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天使のような子に恋をした

作者:Evoluzione
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天使のような子と一緒に帰った


 ──今の言葉、俺の聞き間違いではないよな? 俺の耳が確かなら、南さんは一緒に帰ってほしいと言ったか……?

「あっ、嫌だったら正直に言って大丈夫だよ? 家の方角の関係もあるし……」

「いや、別に嫌っていう訳じゃなくて……。大丈夫なの? スクールアイドルが男と歩いていたって噂が流れたらヤバくない?」

「うーん、別にそこまで気にする必要はないと思うんだけどぉ……」

 言った通り、一緒に帰るのは嫌ではない。寧ろ嬉しいくらいだ。だけど南さんのことを考えるとどうしても躊躇してしまう。

「まあいいんじゃないか? 蒼矢は深く考えすぎなんだよ。それに、またナンパされたら今度は助けられないぞ」

「それはそうなんだけどなぁ。うーん……」

 南さんと翔真はそんな深く考えていない様子。逆に俺が考えすぎなのか? 至って普通のことだと思うんだが……。
 だが、翔真の言葉も確かだ。俺達が断ったら南さんは当然一人で帰る。その時にまたナンパされるかもしれない。今度は助からないだろう。もしかしたら助けてくれる人がいるかもしれないが、可能性は低い。

「ダメ……かな?」

 瞳を潤しながら、上目遣いで俺の顔を覗きこんでくる南さん。
 再び、心臓がドクンと跳ねた。しかし、さっきとは違い、段々と心臓の鼓動が激しくなってくる。動悸──というやつだろうか。

 こんな顔をされたら、断れる筈がない。男はこういうのに滅法弱い。それが南さんのような美少女だったら尚更だ。

「……分かった、いいよ。一緒に帰ろう」

「本当? ありがとう!」

 南さんの笑顔を見ていると、さっきまで躊躇っていた事が馬鹿馬鹿しく思えてくる。それほどまでに南さんの笑顔は眩しくて、そして可愛い。

「おっ、ことりちゃんのおねだりに負けたか。そりゃ勝てるはずがないよなー」

「うっせ」

「どうだ? ことりちゃんに惚れたか?」

「……南さんを送った後、ぶっ飛ばしてやろうか?」

「じょ、冗談だって!」

 翔真を半ば脅迫しながら、南さんのことについて考える。
 俺は──南さんに惚れているのだろうか? だとしたら先ほどの心臓の高鳴りと動悸は説明がつく。所謂一目惚れっていうやつだろう。

 だが正直、今の所はよく分からない。惚れているかもしれないし、ただの気の所為かもしれない。今はそういうことにしておこうと思う。

「そういえば、南さんの家があるのって神田明神方面?」

「うん、そうだよ。神崎くんと前原くんは?」

「俺達も神田明神方面なんだ。方角が一緒で良かったよ」

「そうだね……方角が違ったら大変だったなぁ。無理言ってごめんね」

「謝る必要はないって! ことりちゃんのこと心配だしさ!」

「ありがとう。二人が優しい人で良かったぁ」

 そんなことを話しつつ、今度こそ帰路に就いた俺と翔真。まあ、先に南さんを送っていく訳だが、同じ神田明神方面ということだ。あまり時間は掛からないんじゃないかな。

 秋葉原駅から神田駅まで徒歩15分弱。電車もあるが、使うほどの距離ではない。徒歩の方が速い時もある。神田明神に行くなら尚更。秋葉原から歩いて行った方が確実に速い。

「ことりちゃんは音ノ木坂だったよな」

「うん、そうだよ。それがどうかしたの?」

「いや、廃校問題とか大変だっただろうなって思って」

「ああ、うん……。確かに大変だったね」

 廃校という単語に少し驚く俺。
 音ノ木坂って音ノ木坂学院のことだよな? 実際にこの目で校舎を見た事があるけど、大きくて立派な校舎だったし、廃校問題の危機に立たされるような要素は見つからなかった。

「……ちょっと待て、初耳だぞ。なんで翔真はそのこと知ってるんだよ」

「いや、μ'sのファンなら知ってて当たり前だぞ?」

「μ's? 廃校とμ'sに何の関係があるんだ?」

「……お前、本当に何も知らないんだな。廃校を阻止する為に誕生したグループ。それがμ'sなんだよ」

 初めて知った。そもそもμ'sの存在を今日初めて知った訳だが。音ノ木坂がそんなことになっていたなんて。

「でも、知らなくて当然だと思うよ。ニュースでも取り上げられなかったもん。一応学校のホームページでは発表したみたいだけど、他校のホームページなんてまず見ないよね」

「……まあ、ね」

「μ'sのファンなら誰でも知ってるのになぁ」

「だから俺はファンじゃないっつの」

 だけど、折角μ'sのメンバーである南さんと友達になったんだ。μ'sのこと、そして南さんのことをもっと知りたい。

「南さん、お願いがあるんだけど……」

「うん? 何かな?」

「良ければでいいんだけどさ、μ'sのこととか、教えてくれないかな? 俺、全然知らなくて……」

「……! うん、もちろん!」

 ──ドクン。

 本日3度目となる胸の高鳴り。一体俺はどうしてしまったんだろう。こんな立て続けにドキドキするなんて初めてだ。ただでさえ、胸の高鳴りなんて滅多に起きるものではないのに。

 ──それに、さっきから南さんのことが気になって気になって仕方ない。
 声、仕草、匂い。全ての南さんの要素が俺のことを刺激してくる。

 やっぱり俺は、南さんのことを──

「……神崎くん?」

「……あ。えと、何か用かな?」

「えっ? μ'sのことを教えようと思ってたんだけど、神崎くんぼーっとしてたから……」

「そ、そうだったね。ごめんごめん」

 今ので確実に怪しまれてしまった。友達を前にして考え事なんて何をしているんだ俺は。もっとシャキッとしなければ。

「蒼矢……やっぱりお前……」

「な、なんだよ……」

「……いいや、何でもない。それよりμ'sのことだろ? ことりちゃんと一緒に教えてやるよ」

 翔真が言い掛けた言葉が気になる。まさかとは思うけど、考え事が気付かれたってことはないよな……? 翔真は中々鋭いところがあるから普通に有り得る。

 ──俺の中でさえ結論は出ていないというのに。

「それじゃまずはμ'sが誕生した経緯について教えるね。さっき前原くんも言ったけど……」



 ◇



 あれから、μ'sについて色々なことを教えてもらった。μ'sは南さんの幼馴染が発端になって生まれたこと。最初は3人しかいなかったけど、紆余曲折を経て今の9人になったこと。一時解散の危機があったことなど、たくさんのことについて知ることができた。

 驚いたのは翔真の知識量。南さんも吃驚するようなことも知っていた。翔真曰く、ネットで仕入れた情報らしいが、何故そんなことまで出回っているのかと南さんが困惑していた。ネットってこわい。

 それはともかく、家に帰ったらμ'sの曲やPVを視聴してみようと思う。すぐに虜になるらしい。

「ところで、南さんの家ってどの辺? 俺達の家もかなり近くなってきたけど」

「えっ、そうなの? 私の家もこの近くだよ」

「……マジすか」

 えっ、何? この近くっていうんだからお互いの家に数分程度で行けるってこと?
 衝撃の事実。南さんと俺達の家が近かった。

「……おっと。もうここか」

 とある十字路に差し掛かったところで、翔真が立ち止まった。住宅街のド真ん中。ここからどの方向に行っても家々が広がるが、翔真とはここでお別れだ。

「ことりちゃんの家ってここからどこに行けばある?」

「えっと……左に行けばあるよ」

「おっ、なら蒼矢と一緒だな。だけど俺の家は反対方向なんだ。悪いけど、後は蒼矢に任せるよ」

「おう。ちゃんと家まで送るから安心してくれ」

「頼んだぞ。じゃ、ことりちゃん、またな!」

「バイバイ、前原くん」

 十字路を右に曲がり、俺と南さんに背を向けて歩き出した翔真。
 ──図らずも、南さんと2人っきりになってしまった。

「え、えっと。南さんの家は左に行けばあるんだったよね」

「う、うん。神崎くんもだよね?」

「そうだよ。まさか方角まで同じだなんて」

「ほんとだね。凄い偶然だと思う」

「…………」

「…………」

 2人の間に沈黙が訪れる。緊張して上手く話すことが出来ない。南さんも今日会ったばかりの男子と2人っきりの状況に緊張しているのだろう。先ほどまでお互いが饒舌だったのが嘘みたいだ。

 さっきまでの会話は翔真が盛り上げてくれていたんだ。だから俺も積極的に話すことが出来たし、南さんも楽しそうだった。

 生憎ながら俺は翔真のようなコミュ力は持ち合わせていない。彼の高いコミュ力。それが人望の厚さの理由の一つだ。

「……とりあえず行こっか」

「う、うん。そうだね」

 沈黙に耐えかねてようやく出せた言葉がたったのこれだけ。確かに会話になり、動きがあったのはいいものの、それはほんの一瞬。再び沈黙が俺と南さんの間を通り過ぎていった。

 何か、何でもいいから話題はないか。会話のきっかけを作ろうと全力で思考を張り巡らす俺だったが、中々思い付かない。
 その時だった。俺の目にあるものが飛び込んできたのは。

「あっ……ここ、俺の家なんだ」

 立ち止まったのはとある家の前。ありふれた一般家屋。どこにでもあるような家だが、その家の表札には『神崎』とあった。

 そう──紛れもなく俺の家だ。

「えっ、うそ……ここ、神崎くんのお家だったんだ」

「あれ、知ってるの?」

「うん、知ってるというか……ここ、よく通るんだ。だから見慣れてるんだよね」

「なるほど……」

「それに、私のお家と100メートルくらいしか離れてないから、吃驚しちゃって」

「……ま、マジですか」

 予想以上に近かった。いや、近いなんてもんじゃない。歩いて1分掛からないじゃないか。翔真の家に行く方が時間掛かるぞ。
 ある程度家が近いことは予想していたけど、まさかこんなに近いとは思わなかった。

「送ってくれるのはここまででいいよ。家も近いし、すぐに帰れるから」

「あっ、うん。それじゃあ気を付けてね……はおかしいか」

「もう、流石に大丈夫だよぉ、ふふっ」

「あははっ、だよね」

 クスクスと楽しげに微笑む南さん。そんな彼女につられて俺も笑う。
 やっぱり──可愛いな。南さんの笑顔を見てると癒されるような気がするし、胸が締め付けられるような感じがする。

 これが、恋というものなのだろうか。

「それじゃ、またね。また会う機会があれば、だけど」

「ううん、会えるよ。家もかなり近いし、会えなかったとしても私が会いに行くから」

「えっ? それって──」

「……あっ。えっ、えっと! 何でもないの!」

 南さんの顔がみるみる赤くなってゆく。

 聞き間違いじゃなければ南さんは会いに行くって言ってたよな……?
 それってつまり──

「も、もう帰らなきゃ! さようなら神崎くん!」
「あっ、うん。さようなら」

 俺に背中を向け、パタパタと小走りで帰ってゆく南さん。数十秒後、南さんはとある家の敷地内へと入っていった。いや、ほんとに近いな。
 結局、俺は南さんの姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。

 さっき彼女が放った言葉──真意は分からないけど、もしかしたら南さんは俺のことが──

「……んな訳ないか」

 あんな美少女がこんな俺を好きになる訳がない。くだらない夢物語を見るのはやめよう。かえって自分が悲しくなるだけだ。

「でも、本当だったら嬉しいかな」


 かと言って、全ては諦めてなかったり。

 もしかしたら──もしかしたら可能性があるかもしれない。そんな淡く儚い希望を抱きながら、俺は家の中へと歩を進めた。







 それがつい一日前の話。やはり運命の出会いとしか思えない。
 ちなみにそう思い始めたのは、家に帰ってからのこと。よくよく考えてみたら「あれ、運命の出会いってこのことじゃね?」と。

 あんな出会い方って極稀だろうし、家だってかなり近い。これをただの偶然で済ますって方が無理がある。やっぱり運命だったんだよ。

 でも、未だに俺の本当の気持ちは分からないんだけど。

「あ、あの、神崎くん」

「ん?」

 隣で歩いていた南さんに声を掛けられる。

 ちなみに現在は登校中。さっき家を出たところ南さんとばったり出会した。何でも、神田明神へ朝練に行くらしい。スクールアイドルって朝練するほどハードなのかと驚いた。

「今日の放課後、空いてるかな?」

 昨日のように心臓がドクンと跳ねる。これは、まさか。期待しても良いのだろうか。
 いやでも落ち着け。昨日出会ったばかりなのに流石に早いよな。きっと別件に違いない。

「うん、とりあえずは空いてるけど」

「良かった。あのね、神崎くんのことみんなに紹介したいと思ってるんだけど……」

「──はい?」

 ──神崎蒼矢。俺の周りでこれまた波乱が訪れそうな、そんな予感がしてならなかった。
 
 

 
後書き

 ことりちゃんは俺の嫁。異論は認めない。 
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