DOREAM BASEBALL ~ラブライブ~
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決着
「あの時と一緒だな、剛」
打席に入る背番号2とそれを迎え撃つ背番号1。塁上は全てが埋まっており、この2人の戦いがそのまま試合の結果に繋がることは誰の目から見ても明らかだった。
「甲子園決勝、1点リードされての9回裏、ランナーを1人置いて剛さんに回ったんですよね」
「あの時はあいつが打ってくれたから勝てた。穂乃果ちゃんには果たしてヒーロー・・・いや、ヒロインになる資格があるのかな?」
スタンドで蘇る記憶に重ね合わせ試合を眺めている孔明は、ついに始まる最後の戦いに胸を高鳴らせていた。
「天王寺。悪いがその子はまだ打てる域に達していない。勝つのはツバサだ」
一塁側ベンチから勝利を確信し、ベンチに腰掛け試合とライバルの姿を見据える西村。両指揮官が緊張の面持ちで見つめる中、ツバサは最後の力を振り絞る。
バシィッ
『速い!136km!!綺羅、ここに来てまたスピードが戻ってきました!!』
狙い通り元通りの球速へと戻ったツバサのストレート。初球は外角に決まり1ストライク。穂乃果はこれに反応できなかった。
「穂乃果!!振っていきなさいよ!!」
「頑張るニャ!!」
「あんたの持ち味出して!!」
ベンチから彼女をもり立てようと檄を送る仲間たち。それでも穂乃果の表情は固く、どこかぎこちない。
(緊張しているのか?無理もない。たった半年でここまで来て、完全に封じ込められたことなんてなかったからな)
今まではコンスタントにヒットを打ってこれた。そんな彼女が初めて味わう全く打てない絶望感。その心中を考えれば、動きが固いのは仕方がなかった。
(潰されるなよ、お前の気持ちの強さを見せてくれ)
次もストレート。今度はわずかに外れてボールだったが、このスピードに球場がどよめいた。
『綺羅またしても137kmを出しました!!これはその気になればまだまだ出せると言うことなのか!?』
限界を知らない相手エースに心臓が跳ね上がるのを感じた。
”勝てない“
そんな考えが脳裏を過り、ますます動きを悪くしていく。
ビシュッ バシィッ
「ストライク!!」
上げられた右手。沸き上がる球場。ここでツバサのリミッターは完全に外れていた。
『138km!?138kmが出ました!!これは間違いない!!女子野球世界最速がたった今計測されました!!』
あまりのスピードに英玲奈でさえ捕るのが困難になってきた。ただでさえ一度取り損ねたせいで緊張しているのに、彼女はそんなことなど気にすることなく投げ込んでくる。
「穂乃果!!まだ終わってませんよ!!」
「穂乃果ちゃん!!諦めないで!!」
「頑張れ!!穂乃果ちゃん!!」
塁上からも飛ぶ声援だが、それがますます彼女の心にのし掛かる。今までと何も変わらないはずなのに、突然襲ってくる重圧に体が押し潰されそうになる。まるで何かに心を掴まれて自由を奪われているかのようか、そんな気がしてくる。
(高坂さん・・・汗のかき方が尋常じゃないぞ)
(この子もここまで緊張するのね。ちょっと意外だわ)
守備では冴えていた頭脳がまるで働かず、無意識下でプレーしている穂乃果は”打たなければ“というプレッシャーをその中でも感じていた。打てるわけがないという考えと、打たなければならないという想いから、体が震えていた。
「穂乃果!!」
自分の体ではないかのような感覚に襲われていた彼女の名前をベンチから叫ぶ。穂乃果はそちらを振り向くと、剛から何かのブロックサインが出された。
(ん?ここでサイン?)
(打て以外に何かあるの?)
守っている側もこのタイミングで何があるのかと首を傾げる。だが、サインを出された側は目を大きく見開き驚愕した。
「た・・・タイムお願いします!!」
何のサインが出たかはわからないが穂乃果が慌てた様子でベンチに戻る。剛は待ってましたと言わんばかりに彼女を迎え入れる。
「剛さん!!”待て“ってどういうことですか!?」
剛から出てきたのはあろうことか待てのサイン。追い込まれた状態で出てくるはずのないサインき間違えたのかと穂乃果は飛んできた。
「何も間違ってないよ。俺はお前じゃ打てないと判断した。だから待てって四球になることを祈れって送ったんだ」
冷たい声でそんなことをいう指揮官に呆気に取られる。剛は穂乃果の顔をチラリとも見ずになおも言葉を続ける。
「せっかく海未もケガを押して打ってくれて、ことりがなんとかチャンスをくれたのに、お前は何をしてるんだ?相性が悪いから打てなくても仕方ないのか?そんなに怖いなら今すぐヒデコでもフミコでもミカでも好きな奴に代わってもらえ」
「ちょっと!!剛さん!!」
罵詈雑言を浴びせる剛をにこが慌てて止める。震えが止まらない穂乃果の肩を希がそっと抱き寄せる。
「剛っち、言い過ぎやで」
「そうよ剛くん!!それはあんまりだわ!!」
仲裁に入った希と真姫がそう言う。しかし、剛はそんか2人にも指導者らしからぬ発言を繰り出した。
「お前ら得点に絡んでないのによくそんなこと言えるな」
今まで優しくて大好きだった人物から、絶対に聞きたくなかった台詞を言われベンチが静まり返る。剛は誰も口を開かなくなったのを見計らうと、ベンチに入れている鞄から1本の金属バットを取り出した。
「悔しいか?穂乃果」
「・・・はい」
「だったら俺を黙らせてみろ、こいつを使って」
そういって渡されたバットは今使っているバットより心なしか軽く感じた。しかし、長さはこれまでのバットよりもあり、いきなり打てと言われても困ってしまう。
「もういいかね?ハリーアップ!!」
「は!!はい!!」
あまりにもタイムが長かったため審判に急かされ打席に戻る穂乃果。その彼女の背中を見送る青年に、にこは声をかけた。
「剛さん?あのバットって・・・」
「そうだ。俺が最後カチこんだ時のバットだ」
彼はこの試合のためだけに自身が最後の勝利を納める本塁打を放り込んだバットを持参してきた。最後のこの場面、穂乃果をあえて突き放し彼女の闘争本能を煽った。そして思い出のバットを託し、全てを委ねた。
(俺が最後だけ使ったバット・・・でも、あれって孔明のバットなんだよな・・・)
甲子園で散っていった友が愛用していたバット。そのバットを高校時代の恩師に頼み借りてきた。たくさんの人の想いを乗せたそのバットを渡せば、彼女なら全てを解放してくれると思っていた。
(このバット・・・あのビデオで出てきた奴だよね?)
打席に入った穂乃果はそのバットに見覚えがあった。剛が最後の試合、最後の打席で使用したバット。それをこの場面で託されたことが、すごく嬉しかった。
(怒ってるのかと想った・・・ううん。たぶん怒ってたんだよね?でも、それでもこのバットを穂乃果に任せてくれた。穂乃果はそれに、応えなくちゃいけないんだよね)
さらなるプレッシャーに襲われるかと思ったが、自然と体は軽かった。まるでバットが力を与えてくれるような、そんな気がする。
(あのバット・・・孔明さんの・・・)
そしてそのバットの存在はツバサにもわかった。身長170cmほどしかない孔明がおもちゃのように振り回していたバットは、彼のためだけに恩師が作ってくれたもの。リーチの無さをカバーするため長めに作られたバット。しかし、重さはギリギリまで削られており、規定の最低ライン。誰でも容易く扱うことができる。
(いいわよ、高坂さん。私は逃げも隠れもしない)
(剛さん。穂乃果は期待に応えます)
セットポジションに入り、最後の投球に全ての力を集中させる。これまでよりも速い腕の振りから投じられたボールは、世界の女子野球の壁、140kmを計測した。
(速い!!何としても捕らなければ!!)
リリースされた瞬間英玲奈も身構えた。捕れるかわからないほどの球速。しかし捕らなければと今までの経験と捕手としての才能に賭けてミットを伸ばす。
彼女の伸ばした手に白球が納まろうとしたその時、銀色のバットはそれをかき消した。
『打ったぁ!!これは大きい!!入るか!?』
ライトスタンドに向かってグングン伸びていく打球。ツバサはその打球を見ることなく、仁王立ちしている。その目からは大きな雫が溢れていた。
「楽しかったわ、高坂さん。でも、次は勝ってみせるわ」
スタンドに突き刺さる打球を見ることなく、集まってくる仲間たちの中心で、小さなその背中はうずくまり、大粒の涙と共に声を張り上げた。
後書き
いかがだったでしょうか。
ついに決勝戦も終わりました。
次回で最終回です。どのような結末になるか、お楽しみに。
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