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キコ族の少女

作者:SANO
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第24話「第三の念獣」

 “周”で少しだけ強化した果物ナイフを左手首に当てると、軽くスライドさせた。


「ユイちゃん!?」


 俺の思いつめた表情と今の行動から何を察したのか、エミリアが素早く俺の手からナイフを取り上げるとナースコールへと手を伸ばす。
 しかし、今ここで第三者を呼ばれると困るので彼女の腕をつかんで行動を阻止すると、不機嫌そうな表情で俺を睨んでくる。

 切る場所を間違えたな。
 「自分の体を切るなら手首」という変な思いあったためとはいえ、勘違いをしているであろう彼女へ自分がした行動の理由を教えるために、「落ち着いてください」と言いながら自分で切った箇所を見せるようにすると、自分が想定していた事態とは違うと思ってくれたのかエミリアは眉間に小さな皺を作りつつも、俺の言葉通りに傷口へと目を向けてくれた。
 それを見てから、少し切り過ぎてジクジクと痛む手首に意識を向けて俺は三つ目の念獣を操作する。


「これ……!?」


 強化したことで予定していたよりも深く切れた手首からは、滲むように血が溢れてきて手首を伝っていき、垂れると思われる所で映像の逆再生のように戻り始めて、そのまま重力に逆らって血のタワーを作った。静脈からの血であるが故に色合いは少し黒いものの、凝固せずに液体のままだ。


 これが三つ目の指輪を使って作り出した、“念獣”のような“血液”である。ちなみに名前は単純に「血」だ。


 事の始まりは、能力開発を始めた時だった。
 前世で見たり読んだりしていた創作物の中で、俺は子供のころから水を自由に扱うキャラクターに憧れがあった。汎用性や見た目、視認可能な身近なものを使うという点は、いろいろと自分のツボにハマったからだ。
 だからこそ、それが再現できる状況となったこの世界で、すぐさま作り出そうと奮闘し……躓いた。

 当然だ。実力は当然として、“水”を操るという状況に憧れていても“水”そのものに対して俺はそこまで思い入れも何もなかったのだから……。

 しかし、そんな俺に“指輪”というチート級装備が齎された後はトントン拍子に事が進む。
 具現化できるという事で、“水”よりも色々な意味で思い入れがある“血液”を作り出したことで、今のように限度があれど操作することが可能となる。
 そして自己強化のための制約を定めるにあたり、クラピカが行った鎖を常に具現化させて本物と誤認させるというアイデアを参考にして、自分の体内へ具現化した“血液”を混ぜ込んだ。

 今更ながらだが、ハクタクやヒスイといった念獣と“血”をリンクさせて『自分の中に存在している』という疑似的な状況を作り出し、距離の制約や操作感覚のタイムラグなどを無効化できるという副次効果があったりして驚いている。

 話を戻す。
 当然といえば当然だが、自分の血を飲んだりと吸血鬼紛いな行動をして作り出したとはいえ、具現化した血液は遺物であるのは変わりないのだから体が素直に受け入れるはずがなかった。
 だが、体調不良や意識混濁などノブナガやシャルに多大な迷惑を掛けつつも、徐々に体を慣らしていった結果が今の俺である。
 
 この念獣は制約の要としてだけではなく、単体でも使える能力があるのだが、それは使う時が来た時にでも話すとしよう。


「エミリアの言う通り、水関係の能力が使えます。種族の事は知りませんでしたが……」
「そっか……見せてくれて、ありがとう」


 役目を終えて傷口から体内へと戻っていく血を見ながら、エミリアは少し悲しそうな表情をしながらお礼を言う。はて?今のやり取りの中で悲しくなるような事など起きただろうか?
 感情の変化に思い当たることがないまま彼女を眺めつづけていると、視線に気づいたのか悲しい表情はフッと消え失せてると次に現れたのは笑顔だった……が、なぜだろう。少し怖い。


「ところでさ。これを見せてくれるのなら、別に手首を切らなくても指先に小さく刺し傷をつけるだけでもいいよね?」
「……えっと……」


 ああ、怒っているのを笑顔で隠しているのか。
 それが分かったと同時に、俺の頬は自分でも驚くほどに横へと引き伸ばされることになった。





「……つまりキコ族の人達は集落がなくなった後、散り散りになってしまったということですか?」


 頬を抓るという罰を受けた後、ヒリヒリと痛む頬を擦りながら俺はエミリアに対して種族の事についてアレコレと聞いてみた。
 さっそく自分の能力を見せた効果があったのかは別だが、俺の質問に対して彼女は丁寧に答えてくれたので色々と分かったのだが、彼女は博識ではないと前置きを通り答えられないことも多々あった。
 ならばと博識の者の紹介か、キコ族が住んでいる場所へお邪魔したいと提案したのだが、帰ってきた答えが上記の通りだ。


「そうだね。別の土地へと移った後は、そこに根を下ろして他の人と混じっていって……純血とでも言えばいいのかわからないけど、純粋なキコ族と呼べる人はもういないはずだよ」
「エミリアも?」
「ご先祖様が血を絶やさぬようにって色々と手を尽くしたみたいで、一応は直系らしいよ」
「そうなんですか」
「というか血が濃ければ濃いほど多くの特徴を受け継ぐから、見た感じユイちゃんの方がキコ族に近い存在なんだけど?」
「記憶がないので、何とも……」


 俺の頭を撫でながら黒髪の感触を楽しむエミリアから問いを、言葉を濁すことで言及を拒否する。
 とはいえ、話したいと思っても俺の記憶は前世の男時代のモノだけで何も知らないのだ。そもそも彼女の言う通りだとすれば、血を濃く受け継いでいるであろう俺を流星街に捨てるという行動が理解できない。
 いや、自身が転生したのか憑依したのか分かっていないのだから、捨てられたと判断してしまうの安直な考えだろう。ただ、憑依系だとして“この少女”が捨てられたのだとしたら、それなりの理由があるはずだ。


 やっぱり、出自などを含めて自分の種族の事について調べた方がいいな。


「お父さんなら何か知ってるかもしれないんだけど、常に世界をお母さんと一緒に飛び回ってるから……」
「いえ、色々と知ることが出来ました」


 エミリアの父親は先祖がキコ族だそうで、彼女の種族に関する知識はすべて彼から教えてもらった事ばかりだそうだ。さらに念についても母親も加えて二人からの英才教育を受けていたと気持ち自慢げに語ってくれた。
 とはいっても仕事関係で世界を一緒に飛び回る生活というものに嫌気がさしたエミリアは、また立ち寄った際に合流するという条件で天空闘技場のある此処で両親と別れて自由で気ままな一人生活を満喫していると話してくれた際に、彼女の行動力とそれを容認してしまう両親に呆れてしまったのは仕方ない事だと思う。

 その後はエミリアが様々な話をして俺がそれに適当な相槌や返答をするというガールズトーク(?)が続き、面会時間ギリギリで退室する際に「雇い主として雇用者の体調管理は必須だから、明日も来るね」という謎理論を展開して嵐のように帰っていった。
 花が咲いていたようにという表現するかは迷うが、楽し気な声が絶えなかった病室は途端に静かになり、いつも通りテトと二人だけになっただけだというのにテーマパークなどで迷子になった子供の時のような、言いようのない怖さと心細さが俺を襲い無意識にブルリと体が震える。

 たった数日の関係であるエミリアに対して少なからず依存しているかのような自分の状態を認めたくなくて、テトを抱きしめて布団の中へと閉じこもった。 
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