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いたくないっ!

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第八章 魔法女子ほのか (Bパート)

 アイキャッチ パターンB

 ほのかがお風呂の浴槽、気持ちよさそうにしている。
 猫型妖精のニャーケトルが、何故かノラ猫に追われて浴室に乱入。
 びっくりしたほのか、顔を真っ赤にしながら怒ってタライを投げるが、壁に跳ね返って自分の頭を直撃。


     15
 (しま)()(さとる)が、うつろな表情でふらふらと歩いている。
 少し離れたところに、気を失って倒れている(はや)(かわ)()(おり)

 香織の傍らには黒装束の男、副将軍コスゾーノ。冷酷そうな笑みを浮かべて、彼女を見下ろしている。

「目が覚めた時には、すべてを忘れ、平和な日常の中に戻る。我が帝に捧げるための純を育む、ただそのために。いつか訪れる、真の恐怖のために」

 ちらり、とマーカイ獣の、その手に握られた青い光の球へと視線を向けると、

「手柄である。マーカイ獣ヴェルフよ。だがまだまだ、計画の序章に過ぎない。まずはこのようにして、人々の純粋な気持ちを食い尽くしていくのだ」

 副将軍コスゾーノは、マーカイ獣ヴェルフの肩をぽんと叩いた。

「さすれば人々は笑顔をなくし、奪ったパワーは極悪帝ヤマーダ様の美味なる供物となる」

 くくく、こらえ切れずといった笑い声を漏らした。

「ひとだび力の均衡が崩れ闇寄りに傾けば、まだ覚醒しきっていない上に力場という後ろ盾を失った魔法女子など、もう造作ない。一撃のもとに屠ってやろう」
「に、に、ニ撃くらいはっ、耐えられますう!」

 制服姿の女子高生、(こつ)(ぶえ)ほのかが、立っていた。

「わわ私っ、それなりにタフなんでっ!」

 身体も言葉も、ガタガタ震えている。

「強がってるくせに、いってること無茶苦茶情けねえんだよ、てめえ!」

 宙に浮かぶ、ローブのフードをすっぽりかぶった小太りトラ猫ニャーケトルが、ほのかの頭をぼかんと殴った。

「だ、だって、だって、なんか怖いんだもん! 強そうなんだもん! ニャーちゃん直接戦わないから分からないんですよお」

 ほのかは涙目になって、コスゾーノと半人半狼のマーカイ獣を指差した。

「魔法女子、か」

 コスゾーノはぼそり呟くと、口元に、ふっ、と薄い笑みを浮かべた。

「こんな小娘に、これまで何度も苦汁を飲ませられてきたのかと思うと。だが、それもすぐ過去のことになる。今日こそは貴様を倒し、この町の魔道スポットをすべて占拠する。それは、世界を闇に染め上げるための前進基地となるだろう」
「ほのか、あの野郎なんかかっこつけたことペラペラ喋ってるぞ。おめえも負けずに、ビシッとなんか決めたれ!」
「えーっ? ……わ、分かりました」

 すーっと息を吸うと、きっ、と黒装束の副将軍を睨みつけ、口を開いた。

「へ、へ、平和な、まちっ、をみだ乱す者、例え天が、たたっ例え地が、にゅるそうとも、この私が許しませんっ!」

 つっかえつっかえ、最後など怯えきった金切り声であった。

「なんか凄まじくダッせえ口上だけど、まあいいだろ。よおし、ほんじゃあ行くぜほのかっ、変身だあっ!!」
「いやあ、それはちょっとお……」

 頭を掻きながら、えへへと笑うほのか。
 ニャーケトルは宙からひゅんと逆さに墜落し、地面に顔面強打した。

 猫型妖精は、よろよろ上体を起こしながら怒りの形相で、

「じゃあなんでここにきたああ? てめえ変身しないと小学生より弱えじゃねえかよ!」
「だって、だって」
「なあにが、この私が許しませんだよ」
「いえ、あの、許さないという気持ちは本当なんですがあ、変身もしたくないというか……。そんなことよりも、小学生より弱いというのは、いい過ぎだと思いますう」
「弱えじゃねえかよ、実際! 泣かされてたじゃねえかよ! つうか、そんなことより、って、そっちの方が大事だろうがよ!」

 二人のやりとりを黙って見ていたコスゾーノであったが、

「遊んでやれ、マーカイ獣ヴェルフ」

 飽きたということか、そういい残すと突然巻き起こった黒い旋風の中に自らを消し去った。

「仰せの、ままにっ!」

 マーカイ獣ヴェルフが、邪悪な目を光らせた。
 次の瞬間には、目にも止まらぬ速さでほのかへと飛び掛かっていた。

 だが、ヴェルフの恐ろしい爪は、空気を切り裂いただけであった。
 ほのかが横っ飛びで転がって、紙一重でかわしたのだ。

 ニヤリ、マーカイ獣ヴェルフは、口の両端を釣り上げた。お楽しみはこれから、といったような表情であった。

 その邪悪な顔が、驚きと怒りに歪んだ。
 先ほど地上に墜落していたニャーケトルが、土を蹴り上げて目潰しを見舞ったのだ。

 その隙に、ほのかとニャーケトルは逃げ出していた。

 公衆トイレの裏側。
 木々の枝葉が鬱蒼と覆うところに隠れると、きょろきょろと、ほのかは辺りを確認する。

 マーカイ獣よりも、別のことを気にしているように見える。

「ここなら、……変身、出来るかな」

 ぽ、と顔を赤らめた。

 と、ここでいきなりナレーションの声が入る。


『なぜ隠れる必要があるのか。
 説明しよう。
 魔法女子へと変身する際、ほのかの衣服は全部溶け、魔道着へと分子レベルで再構成される。
 早い話が、一瞬だが全裸になる。
 ほのかは、それが恥ずかしいのである』


「誰だって恥ずかしいです!」

 ナレーションに突っ込みを入れるほのか。
 まあ、変身は一瞬であるとはいえ、スロー再生で三十秒ほども尺があるので、仕方ないところか。

 ほのかの脳裏に、悟と、香織の姿が浮かんだ。
 恥ずかしそうに赤らんでいたほのかの顔が、変化していた。
 真面目な、凛とした表情へ。

「絶対に……守ります、生命、戻します、笑顔」

 右の手のひらを、そっと自分の胸に当てる。
 ふわり柔らかな光が右腕を包んだかと思うと、その右腕に、赤を貴重とした石のような金属のような、不思議な器具が装着されていた。

 異世界古代の腕時計「アヴィルム」である。
 前へと突き出すと、添える左手でアヴィルムの表示盤側面にあるボタンを押した。

 ほのかの両腕に、真っ赤な炎が突如現れて二匹の龍のようにからみついた。
 そっと目を閉じ、そして、唱える。

「トルティーグ、ティ、ローグ。
 二つの世界を統べる者。
 炎の王よ。
 汝、きたりていにしえよりの契約を果たせ。
 その名、ザラムンドル!」

 
 まばゆい輝きに全身を包まれながら、ほのかは両腕を振り上げた。

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 ハープと、太鼓。
 神秘的幻想的、かつ、力強い躍動感、音色。

 学校の制服姿のほのかが、毅然とした表情で、立っている。
 背後には、激しく燃える無数の炎が、うねりうねって渦をなしている。
 まるで、炎の龍のようである。

 その、炎の龍が、もたげた鎌首を振り下ろす蛇のように、次々と、ほのかへとシャンと伸びて、身体に撫でまとわりついていく。

 全身から、足元のアップへと映像が切り替わる。視点が、ぐるぐる回りながら、上へ上へと、ほのかの姿を映し出していく。

 ごう、と炎が腕を撫でると、制服の袖がなくなって、肩から伸びる細い腕が、根から先端まであらわになった。

 ごう、と炎が身体を包み回るように上ると、靴、靴下、スカート、ブラウスが燃え、パチリはぜたその瞬間に空気の中に溶け消えた。

 白い下着だけの姿になったほのかへと、頭上から迫る二匹の炎の龍がぐんと伸びて交差した。

 下着さえも燃え溶けて、生まれたままの姿になったほのかの背後で、うねる炎の渦が大爆発、爆音とともに四方八方に飛び散った。

 四散した炎がすべて、吸い付くようにほのかの肉体へとまとわりついた。
 身体に、
 腕に、
 足に。

 めらめら燃える炎に全身を包まれているというのに、ほのかの顔は涼しげで苦痛の色は微塵もない。
 炎の中で、ほのかはすうっと右腕を、そして左腕を軽く振るった。
 まとわりついていた炎が散って消えると、ほのかの腕は、白を基調に赤や薄桃色で装飾された布地に包まれていた。

 続いて、今度は身体を覆う炎が、弾けるようにすべて吹き飛んだ。
 胴体部分も腕と同じような色合いであるが、質感が違う。鎧の役割を果たしているのか、皮のように硬そうだ。

 古代日本風の現代アレンジというべきか、中世ヨーロッパファンタジー風というべきか、いずれにせよ見る者に幻想感を与える服装であった。
 コルセットでもしているかのように細く硬そうな上半身に比べ、膝上丈のスカートはふんわり柔らかそう。
 いつの間にか手足には、赤いグローブに、ブーツ。

 もともとが赤毛髪質の彼女であるが、それがさらに燃えるような色へと変わっていた。


『これが魔道着によって真の能力が開放された、ほのかのバトルフォームである』


 変身を終えたほのかは、常人には信じられない跳躍力を発揮し、目の前の建物を軽々と飛び越えて、マーカイ獣の前にすたっと着地。
 軽く屈んだ姿勢から、ゆっくりと立ち上がった。

「魔法女子……」

 と、牙をむき出しぐるると唸るマーカイ獣を、ほのかは顔を上げて、毅然とした顔で睨みつけると、口を開いた。

「紅蓮の炎、世界にあり! 我、魔法女子ほのかが、炎を己が刃とし、蒙昧にゃる、間違った、蒙昧なる、ああ悪、悪の、し、しし、使徒どども、じゃなくて、どど、どぼのっ」

 上手くいわねば格好がつかない、と焦りが焦りを呼ぶ悪循環の、最低な口上であった。

「噛みまくるくらいなら、黙ってろよ!」

 口上はお約束か、とおとなしく聞いていたマーカイ獣も、さすがに忍耐の限界に達してしまったようで、イラつき隠さず牙をむき出し怒鳴った。

「きき、昨日は練習でちゃんといえたもん!」

 ほのかは恥ずかしさをごまかすように、声をひっくり返して叫んだ。

「変身してもバカはバカ、って噂は本当だったんだな」

 マーカイ獣ヴェルフは、肩をすくめ苦笑した。見下しているどころか、哀れみすら浮かんでいる表情であった。

「ほのかーっ!」

 怒鳴り声を張り上げたのは、ニャーケトルである。ふわふわと、ほのかの眼前へと迫り、ぽかんと頭を殴り付けた、

「アホな噂を立てられてんじゃねえよ! 舐められっだろがあ!」
「バカっていう方がバカなんですう!」
「てめえを見てりゃあ誰だっていうぜえ!」
「こ、これから戦いだというのに、そんな人の気持ちを盛り下げることいって、なにかいいことあるんですかああ!」
「うるせえな、いちいち涙目になってねえで、とっとと狼野郎を倒せよ!」
「いわれなくても……あれ? いないっ!」

 きょろきょろ周囲を見回すが、マーカイ獣の姿が見えず。
 風を切る音に、ふと見上げると、

「死ねえ!」

 マーカイ獣が、ほのかへと落ちてきた。
 丸太のような太い腕をぶんと振って、ほのかの顔へと、鋭い爪を打ち下ろした。

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 まるでパワーショベルで掘ったかのように、大きく深く、えぐられていた。

 地面が。
 マーカイ獣ヴェルフの、鋼のように硬く巨大な爪が、砂場の砂をかくように見るも簡単に切り裂いたのである。

 本来こうなるべきは、ほのかの肉体であったが、彼女は間一髪、横っ飛びでかわしていた。

 マーカイ獣は、逃した獲物へ向き直ると、地を蹴り風のような速さで跳び、再びほのかを攻撃した。

 だが巨大な爪が切り裂くは空気。

 単発では終わらず、さらに、ぶん、ぶん、と巨大な爪が襲うが、ほのかは、横へ、後ろへとステップを踏んでなんとかかわし続ける。

 大振りの一撃を身を屈めてかわすと、その隙をついて、ひゅん、と大きく後ろへと跳躍して木陰へと身を潜めた。
 木陰を使って見えないようにしながら、さらに後ろの木、後ろの木へと跳ぶ。

「くそ! ちょろちょろしやがって! どこ行きやがった!」

 地を震わすような叫び声が、公園内の空気を轟かせた。

「だって、動かなかったら切り裂かれちゃうじゃないですかあ。ちょっと様子見です」

 生来ののんびり口調で、こそり唇を動かすほのか。

 足元、地面に不意に生じた小さな影に、ぴくり肩を震わすと、瞬時に真顔になって空を見上げた。
 影、巨大な金属の塊であった。
 頭上から落ちてきたそれは、一瞬にしてほのかの視界をすべて塞ぎ、地面へと落ちた。

 どおおん、という音とともに、土が爆発したかのように激しく吹き飛んだ。同時に、ぎしゃああ、と金属のひしゃげる、耳を覆いたくなるような不快な音。

 間一髪のところで横っ飛びでかわしていなかったら、ほのかの肉体はぐしゃぐしゃに押し潰されていたかも知れない。魔道着が身を守っているとはいえ。

 土煙、視界が晴れる。
 空から落ちてきた金属の塊は、自動車、タクシーの車体であった。ひっくり返って、屋根が完全に潰れてしまっている。

 先ほどから公園脇に一台停車していたが、その車体であろうか。
 マーカイ獣が、ほのかのいる場所の見当をつけて、野球ボールのごとく軽々と放り投げた、ということだろう。

 青ざめている、ほのかの顔。
 ぶるぶると震えている、ほのかの全身。

 自分が下敷きになっていたかも知れない、という恐怖のためではない、
 それよりも、自分のことよりも、むしろ、

「も、もしも中に人が乗っていたら、どうなっていたと思うんですかああ!」

 そう、ほのかの震えは、人の生命を大切に思う優しさからくる怒りのあらわれだったのである。
 マーカイ獣の冷血無情っぷりに、憤り、怒鳴り声を張り上げていた。

「お、おい、ほのか!」

 ニャーケトルの呼び声に、示す視線に、彼女は屈み込みながらタクシー運転席を覗き込んだ。

「人がいたああああ!!」

 ひしゃげた隙間から見える運転席に、ヒゲ面の中年男の姿があったのである。

「だだ、だいじょう……」
「グガーーッ」

 気持ちよさそうな大イビキに、ほのかとニャーケトルは仲良く車体に顔面強打。

「あいたあ。なんか気持ちよさそうに寝てるんですけど……って、お父さんじゃないですかああ! なに仕事さぼってるんですかああ!」

 そう、タクシーの運転手は、ほのかの父、(こつ)(ぶえ)(へい)(はち)だったのである。

「もう、こんな状況になっても眠り続けているなんて、どれだけ鈍いんだか」
「遺伝か」

 ニャーケトルがぼそり。

「なにがですか? 私は鈍くなんかないですよ」
「悪い悪い。分かってるよ、本当はウスノロなんだってこと」
「そうですよお。私はウスノロなんですから。……ところでウスノロってなんですかあ?」

 などと軽口投げ合いながら、ほのかはタクシーの車体に両手をかけると、

「よいしょ」

 華奢そうに見える細い身体の、どこにそんな力があるのか、ひっくり返って逆さまになっていた巨大な金属の塊を、ごろり一回転させて起こしてしまった。

「お仕事を怠けていたこと、お母さんにいいつけた方がいいのかなあ。……それとも、黙っていてあげるかわりに、なんか買ってもらおうかな。……って、それは後の話。それよりも、いまは……」

 ほのかは木陰から、舗装路へと出た。
 ようやく居場所を探り当てたか、正面からマーカイ獣が歩いてくる。

 ばちり火花を飛ばし合う合う二人。
 ほのかは、ぎゅっと拳を握った。


『いまはとにかく、マーカイ獣を倒すこと。たまたま悪運の強いお父さんだったからよかったけど、普通の人だったら絶対に大怪我してたよ。……なんだか今回の相手はやたら凶暴そうで怖いけど、でも、だからこそ……』

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 ほとんど同じタイミングであった。
 マーカイ獣ヴェルフが咆哮を上げながら走り出すのと、ほのかが意を決した表情で走り出すのは。

「ファイアリーロッド!」

 走りながら叫ぶほのかの右手に、鼓笛隊のバトンのような、きらびやかに装飾された棒状の物体が握られていた。

 魔法女子の基本装備である、ファイアリーロッドだ。ほのかの一声で、いつでも思念を実体化させて取り出すことが出来るのである。

 ぎゅっと握りしめ、走り続ける。
 風を切って走る二人の距離は、一瞬にして密着するほどに接近していた。
 ぶん、と爪が唸りをあげる。
 ほのかは、身体をひねって紙一重でかわしながら、ファイアリーロッドの先端でマーカイ獣の腹部をついた。

 どおん、と爆発し、二人の姿は真っ赤な爆炎に包まれた。
 マーカイ獣は後ろへ吹っ飛ばされ、技を放ったほのかも自らの爆風によって地面に身体を叩きつけられた。

 ゆっくりと、注意深く、ほのかは起き上がる。
 ふわふわと、ニャーケトルが近付いてくる。

「効果、あったのか……」
「分かりません」

 というほのかの顔に、驚きの表情が浮かんでいた。
 もうもうとした煙が晴れると、そこにはマーカイ獣ヴェルフが、平然とした顔で立っていたのである。

「蚊にさされた方が、よっぽど効くぜえ」

 余裕そうな口調に、表情。
 強がりなどではなく、確かにまったく効いていない様子であった。
 マーカイ獣は、言葉を続ける。

「だけどよ、お前さあ……すっトロそうな顔してるくせに、さっきからチョロチョロと動きやがって、あったまくんだよなあ!」

 吠えた。
 空間どころか時をも揺るがすような、凄まじい吠え方であった。

 どむ!
 一瞬にして、マーカイ獣の上半身が大きく膨らんでいた。ただでさえ凄まじい筋肉量であったのが、数倍に増していた。

 ほのかは、ひいーーっと情けない声を上げ、おどおどした表情で後ずさった。

「や、やっぱり逃げてもいいですかっ?」

 涙目で、ニャーケトルに尋ねる。

「いいわけねーだろ!」
「だだ、だって、なんだかっ、だってだってっ」

 筋肉の塊になったマーカイ獣を指差しながら、必死になにか訴えようとしている。あんな怪物に勝てるわけない、ということだろう。
 だが、その指差す先に、マーカイ獣の姿はなかった。
 消えていた。
 そして、上空でなにかが風を切った。

「くたばりやがれえっ!」 

 情けなく怯えているほのかを、頭上から、マーカイ獣ヴェルフのさらに凶悪さを増した爪がぶぶんと唸りをあげて襲った。
 紙一重、なんとかかわすが、そこへマーカイ獣ヴェルフの、着地ざまの一撃。

 それすらも、とんとつま先で地面を蹴ってかろうじてかわすほのかであったが、だが、攻撃の勢いはあまりにも凄まじく、風圧によって吹き飛ばされていた。

「ぐっ」

 大木に、背中を打ち付けた。
 バキバキと音がして、大木は見るも簡単にへし折れ倒れた。
 それだけの攻撃を受けたというのに、ほのかは痛みに顔をしかめつつも、すぐに立ち上がり、きっ、と前を向いた。

 マーカイ獣ヴェルフが残忍そうな笑みを浮かべ、獲物を仕留めるべく雄叫びあげながら身体を突っ込ませてくる。
 ほのかは、距離を取って体制を立て直すべく、大きな跳躍で後方へ下がった。
 しかし……

「逃さねえ!」

 ぶぶんっ、
 ぶぶんっ!

「え、え……」

 ほのかの目が、驚きに見開かれる。
 マーカイ獣が腕を振るたびに、ほのかの身体が、胸ぐらを掴まれ引っ張られているかのように、引き寄せられていく。

「なにやってんだ、ほのか!」

 ニャーケトルの叫び声。

「吸い寄せられるんです!」
「俺は本気を出せば、このように空間そのものを切り取り、消滅させることが出来るんだよ! お前も空間ごと存在自体を切り取ってやるよ、魔法女子ほのか!」

 喜悦の叫び声、その破壊的壊滅的な攻撃から逃れようと、必死の跳躍を試みるほのかであるが、下がった距離の分以上に空間を切り取られてしまい、二人の間はだんだんと近づいていく。
 あとわずか数メートルというところで、

「武器っ、武器を作れっ!」

 思い出したように、ニャーケトルが叫んだ。

「そ、そうでしたっ!」

 ほのかは必死に抗いながらも、目を閉じて、なんとか集中。念じ、右手に握ったファイアリーロッドを天へと掲げた。

 ごう、と炎の龍が宙をうねり、消えたかと思うと、すーっとなにかが落ちてきた。
 思念を具現化させて、無から武器を生み出す。前回の敵であるマーカイ獣ゾコルピオンとの激闘によって引き出された、ほのかの魔法女子としての新たな力だ。

 ほのかはファイアリーロッドを心の中に戻して、代わりに落ちてきた新たな武器を掴んだ。……のであるが、

「にゃんだ、そりゃあ!」

 ニャーケトルの、なんともいえない間抜けな声。

「え、ええっ! ああっ、これピコタンハンマーだっ!」

 真っ赤な、合成樹脂製で柔らかい、叩くと中の笛でピコッと音が出る。ほのかが手にしていたのは、そんな幼児用の玩具であった。

「ひょっとしてえ……」


 ぽわわわん、とほのかの回想シーン。
 デパートの玩具売り場で、幼児と一緒になって玩具を振り回して遊んでいるところ。


『つ、次っ、次はあ、私がシャラシャラの役ですう。いきますよー、ひっさーつピコタンハンマーーっ!』


 回想シーンの画面にヒビが入り、ガラスのようにバリンと割れ、

「んな幼稚なことばっかりしてっから、そんなもんが出来ちまうんだよ!」

 激怒した表情のニャーケトルが、割れたガラスから顔を出した。

「そ、そんなこといわれてもっ!」
「クソの役にも立たねえもん作りやがって」
「でも、なにか隠された力があるかも知れない。ええいっ!」

 ピコン。

 あと一歩の距離にまで吸い寄せられたほのかの、先制攻撃。ピコタンハンマーで、マーカイ獣ヴェルフの頭を叩いたのだ。

「えいっ!」

 もう一回、ピコン。

「お前なあ……」

 マーカイ獣ヴェルフ、すっかり呆れ果てたか、ぶんぶん腕を振るうことも忘れて棒立ちであった。

 しばし見つめ合う、二人。
 の、間に流れる非常に気まずい空気。
 沈黙。

 その沈黙に、先に耐えられなくなったのは、マーカイ獣の方であった。

「舐めてんのかそれはあ! ふざけてないで、真面目に戦えええ! 俺までバカだと思われるだろうが!」
「ごご、ごめんなさあい。だって、まさかこんな武器が出るなんてえ」
「ごめんだあ? 謝る気持ちがあるなら、まずは誠意を込めて地面に手をついてもらおうか」
「ええーっ! そこまでしなきゃならないことですかあ? じゃあ……ふざけてしまって誠に申し訳ござい……」

 渋々ながらも地面に膝をつき、手をつき、頭を下げて土下座をした……ところを、

「バカめ!」

 グシ、と後頭部を思い切り踏みつけられ、

「むぎゃ!」

 かなり硬い地面なのに、顔面どころか頭部まで完全陥没。
 ずぽんっ、と土まみれの汚れた顔を上げたほのかは、ぷるぷる首を振ると、恨めしそうな涙目をマーカイ獣へと向けた。

「ず、ずるい……」
「てめえがバカなだけだーーーっ!」

 相棒のあまりの情けなさに、ニャーケトルまで涙目であった。

「デブ猫のいう通りだっ! バカは死ねえ!」

 と、マーカイ獣ヴェルフは目の前にひざまずいているほのかへと、ぶんぶんと両手の爪を振り下ろした。
 だが、ほのかのいた場所にほのかはいなかった。

 空中であった。
 ぎりぎりで、大きく跳躍してかわしていたのである。

 華麗にトンボを切って、そして着地。

 どぼお、
 と、不快な音がした。

 道の端の排水溝に、たまたま蓋がされていない箇所があり、運悪くそこに思い切り片足を突っ込んでしまったのである。
 慌てて足を引き抜くが、ブーツはすっかり汚泥まみれであった。

「さ、さ、さっきから卑怯な攻撃ばっかりっ!」

 これで何度目であろうか、ほのかは目に涙を浮かべて、非難轟々マーカイ獣を睨みつけた。

「……単に、お前がバカなだけだろうが。そのデブ猫がいってたこと、聞いてなかったのかよ……」

 聞いていなかった。
 ただし、デブ猫のいっていたことを、ではない。マーカイ獣のいっていることを、である。
 何故ならば、

「私、もう怒っちゃいました……」

 そう、ほのかは静かに激怒していたのである。

 仁王立つ彼女の後ろに、どおおん、と炎の龍がうねうねとうねる。
 ほのかの顔がアップになる。
 自分の感情を押さえ込むように、ぼそり、小さく口を開いた。


「ほのかの、ほのかな炎が……いま、激しく燃え上がります!」


 どどどおおおん、と炎の龍が待ってましたとばかり激しく暴れうねり狂うが、しかし、ここでほのかは突然のテンションダウン、現実に戻って、

「ちょ、ちょっと待ってて下さいねっ。覗いちゃダメですからねっ! 逃げたりしませんから、私」

 と、意表を突かれて唖然としているマーカイ獣へ、ほのかはお願いしながら後ずさり、大きな木の後ろに隠れた。

 ここでナレーション、


『要は、これからパワーアップするつもりなのだが、最初の変身と同様に、やはり服がいったん全部溶ける。ほのかは性格は幼児だが、そういうところだけは恥ずかしいのである』


「幼児じゃないもんっ!」

 などとまたもやナレーションに文句をつけるほのかであったが、最後にギャーッという悲鳴が繋がって語尾がモンギャーになってしまっていた。

 何故にモンギャーと絶叫したかについて説明すると、先ほどからの戦闘による爆音轟音騒ぎを聞きつけたのか、浮浪者たちがわらわら集まっていたのである。

「あっちに行っててくださーい! えい、眠れっ!」

 ファイアリーロッドをひゅんと一振り。
 魔法で浮浪者のおっさんたちを夢の世界へ送ったほのかは、まだいやしないかと辺りをキョロキョロ確認すると、ふうっと息を吐きいた。

 ロッドを持った手を天へと振り上げた。
 詠唱。


「ティル、フィル、ローグ。二つの世界を統べる存在よ。我、契約せし者ほのかが願う。悪を滅し、調和を守護する、さらなる力を!」

     19
 炎の龍が再びあらわれて、ほのかを取り囲み、うねうねと舞い踊る。
 包囲の輪が狭まって、ほのかの身体が完全に覆い隠された。

 龍が離れると、ほのかの魔道着はすべて燃え散り一糸まとわぬ姿になっていた。

 龍の炎の色が、さらに赤く赤く変化したかと思うと、突然ごうと唸りをあげて、ほのかの柔らかそうな肉体を包み込んだ。
 ぐるぐると、炎の龍はほのかの身体を踊るように這い回り、突然、ぱあっと四散して消えた。

 そこには、真紅の魔道着に身を包んだほのかの姿があった。
 スカーレットフォームと呼ばれる、彼女の強化形態である。

「なんでいちいち服が溶けるんですかあ!」

 強化変身のバンクシーンが終了するや否、顔を赤らめて文句をいうほのか。

 その問いの、答えを述べるは簡単だ。


『お約束だからである』


 はーあ、とため息を吐いたほのかは、まだまだ吐ききれていないようであるが、キリがないと諦めたようで、

「まあ、いいや。……行きますっ!」

 たーん、と跳躍して巨木を軽々楽々と飛び越えていた。
 変身のために身を隠していただけであり、マーカイ獣は木の裏側にいるので、別に飛び越える必要もないのだが。

 それはさておき巨木を飛び越えたほのかは、マーカイ獣の前にすたっと着地。ぴしっとポーズとりながら決め台詞だ。

「パワーアップに勇気も無限。魔法女子ほのかスカーレット! この正義の炎をにゃみに、闇に、びゃっこする、ちみりょ……ちりみょ、えと、ちり、ち、ちみっ……」
「だから、噛みまくるくらいなら無理していうんじゃねえよ!」

 魑魅魍魎をいえず悪戦苦闘しているほのかにイライラしたか、マーカイ獣は怒鳴りながら、振り上げた腕をあらん限りの力で振り下ろした。

 がつっ!
 骨の砕けるような、鈍く不快な音が響いた。

 マーカイ獣ヴェルフの鋼のような爪が、ほのかの顔面に打ち下ろされたのである。

 空間を切り取り消滅させるほどの威力を持った、恐ろしい一撃を、ほのかはついに受けてしまったのである。

 ほのかの顔面に爪を食い込ませたまま、ニヤリ笑みを浮かべるマーカイ獣ヴェルフであるが、その笑みが驚愕に変わるまで一秒もなかった。

「それで、終わりですか?」

 ほのかが、まるでなんともない様子で、口を開いたのである。
 実際、ほのかの顔には傷ひとつ、かすりキズすらも、ついていなかった。

「バ、バカなっ! 俺の、俺の死の爪を受けて、なんともないはずが……」

 ずっず、とマーカイ獣は後ずさる。
 恐怖の形相で。

「終わりなら、今度は、こちらの番です」

 ほのかは、そっと目を閉じ、念じる。
 小さく口を動かし呪文の詠唱。

 いつの間にか、右手にグローブがはめられていた。
 デコボコとしたいびつな形状で、いたるところ機械仕掛けの、大人の頭部なみに巨大なグローブが。

 その得体の知れぬものに本能が危機を察知したか、マーカイ獣は息を飲み、後ろへと跳んだ。

 距離を空けようとしたのだろうが、しかし、その距離は跳躍前と寸分も変わらなかった。ほのかが、その分前進して詰めていたのである。

 光一閃。
 魔法のグローブによる一撃を頬に受けて、その圧倒的な破壊力にマーカイ獣ヴェルフはひとたまりもなく吹き飛ばされていた。

 だが、どこまで飛んで行くのかというくらいの勢いで吹き飛ばされたはずなのに、次の瞬間には、ぐん、と方向が変わって吸い寄せられるようにほのかへと戻っていく。

 吸い寄せられるように、というよりも、実際に吸い寄せられていた。
 パンチの勢いが作り出す真空によって。

「お、俺と似たような技でっ」
「お返しですう」

 ぶん、ぶん、右手のグローブが唸りをあげるたびに、マーカイ獣ヴェルフの身体がぐんぐん引っ張られて、あっという間に二人の距離は目と鼻の先。
「くそおおお!」

 空中で、体制不利ながらもマーカイ獣ヴェルフが爪を振り上げた瞬間である。

 ほのかの、天に穴を穿つような燃える炎のアッパーカットが、マーカイ獣の身体を捉えていた。

「ぐあああああ!」

 地獄の業火に全身を焼かれながら、
 断末魔の絶叫をあげながら、
 火山の爆発のように噴き上がりながら、
 マーカイ獣ヴェルフの肉体は、ぼろぼろと崩れて空気に溶けていった。

 それを見上げていたほのかは、戦いが終わったことを確信すると、グローブをはめたままの巨大な手を高く掲げて、


「ほのか、ウイン!」


 にっこり笑って自画自賛の勝利ポーズを決めた。

     20
 (こつ)(ぶえ)ほのか、
 ()()ないき、
 (たか)()(ゆう)()

 公園の中で三人は、茂みに身を潜めている。
 噴水の前に立っている二人を、固唾を呑んで見守っている。

 島田悟と、早川香織、数歩の距離でお互いを見合っている二人を。

「なんかさあ、こそこそしてて、後ろめたいなあ」

 雄也がぼそり。

「でも島田の奴が、見ててくれ応援しててくれ俺にパワー送ってくれ、ってこうしてあたしらを呼びつけたんだぜえ」

 ないきは、むしろありがたく思えといわんばかりの口ぶりである。

「愛の告白、成功するといいですねえ」

 ほのかは、他人のことながらドキドキしてしまって、笑顔が真っ赤っかだ。

「大丈夫っしょ。って確証はないけど、でも大丈夫」

 純情百パーセントのほのかと違って、娯楽百パーセントなのか平然とした表情口調のないきである。

「お、いうぞっ!」

 雄也のこそっと小さな叫び声に、ないきたちは口を閉ざし、耳を澄ませた。

「お、お、お、お」

 前回同様、相変わらずつっかえつっかえの悟であった。前回はこのあと、ほのかの顔を真っ赤にさせるとんでもないことをいったのだが。

「お、お、おれ、おれっ、おれっ」

 今回は大丈夫のようである。

「頑張れっ!」

 ほのか、両の拳を強く握り締めながら、茂みの陰からぼそりこそり。

「負けんなあ。うおーっ」

 ないきも、バレない程度の大声で、右手を天へと突き上げた。
 彼女らの応援が届いたのか、ついに悟が、

「おれっ、おれっ、おれとっ、とっ、つきっ、つきっ、付き合っ!」

 告白の言葉が喉元に出掛かった。
 だが、
 しかし……
 付き合「って」、の口の形になったタイミングであった。

「おい、香織、なにやってんだよ?」

 えんじ色のブレザー、他校の制服を着た、すらり背の高い男子があらわれたのは。

「ああ、孝一(こういち)くん」

 香織は、ニコリ笑顔を作った。
 知り合いのようである。

「だ、だだっ、だだっ、だだっ、だれ誰っ?」

 悟はすっかり狼狽した様子で、両手の人差し指をぶんぶん振り回した。
 つっかえつっかえようやく発した質問であるが、答えが返るまではほんの一瞬であった。

「彼氏だけど」

 それがなにか? といったような香織の表情。
 悟は、あまりの驚きに、張り裂けそうなほどの大口を開けていた。

「か、かかっ……」
「それよりも、島田くんの用ってなんなの? 私たち、これからデートだから、早く済ませたいんだけど」
「あ、ああっ、えとっ、えとっ、妹がさっ、お、お前のこと気にいっちゃって。たまたま近くにきたから、とか、なんとなあく、とかでいいから気が向いたらまた遊んでやってくれよな。って、それだけ。ただそんだけっ」
「うん、分かった」

 香織は笑顔で頷いた。

「学校でっ、たたっ頼んでもよかったんだけど俺はっ、なんか勘違いされてもお前が困ると思って。んじゃあなっ、デート楽しんでこいよ!」

 呆けた表情ながらも格好つけた台詞を吐いて、ぶんぶんぶんぶん手を振って香織たちカップルを公園から送り出したはいいが、いつまでも、その表情のまま、立ち尽くしている悟であった。

 茂みの陰から見ていたほのかは、同情禁じ得ないといった、ちょっと悲しそうな顔で、

「まあ、そういう関係も、ありですかねえ。でもなんだか、かわいそお……」
「いやあ、ありもなにも、あいつにはそういう関係程度しかありじゃないでしょ。アホでスケベで悟のくせに、彼女を欲するだなんて、百億年早いんだっつーの」

 ないきはそういうと腹を抱えて、わははははと大笑いを始めた。

「ちょ、ちょっと、ないきちゃんっ、そんなに笑わなくてもお! 目の前で、人が失恋したんですよお! フシンキンだと思いますう」
「だあって、おかしいんだもん。それとそれいうならフキンシンな。ああ、しかしおかしい最高っ!」

 と、ないきが、なおも振られっぷりに大爆笑していると、

「そんなにおかしいか?」

 いつからいたのか、悟がすぐ前に立っていた。
 恨めしそうな顔で。
 ないきは、びっくん肩を震わせると、一瞬浮かべたやべっという表情を、ごまかすような笑顔で隠しながら、

「あ、あっ、いや、ごめんね悟くーん。落ち込むなよお。元気出せーっ」

 と、しゃかしゃか悟の頭をなでるが、

「もうおせーーーっ!」

 叫ぶが早いか、悟はないきの制服スカートを両手でがっし掴んで、はぎ取らんばかり全力全開容赦なく躊躇いなくめくり上げていた。
 ないきの顔が隠れてしまうくらいに、目いっぱい限界まで。

 ないきの顔に「!」が浮かんだ瞬間には、悟は既に横へステップを踏んでほのかも同様の毒牙にかけていた。

「てめ、なにしやがる!」
「なんで私までえ!」

 二人は裏声で絶叫しながら、スカートを両手で押さえ付けた。

「うるせーっ、ブァーカ!」

 悟はあかんべえをすると、掴みかかろうとするないきの手をかいくぐって、お尻ペンペン挑発した。

「待てえ!」

 追いかける女子二人であるが、悟はすばしっこく、なかなか捕まらない。

 なんとなく雄也の方を見たほのかは、彼の顔が赤くなっていることに気づき、自らもぽあっと燃えるように真っ赤になった。まるで自分の髪の色のように。

「雄也くん、さては見ましたねえ!」

 標的変更、ほのかは雄也へと詰め寄った。

「べべ別にっ、な、なんにも見てないっ!」

 雄也は、踵を返して逃げ出した。

「怪しいっ!」
「怪しくないっ!」
「白状しなさあいっ!」

 逃げる雄也に、追うほのか。

「わはははは!」

 いつの間にか、ないきと悟が、取っ組み合って脇腹をくすぐり合っている。
 ほのかは、雄也を追いかけながらちらり横目で悟たちを見て、思わず微笑んでいた。


『やっぱり悟くんは、こうでなくっちゃダメですよねえ』


 ぽわわわわん、という音とともに映像範囲が急速に狭まって、画面左上の、ほのかの顔だけが丸い枠で残り、他の部分はすべて青い色になった。
 いわゆる丸ワイプである。
 その中で、振り向いたほのかが、カメラ目線になって口を開く、

「まっ、とりあえずは、めでたしめでたしってことで、いいのかな?」

 ふふ、
 と微笑んだその瞬間、

「ひゃあっ!」

 びっくり顔になって悲鳴を上げていた。
 ワイプの枠がぐーっと広がって、ほのかの全身が映る。
 背後から寄った悟によって、またスカートを豪快にめくられて下着全開になっていた。

「お前はあっ」

 と、都賀ないきが背後から悟の首根っこをがっしと掴んだ。

「いい加減にっ、しろおおお!」

 怒鳴りながら、画面へ向かって容赦なく顔面を叩きつけていた。

 むちょーーーっとガラスに押し付けられたような悟の顔。
 画面にピシパシと無数の亀裂が入り、そして、ガシャアンと砕けた。

     21
 ストリングスの、伸びやかで、少し物悲しい音色。


 暗い空間に、
 なにかが丸まっている。


 接近しすぎており、なんだかよく分からないが、


 あたたかそうな、
 やわらかそうな。


 画面中央に、ぼーっと白い文字が浮き上がった。


   脚本


 しばらくすると、その文字はぼーっと消えて、
 続いて、


    レンドル


 続いて、


   キャラクターデザイン


    トゲリン


 暗闇に丸まっているものを映しているカメラが、ゆっくりと回りながらゆっくりと引いていく中、女性の、力強くも寂しい、優しい、歌声が流れ始めた。


   声の出演


   惚笛ほのか


    あつーん


 中央で切り替わっていくクレジットとは別に、画面下には歌詞が表示されている。



  ♪♪♪♪♪♪

 そっと目を閉じていた
 波音ただ聞いていた

 黄昏が線になって
 すべてが闇に溶け

 気付けば泣いていた
 こらえ星空見上げる

 崩れそうなつらさの中
 からだふるわせ笑った

 生きてくっていうことは
 辛く悲しいものだけど

 それでも地を踏みしめて
 歩いてくしかないよね

 笑えるって素敵だね
 泣けるって素敵だね

 もう迷わず

 輝ける場所がきっと
 待っているから

 星は隠れ陽はまた登る
 暖かく優しく包む

 永遠の中

 出会えたこの奇跡に
 どこまでも飛べる きっと




 幸せは大きいより
 ささやかがいいよね

 胸のポケットに入れて
 大切に育てられる

 もし見失って
 立ち止まっていたら

 そのまま耳を澄ませば
 必ず呼んでいるから

 この世にいることに
 意味があるかは分からない

 それでもその笑顔を
 守りたいと思うから

 笑えるって素敵だね
 泣けるって素敵だね

 強がらずに

 優しさを分かち合おうよ
 意味など考えずに

 見上げれば青い空
 大地には花 風は静か

 信じてるから

 もう二度とない奇跡に
 また歩き出せる きっと




 この世にいることに
 意味があるかは分からない

 それでもその笑顔を
 見ていたいと思うから

 笑えるって素敵だね
 泣けるって素敵だね

 この懐かしい

 地図を確かめながら
 風になでられながら

 悲しくても笑うんだね
 嬉しくても泣くんだね

 生きているから

 生まれたこの奇跡に
 小さな花が心に咲いた

  ♪♪♪♪♪♪



 薄いシーツにくるまり丸まっている、ほのかの安らかな寝顔。


 映像が、すーっと闇に溶けていく。


 真っ暗になった画面。


 やがて、ぼーっと白い文字が浮かび上がる。


   制作 スタジオSKY&A 
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