μ's+αの叶える物語〜どんなときもずっと〜
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第50話 穂乃果と大地、交わされた約束
前書き
~あらすじ~
未遥と大地の本当の出会い、それを機に未遥の大地に対する依存が高まるきっかけとなってしまった。嫌な雰囲気を醸し出す未遥は、一体何を考えているのか……一番の理解者である大地ですら、見当がつかなかった。
────ラブライブ!東京ブロック予選を迎えたその翌日……
場所は笹倉家の一室。
普段はご近所の噂諸共含めて物静かな家庭と称される笹倉一家。しかし、その日に限って異なった様相だった、と噂になるのはしばらく経ってからの事。
時刻は朝7時と20分を少し過ぎている。そのことを両手で持っている目覚まし時計が表していた。『チッ、チッ、チッ……』と短い針が音を鳴らしながら、次第に意識が覚醒するにつれて笹倉家の長男坊は疑問に思う。
「(……あれ?なんでこんな早起き?)」
と。
それもそのはず。
笹倉家の長男────大地は休日の起床時間は比較的遅めで、特別用事が無い限りは平均的に9時を過ぎてから意識が覚醒する少年なのである。
しかし、今日の予定を寝起きの脳で模索するも思い当たる節は無い。部活の練習は無い、模擬試験も無い、母親との約束も無い、故に早起きする理由もない。
そして、もう一度思う。
「(……なんで早起き?)」
と。
────静寂。
それは、大地の思考を止める瞬間でもあった。
彼は一度大きなあくびをしてから目覚まし時計を枕元に投げ、再び就寝を決め込んだ。『まぁたまにはこう起きるときあるよな』、と自分に言い聞かせて意識を夢に託そうとした───
───ごくり、と。
誰かの喉を鳴らす音が聞こえる。
当然部屋には一人の少年しかいないのだから彼の喉を鳴らす音だろうと、普通は思う。しかし、その音の発生源は少年からではないというのを、少年自身がよく理解している。
つまり……大地は身の危険を感じ取り、ガバっと羽毛の布団を取っ払って室内を見渡す。
机、クローゼット、本棚に異常は無く、視線を正面に向けると……異常を視認してしまった。
「…………」
「……おはよう!今朝はいい天気だね」
第一声は元気な朝の挨拶。
大地のベッドの隅に座って……至極幸せそうな笑顔を向ける女の子が1人。起きたばかりの大地はぼーっとしながらも、女の子の服装を見て『学校じゃない』と判断し、安堵する。が、当然疑問はソレだけに留まらない。
袖と首から肩にかけてまでレースのついた真っ白の服の上に紺色のサロペットスカート。肩が露出していていつもの彼女らしからぬ大人の魅力を感じざるを得なかった。
彼女の傍らに置いてあるオシャレなショルダーバッグに花柄のネックレスとブレスレット。
いつでもどこでもサイドポニ―と髪型は変わらずも、シュシュの色がいつもと違うだとか、ヘアピンをしているだとか、おまけにナチュラルメイクしているだとか。
まるで彼氏とデート行く女の子の用意周到な光景だった。
もし仮に、大地が寝起きでなかったら確実に頬を染めてしどろもどろになっていただろう。間違いなく、冷静さを失っていただろう。
「朝ご飯作ったんだよー!さっきねー大くんお母さんに手伝ってもらってキッチン借りて作ったの!ほら見て見てー!」
そう言って彼女は立ち上がり、机の上に置いてあった皿にはこんがりときつね色に仕上がった食パンにバターとイチゴジャム、目玉焼きにサラダ、スープ、珈琲、と見ただけで食欲そそる朝食に大地は生唾を飲み込んだ。
しかし、大地は寝ぐせのついた頭をかきながらあくびをする。
夢かどうか、もう一度時計を確認して───現実を受け入れた。
「大くん……まだ眠いの?」
「……ケータイ取ってくれ」
女の子は文句の一つも零さず、「うん」とだけ言って同じく机の上のスマートフォンを、大地に渡す。電源を入れ、手慣れた指さばきで通話アプリを起動、数字三つを押して耳にあてる。機械音が3コールなった後───
「もしもし警察ですか?不法侵入です」
~第50話 約束 ~
「大くんこれを見て」
「そ、それは!!」
非常に目を細めて汚物を触るように手に持った雑誌を見せつける。
一見それはただの参考書。世界史の表紙だ。どこにでもあるような世界史の参考書を彼女は───穂乃果はその表紙カバーを外す。
「な、なんだよそれは!」
「これはなに大くん……」
「し、知らない!!俺はそんなもの知らないぞ!!」
「大くんの机の上から二段目の引き出しの二重底の下に、参考書の表紙を被せて隠してあった」
「くっ……」
エロ本だ。揺るぎない俺の数少ない財産のひとつが、知られてはいけない人に渡ってしまい、未だ繋がりっぱなしのスマホを無意識に強気握りしめる。
スマホ越しに聞こえる男性の『もしもし!どうかされましたか!?もしもし!』という声が無造作に思えてくる。冷や汗が止まらず、滲み出る手汗で落とさないようにそのままスマホを耳にあてる。
「……すいません。人違いでした」
通話オフ。
抵抗したらまた何をされるかわからない。というか、何をしでかすのか想像できない。今の穂乃果はそういう目をしている。諦めついた俺を見て、蔑む様な目つきから冷めた目つきへと変える穂乃果だけど、幾分も心情の変化は見受けられない。
「……ならビリビリに破って捨てるだけで許してあげる」
「ちょっと待て。それは許した時の処分にはならない」
「……」
「おい待て。何故おもむろにハサミを取り出すんだ!!」
「じゃあ許さなくても粉々にして捨てる!!」
「それどちらにせよ捨てるのかよ!!!」
直後にハサミを持つ穂乃果の右手が運動を始めて俺の数少ない宝が二冊に増える音がした。『ジョキジョキ、ジョキジョキ』と。
二冊どころではない。三冊四冊と面積自体は小さくなるものの、数だけは増えていく光景だった。
「ああああああああああああっ!!!!!!!」
絶望の絶叫が轟く。
ごみ箱へどんどん積み重なるチリとなった元俺のお宝の亡骸を脳裏に思い浮かべ、穂乃果は満足げに胸を反らしてハサミをしまう。いつでもハサミを持ってるのだろうか、と彼女のバッグの中身が非常に気になってしまった。
「はぁ……ったく、朝から何なんだよ。まだ7時半だろ?何しに来てんだよ」
「デート行こう!!!」
「……でぇと?」
「そう!デート!!」
急に何を言い出すのか、突拍子もなく穂乃果はカバンの中からどこかのパンフレットを取り出す。それはここから少し離れたところにある有名な水族館のパンフレットだった。
「……水族館?」
「そう、水族館だよ!大くん前に約束してくれたよね!忘れたとは言わせないよ!」
「約束?水族館?はて、一体なんのことか───」
直後、俺の脳内を走馬灯の如く駆け巡るここ数週間の出来事。
別に死を悟ったわけでも無く、突然流れる記憶の数々の中から少しずつ約束というものを紐解いていく。
一つ目、UTXでのライブ───違う。
次、森合宿で真姫と会話したこと───違う。
次、ことうみまきの大脱走───違う。
次、穂乃果と我が家での夕食───これも違う。
次、A-RISEとμ`sの初対面───全然違う。
次、花陽との和解───そもそも穂乃果関係ない
「(じゃあ……)」
そう考えた途端、ある出来事に思い当たる節があるのを思い出した。
ここ連日の余計なアクシデントの発端となる未遥との口論、そしてその事を相談したのは───穂乃果。
そして……その相談場所は───穂むらだ。
俺は言った。『今度お礼がしたいんだ、何がいい?』と。そしてその質問に対して穂乃果は何と答えたか……。
俺の記憶に間違いなければ穂乃果はこう答えた。『水族館に行きたいな』、『2人で」と。
俺は、一度考えるのを止めて深呼吸をする。一度、二度、三度……脳がクリアになったところで更に視線を穂乃果に向ける。彼女は、本当に連れて行ってもらえるのか心配そうに眼をうるうるさせて、俺から視線を外そうとしない。その姿が、散歩に行きたいのに飼い主が連れて行ってくれなくて、耳を垂らして、尻尾もしゅんとしている子犬のように見えてしまった。
「(くそ、可愛いなおい……)」
当然、罪悪感を覚える。しかし、だからと言って急に押しかけて来ていい理由にはならない。主にお財布の都合というものを考えて欲しかったところ。まぁ、穂乃果が都合を考えて行動していたら逆に”らしくない”な、とは思うだろうけど。
「そういえば約束したなー。二人で水族館行くって」
「絶対今まで忘れてたでしょ?」
「忘れてないって、お金がそんなに無いからある時に誘おうと思ってたの」
「ほんと~?」
「ほんとだ」
「ほんと?」
「しつこい、ホントだってば」
嘘。
走馬灯が駆け巡ってこなかったら間違いなく忘れてたと正直に言って、我が家が朝から血に濡れていただろう。それだけは避けたかった。
「まぁいいや!それでねそれでね!今こんなキャンペーンやってるんだって!」
「んー、学割?二人以上で入場される学生は半額、とな。大きく賭けにでたなぁこの水族館は」
「よくわからないけど、これ使えば大くんのお財布は救われるよ!ね!ね!」
「お前俺の財布事情知っておいて今日誘うとか鬼だな」
「で、行くの?もちろん行くよね?」
とはいえ、確かに学割使ってこの価格は非常にありがたい。
本来ならばこのまま穂乃果を無視して二度寝を決め込み、起床次第で日課である勉学に励むところだが。何を思ったのか、たまには穂乃果の誘いに乗って気分転換するのも悪くないと考え、ベッドから抜け出す俺がいた。
~☆~
───某県某市の有名水族館に足を運んだ俺と穂乃果。
ついて早速だが、問題が発生した。
いいや、問題といっても穂乃果にとっては些細なことらしく、俺にとっては重要な問題が水族館受付お姉さんを前に立ちはだかっていた。確かに家でパンフレットをもっと注意深く見ておくべきだったと思う。が、そもそも穂乃果が持ってきたのだから穂乃果自身知っていてもおかしくないのだ。
つまりは……
「知ってな穂乃果。知ってて黙ってたな?」
「な、なんのことかなぁ?」
穂乃果は基本的に嘘をつくことが苦手だ。その証拠に声は震えているし、視線だってどこか遠いところに向いているのだ、。これで『はい嘘ついてません』だなんてありえない。
「おっま、これどうすんだよ……」
現在俺と穂乃果の前に立ちふさがる超難問題。それは”学割期間が終了している”ということだ。そうなると、俺たちは通常料金を払うことになり、穂乃果の財布は豊かで問題でないにしろ、俺のほうは悲鳴すら上げられないくらい怯えているのだ。
ほら、恐怖のあまりどこに隠れたのかわからないくらいに。
ここで消費する額は一か月のお小遣い相当額。貯金も多少はしているため、資金としてはあるもののここでの出費は深手を負う。
「帰ろう穂乃果。俺たちには荷が重すぎた」
「うぇー!!やだ-!おさかな見ようよー!」
「子供か君は!!」
「まだJK!!子供ですぅ!!」
「ガキか」
「ヒドイ!大くんだってガキじゃん!」
「あのぉ……」
口喧嘩っぽくなりそうな俺たちを見かねた受付のお姉さん。
おずおずと見せてくれたのは料金プランの裏面。そこには表面と同じくプランが書かれているものの『シニアプラン』、『団体プラン』などとお決まりの別プランが示されていた。
そして、お姉さんが指で示しているプランの名前が
───カップルプラン
……この先に展開に手汗がにじみ出る。非常に……心底嫌な予感しかしなかった。
ちらりと、視線だけ穂乃果に向ける。
「えっ、あ、その……」
「やめて穂乃果。なんか勝手に頬染めたりしないで。反応に困るから」
「だ、だってぇ~。お姉さんにはそういう風に見られていたってことでしょ?えへへ……ちょっと、恥ずかしいかな」
「やめて穂乃果。なんとなく……ほんとうになんとなくだけど海未が殺意ある目で睨んでるような錯覚に陥ったから全力でやめて」
まさか、俺と穂乃果の後を追ってきたんじゃないだろうか。
意識したくないのに、どこかで俺らを監視しているのではないかと、辺りを不審者の如くキョロキョロ見渡す。が、特に違和感といったものはなく、普通に俺の勘違いだった。
「ま、まぁそれしか方法ないんだから諦めて帰ろ───」
「じゃあカップル割でお願いします!!」
「おいこら!言ってる傍から何してんだ!」
「何って、カップル割使って水族館入るんだよ!」
「いやそれは理解した。だけどなんでカップル割なんだよ!だいたい俺たちは付きあ───」
メリィッ、と。
右足親指に激痛が走った時には既に穂乃果のかかとがめり込んでいた。
「う、ごぉ……」
「じゃあカップル割お願いしまーす」
「は、はいかしこまりました」
俺を気にしながらも、受付のお姉さんは言われるがままにしていた。
~☆~
時が経つのも早いというモノで。
茜色に染まる夕陽を背景に、二つの影が歩いていた。俺と、穂乃果の影が大きなったり、小さくなったりとサイズを変えて、さり気無く手なんて繋ぎながら帰路に着いていた。
「いやぁー水族館楽しかったね!」
「あぁ……」
「また行こうね!!」
「あぁ……そうだな」
「むー、大くんさっきからずっと『あぁ……』ばっかり!!そんなに楽しく……なかった?」
口をとがらせて声色を暗くする穂乃果の声を聞いて我に返る。
「あ、あぁ違うって。そんなことない、楽しかったよ穂乃果。まぁ終始引っ張られっぱなしだったけど悪くない一日だった」
「ほんと!よかったー!!」
「誘ってくれて、さんきゅな」
「えっへへ~!また誘うね!」
「今度はちゃんと連絡の一つくらいよこせよな」
雪穂へのお土産という名目で買った”ジンベイザメ”のぬいぐるみの入った袋を持ち直して、穂乃果はつぶやく。聞こえないふりをしていたつもりだったけど、心に引っかかるつぶやきだったために聞き逃す事ができなかった。
「……大くんとの約束、これで全部果たせたよ」
「え?穂乃果?全部ってどういうことだ?」
「なんでもないよ!ただの独り言!」
「いや、だけど……さ」
「いいの!!」
明らかに寂しげな顔してただろうが───とまではいかなくても、儚げにな表情を見せるものだからスルーなんてできるわけない。らしくない、といったところだろうか。
俺から手を離し、俺の影を踏むように前を進む。
執拗に影の頭を踏んづけているけど。気のせいだと思いたい。
「大地くん」
「?」
また、だ。
穂乃果はここ数日にわたって、俺の事をたまに大地と呼ぶようになった。どんな心境の変化なのかままならない。距離が縮まった証と捉えてもいいのだろうか?しかし───
「昔ね、私が小学生の時に、ある男の子と仲良くなったんだよ」
「え?あ、あぁーそうなんだ」
「その子はね、ある日私が怖い出来事に巻き込まれた時に私の事を助けてくれたんだ。本当はその子だって怖かったはずなのに、私の為に命までかけてくれたんだ」
「そ、それで?」
「その子とは離れ離れになった。でも、私は約束したんだ。”絶対またどこかで会える”って」
どくん、と。
心臓が大きく跳ね上がるのを自覚した。急に血液が心臓中心へと集まっているような気がして、手足がかじかむ。それは恐怖から生まれるものではない。俺の中で確信を得たような気がしたからだ。
───景色があった。
そこは車の中。
今でも母親が愛用しているキューブ型の自家用車だ。母親が運転するその助手席には一人の幼い少年の姿。見た目的に小学高学年くらいだろうか。茶色のやぼったい髪の上から痛々しい量の包帯を巻いて、無気力そうに俯いている。
無気力……というよりは植物人間のように生気を感じられなかった。
そんな少年相手に、窓越しから必死に声をかけるサイドポニーの女の子。少女もまた、少年と同い年くらいに見える。が、少女の頬を滝のように落ちる雫が二人の間に何かがあったことを物語っていた。
『───くん!!───くん!!おいていかないでよぉ!!』
少年の母親が仕事の都合で転勤してしまうのだろうか。
しかし、どれだけ必死に少女が泣き叫んでも少年はびくとも反応しない。それどころか、少女の声すら届いていないようにも見える。あまりにも凄惨な光景であった。
『こんどは、───が!───くんのことをまもるから!!だから!!だからいかないで!!───のこと……ひとりにしないで……』
『……』
それでも、少年は反応しなかった。
どうしようもない悲しみが、少女の心を支配していたのだろう。その悲痛な叫びを最後に、少女はそのまま泣き崩れてしまっていた。
見るに堪えない。
少年の母親はそう思ったのだろう。少年の母親と、泣き崩れる少女の母親は合図を交わし、静かに車の窓を閉めるのだった。
『まって!』
最後に少女は、叫んだ。
涙と涎と、鼻水でぐちゃぐちゃの顔を拭かず、思いを込めて叫んだ。
『……いつあえるの?』
『……』
無反応。
だけど、少年はゆっくりと口を開いた。慎重に、取りこぼさないようにゆっくりと。
『わかん、ない。いつ……か、また……あえる、よ?』
『……ほんと?』
『いま、まで……ごめ……ね?』
『ううん、やくそくだよ』
『……やく、そく?……うん、やく、そく』
蚊の鳴くような小さな声で、そう囁き合った。最後に見えた景色は、少女が差し出す小指に
少年がまじまじと見つめた後、震える小指を絡ませていた。そして、窓が閉まる直前……ほんの一瞬だけ、少年が笑みを浮かべていた景色。
───そして、俺は思い出した。
俺は確かに……誰かと、会う約束をしたことを。そしてそれは間違いなく、俺が幼少期にしたことを。俺が車の中で、真っ白な頭の中で確かに交わした誰かとの約束を。
それでもまだ、俺の靄は完全には晴れない。でも、道筋は見えた。霧のかかった真っ白な道路に、進むべき道筋が見えた。
「(……ほの、ちゃん?)」
頭にそうはっきりと出てきた、幼き頃の親友の呼び名。
嬉しかった。ただ純粋に嬉しかった。
「なぁ穂乃果」
「なぁに?」
「そいつの事、好きだったか?」
「え?う、う~ん……」
俺の質問に、またいつものように頬を染めて考える素振りを見せた後、
「うん!大好き!」
「それは今でもか?」
「もちろん!だから絶対会えるって穂乃果はそう思ってる!」
「……そ、ならいいんじゃないのか?」
自分の事だけど、きっと穂乃果にとっては俺は、俺だけど俺じゃないのだ。身近にして一番遠いところに俺はいる。穂乃果はそれに自覚が無くても、そう見えている。
「さーてと。穂乃果のせいで予定が崩れちゃってるし、今日は家帰って勉強しなきゃなー」
ねぇそれって穂乃果が悪いみたいに聞こえるんだけど!」
「あぁそう言った。穂乃果が引っ張りまわさなきゃ勉強できたんだよ」
「勉強なんていつでもできるでしょー!」
なんていつも通りのやり取りをする中、ふと、視界の隅に入る女子高生が1人。その女子高生はすぐそばにある業務用スーパーへと足を入れていた。
まさか未遥───なんて思ってしまったけど、そもそも未遥はあんな黒髪じゃないし、長い髪を両サイドでまとめて、まるでツインテールのごとくよろしくするような子じゃない。
そんでもって、音ノ木坂の制服を着ているわけがない。
「(……まさか?)」
そんなわけないと思い、かぶりを振って上機嫌の穂乃果の背中を追いかける。
ここに来て、ようやくスタート地点に立った気がした。
───それから数日が経過した。
一向に記憶についての情報が得られないまま、ブロック予選の結果発表の日が訪れた。
各々緊張の面持ちで一つの画面を除く光景。
誰かが一言二言言葉を発し、静寂、呟いて、静寂。
中々会話が弾まない中、せわしなくクリック音と時計の針だけが動いていた。一人は耳を塞いで部室の隅で震え、一人は冷静さを保とうとイチゴ牛乳の紙パックを飲み、一人はカチカチマウス操作を行って何度もページ更新をしていた。
そもそもの話。
一次予選を通過できるグループは4チーム。A-RISEはほぼ確定として残るは3チームのみ。一心不乱一致団結に戦い、この日を待ちわびた。
更新、更新、更新、更新、更新更新更新更新更新…………
何度更新していたことだろうか。
立ち上がるサイトを見て、ため息をついて、更新して────────
───その時、その瞬間はやって来た。
誰かの息を呑む声を合図に一同は画面に群がる。何度も繰り返された、クリック音が更に素早くなる。
画面をスクロールし、彼女たちの目に留まった。
───【ラブライブ!東京都ブロック一次予選結果報告】
そこにはこう記されてあった。
───第四位、μ`s
と。
後書き
ようやく"欠片"を思い出した大地。
当然、それはほんの落としてしまった一欠片に過ぎない。それを彼は丁寧に、丁寧に、こぼれ落ちる砂をかき集めるように拾っていく。
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