グランドソード~巨剣使いの青年~
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第3章
1節―最果ての宮―
100層 ―後編―
「――待たせた」
声が響いた。
男性特有の野太い声ではない、どこか中性的な青年の声。
そして――
「ソウヤっ…!」
――私の、待ち焦がれた愛する人の声。
彼は、幾度も私を助け気を使ってくれた。
きっと、彼にとっては普通のことなのだろう。
だがそれさえも長い間…本当に長い間独りだった私は、救われたのだ。
俗にいう、「吊り橋効果」という物のせいだとはとっくに理解している。
だが、その効果がない場合のみしか恋しては行けないのだろうか?
その理屈はこの死に塗れた現代の中ではおかしい気がする。
私は座り込んでいた身体にムチを打ち立ち上がろうとした。
「…?」
立ち上がろうとした瞬間、一気に身体中のちからが抜ける。
冷たい床に倒れ込もうとして――
「ルビ、無理するな」
――ソウヤに抱き上げられた。
ぶっきらぼうで、どこか突き放した風の口調だ。
だが私は知っているのだ、”彼は本来そんな口調ではない”ことを。
長い間同じ時間を過ごせば、彼が寝言を聞いて本来は年頃相応の口調であることはおのずと分かることだ。
「良いか、お前は休め。今は――」
「うん…回復に、専念…する」
ソウヤは「よし」と頷いて、私をゆっくりと床へおろした。
そして、それをニヤニヤとしながら見ていたウリエルをソウヤは見据えた。
「もう…良いのかしら?」
「あぁ」
ソウヤが綺麗な装飾を施された雪無をウリエルに構える。
その背中を見つめて、私は意識を飛ばした。
ルビはしばらくは駄目だろう。
少なくとも、この戦いの間には起き上がれないと思っていい。
ソウヤはそう思って目の前のウリエル”であろう”者を見据えた。
「…にしても、かなり容姿が変わっているようだな」
「えぇ、良いでしょう?この身体」
ソウヤはその言葉を鼻で笑うと、ウリエルを”目”で嘲笑った。
「少なくとも、俺は成りたいとは思わないな。そんな”炎の身体”なんて」
ウリエルの容姿は、もう人間を留めていなかった。
炎の魔物…そう言ってもいいかもしれない。
炎のスライム…といったほうがわかりやすいだろうか。
その身体は炎のようにゆらめき、両腕は炎の巨大な大斧になり両足は存在しなかった。
まるで魔法の炎のように宙にウリエルであろう者は存在している。
”眼”は生きているようで、ソウヤは自身の持つ雪無をウリエルが見つめる感覚がした。
「”王剣”…。まさか、その剣が王剣になるなんて、驚いたわ」
「あぁ、お前の炎は美味かったってコイツが言ってるよ」
驚いたように揺らめく炎の塊に対して、ソウヤは剣を構えた。
雰囲気が変わったのを感じたのか、ウリエルもその両腕が変形した大斧を構える。
「せいぜい、楽しませてほしいわね」
「あぁ、楽しんでいけよ…っな!」
その瞬間、ソウヤはこの世界の壁を超えた。
この世界の人は、どこまで足掻いてもせいぜい出せるのは音速。
実に秒速340m、時速にすると1200kmほどが限界だ。
いわゆる、マッハ1の速さである。
それ以上の速さにすることは”出来ない”。
否、出来ないのではなくそれ以上早くするとステータス上で強化された肉体が破裂するのだ。
しかし、ただ1人その壁を超えた者がいた。
それが今までの歴史上、ただ1人しか居なかった王剣の使い手…最古の王だ。
王剣により最強の肉体にさらなる強化を得た王は、マッハ1の速度を超えることが出来たのである。
ただ、身体中が傷だらけになるが。
そう、ソウヤの持つ剣は”王剣”。
しかも彼自身はこの過去現在の中で最強の肉体を持っている、そう…最古の王さえも追い抜くほどに。
故にソウヤは無傷でマッハ1を超える速度で動けるのである。
「――っく!」
流石に急激に上昇したソウヤの速さに身体が瞬時に反応しなかったのか、瞬きするほどの時間隙ができる。
その小さな、本当に小さな隙でさえ、ソウヤの今の肉体のうえでは大きなものに変化するのだ。
「――!」
音の無い気合で、ソウヤは王剣と化した雪無をウリエルの身体へ突きつける。
空気の壁を突き破り、凄まじいほどの速度でソウヤの突きはウリエルへと伸び――
「…甘いッ!」
――グニャリとウリエルの身体が大穴を開け、ソウヤの突きを躱した。
そのまま、表意をついたことで隙を見せているソウヤへ、逆にウリエルがその手に持つ炎の大斧を振り下ろす。
それを見たソウヤは、
「『盾』…!」
咄嗟に服に付けていた月文字を咄嗟に発動させることで、ほんの一瞬も無い時間、ソウヤは動ける時間を稼いだ。
それを見る余裕も無いソウヤはすぐに足に魔力を練り込んだ風魔法を爆発させると、咄嗟に飛びのいた。
「っち…」
ソウヤは小さく舌打ちすると、顔から流れ出る血を腕で拭き取る。
先ほどの風魔法のせいで、一気にソウヤは加速してしまい身体がその圧力に少々耐え切れなかったのだ。
そして、ソウヤは雪無を握り直すとウリエルに剣を構える。
―あいつの身体、物理じゃ傷つけられない。だが、あいつに効くような魔法は詠唱時間が長過ぎるから論外だ…。
ソウヤは、ふぅ…と小さく息を吐くと次に大きく息を吸った。
―なら…っ!
「――――」
ソウヤはボソボソと小さく詠唱を始めた。
それを見据えたウリエルはその飛び出すほんの一瞬、罠だと悟る。
だが、詠唱を許してしまえば炎の身体である自分が弱い水魔法を放ってくるだろうとも考えつく。
どちらが危険かを思考したウリエルは後ろに下がり、避けることに専念することを選ぶ。
それを見たソウヤはゆっくりと練っていた魔力を解き放った。
「『水域』」
ソウヤの足元から多量の水が溢れでて、この空間を水で埋める勢いで溜まっていく。
それを見たウリエルはこの水が普通の水であることを確認すると、一気にソウヤに突撃する。
ウリエルの身体を形成する炎は、マグマよりも温度が高い。
だが、魔力によって作られているためその熱さが周りの空間などに伝わることはない。
しかし温度が極度に高いことは事実なので、水は触れた瞬間から一瞬で蒸発していく。
すでに風魔法で空間を作り水の底に沈んで待ち構えているソウヤは、突撃してくるウリエルに向けて剣を振り上げ――
「…っ!?」
――そして、残り数mというところで目の前のソウヤが幻像だということに気が付いた。
―しまったっ!水の中だから反応が遅れた…!
そう気付いたのも遅く、ウリエルがその大斧を防御姿勢に構え終わる前にソウヤの準備は整っていた。
「『亡霊解放!』」
そう叫んだソウヤは、同時に刀スキルの技である『居合い切り』を発動させ…横薙ぎ。
事実、5m以上はあろう巨剣がその3倍の15m以上になりこの空間を切り裂いた。
そして天災級の力がぶつかり、激しい爆発が起こる。
「ごほっ…!ごほっ!」
ソウヤは爆発の影響で体内に入ってきた水を吐き出すと、凄まじいほどの倦怠感に襲われ膝をついたまま荒い息をする。
ウリエルが生きている可能性…というより生きている確信が合ったため未だに『亡霊解放』は発動したままだ。
ちらりとソウヤが部屋の端っこを見ると、風魔法で守られているルビの姿を確認して大きく溜め息を付いた。
「は、はは…」
そんなかすれた笑い声が不意に木霊する。
それを聞いた瞬間、ソウヤは飛びのき雪無を構えた。
爆発の土煙が未だに蔓延っている中、影が見えた。
「ふ、ふふ…。危ないわね…っ」
ウリエルだ。
その身体は人の形にもどっており、纏っている服はボロボロである。
そのウリエルが荒い息をしながらソウヤは見つめていた、微笑を浮かべて。
「…まだ、やるのか?」
「そんな自殺の真似はしない…わ!」
ウリエルはそう言いながら立ち上がると、ソウヤに近づいて手を差し伸べた。
「100層クリア、おめでとう。景品よ、教えてあげるわ」
「何を…だ?」
絶世の美女は「あら?覚えていないのかしら?」と首をかしげると、微笑んだ。
一瞬その笑みにソウヤは見惚れるが、すぐに警戒心を強くする。
「約束、したでしょう?私の正体を教えてあげる」
「熾天使…じゃないの、か?」
ウリエルは「それだけじゃないわよ」と言うと、強制的にソウヤの手を取って立ち上がらせる。
「向こうで眠っている女の子と一緒に今から”あそこ”に連れて行って上げる」
「あそ…こ?」
ソウヤの疑問の声にウリエルは答えることはせず、「じゃあ、出発するわ」といきなり言い出した。
「なっ!?おい待t――!」
そんなセリフを言わせる前に、ウリエルが上へ伸ばした光がこの部屋を覆い――
――次の瞬間には、この部屋には誰も存在していなかった。
そして青年は出会う、約3年の月日を経て。
歯車は転がり続け…遂に歯車となって動かしていた物の全貌を知る。
運命が大きく傾き始める。
青年の手に、全てが託される。
後書き
こうして、ようやく彼は入口に至る。
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