俺の涼風 ぼくと涼風
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9. はじめての演習(2)
ゆきおに押し切られる形で、私はゆきおに、自分の艤装を貸してみることになった。今回は、前回海に出たときのように、みんなに心配や迷惑を駆けるわけには行かない。キチンと提督に話をし、了承を得たうえで、艤装をつけてみようという話になった。私達は、二人で執務室に向かい、静かにドアを開け、提督に事の次第を相談した。その結果……
「うーん……まぁ、涼風がついてるならいいか」
「やったぜ!』
「ありがと! 父さん!!」
こんな感じで、提督は私たちに艤装の持ち出しと装着を許可してくれた。その上……
「もののついでに演習場で立ってみたらどうだ?」
「へ……いいの!?」
「どうせお前ら、艤装つけただけじゃ我慢できんだろ。俺も一緒に行くから、どうせだったら演習場で艤装つけて走ってみな」
「やったー!!!」
「よかったなーゆきおー!!」
とこんな感じで、ゆきおに演習場への立ち入りまで許可してくれた。やっぱりちゃんと報告しておいてよかった。『ありがと父さん! ひゃっほーい!!』と、まるでちっちゃい子供のように大はしゃぎするゆきおを見て、私はそんなことを考えた。
「……ん」
『やったー!!』と大騒ぎしていたゆきおが、両手を上げてバンザイしたそのポーズのまま、突然ピタッと動きを止める。突然どうしたんだろう。
「……涼風」
「ん? どしたー?」
「なんか今、失礼なこと考えてなかった?」
「なんで?」
「ちょっとイラッとしたから」
この瞬間、私の背筋が凍りついたのは、ゆきおには永遠に秘密だ。
この鎮守府の演習場は、海の入江をそのまま使ったものになっていて、私たちはそこで演習を行える。演習場はそのまま海とつながっているから、出ようと思えば、演習の最中にそのまま出撃することも可能だ。夕方はとてもキレイな夕日が見られると、艦娘の間でも評判になっている。
ゆきおと提督には先に演習場に行ってもらい、私は自分がいつも使ってる艤装と、スペアの主機を一組、台車に乗せて演習場に運んだ。メインの艤装は、演習場でゆきおの身体に装着させる。スペアの主機は、ゆきおのフォローを行う私が装着するものだ。
「ほらーゆきおー。持ってきたぞー」
「ぉおっ!?」
私がガラガラと盛大な音を周囲に轟かせながら、艤装を乗せた台車を演習場に運ぶと、ゆきおと提督はすでに到着して、私の到着を待っていたみたいだった。ゆきおは私の艤装を見るなり再び目を輝かせて、艤装の一つ一つを手にとって、しげしげと見つめ始める。なんだか新しいおもちゃをもらった、小さい子供のようだ。
「すごい……すごい!!」
「へへ……」
背中に背負う魚雷発射管に手を伸ばしたゆきおは、そのままそれを手に取り、抱え上げようと体全体に力を入れたみたいだ。顔を真っ赤にして『ふんッ!?』と声を上げている。ゆきおにとっては魚雷発射管はかなり重い装備らしく、中々持ち上げることが出来ないようだった。内股になっているのは、この際目をつむろう。
「涼風。それ、装填してるのか?」
そんなゆきおの様子を心配そうに見つめる提督。当たり前だが、本物の魚雷は装填していない。でもゆきおには雰囲気だけでも伝えたい。そう思った私は、魚雷発射管には、演習用の模擬弾を装填していることを提督に伝えた。
「そっか。気を使ってくれてありがとな」
「いいってことよ!」
私と提督のやり取りの間も、魚雷発射管を持ち上げようとするゆきおの奮闘は続いている。重いものでも、自分で持ち上げたがるゆきおだ。私はゆきおの意志を汲み、彼が私の魚雷発射管を持ち上げるのを待っていたわけだが……
「ゼハー……ゼハー……す、すずかぜ……」
「ん? どした?」
「ごめん……ゼハー……今回だけは……て、ゼハー……手伝って……」
「あいよっ!」
流石に今回は持ちあげられなかったようで、私に助けを求めてきた。私の胸が少しだけ暖かくなり、私は台車の上の魚雷発射管の前で、ゼハーゼハーと息切れを起こしているゆきおの代わりに、魚雷発射管をひょいっと持ち上げてあげる。
「ほい。どうすんだ? 早速つけてみるか?」
ゆきおは『ちょっと待ってね』といい、自分が羽織っていたカーディガンを脱ぐと、私の背後に回った。そのまま肩にカーディガンをふわりとかけてくれ、再び私の前に戻ってくる。
「はい」
「え……なんで?」
「だって僕が羽織ってて濡れちゃったら大変だよ」
「だったら提督にでも」
「んーん。涼風、寒そうだから。僕が艤装つけてる間は、涼風がそれ羽織ってて」
肩に感じるカーディガンの温かさのせいか……少し顔が熱い。魚雷発射管を一度地面に起き、袖に腕を通すと、袖は思ったより長かったらしく、私の指がほんの少し外に出るだけだった。
「?」
「ほ、ほらっ。早く背中向けろよっ。あたいが魚雷発射管、背負わせるからさ」
「どうかした?」
「こ、こんちきしょう……」
うう……そんなきょとんした顔で、まっすぐ私を見つめ返さないで……。
私の妙な態度にいまいち納得がいかない表情で首をかしげたまま、ゆきおは私に背中を向けた。こうやってみると、確かに背は私より小さいといっても、そう変わらない。でも、肩と背中はとても細くて、なんだか私より華奢な気がしてならない。
「提督、いいか?」
念の為、最後の確認だ。提督はうんと力強く頷いてくれた。それを受け、私はゆきおの左手を取って、ランドセルのように取り付けられた魚雷発射管のベルトに通し、ついで右手もベルトに通して、ゆきおに魚雷発射管を背負わせた。
「ぉおっ!?」
「よっと」
途端にゆきおの身体がバランスを崩し、背中から私に倒れこんでくる。私は倒れるゆきおを全身で受け止め、そしてゆきおの二の腕に触れた。
「ありがと。涼風」
「いいってことよ。立てっか?」
「うん。ちょっと手を放してみて」
「あいよっ」
ゆきおの言葉を信じ、私はゆきおから手を放して、そろーりそろーりとゆきおの背中から離れた。ゆきおはしばらくの間『おおっ……ぉおっ?』と口ずさみながらヨロヨロとバランスを取っていたが、やがてそれも収まってきて、次第に直立出来るようになってきた。
ゆきおがまっすぐ立てた後、今度はゆきおの足に艤装を装着する。
「サイズは合うかなー……」
「大丈夫だと思うぜー?」
装備はまず左から行った。ゆきおが左足のスリッパを脱ぎ、しゃがんでる私の左肩を支えにして左足を上げる。その左足に、私が主機を装着してあげた。
「……ゆきおー」
「ん?」
「ゆきおの足……」
「どうかした?」
「……いや、あたいと足のサイズ、同じかもな」
危なかった……思わず『真っ白でキレイな足だなー』と口に出してしまいそうだった。
私の予想はピタリと当たった。睨んた通り、私とゆきおの足のサイズはほぼ同じようだ。大きすぎることもなく小さすぎることもなく、私の艤装はゆきおの足にぴったりとフィットしていた。左足の装着が終わったら、そのまま右足の装着を行う。やはり右足も、ぴったりとフィットしていた。
「これでよし」
「おお……こ、これで僕は……」
「うん。どこからどう見ても、あたいの姉妹艦だな!」
「『姉弟艦』て言ってよ……」
「だって艦娘だろー?」
「でも男だし……」
そしてそのままゆきおは、一歩一歩力を込めてガションガションと海に向かって歩いて行った。初めて装着した艤装一式はとても重いようで、歩を進めるゆきおの足取りがとても重い。確かに艤装は、それをつけて陸を歩くようなものではないから、重いのは仕方ないんだけれど。
「っく……っく……」
「ゆきおー。大丈夫かー?」
「だいじょうぶ……っく……」
そのたどたどしい足取りを後ろから見てると、なんだか不安になってくる。提督も同じことを考えているのか、ぷるぷる震えるゆきおの後ろ姿を見守るその表情が、なんだか不安げに見えて仕方がない。
なんとか海面の前まで歩いてきたゆきおだが、この段階ですでに息が上がってしまったようだ。ゼハーゼハーと肩で息をするゆきおは、海面をジッと見つめ、そしてそこでへっぴり腰のまま、ピクリとも動かなくなってしまう。
「えっと……すずかぜ」
「んー?」
「どうやって立てば……いいのかな」
「そのまま足を海面につければ、自然と立てるぞ?」
「うう……」
私のアドバイスを受けても踏ん切りがつかないらしい。不安げな表情を浮かべ、念願の海を前にして、ゆきおはまったく微動だにしない。
仕方がない。私が先に海に降りて、ゆきおをエスコートしよう。私は持ってきていたスペアの主機を足に装着し、ゆきおの隣をガシャガシャと通りすぎて、先に海に立った。そのあと振り返り、私はゆきおに手を伸ばして、ゆきおが海に足を踏み入れるのを待つ。
「ほらゆきお」
「うう……」
「だーいじょうぶだって! いけるいける!!」
不安で真っ青になっているゆきおを、そう言って元気付ける。しばらくまごついていたゆきおは、意を決し、私をキッとまっすぐ見つめた後、海面をジッと見つめながら、右足を恐る恐る持ち上げ、そして海面に乗せた。
「おおっ……」
主機が着水した途端、ゆきおの艤装が作動し、ゴゴゴという静かな音をたてる。主機を中心に水面に小さな波紋が幾重にもできはじめた。
私はゆきおの元に静かに移動する。ゆきおが左足も持ち上げた。そのままゆっくりと水面に左足を踏み入れる。私は、前に突き出しバランスを取っているゆきおの右手を取って、ふらふらしているゆきおの身体を支えてあげる。
「す、すずかぜ……」
「ん?」
「は、離さ……ないで……ね?」
「あたぼうよぉ」
フラフラしながら持ち上げていた左足も着水し、ゆきおが今、水面に立った。相変わらず腰が引けているけれど、ゆきおはしっかり、水面を踏みしめて、私達と同じように、水面に立っていた。
「お……おおっ……」
「ほら、立てた」
「お、ぉおっ!?」
「危ないっ」
突然、私に向かってグラッとゆきおが倒れこんでくる。パランスを崩したらしいゆきおを受け止め、私はゆきおが倒れてしまわないよう、支えてあげた。
「す、すずかぜ……助かった……」
「へへ……」
私にしがみつく、ゆきおの両手が暖かい。私がカーディガンを羽織っているからか、それともゆきおが私のそばにいるからか、私の鼻の周辺に、ゆきおの消毒薬の香りが漂っていた。
ゆきおは私にしがみついたまま、体勢を立てなおして背筋を伸ばした。自信がないのか、私の身体から手は離さないけれど、その手がとても温かく、心地いい。私はゆきおの両手を再び取って、ゆきおがちゃんと立てる手助けをしてあげることにした。
「あ、ありがと」
ゆきおの顔に血の気が戻ってきた。この状況に少しずつ慣れてきたらしい。と同時に、ほっぺたがほんのりと赤くなってきた。男の艦娘であるはずの自分が、艦娘として海に立てたことが、じんわりとうれしくなってきたようだ。
「やった……今日が、はじめて僕が海に立った記念日だ」
「だな! やったなゆきお!!」
「うん!」
はにかむゆきおを見ていると、私もとても心地いい。陸にいる提督を顧みると、私たちを眺めながら、とてもうれしそうな……でも、ちょっと泣きそうな、そんな不思議な表情をしていた。提督も泣きそうなほどうれしいみたいだ。ゆきおに艤装を装着させてよかった……。
こうなってくると、せっかくだからゆきおにも水面上を、艤装を使って滑ってみて欲しい。そう思った私は、ゆきおの手を取ったまま、自分の主機に火を入れ、ゆっくりと少しずつ、回転数を上げた。
「う、動くの?」
「あたぼうよ! せっかく立てたんだ! このまま海の上を滑ろうぜ!!」
「う、うん……っ」
返事はちょっと不安げだが、ゆきおの目は、さっきよりも輝きを増していた。私を真っ直ぐ見つめるその眼差しは、紙飛行機を飛ばした時のような真剣さが伝わってくる。私はそのままゆきおを引っ張り続け、少しずつ少しずつゆきおを前進させる。
「涼風ー! あまりスピードはあげるなよー!」
「わかってらぁ!」
「す、すずかぜ……」
提督のエールを受けて、私は船速を維持することに決めた。地上を歩いたほうが早いほどの、本当にゆっくりとした船速。だがそれでも初体験のゆきおにはとてもむずかしいようで。中々に主機を回そうとしない。
「なーゆきおー」
「ん!? な、なに?」
「そろそろゆきおも、主機を回していいんだぜ?」
「ど、どうやればいいの? やり方わかんない……」
「『両舷、全身びそーく』て心の中で思ってみりゃいいんだよ」
「う、うんっ。りょ、りょうげーん……ぜんしん……びそーく……」
私を助けてくれたあの日とは異なり、おっかなびっくり、たどたどしくゆきおはそう口にした。途端に主機が反応し、ゆきおの身体に加速がつく。と同時にゆきおはバランスを崩して倒れそうになるが、そこは大丈夫。私がしっかり支えている。
やがて、ゆきおは少しずつコツを掴んできたようだ。次第に姿勢が安定してきた。演習場の隅っこまで来たので、私はゆきおの手を引っ張り、身体を海の方角へと誘導する。
「涼風、だいぶわかってきた!」
「へへ。さすがはあたいと姉妹艦!」
「姉弟艦って言ってよっ!」
私はそのまま、まっすぐに海の方へと誘導する。ゆきおの姿勢制御が安定してきた。いつまでもゆきおの手を握っていたかったが、ずっとそのままでは一人前にはなれない。
「……ゆきお」
「ん?」
私は、ゆきおの手をすっと手放し、そのままゆきおの左側で並走する。
「うわっ……」
手を放した瞬間こそ一瞬バランスを崩したが、ゆきおはすぐに持ち直した。そのままの姿勢で、ゆきおは自力で航行をしはじめる。
「……すずかぜ」
「ほら。ゆきお」
「……ぼく、今、自分で海を走ってる……」
「これでゆきおも、一人前の艦娘だなー」
「う、うんっ」
私の顔を見て、戸惑いながらも頷くゆきお。初めて海を滑るからなのか、表情はちょっと硬くなってはいるが、ほっぺたを赤く染めるゆきおの目は、とても輝いている。
私たちがゆっくりと大海原に向かって前進していると、私たちに通信が入った。陸の方を振り返ると、提督が右手を顔のそばまで持ってきている。どうやら私達に通信を送っているのは、提督のようだ。
『おーい二人共』
「はーい」
『沖には出るなよー。適当なところで引き返せー』
「りょうかーい」
提督にも釘を刺されたし、そろそろ戻ろうか。私は、今まっすぐ前を見て、ひたすらゆっくりと全身しているゆきおを見る。やっぱりちょっと、緊張しているようにも見えるけど……
「よしゆきお。そろそろ戻ろうぜ」
「う、うん。だけど……」
「ん? どした?」
ゆきおの身体がカタカタと震え始めた。顔をプルプルさせながら私の方を向いたゆきおの目は、なぜか涙目になっている。
「ど、どうしよ……曲がれない」
ゆきおって、こんな泣きそうな顔するんだ。なんだか面白い。
「す、すずかぜー……どうすれば……」
「ぶふっ」
「笑ってないで、教えてよッ!」
「わりぃわりぃ。『左舷ていしー』って思ってみ」
「う、うん……さ、さげーん……てい……ぉおっ!?」
ゆきおの身体が、急に左にぐるっと向いた。主機が指示に対して敏感に反応してしまったようだ。突然ぐるっと振り回された形になったゆきおは、そのまま体勢を崩し、右に倒れそうになってしまう。
「ゆきおっ!」
私は慌てて手を伸ばし、倒れそうなゆきおの手を取って、ゆきおが倒れないよう、支えてあげた。倒れる勢いが思いの外強くて、私も一緒に倒れそうになったが、そこはベテラン艦娘。逆にゆきおの手をひっぱり、ゆきおを私の懐に引き寄せた。
「ぉおっ!?」
「よいしょっとー」
私の胸に、ゆきおの顔がぼすんと当たる。顔を上げたゆきおの顔は、真っ赤っかになっていた。
「あ、ありがと……」
「へへ……」
私の胸元に収まるほど、細っこくて華奢なゆきおの身体は、とても暖かい。私はそのままゆきおの手をとって、二人で手を繋いで、提督の待つ陸へと、戻っていった。
「涼風」
「ん?」
「今度は二人で、大海原いこうね」
「んっ!」
「今度は、僕も自分の艤装をつけていくからね!」
「おう!!」
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