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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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期を逸したお蔵入り短編

 
前書き
そのうち出そうとか思ってたら黒竜編で燃え尽きちゃったのでお蔵入りしてた文章です。 

 
 
 お前はもういらないと、親同然の相手に言われたことがあるだろうか。
 この人の為に働くのだと誓った相手に、その覚悟と熱意を一方的に斬り捨てられたことがあるだろうか。

「お前から剣を取り上げる。利き腕を失った身では戦えまい?それに、片腕ではホームの手伝いもサポーター役もままならん。荷物になったお前を養い面倒を見る余裕は――いまのうちにはない。既に『恩恵』は消してあるので、早々にここを去るがいい」

 この街で唯一、心底から心酔した(おや)の冷酷な言葉が、俺の心に熱した火掻き棒を突き刺されるような衝撃を与えた。誰が敵になっても最後には味方してくれると信じていた神に、俺は静かに切り捨てられた。握らされたのは少しばかりの私物と、田舎に帰るための旅費。

 利き腕の右を失って包帯に塗れた俺は、ファミリアから戦力外として一方的に追放された。

 気の毒そうに俺の背を目で追う団員。
 調子に乗っていたからいい気味だと管を巻く団員。
 俺の事にはもう興味がないと言わんばかりに無感動な視線を向ける団員。

 ついこの前まで自分が団長を務めていたファミリアとは思えない疎外感と惨めったらしさから、俺は逃げるようにその場を後にした。




 田舎育ちで学もなければ天賦の才も魅力もない。ただ、剣の腕っ節だけは人並み以上だと信じてこの神に着いてきた。貧乏ファミリアだからと後ろ指を指されたことも、遠回しに馬鹿にされたこともある。酒場でいちゃもんをつけられて口論になった数など数知れない。

 自分を馬鹿にされるのは腹が立つが構わない。ただ、自分を拾ってくれたあの神を馬鹿にすることだけはどうしても許せなかった。だから馬鹿なりに頑張ってファミリアの名声を上げるためにずっと頑張ってきた。
 そうして足掻いているうちに一人、また一人、同志とも家族とも言える戦士たちが集い、ファミリアは次第に数十人規模にまで膨れ上がっていった。

 ――とても、充実した毎日だった。

 あの時、ファミリアが初めて50階層に足を踏み入れた時。
 当時勢いのあった俺達は、強敵を前にして引き際を誤った。
 そして、団長としての責務を果たすために撤退の殿(しんがり)を務め、後の事は覚えていない。

 かすかな記憶にあるのは吐き気を催す悪臭を放つ邪竜の牙、舞い散る血潮、遠くに転がる誰かの右腕。思い出すたび、無くしたはずの右腕が喪った物を求めるように酷く疼いた。

 それも、長い昏睡状態から目が覚めた俺を待っていた現実に比べれば何と些末な事か。

 何故自分がベッドに寝かされているのかを思い出せずに寝ぼけ眼を擦ろうとして、何も起きなかったあの瞬間。俺は動かしている筈の右腕の行方を目で追って、魂を断崖に突き落とされた。

 己が右手が無くなっている事に気付いた時、俺はこの世のものとは思えないほどの悲鳴を上げて狂乱した。俺が生きていくために絶対に必要な腕が――忠誠を誓うために掲げた剣を支えた腕がないという端的な事実を、どうしようもなく受け入れきれなかった。

 ファミリアを出て歩いていても、気が付いたらバランスが取れずに転んでいる。その度に、剣士生命もろとも断たれた腕を返してくれと思った。見ず知らずに相手に助け起こされるたびに、俺は自力で立ち上がれないという事実に打ちのめされた。

 周囲の蔑みの眼と憐みの目が注がれる右肩の先。
 ある筈のないパーツが抜け落ちた空白。
 硝子に移るそれを見る度に、俺はその現実を振り払いたくてガラスを割ろうとし――割る為の右腕が無いがために何度もみっともなく尻もちをついた。

 腕がないというのは、この世界では致命的だ。
 腕が日本あることを前提に構築されたこの世界では、片腕の人間は労働力として見なされない。何故なら両腕と比べて圧倒的に一つの作業をやりにくいからだ。掃除をしようとすれば満足に雑巾を絞れない。皿洗いをしようとしたら皿を磨けない。肉体労働では両腕を使う仕事が一切できず、おまけに利き腕を失ったせいで文字も満足に書けない。

 ただ着替えをするだけで、俺は途方もない労力を使った。いつかは慣れる、早くなると慰めの言葉を貰うこともあったが、それは俺の壊れた心に何の潤いも齎しはしない。俺の人生は、俺の夢は――ゼウス・ファミリアを越えるファミリアとなってあの方に仕えるという夢は、永遠に思えるほど遠のいてしまったのだから。

 俺は、屍だった。
 身体は生きていても、その心は死んでいた。
 生きる事も出来ず、死ぬことも出来ず、何も出来ずにこの世界を漂う(あし)だった。

「腕さえあれば……腕さえあれば……ッ!!」

 たった一本、なくしたものさえあれば、こんな地獄は覆せたのに。
 歪になったシルエットの肉体を抱えたまま、俺は呪詛のように何度も呟いた。

 そんな屍にもう一度生命を吹き込もうとした神が降臨したのは、俺が三日三晩に渡って嘆き苦しみ、その感情がこの世界への憎悪に歪みつつある、そんな時だった。

「腕さえあれば――何と申すか」

 それが、悪夢の終わりと困惑の始まり。そして――。



 = =



「ガウル……ガウル・ナイトウォーカー。いい加減に目を覚ますがよい」

 ゆさゆさとゆすられた俺は、そのくぐもった声に寝ぼけ眼を開く。
 そこは、本当に眷属が一人しかいないとある神の家。あの後俺を拾い、ファミリアとして受け入れた神の家だ。声の主を察した俺は、揺さぶった人物に上半身を起こして挨拶する。

「おはようございます……久しぶりに夢見ました、メジェド様」
「むむ、おはよう、ガウル。随分魘されていたが、悪夢でも見ておったか?」
「いえ、夢の最後にメジェド様が助けてくれたので悪くはなかったですよ」
「む……むむむむ。我が眷属はお世辞が上手いな……むむむ。まぁ、いいのだが」

 俺を起こしてくれた今の主神――メジェドはやたらと「む」が多い神様だ。
 この神様は常にその全身を白くて大きな頭巾で隠している。その隠しっぷりたるや、頭巾だけで瞳と膝から下の足以外をすっぽり覆っていていっそオバケのコスプレのようになっており、言ってはなんだが傍から見たら何の生物か問いたくなる。
 布を覆っている所為でいつも声はくぐもっていて、脚を除く体型も確認できないから性別は不明。食事も風呂も決して他人には見せようとしないためにこの神の正体はオラリオの神々の間でも謎に包まれている。

 ただ、その足はかなりの美脚であるため女の子説が根強く、一部ではその中に絶世の美女とか幼女が入っているに違いないとカルト的な人気を誇っているようだ。俺の見立てでもこの神は女神だと思うが、真相が明かされる日は来るのだろうか。

「では顔を洗って食事を取るがよい。今日もダンジョンへ赴くのだろう?」
「そういえば今日のご飯はメジェド様の当番でしたね……前から気になってたんですが、その手のひらを外に出せない服でどうやって料理してるんですか?」
「むむむ、料理の時は、これは脱ぐ。邪魔であるからな」
「………………………」

 今、ものすごく衝撃的な言葉を聞いた気がする。つまり、精一杯早起きすればメジェド様のご尊顔を拝める可能性があるということだろうか。俺の呆然とした表情に気付いたメジェド様はゆらゆらとせわしなく身体を揺らして急に早口になった。

「む、むむむむむ。べ、別に裸で料理している訳ではないのだぞガウル。この中とてちゃんと服を――むむむ、自分で自分の秘密を少し喋ってしまった。これ以上は何を聞かれても答えられぬぞ、むむ……」

 どうもメジェド様は俺があられもない想像をしているか、若しくは自分が変態だと思われたと勘違いしたらしい。最近気が付いたがメジェド様はどうやら結構な照れ屋のようで、精神的に動揺すると「むむむ」が増えるらしい。
 メジェド様はいつも自分の事をほとんど語らない。だから俺はこの神と出会って2年間、ずっとメジェド様について気付かされっぱなしだった。今でこそ普通に喋れているが、最初の頃はこの神と居るのが気まずくてしょうがなかった時もある。

 しかし、それでいいとも思う。
 知らないことよりも、相手の気持ちを判った気になって突き進む事の方が怖い。その事実を、俺は嘗ての主神の下を離れてようやく気付かされた。俺はあの人を分かった気になっていただけなのだ。だからこそ、多くの事に気付けないままファミリアを追い出されたのだろう。

 今の俺には真実が見えない。

 当たり前だと思い考えもしなかった全ての本質を見失い、いつも自分の判断が正しいのかをどこかで疑っている。それは、暗黒に包まれた夜道を心許ない篝火を頼りに進むようだ。全ての真実は目に見えず、姿形は手探りで少しずつ確かめるしかない。

 人生とはそういうものだ、と、ある命の恩人が語っていた。
 ならば、その人生を続けながら答えを探すしかない。
 だから、俺は夜道を歩む者(ナイトウォーカー)になったのだ。

 不意に目を落とすと、そこには鈍い光沢を放つ金属製の右腕があった。
 拳を握りしめると、きしり、と小さく軋む。メジェド様と恩人の二人から受け取った右腕だ。
 暫くそれを見つめた俺は、メジェド様の用意した朝食を食べるためにリビングの方へ向かった。

 メジェド・ファミリア唯一の眷属――Lv.4の冒険者、ガウル・ナイトウォーカー。
 種族はヒューマン、年齢は27歳。血を吸ったような赤黒い髪を小さく揺らす彼を、人はかつて彼を『紅い嵐(デシュエル・ジェアー)』と呼び、現在は『鉄腕(アイゼンリヒツ)』と呼んでいる。

 しかして、彼の本当の実力を知る者は別の名前をしばしば口にする。

 『夜魔(ナイトゴーント)』、と。
  
 

 
後書き
今更ながら女神アルルを出しておいて実は原作に異端児のアルルというキャラがいるのを見落としていた作者です。……いや、これは原作者が女神アルルの存在を知らなかったことが悪いのであって俺は悪くねぇ!(親善大使並みの言い訳)


女神アルル……
(前にも説明した気がするが)ギルガメシュ叙事詩にてギルガメシュの親友となった野人「エルキドゥ」を作った創造神。(ちなみに野人としての力を与えたのは軍神ニヌルタ)

本作では創造神故に神によって創造された天界に価値を見いだせず完全に嫌気が差し、地上で人間に物作りを教えている。完成品を嫌い、伸びしろを残す未完成を尊び、完成した職人や創造に興味のない人間には見向きもしないという割と極端で気難しい性格。経営の能力は高いが経営や儲けに興味が薄いのでファミリアの規模は生産系中規模程度。

赤銅色の髪に褐色の肌、抜群のスタイルをしているが、いつも色褪せた分厚いローブに身を包み、着飾るということをしない。これは美しさに頓着がないのではなく、ローブを脱いだ裸の自分の体が世界で最も完成された女体であるという自負があるから。つまりフレイヤとは別方面で美の思想が突き抜けている。

ヴェルトールについては、若くして創造の「答え」に辿り着いたためにお気に入りからは外れているが、人の身でその領域に至ってしまったことで世界の色が褪せたことを憐れんでか副団長の座を用意するなど一定の気遣いを見せている。そう、アルルにとってヴェルトールは最も自分に似てしまったファミリアなのだ。 
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