とある科学の傀儡師(エクスマキナ)
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第92話 懇願
前書き
遅くなって申し訳ありません
やっとこの段階になりました
例えばの話をしましょう
ガンを完治する治療薬の開発のメドが立ったとして、それにはモルモット二万匹の実験データが必要だとしたらどうだろうか?
貴方はその実験は仕方ない事だ
それで多くの命が助かるなら
と考えるだろうか?
同じ命なのに?
人間を助ける為にモルモットが犠牲になって良い理屈なの?
人間1人自然分娩で産まれる日数は約280日
モルモットは大体59~72日
産まれるまでの日数が違うから
人間じゃないからセーフだとか
そこに正義があればやるべきだとか様々な意見があるだろう
人間は簡単に増えないから実験に使ってはいけない
モルモットは人間の4分の1 の日数で増えるから実験に使って良い
簡単に造り出せるものは簡単に壊して良い
そうやって考えてきた。
考えないと自分の立ち振る舞いの根幹が崩れていくかのような気がした。
正義と宣っておきながら結局は自分を慰める為の安心して職務を全うする為の建前だ。
外の空気は甘いのでしょうか
辛いのでしょうか
外部の空気はおいしいと教わりました
ミサカは甘い方が好みなのですが
とミサカは自身の好みを吐露します
世界とは......こんなにもまぶしいものだったのですね
あの時から彼女達を造り物とは思えなくなってしまった
世界が歪んだ醜いものしか見えていなかった私よりもずっと人間らしいと思ったから
不気味の谷すら突破した人形は人形足り得るのか......
あるいは人形は人間に慣れるのか
生きる為に何もかも捨ててきた人間は人形になるのか
周りから宣告されたから人形なのか
自分の立脚点が分からなくなっていく。
感情を切り離した筈の彼女達に理性で判断していた私を大きく揺さぶった。
それは幾らでも解釈出来るし、なんとだって言い訳が出来る。
論文や書籍で読み飛ばされる注釈やコメマークでただ一文
『※例外や諸説あります』だけ書いていれば歴史的に認められる。
幼少期からあまり気にも止めないで読んでいた文献の端っこにある一文の存在に出逢ってしまった。
『彼女達はモルモットであり、感情はないに等しい』
※例外や諸説あります
この※で纏めるにはあまり馬鹿馬鹿しく非情に観えた。
長い人類の歴史の中でこの文言だけで片付けられた被験者、実験者が数多存在した筈。
彼ら科学者が流した葛藤の涙は当たり前として現在の技術を支えている。
私は初めて科学者としての壁に......
私『布束砥信』は研究者として相応しくない感情を想い出してしまった。
ゼツ達の策略によりヘッドギアを装着された布束は彼女達と同期していく。
受けた痛み、流した血
激痛からの冷や汗
口から上がる呻き声
出血を止める為に抑える腕
寒さ
孤独
拒絶
悲しさ
憧れ
そしてあの忌まわしい記憶へとネットワークは繋がる。
『さあ、これより第九九八二次実験を始めよう』
捲き上る噴煙に飛び交う人形。
必死に自分の大切な人を守るため、暖かく迎えて尊敬している人にもう一度逢う為に指を動かして抵抗していく。
腕はもぎ取られて
脚は壊されて
まるで熱湯を被ったかのような激痛にのたうち回りながらも懸命に前だけを向いていた。
薄ぼやけた月の光でも希望の光に変え難い。
景色が真上からゆっくりとスローモーションのように無機質な物体が落下してくる圧迫感を感じながら安い命よりもずっと大切なカエルのバッジと破片となった人形の腕を抱き締め続ける。
お姉さま......サソリ様
だいすきです
時空が大きくブレていく。死とはこのように感じるものなのかと考えている時に黒い影が必死の形相で飛び込んできたのを見届ける。
景色は暗転して彼女の心や記憶が溢れ出してくる。
小さな人形の身体に入った彼女は実験の残酷さを跳ね除けてまぶしい世界を走り回っていた。
美味しいものを食べて
大切な人と一緒に暮らしながら日々を全力で生き抜いている姿が映る。
その溢れそうな笑顔で全て救われた気がした。
ずっと陰惨で残酷なだけだと思っていた彼女達の人生は決してそうではなく、命を懸けた人々の想いが彼女を解放していた事を知る。
実験を止めようと動いていた布束は間違っていなかったと安堵した。
彼女達の記憶ネットワークに流れた生き人形となった彼女が優しく語りかけているように思えた。
そこで布束に掛けられていたヘッドギアのスイッチが切られて、御坂とメイド服姿のミサカに扮する食蜂が様子見をするようにおっかなびっくりとしながら少々固まっている。
「い、生きてるわよね?」
「なんとか言ったらどうかしらぁ。一応助けたんだからぁ」
「あ、アンタねぇ......状況を説明しないと分からないでしょうが」
「そんな悠長な事言ってられないのよ。わかるかしらぁ。貴女の足らない頭で考えてみなさい」
「はぁ!?」
まるで双子の姉妹のように振る舞う二人に布束は言いようのない涙が自然と流れ出していく。
ずっと機械で擬似体験の様子を流されていた布束は改めてこの部屋を見渡してみると何処かのコンピュータルームで緑色のランプが点灯していてゲージが溜まっていくのが表示されておりパーセントは残り3%を切っていた。
「ほ、ほら!よく分かんないけど呆けているみたいよ!だから早く外せば良かったのよ」
「脳波も安定していたから平気よぉ。目覚めて邪魔されたら面倒よねぇ。第一、貴女の方から『ゼツと一緒に居た子』って言っていたわよね?それで簡単に解放すると思ったのかしらぁ?」
「それはそうだけど......」
「全くこれだから胸が貧しい人は嫌だわぁ」
「あ、アンタだって今似たような胸でしょうがぁぁー!」
何やら布束が拘束されているのを巡っての言い争いをこの二人はしているようだ。
布束は現実味のない身体をゆっくり起こしながら不思議そうに見開いた目でギロギロと眺めるように無表情色を強くしながら見上げている。
「な、何よ......一応助けたんだから礼くらい言いなさい。この場合、歳は関係ないからね」
「............ありがとう」
「ほらね理性的な人ほどなんでかお礼を言わないの......えっ!?」
「礼を言ったのよ......ありがとうって」
飄々としてのらりくらりと立ち上がると表示されているモニターを興味深げに覗き込む。
「ど、どちら様です......か?」
非常に畏まった御坂の様子に布束が無視して指差した。
「これは何かしら?」
ゲージが溜まり切ったのを確認すると食蜂ミサカぎキラキラとした瞳でイタズラをするように笑みを浮かべた。
「今ねぇ、ほとんどの人がゼツ達にやられて倒れているから起こすだけよぉ......私の改竄能力でね」
『エクステリア』
一三対目以降の任意逆流開始
耳鳴りのような音が聴こえてくると同時にビルの窓から黒ゼツを優雅に眺めている本物の食蜂がリモコンを押した。
学園都市全域に神経電質が流れ出したかのように飛び火して倒れている人々の眼が開いて、食蜂のようなキラキラとした星のような瞳に変貌していく。
「......これで丸裸ねぇ~。ゼツ」
空を走っている光る糸が断ち切れて空が綺麗な火花が散らばっていくのを観察してリモコンで狙いを定めていく。
******
食蜂がエクステリアを使う数分前に病室でグルグルとした一部分がポッカリと空いた面が白井の顔に張り付いてぎこちなく動かしている。
右目部分が完全露出しており中では悔しさにも憤怒にも似た憎しみを露わにして皺を寄せている。
トビは自分が持っていない
持つ事さえ許されていない感情を表出させながら無差別レベルアッパー騒動で大混乱の病院内をユラユラ壁を支えにしながら狙いを定める。
「クソ......油断したっす。げほげほ」
身体と声は白井の声帯を借りており、あまり操りが上手くいかないのかくぐもった声になって咳をする。
先ほどから面の再生の術を使っているが勝手が違うようであまり効を奏していない。
「身体が上手く動かない......こうなればやたらめったら......!」
看護師が使っている処置ワゴンがとある部屋の前に置かれているのに気が付いたトビはワゴンを物色して使用済みの注射針を引っ掴むと辺りをキョロキョロして様子を伺い、針を指の間に挟み込んでクナイのように構えた。
「あっ!?白井さんじゃないですか!」
「良かったです!気が付いたんですね」
「!?」
不意に後ろから声が聴こえて慎重に顔の右側四分の一だけ露出した箇所だけで振り向いた。
そこには心配そうに今にも泣き出しそうな初春とホッと一息入れている佐天がニカッと笑っていた。
「あの時、私を逃す為にありがとうございます!」
「いやー、サソリを探しに行ったけどなんか病院内で反応があったから戻ってきたのよね。何か知りません」
「何処か体調が悪い所はありませんか?何でも言ってくださいね」
張り切って拳を固める初春にトビ白井はダラリと腕を伸ばして
「な、んでもあ、りませんわ.....てめーらが死ねば万々歳!」
振り返りながら鞭のように腕をしならせて注射針を振りかぶる。
「何をしているんですかね......」
「あ?」
すると、病室の扉が開いて鬼の権化とかした看護師がワゴンを勝手に明後日身勝手な患者を見下ろすように立っていてボキボキと指を鳴らしている。
一瞬だけシュワルツェネッガーが降臨している!
看護師は筋肉を隆起させると患者を掴まんとばかりに躙り寄りながらゆっくりと掌をトビに向けていく。
「?何かしら?それって」
看護師が一瞬だけ妙な筋の入った面を見て首を傾げる中でトビは動きが止まったと判断すると看護師の首目掛けて針を刺そうと殴り掛かる。
「!?」
「先生......大丈夫かな?」
病室の中では木山が包帯を肩から背中に掛けて巻いた状態でベッドに横になっていた。
人間道がフードを被りながら心配そうに覗き込んでいる。
爆発による火傷と肺まで達しそうな破片が刺さったが病院側の適切な処置のお陰で命に別状はなくゆっくり寝息を立てていた。
「出血がかなりあるから無理はさせない方が良いですね」
「アンタのエンマ様でも治せないの?」
「オレのエンマは無機質専門。人間の身体は治せませんよ」
「不便な能力ね。さてと天道達の助太刀に......!?」
畜生道の視界に白と黒の布のようなものが現れて諸共奥の壁に吹き飛ばされた。
「うにゃ!!?」
人間道が小さく身体をビクッとさせると扉の前で目を光らせて綺麗に一本背負いをした担当看護師の姿が映っていた。
吐く息が野獣のように白く棚引きたる。
廊下側から悲鳴や息を飲む音が漏れていて吹き飛ばされた病室の奥では縺れ合うように畜生道と赤い髪をした白井がひっくり返りながら悶絶していた。
「痛ったぁぁー!何なの一体?」
「意外に強い......っすね」
トビの面は力を使い果たしたかのように白井から剥がれ落ちた。
「白井さん!大丈夫ですかー!」
「何で軍曹に......軍曹さんに手を出したんですか!?サソリでさえ勝てない戦闘民族なのに」
初春はひっくり返って気絶したかのように見えた白井を心配そうに駆け寄る。
看護師はみるみる筋肉が小さくなり白井を起き上がらせると余計な怪我をしていないか見てからゆっくりと白井の病室へと移した。
初春も心配で付いていった中で白井が居た場所から蜘蛛のように這いずり回る木の面が逃げようとしているのが見えた。
「ん?......あー!トビじゃないの!?」
「んげ!?ヤバイ」
面の存在に気付いた畜生道が声を上げると地獄道が前に出て黒い棒を構えた。
「良く解りませんが良い機会ですね。さっさと殺してしまいますか」
その棒を見た瞬間にトビの面はフルフルと震え出してパニックになったように触手を出しながら扉へ一直線に逃げ出した。
「や、やだっす!死ぬのは嫌だ!」
「ま、待ちなさい!コイツ」
キンキンと頭の奥まで響きそうな不快な声で決死を叫び声を上げていてチョロチョロと空いている扉へと触手を伸ばす。
「閉めてください!」
「は、はい!」
佐天が反射的に扉を閉めるが既にトビは飛んでおり廊下の光がしぼんでいく。
「間に合えー!」
と必死の思いも虚しくトビが出る寸前で扉が閉まり、思い切り面が激突して乾いた木箱のような音がパコンと鳴った。
ズルズルと床にずり落ちるとトビはかけない冷や汗を掻きながら振り返ると輪廻眼を光らせる地獄道、人間道、畜生道が立ってギロリと睨みつけていた。
「久しぶりねぇ~。姿が見えなくなったと思ったらこーんな惨めな姿で」
「これで少しは溜飲を下げられますね」
黒い棒をチラつかせながらゆっくりと伸 ばしている。
「ぐぬぬ。人間のクセに生意気な......」
「その人間に追い詰められているのは何処のお馬鹿さんかしらね~。佐天さんだっけ?ありがとうね」
「い、いえ......あたしは」
「さてと面倒にならない内に始末しておきますよ」
ガタガタと震えているトビに佐天は少しだけ憐れみを生じさせてしまった。
「ゆ、許して欲しいっす!お、オイラ死にたくないっす!」
面を傾けて破片が飛び散るのも厭わずにトビは面を下げ続けた。
「はぁ?何命乞いしてんの?アンタねぇ!そう言ってきた奴を助けた事あるわけ!!?」
「ぜ、全部『ゼツ』がやれって言ったからっす!オイラは楽しい大会にする為に色々準備していたのに直前でぶち壊されて......み、見逃してくれるなら二度とこんな真似しないっすから」
多分泣いているのようで声が少しだけ滲んできた。
「な、なんか可哀想......」
「はぁ?人間道マジで言ってんの?トビだよ。こんな奴が根っこから反省していると思うわけ?」
ギラリと黒い棒を向けると扉に飛び掛かって必死に開けようと触手を伸ばそうとしているが地獄道の青い焔に取り囲まれて逃げ場がドンドン少なくなっていく。
「ひぃぃー!た、助けて。オイラが......オイラが悪かったっす......ゼツと一緒にここを滅ぼすなんて計画してすまなかったっす!」
「「「!?!」」」
トビの滅ぼす発言を受けて四人は驚愕の声を上げた。
「ほ、滅ぼす!?冗談でしょ?」
「冗談じゃないっす!影十尾を復活させて暴れた後で元の世界に戻るって言っていたっす!その時の時空間忍術でたくさんの人間を使うから皆んな死ぬって」
聞いた瞬間に地獄道がトビの面を握り潰さん限りに握りしめて怒鳴る。
「それを知っていて加担していたんなら弁解の余地はない!」
「オイラだって聞いたの最近っす!崩れる!ぎゃあああー!」
滅びる?
学園都市が?
もしかしたら世界が?
嘘よ
嘘だって言ってよ
サソリ......あなたならどうする?
気が付いたら佐天は地獄道からトビを奪い取ると真正面から見据えて。
「どうすれば止まるの!?」
「......ゼツを......黒ゼツを倒すしかないっす......アイツが術式を全部持っているっすから」
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