キコ族の少女
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第25話「黒歴史の新たな1ページ」
帰り際の言葉通りエミリアは翌日も訪れるだけではなく、ほぼ毎日のように来てくれて暇つぶしの為の本やゲームなどを定期的に持ってきてくれた。薬の後遺症を直すためとはいえ、別に生活に困るような自覚症状がないのにベットで寝ていなければならないというのは予想以上に苦痛であり、彼女の来訪と見舞いの品は本当にありがたかった。
ただ、その為かノブナガは初日に顔を見せに来た以降は姿を見せに来ることはなく、さらに数年は会えないと覚悟していた中での再会だったので、余計に会えないことが寂しかった。
エミリアが見舞いに来てくれている間は寂しさを忘れることができるが、彼女だって一日中は居られないので、他に友人知人と呼べる相手がいない俺は彼女が帰った後は一人きりとなる。
暇つぶしの道具だって限度があるし、治療を長引か線たくないので過度な修行も行えない。
そうなると、親交の深かったシャルやフランクリン、といった旅団の皆との会話などが恋しくなる。
特に、この世界に来てから一番長く側にいたノブナガに対しては、前述したとおり変に顔を見てしまったが為に他の皆よりも強く恋しいと思ってしまう。
先日の去り際に、撫でられた頭に残る感触から安堵と寂しさを感じさせるに至って、俺は気づいた。
ああ、そういうことか。俺が男性メンバーに対して抱いてる“この感情”は“親愛”なんだ。
その中でノブナガは、理想として父親像とは違っても、単なる気まぐれだっとしても、右も左も分からない俺を拾い育ててくれたから余計に……
…………ぎゃあああああっ!ハズイッ、恥ずかしすぎる!!
20歳を超えて、親―――父親の愛情に飢えていたとか気づきたくなかった。というか、なんで今更ながらに気づいた俺!?中学生時代に作られた黒歴史以上の、黒歴史だぞ!?
うごごごごごっ……
「ユイちゃん?」
「……黒歴史を思い出しただけなので、気にしないでください」
「え?その歳で黒歴史?」
気づきなくなかった感情に対して、頭を抱えてながらベットの上で悶絶していた俺を、少し可哀そうな子を見るような視線を送りながら荷物を纏めていたエミリアは、作業を一旦中断して椅子を二つ並べると、一つに腰掛けて一つを軽く叩きながら俺に着席を促す。
その動作に対して少しだけ狼狽えはするものの、あまり時間をおかずに俺はベットから降りると彼女に背を向けて着席する。
「ああ、もう。やっぱりグチャグチャになってる」
「フードを被れば隠れてしまうので、別に―――」
「だ~めっ」
間違っていないと思う反論を一言で潰された俺は、小さな溜息をつきつつ優しく髪に触れてくるエミリアの手に身を委ねた。
こうなると座っているだけの俺は暇になるので、今の状況の言い訳をして自己保全に努めようと思う。
こうなったのは、俺とエミリアの間で結ばれた契約に則した行動である。
話は少し逸れるが、両親の了承があって実力も備えているとはいえ、中学生くらいの女の子が一人で街に住めるのかという疑問を俺は持っていた。
だが、彼女は両親の伝手を利用して天空闘技場の近くに屋敷を構える資産家の世話になっているそうで、資金面についても、娘の相手をしてくれれば融通するという事で苦労はしていないという話を聞かされた。
やはり、この世界でもコネと権力は強力だと思い知らされて、9歳で闘技場に潜って金を稼いでいた自分との格差に泣きそうになったり……。
話を戻そう。
契約内容は要約すれば、「ユイ=ハザマは、エミリア=サローニの庇護下に入り仕事のサポートを行う」ということになり、仕事というのは資産家の娘―――名前はクレアと言って、エミリアと同い年だそうだ―――の相手をすることだ。
それで何故、俺が彼女に髪の毛をセットされるという状況になるのかというと、権力者の娘に会うのだから見咎められないように身嗜みを整える為であり、時折だがせがんでくるクレアの為に練習台。
なんて、それらしいことを言っているが、彼女の表情を盗み見るに単純に俺という“可愛い女の子”を愛でて楽しんでいるようにしか見えない。
ふと、自然と自己を可愛いと評価するナルシスト的な思考に、自分のことながらドン引きしてしまう。
「ほら、頭を動かさない」
「ぶふぅっ!?」
ドン引きからの落ち込みで自然と俯いていた俺の頭を、エミリアは両頬を挟むようにして持ち上げるものだから、女の子が出してはダメなような変声が出てしまう。
そんな変声を無視しつつ、彼女は俺の髪を綺麗なストレートへとセットし終えるとベットの上に置いてあったモノを手に取って
「はい。次はこれね」
と、笑顔で差し出し……いや、問答無用で俺の膝の上に置いた。
視線を下げれば、グレーのロングパーカーにデニムのショートパンツ、そして黒のソックスが目に飛び込んでくる。
色々と言いたいことがあるが、ここで拒否しても契約をネタに結局は着ることになるのは分かっている。
しかし、もう少し……
「もう少し、肌の露出を抑える服ってありませんか」
「これでもすごく減らしたんだよ。これ以上したら、普段と変わらないよ」
「いえ、それでいい―――」
「だ~めっ」
「……はい」
さて、ここまでの流れで分かっているかと思う。
今日を以て、4か月にも及ぶ長い入院生活を終えて俺は退院することになった。
もちろん、左腕を含めての怪我も完治してるので、健康体そのものである。医者からは造血剤の常用はしないようにキツく言い渡されているが……まあ、状況次第かな?
金銭面については一括で支払いは済んでいて、前回の怪我で発生した高額な請求金額と比べると、驚くほどに安かった……まあ、あっちは闇医者だから高いのは当然なんだろうけどね。
で、費用はエミリア持ちで俺がこうしてオシャレ?をしているのは外にいるであろう、有象無象の輩を巻くためである。
俺の顔をハッキリと見た事のある者は、旅団の元を離れて以降で考えるとエミリアは当然として、担当医と数名の看護師と極少数である。後はフードからチラリと見たことがある程度というものが殆どだろう。
さらにコートを常に羽織っていたために、こうして女の子らしい格好をして印象をガラリと変えてしまうと、意外と普段の衣装とのギャップから同一人物と特定できないのだそうだ。
エミリアも顔が知られてはいるが、俺と初めて対面した時の“キャリアウーマン”へと変身?を遂げているので、傍目からには姉妹……下手をすれば親k―――
「ユイちゃん。今、失礼なこと考えてないかな?」
「……気のせいでは?着替えるのでアッチを向いててください」
女の勘というのは恐ろしい。
不用意な発言はもとより、思考も注意せねばならないとは……。
さて、時間がかかり過ぎると手伝うと言いかねないので、素早く着替えるとしよう。
額にうっすらと掻いた冷や汗を拭ってから、俺は病衣へと手をかけた。
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――――――
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――
ガコンという音と共に動き始めたエレベーターの振動を感じつつ、俺は備え付けてある鏡の中にいる鏡に映る女の子を見つめる。
少し大きいサイズのグレーのロングパーカーを身に着けているために、手は隣に居る“姉”と繋ぐために出ている左手以外は完全に隠れてしまっているし、膝上を隠すほど長い為に穿いているショートパンツが見えないことでワンピースを着ているような状態だ。
そんなワンピース状態になっているロングパーカーから覗くほっそりとした足は黒いソックスのせいで色白さを大きなロングパーカーのせいで不安になるほどの細さが強調されてしまっている。
そんな服に着られてるように見えるためにか、綺麗な黒髪の中にある顔は不機嫌そうに頬を膨らませている可愛らしい顔は、大人用の眼帯が右目を覆っているために痛々しく人の目に映ることだろう。
そんな自己評価をくだしている間に、目的の階に到着したエレベーターは扉を開く。
それを合図に、俺は“妹”としての演技は開始する……のだが
「予想外です」
「まあ、ああいう所で出待ちしてるような連中なんて、こんなものよ」
“姉に手を引かれて眼帯をした妹が退院する”という俺達の様子に、場違いな雰囲気を放つ輩共は一瞥するだけで何も言ってこないし、近寄っても来ない。
何名か訝しげに俺達をジッと見つめてくるが、俺が怯えるようにエミリアへと身を寄せる様子を見せると、バツが悪そうな顔をして視線を逸らす。
そんなSAN値を削る演技をしている間に、手続きを終えたエミリアに手を引かれながら視界外へと逃れることに成功したのだった。
念のためにハクタクを周囲へと展開させているのだが、誰一人として俺達を怪しんでいる様子が見られない。
脱出作戦ということで何気に緊張していた分、あまりにも簡単に成功したので拍子抜けしてしまう。
「というか、私一人に対して執着しすぎなような気がするんですが」
「ユイちゃんは、外部と接触しないように徹底してたからね。小さなことでもスクープになるんだよ」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ」
あからさま隠し方をすると、こういう目に合うという事か。外見からは小さな女の子であるという情報も、それに拍車をかけていそうである。
そう考えると、エミリアのように適度に露出しつつ、今のような別の顔を持つというのは色々と便利そうである。
「それじゃあ、このままタクシーを拾って屋敷まで行こう」
「え?この格好で?」
「そう、この格好で」
「……」
「……」
演技の為に繋いでいた手が、拘束用へと変化した瞬間であった。
ハハッ、露出プレイとかレベル高すぎ……
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