2018・4・27 
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