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グランドソード~巨剣使いの青年~

作者:清弥
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第3章
1節―最果ての宮―
  神域の剣技

 静かな空間。
 それはまるで誰にも汚されることもないだろうと思えるほどの美しさを秘めていた。
 同時に、踏み入れたものは一瞬で血の海と化されることを予感される圧力がそこにはある。

 ―次で、決まる。

 なんの根拠もないが、不意にそう思うソウヤ。
 青年も同じことを考えていた。

 静寂…それを壊すように――

「「…っ!」」

 ――2つの人が消えた。

 目の前に青年の身体が迫る。
 その青年の背中には、白銀に輝く翼のようなものがはためていているのがソウヤには見えた。

 凄まじい速度で出されるソウヤと青年の剣撃。
 それは両者が今までの経験の中でもっとも速い速度を持っており、音速を超えていた。

 青く光る剣の軌跡と、ねずみ色の剣の軌跡が刹那の間に交わり…両者はすれ違う。

 たった1振り。
 その1振りは皮肉にも、ソウヤの巨剣化した時より早く…力強く見えた。

「「…」」

 暫くの間、黙りこむソウヤと青年。
 その次の瞬間、地面に膝をついたのは青年の方だった。

「っぐ…!」
「っつぅ…」

 しかし、ソウヤの方もダメージを受けていた。
 横腹を深く斬られていおり、重要な内蔵は無事なものの重症と言える傷である。
 だがその傷でさえ軽く見えるほど、青年の傷は深かった。

 厚い鎧で守られたその胸は深く切り裂かれており、素人でさえも止血は無理だと思える。
 心臓部分は鎧のおかげか傷は内容だったが、それも青年にとってはただただ苦痛なだけだろう。

 ソウヤは痛みに耐えると、青年の方へ歩く。
 その理由は、負けた相手を罵るためでなく勝利を高らかに宣言するためでもなく――

「今、楽にしてやる」

 ――青年を安らかに眠らせるするためだった。

 しかし、そのソウヤの言葉に青年は嗤う。
 そしてソウヤを見ると口を震わせながらもいつも通りに話しかけた。

「報酬だよ…」

 その言葉の意図がつかめず、ソウヤは一瞬内心で首をかしげる…とともに青年の血に塗れた指がソウヤの額を触った。
 瞬間、ソウヤは意識が激しく揺らされ目の前が真っ暗になる。
 気付けば、その意識を闇に放り投げていた。

「…主の命令だ、ありがたく貰い受けることだね」

 そんな青年の言葉を最後に聞きながら…。




 暗闇の中、そっとソウヤは眼を開く。
 その先には片方だけの翼を持つ美しい女性がその手に地に染まったような色をした剣を持っているのが目に入る。

「あなたが、”彼女”の選んだ少年ね?」
「は…?」

 微笑みに見惚れそうなのをこらえて、ソウヤは一言だけ言葉を出す。
 そんな第三者で見ればただの間抜けな姿にその麗しい女性は嫌な顔をせずに、またクスリと笑う。

「確かに、貴方の心はとても澄んで見える…。…懐かしい」

 最後のその一言だけ…その一言がとても懐かしい響きを帯びていて、ソウヤは開きかけていた口を閉じた。
 普通なら笑いものになるその言葉も、不思議とすんなりと心に入ってきたからだ。

「貴方のような人が”あの世界”に満ちていれば…未だに黄金時代は無くならずに済んでいたのにね」
「黄金時代…」

 聞いたことのある単語に、ソウヤは首をかしげた。
 そのソウヤの表情を女性は見ると「あぁ、ごめんなさい」とだけ謝る。

「今から、貴方に剣技をひと通り見せてあげる。それをしっかりと吸収しなさい」
「剣技…?」

 女性は頷くと、血の色をした剣を両手で構える。

「ただ、その前に”契約”をして欲しい」
「契約…?」

 今までの中で最も真剣な表情をした女性は、ソウヤに人差し指を向けた。

「剣を、必ず醜い欲望のために使わないで」
「…」

 そこまで聞いて、ソウヤは目の前の女性を誰だか思い出した。

 ”黄金時代”、”翼を持つ”、”欲望のために使うな”。
 その言葉がソウヤを結論へ導いていた。

「もしかして、貴女は…。アストレイア……?」
「…!?」

 ソウヤが思わずそう言った言葉に、女性は驚愕の表情を見せる。
 そして、諦めたような笑みを見せた。

「どうして…分かったの?」
「翼があって、黄金時代を知っていて、そしてなにより正義を大事にする。そんな性格がそうかな…と」
「でも、神なんて信じてなかったんでしょう?」
「十分信じられてしまうような出来事が連続で起きてますから」

 異世界に連れて来られたり、魔法が使えたり、翼をもつ人が現れたり。
 まず異世界に連れてこられるほどの力を持っている人なんて、ファンタジーの小説の中でもそうそう居ない。
 それ以外の要素で考えるのなら神がやったとなら信じやすいかなとソウヤは思ったのだ。

「でも、絵で見た私とずいぶん違うでしょう?」
「えぇ…。片方しか翼ありませんし…」

 ソウヤは女性…否、アストレイアの持つ血の色をした剣を見つめる。
 いや、”血を纏った剣”…というのが妥当だろうか。

「正義の女神で、最後の最後まで争いを嫌ってきた貴女が剣を持っているなんで思えませんでした」

 超目上である神にはしっかりと敬語をソウヤはちゃっかり使う。
 アストレイアの人間を愛するその正確を尊敬しているのも7割ほど入っているのだろうが。

 しかし、そのアストレイアが持っているのは戦いを嫌う彼女に似合わない、殺すための武器。
 そしてそれは血に染まっていた。

 アストレイアは自分の翼のない背中を押さえる。

「ずっと、迷ってたのよ。青銅の種族が住まう世界に居て…でも、それでも人間を信じてみたくて帰るための翼を片方斬った」
「だけど、人間はそれに反して醜くなっていった…?」
「えぇ。だから不器用な飛び方で私は逃げた、人間を置き去りに」

 だから、その手に持つ剣は血に染まっているのだろう。
 …人間を信じたいと言う思いで斬った翼の血で。

「さぁ、貴方に教えてあげる。神が使う剣技を…だから”契約”して」
「…」

 ソウヤは静かに頷くと、アストレイアに向かって顔を向ける。
 彼女はその答えに安堵したように笑うと…構えた。

「教えてあげるわ、人間への愛しさ、尊しさ…その全てを込めた剣技を」
「……」
「今から貴方は、この剣技を見て…そしてこの剣技を超えなさい」

 「そして――」と麗しい顔を悲壮に歪めた女神は言った。

「――この世界を”鉄時代”にしないで」
「わかった」

 蒼也ではなく、異世界の…鋼の妖精(ヒューマン)としてのソウヤはそう誓う。
 ただ人間を愛し正義を謳った彼女は嬉しそうに笑うと…ソウヤに向けて、神速の剣技を放った。




 水面から顔を上げるような、そんな感覚をソウヤは意識が浮き上がってくるのを感じる。

「っ…!」

 パッと目を開ければ、そこに映っていたのは静かに見つめる少女…ルビだった。
 その美しくも可愛らしいその顔は、目尻に涙を溜め表情を歪ませている。

「ル…ビ?」
「ソウヤ、心配…した」

 ソウヤはルビの言葉を聞いて、心が痛むのを感じる。

 ―”また”、誰かを悲しませてしまった。

 全ての者を救うことなぞ出来はしない。
 ただ、それでもソウヤはその手につかめるものだけでも…守ろうとしていた。

 ―その結果がこれだ…。どれだけの――

 ――どれだけの力を持っていても、救えない。
 そんな悲壮めいた心のうちの言葉をソウヤは考えないようにする。
 ただ、心配してくれた少女へその手を伸ばして頭をそっと置く。

「すまない、心配を掛けた」
「本当。ソウヤはいつも心配、させる」

 ソウヤは、ポンポンと少女の頭を数回優しく叩くとそっと立ち上がった。
 硬い石に頭を置いて寝た時のような痛みはなく、視線を少女へ送る。

 振るえる脚を押さえつけて、正座をしていた。
 日本の文化がないこの世界では、もちろんのこと”正座”という座り方がない。
 だが、その正座をしなれない少女はソウヤのために脚の痛みを押さえつけていたのだ。

 そこまでしてくれる少女に、守りたいと思わない男はいるだろうか。
 しない奴は、ゲイか熟女好きだろうと断言できる。

 故に、ソウヤは心に決めた。

「大丈、夫…?」
「大丈夫だ。立てるか?」

 ソウヤはルビへ手を伸ばすと、その幼き少女はその手をしっかりと握りしめて立ち上がる。

 …少女の、懐かしい人の温度を感じた。

 ―絶対、守ってやる。

 だから決めた。

 ―エレンも、ルリも、レーヌも、ナミルも、ルビ。そして俺たちを支えてくれた人たちや、俺と同じ境遇の奴らを――

 だから振るおう。

 ―…――守る。

 アストレイアに伝えられた、その文字通り神域にまで達した剣技を持って。

「さぁ、残り10層だ」

 幾日もの日にちを掛けて、今…迷宮踏破の鐘は鳴らんとしていた。 
 

 
後書き
この日、ようやくソウヤは剣技の極みへ至る。 
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