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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~ 外伝

作者:月神
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黒衣を狙いし紅の剣製 04

「……もうじき……もうじき計画は最終段階に移せる」

 クロエの戦闘技術はそのへんの魔導師を遥かに凌ぐレベルに到達している。
 あの小僧は一部では黒衣の魔導剣士(ブラックフェンサー)と称され、一流の魔導師なのだろうが……クロエには勝てるはずがない。

「何故なら……」

 クロエはただあの小僧に勝つため。あの小僧を倒すためだけに作った存在なのだから。
 しかもただ倒すわけではない。あの小僧が最も得意としているのは近接戦闘。そこで倒してこそ、私が完全に勝利したと言える。
 そのために……私は高い金を払い、絶技を持つ名もなき英雄の遺伝子を手に入れたのだ。
 最初は性別が女だったことに驚き、落胆もしたが……あれはオリジナルを超える素質を持っていた。故に絶技は回避不可能の技へと昇華したと言える。
 金も時間も掛かる高い買い物になってしまったが、結果的に言えばあの小僧を倒すには最高の作品になったと言えるだろう。

「まあ……何度も襲えば対応されてしまうのだろうがな」

 戦闘経験に関してはあの小僧の方が上だ。
 何度も手の内を見せれば対処されてしまう可能性は高いだろう。だが……クロエとあの小僧が戦うのは一度だけ。故に小僧がクロエに攻略することは不可能に近い。

「あとは……私のデバイスが完成すれば準備は終わる」

 しかし、デバイスを完成させるには……憎たらしいがあの小僧の研究を見学しなければならない。
 デバイス研究においてナイトルナの血に劣っているのは理解している。が、だからといってあの小僧にまで劣っているなどと……そう考えるだけで腸が煮えくり返りそうだ。

「自分が行っている研究は秘匿するようなものではない? ふざけるな! こっちが下手に出ていれば調子に乗ったことを言い寄って。貴様も心の中では私のことをバカにしていたのだろう。自分よりも長生きしているにも関わらず、結果も残せていない無能だと嘲笑っていたのだろう!」

 許さん……許さんぞ小僧。
 必ず貴様を痛い目に遭わせてやる。父親や叔母の力を借り、何の苦労もなく今の地位に就いている貴様がどれだけ無能なのかを骨の髄まで教え込み、これまでのような生活ができないようにしてやる。
 そのためには……苦汁を舐めることになるが、貴様のデバイスの見学だってしてやろう。
 聞いたところによれば、《人間らしさ》などという父親のくだらん思想を継いでそれを1番にしているそうだが……研究する環境だけで考えればトップレベルなのは間違いない。あの小僧が無能でも他がアシストすれば良い作品が出来上がるだろう。
 入手した情報によれば、あの憎き魔女の教え子達と一緒に研究しているそうだからな。あの女の教え子となれば、無能と一緒だろうと結果を残すだろう。あの魔女は……そういう類の人間なのだから。

「現在作っているデバイスは、私の作ってきたデバイスの中でも最高傑作。戦闘に特化させているため、あの小僧のものに負けているとは思えん。……が、この計画に失敗は許されない。成功の確率を上げるためには出来ることは何だって行わなければ……」

 それに……苦汁を舐めたとしても、あの小僧を叩きのめすことが出来ればそれらは快感へと変わる。苦労せずに叩きのめすよりも遥かに有意義なものとなるだろう。
 ククク……実に楽しみだよ。その日が来るのがね……

「パパ、入るわよ。今日の訓練終わったわ」
「……そうか」
「……毎日毎日ほんと飽きないわね。デバイスなんかなくたって私は魔法使えるのに」
「何……だと」

 デバイス……私のデバイスをなんかだと?
 私は小娘を半ば強引に振り向かせると、頬を思いっきり張り飛ばした。小娘は微かに悲鳴を漏らしたが、何をするんだと言いたげな眼差しをこちらに向けてくる。

「何だその目は……」
「……別に」
「口答えするな!」

 今度は平手打ちではなく、握り拳で同じ場所を強打。さすがに先ほどのように耐えることは出来なかったようで、小娘は地面に倒れ込んだ。

「いいか! 貴様はただあの小僧を倒すだけに生み出された存在。私のデバイスを使うための人形だ! 人の形をした紛い物風情が私に指図するんじゃない。分かったかこの贋作!」
「っ……」
「分かったらさっさと小僧やその関係者の監視に行け。ノロノロするなこの無能が!」

 力いっぱい蹴り飛ばすと、ようやく理解したのか人形はゆっくりと立ち上がって部屋から出ていく。
 まったく……強い魔導師を製造する上ではあのプロジェクトに価値はあるが、どうせ人間の紛い物を作るのならば人間性などなくせばいいものを。道具に感情なぞ必要ないのだ。持ち主を言うことを素直に聞いて実行出来ればそれで。

「……まあいい」

 この計画が成就すればあの人形も必要なくなる。仮にまた必要になったとしても、また別の人形を用意すればいいだけのことだ。今度は私なりの手直しも加えて完璧な人形を作り上げるとしよう。

「フフフ……フハハハハ……フハハハハハハハハ! もうすぐ、もうすぐだ。我が願いの成就は近い。夜月翔、憎きナイトルナの血を引く者よ。今しばらく幸せの時間を送りたまえ!」


 ★


「ショウくん、あの服ちょっと見て。タヌキさんパーカーやで!」

 分かった、分かったから人の背中を叩くのはやめろ。そんなことしなくても言えば普通に視線は向けるから。
 まったく……こいつってこういうところ変わらないよな。昔からタヌキは好きだったし、知り合いからは小狸と呼ばれたりすることもある奴だけど。
 でももう年齢で言えば成人している。人目もあるというのに堂々とタヌキのパーカーが欲しいと言うのはどうなのだろうか。別に似合わないとは思わないが……

「ちょっとショウくん、聞いとるん?」
「隣に居るんだから聞いてる決まってるだろ。というか……欲しいのか?」
「え、買ってくれるん?」

 期待の眼差しを向けるな。どんだけ欲望に素直なんだよ。
 大体……お前の方が給料良いだろうが。階級で言えば俺らの中でお前が最も上になってるんだから。それにお前の騎士達は家に絶対金を入れてるだろうし、普通に考えれば十分すぎるほどの貯金はあるだろ。人にせびるな。

「あのな……俺はお前と違って休憩で外に出ているだけであって休みじゃないんだよ」
「ショウくん、その答えは答えになってへんやろ。買ってくれるんか後日買ってくれるんか、そのどっちかが答えや」
「何ではいとイエスみたいな選択肢かないんだよ。大体……本気でほしいと思ってるのか?」
「うーん……」

 そこで考え始めるってことは本気では欲しくはないってことだろ。
 お前のことだからすでに答えが出てるのに考えてる振りをしてるのかもしれないが、もしそうなら時間の無駄だから今すぐやめろ。

「欲しいと言えば欲しいけど、今日みたいにろくにデートする時間もない日にもらうよりはきちんとデートした日にもらいたい」
「別に今日はデートじゃないだろ」
「ちっ、ちっ、ちっ……甘い、甘いでショウくん。なのはちゃんの作るキャラメルミルクくらいに甘いで」

 何でそこでその例えが出てくる。甘さの表現としては分かりやすくあるけど。

「ちょっと会える? って連絡して貴重な休憩時間を使って会いに来てくれたんや。それでこうして街を一緒に歩いてるんやから、私からすればどんなに短い時間でもデートに決まっとるやないか。まったく、いつまで経っても乙女心っていうのが分からんなぁ」

 はいそうですか……それは悪うございました。
 そもそもの話……これまで交際経験なんてないんだから分かるわけないだろ。特にお前の言う乙女心が1番分からねぇよ。
 六課が解散してからは会う回数が減ったとはいえ、今日みたいに顔を合わせる日はある。
 六課解散前にあのことを聞いたらもう少し待っておけと言っていた気がするが……未だに再アプローチはない。もうなかったことにされているのならそれはそれで構わないのだが……。
 けど……俺の気のせいかもしれないが、前よりも積極的というかグイグイ来ている感じはあるんだよな。今度どこかに遊びに行こうって連絡は割と来るし。
 そういう意味では学生の頃の感覚に近くなってるかもな。こっちの世界に移ってからはどこか距離が出来てた部分もあるし……そういう意味では再アプローチのために準備をしているのかもしれない。
 とはいえ、深く考え過ぎたら俺がこいつの相手を出来なくなりそうだし今はこのへんで考えるのはやめておこう。

「分かるわけないだろ。お前が乙女がどうかも怪しいし」
「ちょっ、それはいくら何でも言い過ぎや。いくら社会の荒波に揉まれてる私かて傷つく時は傷つくんやで。もう少し優しくしてくれてもええやないか」
「余裕がある時ならともかく、あれこれやらないといけない時期にふざけられたら優しく出来るわけないだろ」

 ユーリと行っているアルトリアやジャンヌといった人型デバイスに関する研究に、レヴィがシュテルから引き継いで行っている魔力変換補助の新システム。それにシュテルと進めている新カートリッジの研究……とやらなければならないことは山ほどある。
 はやてに弱音を漏らしても仕方がないとは分かっているが、俺は義母さんのようないくつもの研究を同時に順調に進められる天才ではないのだ。この世界に居るとあの人の凄さが身に染みて分かってくる。日常生活においてはダメ人間だが。

「私の誘いに乗ってくれたからあれやと思ってたけど、あんま上手く行ってないみたいやね」
「否定はしないが……何でお前の誘いに乗ったら上手く行ってないことになるんだよ?」
「そんなん決まっとるやん。上手く行ってるなら休憩でも研究所から離れんやろうし。むしろ休憩なんかせんで一段落するまでやりそうやしな」

 私のこと誰やと思ってるんや。ショウくんの幼馴染やで。
 みたいな顔で見るのはやめてほしいんだが。人っていうのは自分のことを理解してもらっていると嬉しいと思う生き物ではあるが、時として理解されていると恥ずかしいと思う部分もあるから。

「ショウくん、何や顔が少し赤くなってる気がするんやけど~」
「うるさい。というか、前を見て歩け。誰かにぶつかったら……ぁ」

 その瞬間――。
 不意に建物の影から小さな人影が現れたのが見えた。後ろ向きに歩いているはやてに気づいている素振りはなく、このままではぶつかる。そう思った俺は反射的にはやての手を握ると自分の方へ抱き寄せた。

「っと……」
「え……ちょっ、きゅきゅ急に何するん!? こ、こういうんはせめて人目の付かないところで……!」
「バカ、とりあえず落ち着け。そういう意味でやったんじゃない。人とぶつかりそうだったんだよ」

 どうやら理性は残っていたらしく、はやては「人と……?」と呟きながら小首を傾げると後ろを振り返った。
 そこに居たのは、黒のニーソックスに丈の短いデニムパンツ。黒のノースリーブの上に白いジャケットを着崩している褐色の少女。桃色を帯びた白髪と褐色の肌、その特徴からしてあの少女に間違いなかった。

「クロエ……」
「あらお兄ちゃん、こんなところで偶然ね」
「ああ……お前、こんなところで何してるんだ?」
「何って見たまんまよ。パパは普段は研究ばっかだから街をブラブラして遊んでるの」

 そう言われると……同じように研究者の保護者を持って育っただけに納得せざるを得ない。
 俺は図書館などインドア派だったが、クロエは女の子だから服などを見て回ってもおかしくはない。むしろちゃんと女の子してると安心できる。俺の知り合いには今はともかく、出会った頃はオシャレに興味がない奴も居たし。

「お兄ちゃんの方は……何かお邪魔しちゃったみたいね」
「そのにやけ面は今すぐやめろ。別にそんなんじゃない」
「またまた~、別に隠さなくていいのに。お兄ちゃんだって年頃なわけだし、デートのひとつやふたつ……まあ私としてはちょっと面白くなかったりもするけど」
「何で面白くないんだよ?」
「そんなの決まってるじゃない。私がお兄ちゃんのこと好きだからよ♪」

 可愛らしい声と笑顔ではあるが……正直この手のからかいはこれまでに何度も受けてきた。この程度ではどうとも思わなくなっている。
 それどころか可愛げがあるとさえ思ってしまっているのが現実だ。
 俺の周りに居たのは近くに居るはやてを始め、手の付けようがほとんどない奴ばかりだったからだろう。まあ単純に一回りほど年下だからというのも理由だろうが。

「ショ、ショウくん……誰なんやこの子。しかもお兄ちゃんやとか好きやとか……ダ、ダメやで。いくら小さい子が好みや言うてもこの子は行き過ぎや。それにお金とか払ってるんなら職業的にも友人としても見過ごすわけにいかへん!」
「そんなんじゃない」

 というか、真っ先に援助交際みたいなことが浮かぶあたり……お前そこまで俺のこと信用してないというか、俺が思ってるよりも好意持ってないだろ。
 もしもそれが愛情の裏返しだったいうのなら、そんな人に迷惑を掛けるような愛情は捨ててしまえ。

「この子はクロエ、俺の親戚だ」
「な……何やて!? ショウくんに親戚っておったん? 初耳なんやけど」

 あー……そういえば、ストーカーが居るかもしれないって話ははやてにもしたけど、クロエ達のことはまだ伝えてなかったな。
 ティアナは色々と調べてくれてるみたいだから伝えておいたけど、はやては他の仕事があって手が回りそうにないって言ってたし。

「まあ俺もこの前会ったばかりだからな。義母さんもこの子の家とは長いこと連絡取ったりしてなかったらしいし。この子達と出会って後に尋ねてようやく思い出してたくらいだから」
「な、なるほど……まあレーネさんやからな。普通人としてどうかとも思うけど、仕方がないと言えば仕方がない」

 家族でもない人間にそう断言されるあたり……はぁ、我が義母親ながらダメ人間だ。
 六課に配属された頃から家を出て今も一人暮らししてるけど、ちゃんと生活できているのだろうか。最近では仕事先でも会うことはほとんどないし。
 ……ディアーチェあたりがよく様子を見に行ってくれてるみたいだけど。
 自分の店を持ち始めて忙しいだろうに昔からよく面倒を見てくれるよな。正直俺が行くから自分のことに専念してくれていいんだけど。まあ……あいつの性格からして、そう言ったとしても好きでやっていると一蹴されるのがオチなんだろうが。
 見た目といい性格といい能力といい……あいつって非の打ち所がない良い女だよな。あいつみたいな人と結婚したら安定した生活を送れる気がする。子育てもきっちりしそうだし。

「って……今はレーネさんよりもこの子やな。はじめまして、私は八神はやてって言うんよ。ショウくんとは……今のところお友達や♪」
「おい、そこでふざけるのはやめろ」
「別にふざけてへんもん。今後どうなるかなんて分からんわけやし~」

 クロエ以上に子供じみた態度を取るんじゃない。
 お前がそんなだから本質が掴みにくいというか、こっちもどう接したらいいか分からなくなる時があるっていうのに。

「はじめましてはやてさん。私はクロエ・F・ナハトモーント、今後お会いすることもあるでしょうからよろしくお願いします」
「お、礼儀正しい子やな。礼儀正しい子は私好きやよ」
「私もはやてさんみたいな人好きですよ。テレビで見るよりも美人ですし、気さくで人が良さそうな感じがしますから」
「ショウくん、今の聞いた? 気さくで人の良い美人やて。照れてまうわ~」

 両手を頬に当ててクネクネするな。クロエは何とも思ってなさそうだけど、はたから見れば割と気持ち悪いと思われる動きしてるからな。
 というか、お世辞をまとも受けるなよ。お世辞じゃなかったとしても今のお前を見たら幻滅されてもおかしくないぞ。

「ふふ、はやてさんって楽しい人ね」
「まあ……それは否定しないが。……ん?」

 はやてに意識を裂いていたので今まで気づかなかったが、クロエの左頬が腫れているように見える。それに唇も少し切っていたような跡が……

「クロエ、お前その傷……」
「――っ……触らないで!」

 頬に触れようとしていた手が思いっきり払われて乾いた音が響く。
 突然のことに意識が止まりかけたが、俺よりも一瞬早く我に返ったクロエが慌てたように話し始めた。

「ご、ごめんなさい!? その、そういうつもりはなかったというか……!」
「いや、俺も悪かった。触ったら痛いよな。悪い」
「ううん、悪いのは…………ごめんなさい」

 何やら大切なことを言いかけたようにも思えたが……今のクロエの顔を見る限り、聞いたところで答えてくれるようには思えない。
 もしかして……グリードさんと何かあったのか?
 何やらぎこちない空気はあったし、母親もいないと言っていたから上手く行っていない部分もあるのかもしれない。
 グリードさんは研究一筋って感じの人だ。根っこは義母さんに近いだろう。そう考えれば、クロエは同年代よりも親と過ごした時間は少ないはず。
 それに女の子は早熟だ。年齢的に思春期を迎え始めていてもおかしくない。そうなれば父親とのすれ違いも多くなるだろう。
 そう思った俺は、俯くクロエの方に手を伸ばしゆっくりと彼女の頭に手を置いた。そして、優しく撫で始める。

「クロエ……何をしてやれるかは分からないけど、困ったことがあったりすればいつでも連絡してきていいからな。親戚だから本当のお兄ちゃんってわけじゃないが、少なくとも俺はお前よりお兄ちゃんだからな」
「お兄ちゃん……ありがと。…………ところでお兄ちゃん」
「ん?」
「地味にはやてさんのお兄ちゃんを見る目が冷たいみたいだけど。何だかブツブツ言ってるみたいだし」

 クロエ……それは俺も気が付いていたよ。
 しかも何を言ってるのかも大体聞こえてる。内容的には

 ショウくんって小さい子には優しいよな。私にも昔は優しかったんに今では頭撫でたりしてくれへんし。もしかして……ロリコン? ロリコンなんか?
 もしそうならなのはちゃんに伝えとかんと。ショウくんがヴィヴィオを性的な目で見てるかもしれへんって……

 みたいな感じだったよ。
 まったく……誰がロリコンだっつうの。俺は付き合うなら普通に同年代くらいを選ぶわ。大体自分のことをパパって呼んでくる子を性的な目で見れるわけないだろ。

「クロエ、お前が良ければ少しの間ではあるが一緒に回るか?」
「え、いいの? お兄ちゃん達デート中なんでしょ?」
「こいつがちょっと面貸せって言ってきたから休憩中に出てきてるだけさ。まあクロエがひとりの方が良いっていうなら無理にとは言わないが」

 俺の言葉を最後まで聞いたクロエの視線が、俺からはやての方へと動く。
 どうやらはやての答えで決めるようだ。素直に自分の気持ちだけを言った方が子供らしくはあるが、このへんをしっかりできているから気さくな口調でも礼儀正しく思えるのだろう。

「どうするはやて?」
「どうするって……そんなん決まっとるやろ。こうして会ったのも何かの縁や。クロエちゃんがええんなら私は別に構わへんで。ショウくんとふたりっきりやと冷たい言葉ばかり吐かれそうやし」
「それはこっちのセリフだ。すぐ人のことからかってくるくせに」
「それは……そういうのが私達のスキンシップやないか」

 だからクネクネするな。それとそんなスキンシップを俺は望んでないからな。もっと普通のスキンシップをしてくれよ。そしたら今以上にお前のこと好きになれるから。
 などと思ったが、似たようなやりとりが続きそうなので俺はクロエと一緒に歩き始めた。それを見たはやては慌てながら追いかけてきた。

「ちょっと、昔からのことやけどそういうんは直した方がええで。クロエちゃんもそう思わんか?」
「うーん……確かにそうだけど、多分お兄ちゃんって好きな人にはちょっかい出したいタイプというか。仲の良い人にしかそういう態度取らないだろうし、私としてははやてさんが羨ましいと思うわ」
「え、い、いや……それはそうなんやけど」

 照れたような顔でこっちをチラチラと見てくるな。別にそんなつもりでやってるわけじゃないから安心しろ。……まあ誰にでもするのかと言われたらしないとは思うが。

「クロエ、あんまりはやてをからかってやるな。ふざけてるように見えて意外と純情なところもあるんだから。元文学少女だしな」
「誰が元やねん。今でも文学少女や」

 いや……本は読んでいるのかもしれないが、少なくとも少女ではないだろ。すでに成人しているわけだし。

「もう、お兄ちゃんから誘ったくせにすぐにはやてさんとイチャつくんだから。もう少し私にも構ってほしいんだけど」
「別にイチャついてるつもりはないんだが」
「本人達はそうでも周りからはそう見えるの。それに……私のことはクロって呼んでって言ったのに全然呼んでくれないし」

 顔を背けてしまうあたり、どうやら機嫌が悪くなっているらしい。何というか……パパ呼びを毎度否定している俺に見えるヴィヴィオの顔に似ている。
 ただヴィヴィオの場合は毎度のことであり、あの子はすぐに機嫌が直るのだが……この子の場合はどうしたらいいか分からない。ただ少なくとも呼び方に関しては要望に従うべきだろう。

「分かった。悪かったよクロ……だから機嫌直してくれ」
「……もう、仕方ないな~。今回までは許してあげる。でも……今度また違った呼び方したら怒るからね」
「はいはい」
「あのねお兄ちゃん、私はそこまで気にしないけどそういう返事はやめておいた方がいいわよ。女の子ってお兄ちゃんが思ってるよりデリケートなんだから」

 おっと……クロにまで乙女心を説かれるようなことを言われ始めたぞ。
 ただなクロ、一般的にはデリケートなのかもしれないが……俺の周りに居る異性っていうのはトラウマになってもおかしくない威力の砲撃を撃ったりする連中なんだぞ。中には模擬戦をしたがる戦闘マニアもいるし。俺の心の方がデリケートだと思うんだけどな。

「……あ」

 不意にクロの視線が俺から外れる。
 その視線を追ってみると、そこにはアクセサリーを売っている露店があった。ネックレスからブレスレットまで色んな形のものが売られている。

「このハートの可愛い~」
「同年代よりも大人びとるけど、クロエちゃんもまだまだ子供やな……このタヌキさん、めっちゃええやん!」

 何でここにもタヌキがあるんだよ……まあリアルじゃなくて可愛いイラストタイプではあるけど。
 というか、クロに子供と言っておきながら彼女以上にはしゃぐあたりお前の方が子供に見えるぞはやて。年齢が年齢だけに余計にな。

「あのすみません、このハートのやつください」
「え、お兄ちゃん? 私、別にそういうつもりは……」
「お近づきの印みたいなものだから気にするな。俺がプレゼントしたいからしてるだけなんだから」
「ショウくん、私は?」
「お前は自分で買え。金は持ってるだろ」
「持っとるけど……この差はちょっとあんまりや」

 どこかだよ。年齢的にお前とクロは大人と子供だし、収入の話なんかしたら比べるのも馬鹿らしいくらいお前の方があるだろ。クロの場合、収入なんてあっても小遣いくらいだろうし。
 そうこう思っている間に店員がハートのアクセサリーを包装して手渡してきた。それを受け取る代わりに俺は代金を払い、受け取ったものをクロへと渡す。

「ほんといいの?」
「良いから渡してるんだ」
「……ありがとう、お兄ちゃん」

 クロは子供らしい無邪気な笑顔を浮かべると、さっそくアクセサリーを取り出して眺め始める。
 キラキラしているように見える瞳は、プレゼントをもらった時のヴィヴィオにそっくりだ。こういうところは子供全て似ているのかもしれない。

「ねぇお兄ちゃん……ひとつお願いがあるんだけど」
「何だ?」
「これ……お兄ちゃんに着けてほしいな。……ダメ?」

 断る理由はないのでオーケーなのだが……子供の上目遣いというのはある意味反則ではないだろうか。大人がついつい子供を甘やかしてしまうのは、きっとこの手の可愛さに負けてしまうからに違いない。
 まあ俺は甘やしても甘やかし過ぎるつもりはないのだが。
 というか、俺の周りには我が侭な子供というのが少ないだけに甘やかしたくなることが多い。エリオやキャロは年齢の割にしっかりしていた、フェイトへの恩義から早く自立したいと思っていたりするし。

「ダメなわけないだろ」
「やった! お兄ちゃん大好き!」
「おっと……まったく、急に抱き着いてくるなよ。というか、離れて後ろ向いてくれないと着けられないんだが?」

 そう言うとクロエは少し離れて俺にアクセサリーを渡すと、自分の髪を持ち上げながら後ろを向いた。幼いながら仕草に色気のようなものが出ているあたり、この子は将来的に異性の心をかき乱す存在になるかもしれない。
 まあ……意図的にかき乱したりしなければ、それはクロのせいでもないんだが。
 それにあと数年もすればヴィヴィオも含めて本当の意味で思春期を迎えるだろう。そうなれば俺への態度も変わるかもしれない。特にクロに関しては今後どう関わっていくは分からないのだ。今は親戚のお兄さんとして接しておくのがベストだろう。

「ほら、出来たぞ」
「ありがと。……どう、似合う?」
「ああ。……っと、そろそろ戻らないと休憩時間内に戻れなくなるな。はやて」
「あーごめん。私も今急な呼び出しが入ってもうたんよ。悪いけどクロエちゃんの相手は出来へんな」
「ふたりとも別に気にしないで。少しの時間だったけど、一緒に居られて楽しかったから。でも……また機会があったら遊んでね」

 素直に受け入れるあたりしっかりしているというか……少し無理をしているようにも見えなくはないが。
 デバイスに興味があると言っていたから研究所に連れて行くのも悪くはないのだが、今日の作業量的に構ってやれるかどうか分からない。俺以外に頼れる人がいない空間にひとりで居るというのはきついかもしれないし、今日はここで別れることにしよう。

「ああ、また今度な。暗くなる前にちゃんと帰るんだぞ」
「それと変な人とかに付いて行ったりしたらダメやからな」
「分かってる分かってる。いいからふたりとも行って。大人が遅刻なんかしたら大変でしょ」


 ★


 ショウ達と別れた後、クロエはひとり街を歩いていた。その足取りは軽く、首に掛けられたハートのアクセサリーを時折見ては笑みを浮かべている。

「よーお嬢ちゃん。今ひとりかい? 暇だったらオレらと遊ばねぇ?」
「おいおい、どこから見ても小学生じゃねぇか。確かに可愛い顔はしてるけどよ、お前ってやっぱロリコンだろ」
「はは、違いねぇ!」
「うっせぇ! たまには良いだろうが」

 髪を染めて鎖型のアクセサリーをジャラジャラと身に付けているいかにもゴロツキと思われる男達。この手の輩がどんなことを目的にしているかクロエは察することが出来ただけに……彼女の口元には笑みがこぼれた。

「いいわよ。お兄さん達は私をどこに連れて行ってくれるのかしら?」

 チョロいぜ、言わんばかりに男達の顔に邪悪な笑みが浮かぶ。
 クロエは男達に言われるがままに人気のない場所に移動する。移動した場所は建設途中で工事が中止しているとあるビルの工事現場。周囲に人の気配はなく、大きな声を出したとしても助けが来る可能性は極めて低いと言える。

「あら……もっと素敵な場所に連れて行ってくれると思ったんだけど」
「へへ、そう心配すんなって。ちゃんと素敵な場所に連れて行ってやるからさ。まあ……少し痛い思いをするかもしんねぇけど」
「うわぁ、小学生相手に堂々とそんなこと言うとかお前変態だな」
「そういうお前だってヤろうと思ってるくせに」
「それはてめぇだった一緒だろうが」

 幼い獲物を前に男達は声を大にして笑う。
 その姿に笑みを浮かべてついて来ていたクロエの表情も険しくなる。いや、正確には偽りの感情を消して本性を表に出したというべきか。

「おいおい、今更そんな怖い顔すんなよ。嬢ちゃんが付いて来るって言ったんだからよ。ちゃんと気持ちよくしてやっから。何なら順番も決めさせてやろうか?」
「そんなもの決めなくていいわ。全員まとめて掛かってきなさい」

 その強気な発言に男達は一瞬動きを止めるが、すぐに下衆な顔を浮かべた。だがクロエは表情ひとつ変えず、冷たい眼差しを向けると――

「トレース……オン」

 ――静かにそう呟き、男達の前から姿を消した。
 いや……男達の目では彼女の動きが終えなかったのだ。それ故に気が付いた時には……最初に声を掛けてきた男以外は地面に伏していた。出血などは見当たらないが完全に気を失っている。

「な……な、何だよてめぇ!?」
「何って……ただの可愛い小学生だけど?」
「ふ、ふざけんな! てめぇみたいな化け物がただの小学生なわけあるか!」

 そう言って男が逃げようと背中を向けた瞬間、クロエは男の目の前の上空に居た。
 思いっきり男を踏みつけて地面に倒すと、両手に持っていた白と黒の夫婦剣を逆手に持ち替えて勢い良く振り下ろす。
 
「ひ……!?」

 二振りの剣は男の顔ギリギリを掠めただけで直撃はしなかったが、あまりの恐怖に男は泡を吹いて気絶していた。
 一方的にやられた男達をクロエは冷たいめで見下しながら、手に持っていた剣を遊ぶように回転させて投げる。

「まったく……せっかく良い気分だったのに。どうせ社会的にもいらない人間だろうし……いっそ殺しちゃおうかな」

 そう呟いたクロエの目には、一切の呵責も良心も見当たらない。平気で人を殺せる目をしている。

「でも……こんな人間でも殺したら騒ぎになるし、返り血でせっかくお兄ちゃんが買ってくれたアクセサリーが汚れたら最悪ね。だからこれくらいで勘弁してあげるわ」

 遊ぶように剣を投げながらクロエは歩き始める。その顔は先ほどまで変わって穏やかだ……だが
 突然左手に持っていた黒い剣を壁に向かって放った。しかし、深々と突き刺さった剣には目もくれずクロエは首元にあるアクセサリーを強く握り締めている。

「ほんと……運命って残酷よね。知り合って間もない私にあんなに優しくしてくれるお兄ちゃんを……夜月翔を私は殺さないといけないんだから」


 
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