魔法少女リリカルなのは『絶対零度の魔導師』
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アージェント 〜時の凍りし世界〜
第三章 《氷獄に彷徨う咎人》
皇帝
前書き
時系列に齟齬があるかも……いや、多分、きっと、恐らく大丈夫……な、筈。
新暦50年代に入り、組織が肥大化し、求心力を失いつつあった管理局上層部は、次代を担う絶対的なエースを擁立する事で失われた人心を取り戻そうと考えた。
『プロジェクトF』を始めとした人造魔導師の計画も、その一連の目論みから誕生したものであった。
それら研究の一つに、『《皇帝》プラン』と命名された計画が存在した。提唱者は地球出身の科学者、白峰日暮。彼の立てた計画は、過去の強大な魔導師の家系の末裔に、受精卵段階で遺伝子操作を行い、先天的に高い魔法・戦闘適正を持つデザインベイベーを産み出す、というものであった。
計画の対象に選ばれたのは第9管理世界《アージェント》に昔存在していた皇帝、《白皇》の家系である。卵子の提供者は白皇家の末裔であった女性、エリカ・ホワイティア。精子は提唱者でもあり主任研究員でもあった白峰日暮の物が使われた。
被検体一号は、遺伝子操作の結果高い身体能力、反射神経、思考能力を併せ持つ、正しく傑物であった。それだけではなく、戦闘に対する天性のセンス、いわゆる戦場勘の様なものさえ身に付けており、プランは成功したかに見えた。
しかし、一号の魔力量は計画理想値の半分にも満たない、Cランク魔導師程度の平凡なものであった。リンカーコアの遺伝には未だ大きな不確実性が残されており、上層部では一号は象徴足り得ないと判断した。
続く二号では、魔力量の増強にその重点をおいた遺伝子操作が為された。結果、二号は桁外れの、それこそ計画理想値に倍する程の魔力を持って産まれた。……が、ここにも問題があった。二号は未熟児として産まれたのだ。
虚弱な体に強大な魔力というアンバランスな状態は、二号の体を蝕み、発熱が絶えなかった。精密な魔力コントロールなど出来る筈もなく、暴走させない事が精一杯だったのだ。
そして計画は凍結された。理由は様々に囁かれており、成果を出せない研究に管理局の援助が打ち切られたとも、技術上克服不可能な課題に直面したとも言われた。
しかし、その実態は違う。主任研究員であった白峰日暮は、実験に協力したエリカ・ホワイティアを、そして、その果てに産まれた二人の子供を愛してしまったのであった。
「……白峰日暮は地球にいた頃、イギリスに留学に来ていてね。その時に知り合ったのだ。まだ……互いに学生だった。」
グレアムは独り語りを続ける。クロノも言葉を挟まず、それをただ聞いているだけだ。
「彼はこう言っていたよ。『私は科学者としては失格だ。しかし、漸く人間になれた気がする。』と。」
計画凍結後、被検体一号は『白峰暁人』、二号は『白峰氷雪』と名付けられ、入籍した白峰日暮、エリカ・W・シラミネ夫妻の子供として、母親の生まれ故郷、アージェントで育てられた。
高い資質を宿していた暁人は、戦闘のみならず父親の研究にも興味を示し、自身が造られた存在だと知った時も、忌避するどころかより技術的な話までするようせがんだと言う。研究者としても、魔導師としても、どちらを選んでも大成するだろうという白峰日暮の言葉は、親の贔屓こそあれ、誇大であるとは誰も言えなかった。
暁人が嘱託魔導師として実戦デビューを飾ったのは新暦63年の冬。当時未だ10歳の暁人はしかし、正しく無双とも呼べる活躍を見せ、着実に実績を上げた。魔導師ランクこそ低い魔力量が響きAランクに留まっていたが(儀式魔法等の発動が出来なかった為)、実際の戦闘能力はAAAランクに匹敵し、政戦両略のスーパーエースとして、管理局への正式な勧誘もひっきりなしに行われた。
「……私が彼と出会ったのはそんな時だ。当時私は、闇の書を封印する術を模索する最中、友人の息子が類い稀なる凍結系魔法の使い手だと聞き、興味をもった。」
「それが、白峰暁人ですか。」
「その通りだ。クロノ、君の持つデュランダルと、インストールされた《エターナル・コフィン》はそのどちらも、彼の魔法とデバイスを参考にして、彼の父親に作ってもらったものだ。」
「デュランダルが……!?」
「アージェントの魔法には広域空間に影響を及ぼすものが多い。ビットによって効果範囲を限定し、その分内部の魔力効率をブーストするというアイディアは暁人君が出したものだった。……彼は自分の事を非才だと卑下していたが、とてもそうは思えなかった。」
次元航行艦アルビオンに座乗し、幾つかの世界で経験を積んだ暁人は、新暦65年、妹の氷雪の容態が急変したとの連絡を受け、アージェントに帰る。白峰暁人11歳、氷雪は4歳の時の出来事だ。
生来その身体に宿る過剰な魔力が行き場を失い、彼女自身を蝕んでいたのだ。これを期に暁人は管理局からのスカウトを正式に辞退、嘱託登録も解除して、彼の父親と共に、妹の治療の為の研究に没頭したのだった。
次元航行艦アースラ
「………以上が、白峰暁人の過去について判明している全ての事だ。」
アースラの会議室に重苦しい沈黙が訪れる。皆、どう反応していいのか分からないのだろう。彼が造られた存在である事、自分達と知らない所で縁があった事、彼の能力の根元。クロノとて最初は言葉を発する事は出来なかったのだ。
「………その後、新暦67年、彼が誕生日を迎えた正にその日に、妹の魔力暴走事件が起こり、両親は死亡、彼ら兄妹も死亡とされていた。……が、実際には生きていた。そして失踪した……そして今、恐らくは妹の治療の為、スノウスフィアを集めている………。」
クロノの話す推論は、概ね正しい。暁人の目的が氷雪の治療にある事は彼の正体が割れた段階から予想がついていた。
しかし、こうして考えた時、皆は共通の疑問を抱く。それは「何故」というものだ。
何故、暁人は自身の生存を隠したのか。
何故、氷雪の治療にスノウスフィアが要るのか。
何故、暁人は管理局を信用しないのか。
この推論には、暁人にスノウスフィアの強奪、という手法を選ばせた動機が完全に欠如している。何故、どうして彼は、犯罪者に身をやつす道を選んだのか、その一切は未だ、深い深い雪のヴェールに覆われたままだった。
白峰家 別邸
「………ッ!?」
嫌な悪寒を感じ、暁人は跳ね起きる。ベッド脇の棚にあるハボクックを鷲掴みにして周囲を警戒するが、特段、異常がある様には思えない。
〈……What has happened?〉
ハボクックの声に暁人は、自身が夢を見ていた事に気付く。四年前のあの日、運命の残酷さに嘆き、忌まわしき怪物を憎悪し、そしてーーー何より己の無力を責めたあの日の夢を。
「……ああ、そうか。今日は……」
零時を回り、日付が変わって1月10日。17年前に暁人が産まれた日であり、4年前に全てを喪った日でもある。
「……あれから4年、か。出来る事は全てやった。力を付け、技を磨き、知識を重ねた。」
氷雪と共に隠れ暮らしていた4年間は、暁人にとって決して幸せな物ではなかった。死にかけるまで鍛練を積み、身体を休める間に知識を詰め込み、それでいながら氷雪の看病は欠かさなかった。
常人なら狂人、廃人になってもおかしくは無い4年間、しかし暁人には狂う事も、諦める事も許されなかった。何故なら、氷雪がいたからだ。
あの日から数日が経ち、氷雪が目を覚ました時、暁人はあの日に起こった全てを、包み隠さずに教えた。当時の氷雪は未だ6歳で、全てを理解する事など出来なかった。それでも、年齢不相応に聡い彼女は、両親が死んだ事は理解できた。そして、その原因の一端が自分にあった事も。
それから3日間、氷雪は何も口にせず、ただただ泣き続けた。心身は目に見えて衰弱し、元々弱い氷雪の身体はたちまち危険な状態に陥った。
そんな時に、暁人は訊ねたのだ。「まだ、生きたいのか?」と。
暁人は氷雪の眠る数日の内に、己をひたすらに責め続けていた。なんたる無様かと。絶対者となるべく産み出された筈の自分が、家族を守れず、妹一人救う事すら出来ない。自分はなんて無力なのだ、と。
彼は思った。存在意義を全う出来ない自分に、価値などあるのだろうか、と。
彼をこの世に留めたのは、留めさせたのは、偏に氷雪の存在だ。己が守るべき唯一の存在、彼女が生きている限り、自身はその責任を負わねばならない。その一心が彼を生かしていた。
しかし、氷雪のこれまでの人生は苦痛の連続で、おそらくこれからもそれは同じだった。彼はどうしても妹に言うことが出来なかった。「生きて欲しい。」そんな当たり前の事さえ、彼は望めなかった、望んではいけなかった。
故に彼は訊ねた。生きたいのか、と。彼女が否と言うのであれば、せめて苦しまぬ様に、と。
自己満足は百も承知。それでも彼は見ていられなかったのだ。今にも融けて消えそうな、粉雪の様な妹の姿を。苦痛に喘ぎ、それでも生きる事を強要される姿を。
しかし、彼女は答えた。「生きたい。」と、短くても、はっきりと答えたのだ。
その、誰もが抱く余りにもささやかで、当たり前の望み。彼をこの4年間支え続けたのはそんな小さな望みただ一つだったのだ。
「………明日、いや、もう今日か。それで全てケリが着く。人事は尽くした。後は天命を待つだけ……だが、どうにもこの天命とは折り合いが悪いからな。」
暁人は独り呟くと、部屋の天井を睨む。その先、満天の星空の向こう、世界の外側にいる何かに、宣戦布告するかの様に決然と告げる。
「運命とやら、阻みたければ阻むといい。その全てを、永久凍土の底に沈めてやる。」
???
暗い部屋、そうとしか表現出来ない場所に男、ドウェル・ローランはいた。周囲には何かの機械の駆動音が響くが、明かりは無く、それが一体何なのかを知る術は無い。
「………さて、いよいよですか。」
彼の声には幾分か興奮の色が見える。普段の穏やかな表情を崩さぬまま、その眼だけがギラギラとした輝きを帯びている。
「……暁人、君の作戦は素晴らしい。これまでの行動全てが伏線となり、知らぬ間に舞台を整えている。だけどね、君にしては珍しい、初歩的なミスを犯している。気付いているかな?」
誰に聞かせるでもない独白を続けるドウェル。その姿は教え子を諭す教師の様でもあり、敗者を嘲笑する悪魔の様でもあった。
「………君はね、人を信じ過ぎたよ。だから、私には勝てない。全てを裏切れる私には、ね。」
暗い部屋に、ドウェルの低い嗤いが響く。不吉な兆しを孕むそれは、しかし彼以外の何者にも聞かれる事なく闇に消えていった。
吹き荒れる吹雪は、戦う者達の迷いを、思いを、皆等しく雪の下に埋めてしまう。
刻一刻と迫る運命の時、その先のシナリオを描くのは果たして………
新暦71年1月10日、決戦の幕が上がる。
後書き
暫くシリアスが続きます。伏線を拾い切れてるかどうか……
次回予告
暁人が動く。氷雪を救い、全ての因縁を清算する為に。
荒れ狂う吹雪の中、絶望的な戦力差を突き付けられてもなお、彼の歩みは止まらない。
彼が用意した策とは、そして蠢動するドウェルの思惑とは?
次回《白き地獄の底で①》
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