キコ族の少女
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第11話「リベンジ-3」
風を斬る音と共に喉に迫ってくるナイフを“周”で強化したヒスイを盾にして防ぐと、金属同士の衝突音と火花が目の前で起こった。
本来であれば避けれる攻撃なのだが、足が固定されているために回避が不可能となり、必然的に防御をするしかない。
「っ……かはっ!?」
しかし、いつもとは勝手が違う行動をしたために、目の前で散った火花が目に入るのを反射的に腕で守ってしまう。
その為、相手のボディーブローが“堅”で強化してあるだけの腹部へと直撃し、激痛と吐き気から思わず身体を屈折させてしまい、無防備に晒した首筋に向ってロリコン野郎はナイフのグリップ部分を振り下ろして、俺の意識を一瞬だけ刈り取った。
「~~っ……こんのっ!」
「おっと」
こみ上げてくる吐き気を抑えながら反撃として、腕をなぎ払うように振るいつつ、その勢いを利用してヒスイを撃ちだすも、寸前のところで回避され有効射程外へと逃げていく。
こんなやり取りが今ので3回目を迎え、俺の体は悲鳴を上げていた。
幸いと言うべきか、ロリコン野郎は俺を生きたまま手に入れたいようで、殺さず傷つけずな攻撃を繰り返してくるのみだ。
しかし、それは逆に生殺しになっているということで、意識を刈り取るために放たれた急所への攻撃痕が青痣となって俺の体に刻まれている。
「君は思ったより頑丈なようだ」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
奴は手に持ったナイフをジャグラーのように弄びながら、余裕の表情と声で俺に話しかけてくるが、答える必要も余裕も無い俺は無言―――荒い呼吸―――で返す。
俺の反応に、奴は溜息を一つ付くと手遊びをやめてから空いた手で自身の顔を隠し、ゆっくりと顔を左右に振りながら、沈痛な面持ちで芝居がかった言葉を続ける。
「私としては、これ以上は傷つけたくないんだ。最高の作品を自分の手で壊している現状は、とても、とても心が痛む……そろそろ諦めてくれないか?」
「はぁ……はぁ……こと、わる!」
「ふぅ……強情な君は素敵だが、現状では短所以外の何物でもない、よ!」
拒絶の言葉に、深く息を吐き出したロリコン野郎は、言葉の勢いに乗って俺へと急接近してくる。
ガキンッ
そんな4回目にして聞きなれてしまった金属同士の衝突音のような音が響き、俺の首はヒスイによって守られたことを確認する。
ほぼ確信できてたけど、”周”で強化されているナイフ―――腹の部分だが―――も、それなりの量を注ぎ込んだヒスイでならガードできる。
さすがに同じ攻撃を4回も受けているとなると。体勢の不利や火花を散らさずに防ぐ方法が分かったために、安全に攻撃を防ぐことで作り出した相手の隙に、俺はオーラ割合50ぐらいの右ストレートを奴の腹部へ叩きこもうとするが、奴が咄嗟にバックステップ…先ほどのヒスイによる追撃を警戒してか、少し斜めでの後退で俺の拳を回避してしまう。
だが、そんなものは想定済みであり、“隠”で姿を消しつつ俺の頭上に待機させていたヒスイを、奴の心臓に向けて撃ち出した。
「ごはっ!?」
俺の未熟ゆえか。相手の優秀者ゆえか。
決まったと思った奇襲攻撃は、直前になって気づかれてしまい狙った場所へに当たる事はなかったが、奇襲だったことは事実であり、弾丸となったヒスイは男の腹部を貫通して、ずっと余裕ぶった奴の顔を初めて歪んだ。
それでも奴はナイフを投擲するという反撃を行い、戻し損ねて伸ばしっぱなしになっていた俺の右腕に深く突き刺さった。
「あぐっ!?」
右腕から激痛で勢いよく腕を引き戻した反動で、後ろへと転びそうになるのを“たたらを踏みながら”も耐えた。
さっきの攻撃で解除されたのか、俺は動脈がやられたのか猛烈な勢いで真っ赤に染まる右腕を押さえつつ、足元の影の触手が消えていることを確認する。
次に、ロリコン野郎のほうへ視線を向けると、腹部から溢れ出る血液を片手で押さえながら苦悶の表情で俺を見ていた。
仕留めきれなかった事は残念だが、浅くはない傷を負わせることが出来た。自分の右腕と引き換えとしてはリターンが少ないと思うが……。
ふと。先ほどまで苦悶に満ちていた奴の表情が、いつの間にか狂気に満ちた笑みを浮かべているの気づいた。
そして、
「ククッ……クハハハハッ!最高だ!本当に最高だよ君はぁ!!」
狂ったような笑い声をあげながら、奴は先ほどまで傷口を押さえていた手を口へ持っていくと、手についた血を厭らしく舐めとる。
それだけの動作なのに、俺は言い様のない悪寒に晒された。
「ああ~、久しぶりの血だ。反射的とはいえ傷つけてしまったんだ、もう手加減はしないよ」
そんな言葉を証明するように、爆発的にロリコン野郎のオーラが増加すると、出血し続けていた腹部はオーラの増加に比例して出血量が減っていき最後には完全に止血された。
オーラを集中して出血を止めた?
いや、そんなことできるのか?
「いや、やはり手加減は続けよう。君は私の最高のコレクションになるのだから、完全に壊れてしまっては困る。そうじっくりとコーティングを施さないとだからね」
そういって、一歩こっちに向けて歩を進める。
たったそれだけで、ロリコン野郎からのプレッシャー……いや、もはや物理的な圧力が俺を押しつぶす。
しかし、このまま奴の言うとおりコレクションの一つになるつもりは毛頭ない。
潰れそうになる心を奮い立たせ、恐怖で震える足に活を入れ俺は対峙する。
そんな俺の姿に、奴はさらに笑みを濃くする。
「そう、その顔だ!その心だ!君は今までのコレクションの中で、最高のものなるだろう!!」
「お前のコレクションに、なる気は……ない!」
「ああ、その瞳も堪らない!怯えさせてみたいよ!」
そういうと一気に距離を詰めてくると同時に、ナイフを握ったままでストレートパンチを俺の胸にめがけて放ってくる。
それに対して、攻撃にヒスイを盾にして受け止めてから反撃しようと、奴の強化された分のオーラを追加した“周”で強化したヒスイを召喚し、盾になるよう操作する。
だが、拳に触れた瞬間。
何の抵抗も無くヒスイは粉砕され、強烈なストレートパンチが俺の胸部へ直撃し、骨が軋む嫌な音を聞きつつ、受身を取れないまま大きく吹き飛ばされ、かなり離れていたはずの壁へと激突した。
「…かはっ!?」
肺の中の空気が自分の意思を無視して吐き出された。
受身は取れなかったが、幸いにも“流”の修練の成果を発揮され、ヒスイが破壊されたと同時に胸の辺りのオーラを増やして防御力を上げたために、骨にヒビがはいる“だけ”の軽傷で済んだが、衝撃のショックと制約の失血で意識が朦朧としてしまう。
物理法則に従い地面へとずり落ちていく俺にロリコン野郎は再度接近し、落ちきる前に首を鷲掴みすると自分の目線と合わせる為に持ち上げる。
当然、身長差から俺は宙に浮くことになり、自重により気管を絞められた息苦しさから首を掴んでいる手を動かせる左手で外そうとするも、朦朧とする意識下の行動ではビクともしない。
やばい、奴に主導権を完璧に持っていかれた……!
「……ん?オッドアイかと思ったが、君は少し違うようだね」
「ぅ、ぁ……っ」
勝利は確定したと判断したのか、ナイフで俺の服を裂きつつ無遠慮に体を観察していたロリコン野郎は、俺の右目が通常とは違うと気付き、良く見るためか手を近づけてくる。
そんな行動が、男の時の俺が持つ“ある記憶”を呼び起こした。
何度も蹴りられ、悲鳴すら上げることの出来ない俺……
そんな俺を見て見ぬ振りをする母……
俺を蹴るのに飽きたのか、俺を蹴っていた“生き物”は俺の胸倉を掴み同じ目線まで持ち上げた……
「―――ッ!!」
その“生き物”の行動に母が悲鳴のような声を上げる……
母の声を無視し、その“生き物”は、厭らしい笑みを浮かべ……
俺の胸倉をつかんだまま、空いている手で俺の……俺の……俺の……
バチンッと、頭の中で電気の爆ぜる音が響いた。
「あああああああああああああああっ!!」
何処から出しているか、自分の耳が痛むほどの叫び声を上げながら俺は“硬”で強化した右足で、首を絞めていた男の腕を蹴り上げた。
咄嗟に“堅”による防御をとったようだが、蹴りを食らった腕は有り得ない曲がり方をすると、俺への拘束を解いた。
「ぐぅっ!」
突然の反撃に、奴の反応が遅れたのを逃さず、俺は拘束から抜け出し左拳へ“硬”を移動させて左ストレートを男の腹部……傷がある場所へ自分へのダメージを無視して打ちこんだ。
反動で肩から鈍い音がするとともに、左腕の感覚がなくなる。
だが、今はそんなことよりも目の前で体を”く”の字にして苦しんでいる奴へと意識が向く。
―――コロセッ!コロセッ!コロセッ!
頭の中で、憎しみの感情と共にそんな言葉が響き渡る。
そんな感情と言葉を俺は受け入れて、無茶をしたために残り少なくなったオーラから更に搾り出しヒスイを何体か生み出すと連続して奴へと撃ちだす。
「甘く、見るなぁ!!」
余裕がなくなっているのか、奴は荒い言葉を吐きながら向かってくるヒスイを打ち落とすためにナイフを構えるが、地面から飛び出てきたハクタクが両足首を貫いたことで体制を崩した。
迎撃を免れたヒスイ達は胸―――心臓―――目掛けて縦一列に特攻し、連続攻撃のように自壊しつつも一点を攻撃しつづけて、最後には貫いた。
ゴフッと大量の吐血後、奴は身体を硬直させたまま前のめりに倒れこむと、ピクリとも動かなくなった。
それと同時に、俺の中にあった憎しみの感情が跡形もなく消え去り、糸が切れたかのようにペタンとその場に座り込んだ。
前世を含めても初めての殺人を犯したが、極度の疲労と貧血が正負どちらの感情と思考を打ち消してしまっていて、今は何も感じることができない。
ただ、相手を殺したという事実だけが俺の中にあった。
ふと、奴の首筋に見たことのあるトランプが刺さっているのが見え、角度から放たれたと思われる方角へと視線を向けると、予想通りの人物―――
「やぁ」
ヒソカが、トランプを両手で弄びながら近づいてくるのが見えた。
いつもは近づいて欲しくない存在No1の男なのに、さっき殺した男と同種の存在なのに、良くも悪くも付き合いのある知人が……この世界での、俺の日常を構成する存在が傍にいるという安堵感が俺を包み込む。
そんな安堵感から、今まで感じていなかった両腕の痛みや、失血による吐き気や眩暈等が俺を眠らせようとしてくる。
抗えず、そのまま前のめりに倒れこむ俺を、いつのまに傍まで来たのかヒソカが片手で支えた。
「随分と手酷くヤられたねぇ」
文字通り満身創痍な俺に、何が楽しいのかヒソカは気味の悪い笑みを浮かべながら話しかける。
しかし、現在進行形で出血し続けていた右腕から、血がなくなっていく喪失感が消えていることから、一応は応急処置をしてくれたということだけは理解できた。
色々と言いたい事があるが、朦朧としている状態で言い争う気力も沸かず、代わりに自分の思っている言葉がスルリと、しかしポツリポツリと零れた。
「ヒソカが……援護、して……くれなかった、ら、負けて、たか、も……しれない、ね」
「―――」
たぶん、ハクタクの攻撃だけでは体制を崩しきるのも、ハクタクの迎撃阻止も、難しかっただろう。
結局、まだ足手まといのままだということが酷く悔しかった。
そんな思いと巡らせてたから、消えていったシャルとマチはどうなった気になった。
有り得ないことだが、二人がやられることは無いにせよ。何処にいるのか知っておきたかった。
「二人なら宮殿の外だよ」
「そ、と……?」
心でも読んだのか俺を近くの壁にもたれかけさせると、聞きたいことの答えを言ってきた。
正直、話す事すら億劫なので助かるついでに、先の戦闘で落した造血剤の入った瓶へと視線を向ける。
案の定、俺の要望を読み取ったヒソカは瓶を拾うと、数粒ほど取り出して、指で弾くようにして俺の口へと放り込んだ。
ヒソカの説明によると、二人は相手の能力者によって宮殿の外へ一緒に移動させられたそうだ。
そして速攻で始末したいいものの、相手の悪あがきによって直ぐに宮殿へ戻れなくなってしまう。
中で俺一人という状況は危険だというシャルの判断から、一番近くにいた班からヒソカが見に来たということらしい。
また、皆に迷惑をかけてしまった。
悔しさがこみ上げて、疲労や貧血による霞んでいた視界に歪みが加わっていく。
だが、
ブルブルブルッ
「はにゃっ!?」
そんな俺を叱咤するように、ポケットからもしもと言うときに使うよう渡されていた携帯が震え、喉から変な声が出てしまう。
俺の上げた突飛な声に、ヒソカは一瞬驚いた表情をするが、すぐに小さく笑い出した。
そんな彼に一睨みしたあと携帯をとろうと手を……
「ぁ。手、使えない」
先の戦闘で両腕が使えなくなっているのに気付き、どうにかして携帯を取ろうと四苦八苦していると
「取ってあげるよ」
「ぇ?」
そういって、ヒソカの手がポケットへ…
「ひぁっ!? ちょっ、どこ、さわ……!」
「気にしない、気にしない」
「ぁっ、んっ、ひぃんっ!?」
ロリコン野郎に服を切り刻まれてしまっているので、露出度が異様に高くなっているのでヒソカの変に冷たい手が脇腹や首筋、太腿を接触して、上げたくもない女の子らしい悲鳴を上げてしまう。
てか、尻ポケットにある携帯をとるのに、意味ないなところ触ってんじゃねぇよ!!ノブナガに言いつけるぞ!コラッ!!
「あったあった」
「ハァ……ハァ……ハァ……あとで、おぼ、えて、ろよ……っ」
即効性の増血剤で貧血から回復したとはいえ、重傷人であることに代わりのない俺はヒソカの“おさわり”で散々に弄ばれ、精神的疲労から床へと倒れこんだ。
僅かな抵抗として、三流不良の捨て台詞を吐き出すもののヒソカに効くはずもなく、俺の携帯で皆と連絡を取り合っているのだった……。
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