DOREAM BASEBALL ~ラブライブ~
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キーマン
『13回の裏、音ノ木坂学院の攻撃は、5番、サード、矢澤さん』
打席に入ったにこの表情に笑顔はない。その目は相手をいかにして刈るか、勝負師のそれだった。
(さぁ、最後だぞツバサ)
(長かったわ、この試合も)
ピークに達していたはずの体が軽い。ツバサは最後を締め括るため、全ての力を駆使して投げる。
バシィッ
「ストライク!!」
135kmのストレート。なおも落ちることない球威ににこは頭を捻り策を寝る。
(点差は3点。これをひっくり返すには先頭のにこが出ないと話しにならない。ならここは・・・)
続く2球目もストレートでストライク。にこはこれにも反応を見せない。
(打つ気がないのか?それとも何か狙い球が別に?)
ここまで来たらこのストレートを貫き通そうと決めていた英玲奈は、それにタイミングを合わせようともしない彼女に不気味さを感じていた。
(もう1球外角にストレートだ。打っても押し切れる)
自らの手で逆転をもぎ取ったツバサの勢いは止まらない。大きく腕を振って自慢の豪速球を投げ込んでくる。
カッ
「ファール」
にこは136kmのストレートを何とかカットする。しかし、まるでタイミングが合っていない。
(こうなったら押せ押せだろう)
(いいわね、そういうの好きよ)
ピッチャーも乗っているだけあってストレートを続ける。またしても外角へのストレート。にこはこれに何とか当ててカットする。
(まだまだいけるわ。捕りなさいよ!!英玲奈!!)
その後も130km中盤のストレートでどんどん押していくバッテリー。にこはそれに懸命に食らい付きカットしていく。そして・・・
「ボール!!フォア」
16球の戦いを経て、にこが四球を勝ち取った。
「あんたたち!!にこの頑張りを無駄にするんじゃないわよ!!」
「なるほど、そう来たか」
威勢良く一塁へ駆けていくにこの姿を見て西村は彼女の狙いにようやく気が付いた。先頭の出塁はもちろん大事だが、それだけでは足りない。
青天井のツバサの球速に歯止めをかけなければ後続が続いてくれない。勝ち越したことで気持ち的に楽に投げれているが体は限界。球数を多く投げさせることができれば、失投の確率は跳ね上がっていく。
(希、頼む)
(任せとき♪)
このあと回ってくる海未、花陽のことを考えればアウトカウントを与えるわけにはいかない。何としても希には出塁してもらわなければならない。
(1球ツーシームで抜いておくか。私も熱くなりすぎた)
にこがなかなかアウトにならなかったことに対抗してストレートでゴリ押ししてしまった英玲奈は反省し一度ガス抜きのためにツーシームを要求。希はこれを空振り1ストライクとなった。
(落ち着け、まだ焦る必要はない)
次はスライダーがスッポ抜けてボール。その後ストレートで追い込んだが疲れが溜まっているせいで制御ができず、フルカウントにもつれ込んでいた。
(にこのおかげでかなり疲労してる。ここは・・・)
((エンドラン))
点差が付いているだけに何か仕掛けなければ瞬く間にやられてしまう。そう考えた剛はストライクだけを打つエンドランを指示した。
フルカウントからの6球目、ツバサが足を動かしたと同時ににこが走り出す。
(走った!?)
(エンドランか!?)
にこの姿が見えて焦ったのか真ん中に入ってきたボール。ラッキーガール希はこれを打ち返―――
バシィッ
―――すことができなかった。
「に“ご!?」
「あ!!あかん!!」
ど真ん中のボールを空振りしてしまった希とそれを見たにこは驚いた。とにかく盗塁を決めなければと滑り込むにこ。しかし、英玲奈からのスローイングは逸れることなく、ベースで待ち構えるショートのグローブに吸い込まれ、にこの足を弾いた。
「さ・・・三振ゲッツー・・・?」
立ち上がって戦況を見定めていた剛は、まるで糸が切れた操り人形のようにベンチに腰掛けた。その姿はさながら、燃え尽きたボクサーのように動けなくなっていた。
「2アウト!!外野!!前に来い!!」
この日最速タイの137kmのストレート。これにはいくら器用な希でも当てることはできなかった。希ならいけるとエンドランを敢行した剛は、取り返しの付かない失態に脱け殻になっていた。
(いや、まだだ!!)
このまま試合が終わるまで立ち上がれないかと思われたが、剛は懸命に立ち上がり平静を装う。しかし、打席に立つ少女を見て、その顔から笑顔がなくなる。
「すまん・・・海未・・・」
肩をケガしてバッティングも満足にできなくなっている海未。そんな彼女が打席に入るやすぐさま外野手が前に詰めてくる。
(ポテンヒットすら与えるつもりはないってか)
今の海未の状態ではとてもじゃないが外野の頭を越えることなど不可能。ならばセーフティかと思ったが、内野も前に来ているためそれもできない。
(残る希望は四死球だけだが・・・)
けたたましい音をあげてミットに収まる白球を見て、そんな希望も掠れてきた。海未ににこのようにカットすることはできない。ツバサに四球を投げさせる方法などこれっぽっちもないのだ。
(剛さん・・・なぜ何も謝ったんですか?)
押し黙り、何も仕掛けられないからダミーサインを送ることしかできない指揮官を見て、海未は奥歯を噛み締める。
(私が怪我をしていなければ・・・この試合もここまでもつれなかったかもしれません・・・私がうまく避けてれば、凛に無理させることもなかったんです)
バットを握る手に力が入る。2ストライクと追い込まれ、試合の終了まで秒読みのところで、海未はある選択をする。
(来いツバサ。これでゲームセットだ)
(えぇ、決めさせてもらうわ)
高校生活最後の1球、そうなるに相応しい最高のストレートを投じたツバサ。海未はこれに諦めずに振りに出る。
(遅れてる。ダメか)
振りに出た瞬間にそうわかった。横から見ても今の海未のスイングスピードと動き出したタイミングでは間に合わないとわかる。終わりの時は来たと、そう剛は思った。
(ここ!!)
しかし、打席にいる海未は一切諦めるなんて言葉は頭になかった。
遅れているヘッド、つうかしていこうとするボールが海未にははっきり見えていた。彼女はその動体視力を駆使しタイミングを見計らい左手でバットを押し出す。
キンッ
小気味いい音が響いた。打球は三塁線への当たり。サードの高橋がこれに飛び付くが、バント警戒のためわずかに前に来ていたことが災いし外野へと抜けていった。
「海未!!」
動かない右腕を使わず左手だけで無理矢理ヒットを勝ち取った大和撫子にこの上ない拍手を送る。打った本人も感情を爆発させ、塁上で高々と拳を突き上げていた。
「ことり!!お願いしますよ!!」
「うん!!任せて!!」
予期しなかったヒットにバッテリーは動揺するかと思われたが、仕方ないと言わんばかりの落ち着きようでことりに対する。
(ストレートだけじゃさすがにキツかったか。まぁ、変化球も混ぜつつストレートで決めればいい)
ツーシーム、ナックル、スライダー、スプリット。全ての球種を駆使して目の前の敵を抑えようとする。どれも際どいコースに来ており、ストレートの力をより輝かせていた。
キンッ
「ファール」
しかし、ことりはそれに付いていく。先頭のにこが行ったような徹底したカット打法で、とにかくツバサに球数を投げさせる。
(次の花陽ちゃんは打てるかわからない。にこちゃんもことりたちに打たせるために粘ってくれたんだ。ことりも絶対に引かないよ)
負けられないと食らいつくことり。それはツバサも同じだったが、序盤から力投を続けた彼女の方が先に限界を迎えた。
「ボール!!フォア!!」
「やった!!」
13球粘った末に出塁をもぎ取ったことり。ランナーを2人出して迎えるは9番の花陽。その初球、投じられたストレートは英玲奈の頭上を越えていく勢いでスッポ抜けた。
「タイム!!」
腕を伸ばして懸命にボールを抑えた英玲奈は堪らず間合いを取る。マウンドに向かって走っていく英玲奈が内野陣を集め、できるだけツバサの休む時間を作ろうとした。
「大丈夫か?ツバサ」
「えぇ。ちょっと抜けちゃったわ」
平静を装ってはいるがその汗は隠すことができない。先程投じたストレートは127km。まだまだ勢いはあるが、前方に体重が乗り切らず、勢いが足りない。
「大丈夫よ、とにかくここで終わらせましょ」
「そうね。苦しいのは向こうも同じだし」
相手打者も疲労困憊のエース。条件は五分と五分。いや、元々の能力を鑑みれば有利なのはツバサの方だ。
「確かにそうだが、今の乗り切らない体重では万が一もある」
「どうするべきなのかしら?迷うわね・・・」
英玲奈とあんじゅはこのままの状態で挑むのは危険と考えていた。チーム内で意見が分かれていたところでようやくベンチから伝令が走ってきた。
「お待たせ!!」
「なんだって、監督は」
「全力で物真似するから聞いててね」
咳払いして腕組みをする伝令にそこまでする必要があるのかと思いつつも、面白そうなのでそのまま続けさせる。
「ツバサ、3球で元通り投げれるか?」
「え?」
妙に似ている物真似にツバサ以外のメンバーは笑いを堪えている。肝心のツバサは彼女が何を言おうとしているのかわからず次の言葉を待つ。
「小泉を歩かせて高坂で勝負する。だからあと3球で状態を戻せ」
「「「「「えぇ!?」」」」」
下位を歩かせて上位で勝負。花陽が当たっているならそれも頷けるが彼女には一切当たりがない。それなのにわざわざ同点のランナーを出して穂乃果と対戦する意味がわからない。
「なんで高坂さんと?」
「当たりがないから?」
「それもある。けど、一番はツバサの状態で判断してるんだって」
「私の?」
「そう!!ツバサは高坂さんとやる時球速が一番速いの!!たぶん、天王寺さんに対抗意識が強いから、その跡継ぎの高坂さんに異様にライバル心を持ってるのね」
そう言われればと全員が納得した。ツバサは1番、キャッチャー、左打ち、キャプテンと大嫌いな剛と共通点の多い穂乃果に敵対心を抱いていた。それが全面に出ていたから、ここまで彼女を圧倒していた。
「やろう!!ツバサ!!」
「私も賛成だよ、ツバサ」
全員がこの案に賛成した。そして反論をさせないためかのように散っていくチームメイトたち。その場に残ったのは、A-RISEの3人だけ。
「本当にあいつらは好きだな、お前のことが」
「小さくて可愛いもんね、ツバサは」
「撫でるな!!」
からかわれているのに笑いが止まらない。3人は互いに視線を交わすと、守備位置へと戻っていく。
『さぁUTX長いタイムを終えてようやく試合再開・・・あぁっと!?』
ポジションについたのに座ることなく右手で打者に届かない位置に的を作る英玲奈。そこに体を休ませるためにスローボールを投げ込むツバサ。3球緩い球を投げて四球となった。
『UTX学園ここはあえて小泉を歩かせました!!音ノ木坂学院一打同点、ホームランならサヨナラの場面で打席にはキャプテン高坂!!ここまで完全に抑えられている主将が意地を見せることができるのか!?』
かつて甲子園を沸かせたバッテリーがいた。その投手と同じ血を引く妹と捕手に選ばれた破天荒娘。最終決戦に相応しい対決に、球場中が静まり返った。
後書き
いかがだったでしょうか。
ついに試合も大詰めです。穂乃果vs.ツバサ!!いよいよ次で決着です!!
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