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TOHO FANTASY Ⅰ

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GENESIS・PROJECT

神子はまだ入院していた。黄昏の中に眠る彼女はぼんやり暇そうにテレビを観ていたのである。やはり身体はまだ治り終えていない。自由に動きたくても動けないのが現状である。──こうもしてる間にパチュリーやにとり達は対策に追われているのだろう、と言う自己の弱さに対する憤怒と悲愴が心底漂っていた。弱々しい葦の一つに過ぎない自覚が彼女に様々な感情を与えたのだ。…窓側から入り込む光は常に笑っていた。それが失笑を意味するか、はたまた嘲笑を意義とするかは彼女には到底及ばぬ議論である。──それが困難であるとしよう、それでも私は試みよう。(sit difficile experiar tamen. )…画面の中に見覚えのある顔が映っていた。その顔一つへの認識に今あった論議への拮抗に指し示しは付いたのである。それは紛うこと無き社長の姿であったのだ。
会見の席で、数多くのフラッシュライトを浴びる金髪の彼女とやや背丈が劣る黒髪の首相は、その目に希望と活力を見出して力強く握手していたのだ。それが神子にとって、どのような影響を与えたのかは言うまでもない。

「今日、首相邸でPYT研究者の最高責任取締役と菫子首相が会談しました。
菫子首相は人民の為の奴隷政策に賛同を示し、政策を進めるPYT研究所に補助金を送ることを決定しました。また、国会でもこの案を持って行き、議決を問うとも約束しました」

神子は自分の言ったことを社長がやってくれて感謝で一杯であった。それに対し、奴隷政策に真向から反対し、国家を敵に回す「巫女」が許せなかった。彼女は全てを壊す破壊神の末裔である。その意思は万人に背反する要の偽りを一層引き立て、更に事細かく築くのだ。あの時、トンネルで戦った時の霊夢の眼差しは…ただある理性に総てを委ねた、運命への信仰者そのものであった。神子にはそれの滑稽さが理解出来ているつもりであった。光明に照らされる業の数々は永遠永劫に夢を見るのだ。悟性や知性の反作用として起こる非現実の夢は、今に霊夢を拘束する桎梏そのものである。

するとニュースに速報が入った。二人が握手する画面は忽ち切り替えられ、その恍惚はすぐさま奪われてしまう。案の定映し出されたのは、神子を陥れた巫女であった。不意に怒りが湧き出て、反射的に握り拳を作っていた。

「只今、C区駅で逃走犯とその仲間2人と思われる3人が姿を現したとのことです!」

テレビの中では、人々が逃げ惑う混乱の中、三人が外へ向かっている一場面であった。上空から撮影するカメラは、霊夢と思わしき真紅のリボンを身につけた女性をはっきり映し出していた。

「まさかあの人が近くにいたなんて…恐怖が心の底から湧きました」

「余りにも恐ろしいです…」

ふと画面は変わって、今度は近くにいた人に状況を聞くリポーターが映し出される。大地は今に大混乱に陥り、その逃走犯が与えた痕跡は極めて大きいものと言えるだろう。平和に暮らす全員に恐怖を与える彼女は奴隷たちの味方でありながら、目的の為なら殺人も容赦しない凶悪犯であった。これを故に『正義』とでも呼称しているのだろうから、余計にタチが悪い。

「早く怪我を治さないと…」

神子は暴れている巫女を何とかして止めたかった。──これ以上、パチュリーとにとりに迷惑を掛けていては、自分の心が痛む、と何度も思ったのである。彼女は積み重なって怒りを覚えた。殺人と破壊を繰り返す恐怖の紅き巫女に、ただならぬ残酷さと残虐さへの恩讐として。

◆◆◆

霊夢たち三人はすぐに路地裏に止めてあったバイクに跨り、運転を霊夢として矢庭に出発を図った。フランは空の上に座り、実質は二人乗りに程近い。苦々しい顔立ちを浮かべる彼女は喧騒な駅前から逃れようと巨大なエンジン音を響かせて走り去らんとした。そんな彼女たちを追い詰めようとする警備員たちから高速で逃げ、バイクであの農村へと向かった。巫女は一度行ったからに道順は一通り覚えているつもりであったのだ。

「お空をひとまずあそこに置いていくわ。…三人もいたら逆に狙われやすいのよ」

「うにゅ…」

何も分からないお空は顔で浴びる風の重みに必死で耐えていた。過ぎ去る景色は無常観を憚らせる事無くして、ただ変遷の色を帯びていた。当たり前のように存在する軒を連ねた駅前街は時を移さず住宅街へと変わる。二車線の道路を暴走し、信号さえ無視する姿は傍から見て異常的であるのは異口同音に拠る処の話だろう。
そんな彼女たちの位置情報を察知したPYT研究所製のヘリコプター三台が空中から疾走するバイクに向かって機関銃で射撃を始めた。雨あられの如く降る銃弾に霊夢はスロットルを握り、最高速を出す。バイクのメーターは既に限界であった。雹が降るように弾ける音を道路上で立てては、何事も無かったかのように去る銃声。バイクに這いつくばっていく様は万人にもどかしさを感じさせるのだろう。横の家々や人々がすぐに視界から消え、風の重みが三人に伸し掛かる。

「…二人とも、ちゃんと掴まっていなさい!」

霊夢はバイクを巧みに操作し、飛んでくる銃弾を華麗に避けながら高速で走る。PYT研究所のヘリコプターを操縦している社員たちも高速で走り抜ける三人に機関銃の狙いを定めようとするが、彼女たちは速かった。当てることは全く出来ず、その誤差は余裕を誕生させた。少し口元を緩め、先を見据えた巫女はトンネルが近づいているのを見出した。

「このまま行くわよ!」

三人は銃弾を躱しながらC区とB区を超え、ヘリコプターを撒いたのだ。山村部に逃走した彼女たちは位置情報を誤魔化す事に成功し、そのままB区を超えた先の農村部に行ったのである。同じトンネルや陸橋を通り、フランがもともといたあの村に着いた。行くまでの数々の光景は冬の儚さを感じさせ、そこには「安心感」が存在していた。

嘗ての農村に着いたや否や、霊夢たちはバイクを止めて降りると、老婆が帰ってきた三人を迎えた。逃亡劇を繰り広げては疲弊する彼女たちを優しく抱擁するように、その言葉は落ち着きのあるものであった。

「おお…また汗だくになって…のう。少し休憩していきなされ。それに、新しい人がいるのう」

「うにゅ?私?」

お空は不思議そうな顔を浮かべていた。そんな老婆に説明を加える霊夢は慣れた口調で、既にこの世界の摂理たるものを把握しているようであった。
奴隷解放の水先案内人のような顔立ちは、かの会社が最も畏怖嫌厭するであろう解放者の義である。…しかしそこに『それ』はあったのだ。──おお、永遠の遍在よ、永遠の不在よ、おお、永遠の──徒労よ!

「彼女も奴隷だったけど、奴らの実験を受けて洗脳されていたわ。…今は平気だけど、他にも洗脳された仲間がいることに違いはなさそうね」

「そうかい…他にもまだ……」

老婆はやはり悲しそうであった。その悲哀を直接的に顔に出し、その皺を緩徐にさせた。俯き悲しむ老婆の苦悩は何時に取り去られる事になるのだろうか、それは誰にも知る由は無い。近くにあったコンクリートブロックに腰掛けて、その闇をただ贖った。この運命を共同体と歩む一人の善くて義しき者の一人として、そして絶対的なヒエラルキーに囚われる自己の精神の打たれ弱さに対する一人として。

「どうしてこんなことを出来るのか、のう…。人権と言うものは何処へ行ってしまったのかい…」

「…大丈夫よ。今にその『人権』を取り戻してみせるわ」

霊夢は自信満々で伝えると、老婆はそんな彼女の右手を両手で握った。それは先を見出した、神の前の忠実な下僕である。天に大いなる力を求め、その奇跡を幸福と称して世に投げ打たんとする、憐れで貧弱な僧侶的道徳の生み出した似而非の信仰者である。

「あなたは仏様のようなお方じゃ…。…酷い扱いを受けている可哀想な奴隷たちを救おうとしておられる…」

「仏さま、だなんて…勘弁して欲しいものね」

彼女はその言葉に不意たる悪寒を感じた。背筋が凍りつくような、惨めな音韻である。心底侮蔑の漂白がされ、老婆のその〈善の見地のもとに〉一切を隷属させんとする是正への意思は、義務的な能動の償却として良心を蔓延らせようとする。正しく自己呵責の性分、死すべき魂の復活、良心の疚しさである。
かのホメロスとてオデュッセイアにこう残している──『死すべき者ら神々にむかい、いたもかこちごと言うこそ、訝しけれ!ただ我らのみより悪は来たる、と彼らは思えり。なれど、彼らは自ら愚かさにより、はた運命に背きてまで、禍をおのが身につくるなり』、と。

「でも霊夢はホントに凄いよ!運転が凄く上手いんだもん!」

「もう沢山!もう沢山よ!…この事では私には沈黙すると言うただ一つの事のみが相応しいのよ…」

彼女は無頓着に嘲弄する彼女たちに頭を痛くした。今に霊夢は全てを悟っていた。…世界に在る『正義』の観点は、彼らが祭り上げる〈信奉〉の表象そのものに盲信する感動と徹底の善である。彼女はそれを最も倦厭した。奸計、狡猾、暴虐に純潔さを求むる事こそ、彼女の傷口に毒を塗る行為と等しいのだ──。

「うにゅにゅ…私はどうすれば…」

「…お空はここにいなさい。ここなら誰にも狙われないし、あなたを匿ってくれるはずよ」

霊夢はお空にそう伝えると、老婆も頷いた。霊夢はその反応に安堵を得たが、やはり先程の信仰対象に成り得る己の境地を呪った。都合さえよければ奉ることすら躊躇いのない、自己の思う壷のみ動く存在へ吐き気を催す邪悪さに行き場のない感情が生まれるのだ。…私が死ねば彼らの記憶から存在は消され、私が成功すれば彼らに英雄として舞い降りる──と言う荒唐無稽な排中律である。彼女の視界では楽しそうにフランや空が喋っているが、霊夢の内心は尖った心が双方から闘争する惨状を描くのだ。そんな霊夢と彼女たちの間には深い溝があり、恰も霊夢は彼女たちと共に過ごす同胞として演じていた。然し彼女には英雄が極めて俗物的なものに思えて仕方なかった。
彼女にとって、目的を果たして何事も無かったかのように終わり、記憶の隅に『こんな奴がいた』程度に留めてぐらいさえいれば、それが一番良く思えたのである。

「疲れたならここでゆっくりしておいき。…お菓子もあるからね」

「わ~い!私お腹減ったんだ~!」

無邪気な笑みを浮かべて空とフランは老婆の後ろをついていき、そのまま家に入っていった。するとそんな二人を見つけた、かつての研究者が姿を現す。髪は相変わらず乱雑極まっていたが、両手を白衣のポケットに突っ込んでは壁によりかかる姿は何処か只ならぬオーラを醸していた。

「どうやらIDOLAを破壊したようだな──流石だ」

「あんた、元々製作に携わった研究者でしょ?……前から疑問に思ってたんだけど、GENESISって一体何よ?力を保存するコンピュータにしても、あんた異形なの見たことないわ。グロテスクで、見る者全てに不快感を抱かせる偶像なんて万人に出来る所業じゃないもの」

研究者は独りでに唸ると、静かに開口した。そこには彼の苦悩が滲み出ているようであり、叡智の幽霊が彼を妨げるのだろう。終わりなき有用の幻想が棚引く靄となり、今に十字架を背負いし原罪の贖罪者として焚刑に処されるのだ。恐らく彼の内心では荒れ狂う義の疚しさが波浪に成り得ては理性を襲撃したのだろう。しかし彼は耐え忍んだ。…今に彼の全てが打ち明けられる。それは彼の理性がそう『宣告』したからである。

「───やはりあの真実を語らないといけないか」

◆◆◆

───GENESISは未来から来たと推測される、理性を持った生命体の一種だ。放射性炭素年代測定でさえ、それらの年代を導くことは不可能であった。そもそも身体の骨格が我々とは乖離したものであり、暫定的に『未来から来た秘密生物』と河城博士が決定した。
それらは計五人がPYT研究所管轄内の森…研究用施設で発見された。近くには何かしらのものと思われる鋼鉄の残骸が散乱し、辺り一面は焼け野原となっていた。今もその残骸を元に解析は続いている。

───GENESIS、新たなるこの世界の「創世」に役立つとして信じられてつけられた名前だ。それらは研究の第一人者である河城博士が名付けたものだ。
当時、奴隷貿易で盛んだったPYT研究所に対して多くのデモが発生していた。デモで研究所が襲われ、力が全て流出するという最悪の事態を想定した博士は、対策を取るためにとある計画が始動した。

───河城博士を中心に、私たちは未来生物「GENESIS」を基に、集めた奴隷の力を分散させ、保存させるスーパーコンピュータを作る計画だ。…GENESISは外見では死んでいたが、心臓は止まっていなかった。
河城博士はそれらの生命や一部の細胞を機械に移植させることで計画を成功させ、無事に役割を果たすことになった。その結果、GENESISは自らあのような形に変形を遂げ、自ら動くようになった。
元あった身体は蛻けの殻となり、今でも解剖学の最先端医が研究を続けている事だろう。

───これを私たちの中では『GENESIS・PROJECT』〈ジェネシス・プロジェクト〉と呼んでいた。しかし極秘内容であり、GENESISの真相を知っているのも上層部の僅かだ。


「…これで分かったか?」

「そういうことね。要するに突然降って湧いた生き物を計画で使った、と言う事でしょ?」

「そうだ。…何にしても未来生物『GENESIS』だ」

彼は悲しそうな顔を浮かべていた。全てを霊夢に話したとは言えど、過去の束縛から逃れられるわけではないのだ。皺を何重にも浮かべた白衣が悲哀を辛く物語っている。

「でも情報が漏洩されると分かっていて、あんたを解雇するなんて…向こうも馬鹿ね」

「いや…ホントは解雇なんてされていない。逃げてきたんだ」

研究者は静かに、驚くべき事実を口にした。元より話が分かっていた霊夢やフランは一驚に馳せ、目を丸くさせたのだ。唖然として感情が無に回帰する霊夢は反射的に冷や汗を掻いていた。流れる汗は服を伝っては孤独に大地へ堕ちる。その雫は地を鳴動させ、今に世界を揺れ動かさんとするのである。ただ研究者を見つめる二人の中、最初に開口したのは霊夢である。彼女は落ち着きを辛うじて取り戻すも、その興奮と先の見えぬ恐ろしさが邂逅し、感情は一触即発の境地に陥っていた。

「…どういう事なのよ」

「奴らの本当の計画を知っているか」

研究者はすぐさま霊夢に聞き返した。彼女は口をまごつかせるが、その狼狽も真実への好奇心に敗北した。今の彼女に在るのは真理への意志である。その『意志的狂気』の真理観が具現化し、研究者の前に巨大な興味として振り降りる。間欠泉のように噴き出る〈神聖なる狂気〉の灰は、すぐさま彼女の理性を埋め尽くす勢いで堆積していくのだ。
彼女はそのプロセスを数秒で行った。躊躇いの表情を僅かばかり、何も言葉に出来ないような呆然の域に達して間もなく、彼女は反問する。悶える彼女にとって、それが最大の武器であったのだ。

「…計画?」

「そうだ。GENESIS・PROJECTとは異なる、もう一つの実験だ」

◆◆◆

「…それはあんたが逃げ出すほど酸鼻を極めるものなの?」

「その通り。――リーダー格の河城にとり、奴は狂っている…」

「私が見ない隙に好き放題やってたのね。会ったらお仕置きしてやるわ」

霊夢はにとりの化けの皮が剥がれそうになった時を迎え、自己との関わり合いにおける彼女のイメージを彷彿とさせた。嘗ては悪戯の度が過ぎたことがあれども、常に笑顔を絶やさないような朗らかさが取り柄だった事を記憶している。確かに機械工学への腕は実力を備わっていたが、こうした形で発揮されることを至極残念に思ったのである。それは独りの我儘に他ならないが、そこには『律せられた義』が宿る事を信じて止まぬ影の自分が存在していたのである。

「…そうだな」

そう言うや否や、彼は徐に語り出した。詩人のような趣を持つ口述は悠久の流れを持ち、意識の往く様を写実的に施しているかのようであった。…思い出したくもない、癌細胞のような過去に触れながらも話し出す研究者は、腫物を故意に突くような痛さを表情に出していた。俯き、闇の畔に佇む孤独者の慨嘆を体現するかの如く悲しみで溜息を幾度も吐かせるのだ。


―――未来生物「GENESIS」の細胞は私たち人間の現在の細胞よりも発達しているのではないか、との見解で実験を始めた、我々人間への細胞移植実験だ。…同胞の研究者を騙し、麻酔無しで細胞を植え付けさせては経過を見たのさ。

―――ああ、その時の光景ほど見難いものは無い。そいつに植え付けられた新たな細胞に身体が拒絶反応を起こしたのだ。身体一面を雀蜂で刺されるような腫れが起こり、皮膚は爛れ、全身火傷のような様相を呈した。内出血があちこちで起こり、目玉さえ飛び出していた。…終始発狂し、何を言っているか分からなかった。いや――これは単なる我情だが――分からない方が良かった。奴は手足を固定した鉄の桎梏が外れそうに思えたほど暴れ、苦しみ、そして死んでいった。

―――今この実験を知っているのはPDM担当課のパチュリー、神子、そして元凶にこの私ぐらいだろう。奴隷を実験台にして行うよりは、恐らくこの方が彼女にとって楽しい遊戯だったのだろう。それだけの、単なるこじつけな理由で同胞を実験材料にしたのだ…。


「にとり…アイツも狂ってるわね。見損なったわ」

「河城博士は今誰に細胞移植を行ってるかは知らないが、どうせ奴隷にでもやってるだろう。…奴は未だにGENESIS細胞を研究している。あの実験台の同胞の死に方、その断末魔が癖になったのだろうな。…ヨーゼフ・メンゲレにも劣るまい」

ここで長々と会話をする二人に疑問を抱き、姿を見せたのはフランであった。彼女はどら焼きを片手に、それを頬張りながら霊夢を純粋な眼差しで見つめたのだ。…もしかしたらフランがにとりの実験に用いられた可能性もあったのだ、と言う恐怖が不意に滲み出る。他にも幻想郷の誰かがその惨たらしい人体実験の材料になっているのではないか――と言う心配が頭を過ぎるのだ。

「二人とも、話長いよ」

「大事な話の最中なのよ。…次の出発のために準備しときなさいな」

霊夢に言われて素直に動く彼女。何処か可愛げな背は視界の中で平静に佇んでいた。到底及ばぬ神聖なる戯言の空虚さが、そんな彼女にさえ及ぶと言う信じ難い現象を今目の当たりにする霊夢にとって、フランは哀れな存在であった。そんな彼女を守ってやりたいと言う母性的な意思も隅に湧く。

「そういやテレビで内閣とPYT研究所が手を結ぶことを報道していたな。…PDMにかける補助金要請をして、内閣側から通ったみたいだが」

「補助金要請!?…内閣が補助金を送るの!?」

「国家もグルだ。…現在の首相、菫子内閣総理大臣が奴隷制に賛成しててな。奴は奴隷賛成派の立場で、国会で予算案を議決させてはPYT研究所に資金でも送るはずだ。そうすれば…後は分かるだろう。奴らの思う壷さ」

「資金面での敵もいた訳ね!…国会はいつ行われるかしら?」

「今の時刻から二時間後、場所は国会議事堂だ。場所はA区、案内標識を見れば大体分かる。菫子首相を倒せば、資金面での補助は無くなるだろうな。――こういう事言うのは余計だと思うかもしれないが、我々が導いた過ちの民主主義を是正してくれ。今に世界は恐怖と凄惨の闇に覆われるだろう。…武力で彼女も倒してきてくれ!」 

「言われなくても分かってるわ!このまま乗り込んでやるわよ!」

彼女はバイクに跨ると、銃の手入れをしていたフランを呼んだ。彼女はすぐさま反応しては乗り込み、預け入れられた空にさよならを告げる。既にエンジン音を響かせる霊夢は確固たる決意を胸に、例え相手が大衆の意思の表現者であれども己の義を貫こうとする〈運命への翻し〉を行おうとするのだ。誰にでも模倣が出来るような英雄主義では無いことは万人が理解する事であろう。…今に彼女は公衆を知る。

「フラン、行くわよ。…今度の目的は菫子首相を倒すこと――準備はいいわね?」

「勿論!…早く倒そう!」

霊夢は猛スピードを出しては、標識を頼りに国会議事堂へ向かった。威勢よく出発する二人を傍らに見送る空たちの目には、虚空へ立ち向かう存在者の希望が映えていた。 
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