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Raison d'etre

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二章 ペンフィールドのホムンクルス
  10話 望月麗(2)

 雲一つない青空の下、桜井優は駅前の噴水で望月麗を待っていた。
 携帯を取り出し、時間を確認する。待ち合わせ時間より20分ほど早い。
 優はぼんやりと人混みを眺めた。
 まだ朝なのに、人の行き来が激しい。それを見て、平和だな、と思う。現在進行形で未知の生命体から侵略を受けている国の雰囲気ではない。亡霊対策室がしっかりと機能しているという証拠だ。
 先の大戦のように、無差別な空爆や飢餓があるわけではないというのも大きいだろう。
 亡霊の影響で日本海側の貿易ルートが制限され、一時的な経済麻痺を起したことはあったが、人々の暮らしは徐々にそれに合うよう変化していった。生産力をあげるという方法よりも輸入に依存していた一部の品目が自然消滅するという流れで和食回帰の風潮が訪れ、結果的に食料自給率もあがったりもしている。
 亡霊の物理的被害よりも、数年前の世界恐慌の尾ひれを引いた失業率の方が、多くの人にとってはよっぽど現実的で深刻な問題なのかもしれない。
「ねえ、君ひとり?」
 突然、声がかけられた。
 驚いて顔をあげると、三人組の女性が立っていた。
 全員、知らない人だった。
「え、あの──」
「暇だったら私たちと遊ばない? お姉さんたち奢っちゃうよ」
 一人がコロコロと人懐っこい笑みを浮かべる。
 女子大生だろうか。少なくとも同年代ではないように見えた。
 返答に困って、優は困ったような笑みを浮かべた。
「えっと、あの、ごめんなさい。人を待ってるんです」
「友達? よかったら、その子も一緒に遊ぼうよ」
「あの、いえ、友達というか──」
 明るい声で笑う女性に、優がはっきりと断りをいれようとした時、よく通る少女の声が響いた。
「先輩! お待たせしました!」
 振り返るとと、麗が小走りで手を小さく振りながらこちらに向かっているのが見えた。
「あ、彼女さんいるんだぁ。ごめんね」
 麗を見て、女子大生たちが目の前で手を合わせて謝る。それから彼女たちは何事もなかったかのように駅の方へと去っていった。
「今の人たち、知り合いですか?」
「ううん。知らない人、かな」
「桜井さん。ESP能力者以外の人とは、あまり関わらない方が良いですよ」
 真面目な顔で麗が言う。
 その真意が分からず、優は麗を見つめた。
 補足するように麗が言葉を続ける。
「中隊だけで200人いるんです。まずはその200人と親睦を深めるべきですよ」
 それから麗は「さて」と話題を切り換えるように優から顔を背けて後ろのビル群を見上げた。
「どこに行きますか?」
「まずはそこの駅前ビルでお昼にしようか」
「はい」
 そこそこの人気のあるパンケーキ屋に、携帯で地図を確認しながら向かう。
「先輩、やっぱり私服は綺麗めでまとめるんですね。よく似合ってます」
「ありがと。望月さんもよく似合ってるよ」
 麗は薄手のすっきりしたパーカーに、フリルスカートといった組み合わせをしていた。いつものように両側で髪を結っており、年相応といった感じがする。
「呼び捨てでいいですよ。先輩のほうが年上なんですから」
 目的のビルにたどり着き、1階のパンケーキ屋に入る。平日のため、それほど混んではいなかった。
「断られると思っていました」
 席についた麗が、不意にそんな事を言った。
「え?」
「今日のデートです。先輩、既に仲の良さそうな人がいるじゃないですか」
「京子とか華ちゃんの事? えっと、ただの友達だよ」
「そうなんですか?」
 店員がメニューと水を持ってくる。
 一瞬の沈黙。
 お勧めメニューを説明してから去っていく店員を確認してから、麗が言葉を続けた。
「先輩は、男女の友情って成立すると思いますか?」
「うーん。成立するんじゃないかな」
「私は成立しないと思ってます。私と同じ考え方の人は多分たくさんいます。だから先輩が成立すると思ってても、彼女さんとか友達の女性はそうは思っていないかもしれないですよ」
 麗はそう言って、水の入ったコップに口をつけた。
 その真意がよくわからず、えっと、と言葉を選びながら答える。
「だから、つまり、彼女が出来た後は、例え友人であっても異性とは関わらない方がいいって事かな?」
「そうです。中隊は上官や部下の形ですから特別ですけどね。だからさっき、言ったんです。中隊以外の人と繋がりなんて初めから持たない方がいいって」
 麗はそう言いながらメニューを開く。
「あ、これ美味しそうです。イチゴたくさん乗ってますよ。私これにします」
 話題を変えるように、麗が年相応のはしゃぎっぷりを見せる。
 優は少しだけ考えてから、先程の話題は流して同じようにメニューを眺める事にした。
「じゃあ僕はこれにしようかな」
「あ、それも美味しそうですね。半分ずつ交換したいです」
「そうしようか」
 店員を呼んで、オーダーを伝える。
 その間、じっと麗の視線を感じた。
 オーダーを終えて麗に視線を向けると、目が合った。
「先輩って綺麗な顔してますよね。本当に彼女いないんですか?」
 返答に困って思わず苦笑いを浮かべる。
「ありがとう。うん、いないよ」
「じゃあ好きな人はいるんですか?」
 好きな人。
 そう言われて何故か、神条奈々の顔が頭に浮かんだ。
 初めて会った時、綺麗な人だと思った。
 しかし、恋愛的な好意を寄せているわけではない。
「うーん。いないよ」
「じゃあ。これまで中隊でデートした人はいるんですか?」
「それもいないかな。外出申請も全然出してないしね」
「それじゃ、私が一番乗りですね。勇気を出して良かったです」
 麗はそう言って笑う。
 年下とは思えないほどぐいぐいと距離を縮めてくる麗に、優は首を傾げた。
「そういえばいきなり告白されたけど、そんな好意を向けられるような出来事あったっけ?」
「単純に先輩がかっこよかったからですよ」
 シンプルな答えだった。
 店員がお皿を運んでくる。
 何となく話が途切れてしまって、優はそれ以上の追求をやめた。
「わ、イチゴの数凄いです。これはもはやイチゴ丼です」
 テーブルに届いたパンケーキを見て、麗がはしゃぐ。
「美味しそ――」
 口を開いた時、優は違和感を感じて動きを止めた。
「先輩?」
 麗が不思議そうな顔をする。
 優は弾かれたように窓ガラスから表通りを見渡した。
 ──どこか遠くのほうで巨大なESPエネルギーが膨らんでいる。
 しかし、その気配は5秒ほどで消えてしまった。
 亡霊対策室から支給されている端末を取り出す。出撃要請は来ていない。
「先輩、どうしたんですか?」
「え? あ、ごめん。通りすがった人が知り合いに似てたから、びっくりして」
「後ろ姿とかだと、私もよく見間違います。あれ、勘違いしたまま声かけちゃうと恥ずかしいんですよね」
 咄嗟についた嘘に、麗が経験談を話しながら楽しそうに笑う。
 優は笑みを浮かべて頷きながら、気のせいだと自分に言い聞かせた。
 ──あんなに巨大なESPエネルギーが実在すれば、特殊戦術中隊など簡単に壊滅してしまうのだから。 
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