グランドソード~巨剣使いの青年~
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第1章
1節―プロローグ―
異世界に呼ばれた日
「ここは…?」
FTWが始まる瞬間、視界が光に塗りつぶされ思わず目を力の限り瞑った蒼也はゆっくりと目を開ける。
そこに広がっていたのは、“青と黒の世界”だった。
なんの装飾もない黒い箱の中にいるような景色に、唯一青い柱が地面に伸びている。
不意にその青い柱を目で追うと、そこには自分が足場とする場所に魔法陣のようなものがあることに蒼也は気づいた。
「おい、ここどこだよ」
「あれ、俺“FTW”やろうとして…」
現状の把握に意識を割いていた蒼也は、そこで初めて自分以外の誰かがいると気付く。
周りを見渡せば、赤青緑等々のカラフルな羽を生やした人々がザワザワと声を上げている。
あまりにリアルな姿形に、「これはコスプレ」と言い聞かせることすらできない蒼也。
そして、この人々から聞き取れる単語から“日本人”であることがわかった。
――わかってしまった。
「おい、まさか…!」
蒼也は慌てて自分の耳に手を当てる。
柔らかな皮膚の感覚、そしてわかる“三角形に伸びた耳”の形。
現実を受け止めきれない蒼也は次に背中に手を当てて…絶句する。
「嘘…だろ?」
そこには薄い紙のような、それでいて芯のある“何か”に手が触れた。
ここまでして、やっと蒼也は己の状況を察する。
「ここは…ゲームの世界?」
“約束された勝利のMMO”と呼ばれた“FTW”だが、そこに人々の疑問を沸かせるものが一つだけあった。
“作成会社がわからない”。
一体どんな名前なのか、誰が社長なのか、どれだけの規模なのか。
どんな情報でさえ電子の海を彷徨ってみても見つからなかったのである。
「なら、ならもしかしたら――」
――ありうるのかもしれない。
何度も夢見ては諦め、それでも諦めきれなかった縋りに近い望み。
それがもし、もし叶うのならば
―あぁ、ワクワクする…!
蒼也は心の疼きが止められない。
そして、現状を変える何かが起こるのを必死に待ち――
「やぁ、君たち、よく来てくれたね。“僕の世界”、『Fairy The World』へ」
――その変化に蒼也は笑みを抑えられなかった。
だが、“正常”な彼らはそれに反応できない。
しばらくの間唖然として…状況をやっと飲み込んでいく。
それはこの後のことを予想出来た蒼也含む人々は静かに思った。
嵐の前の静けさのようだ…と。
「てめぇが責任者か!」
「家に帰してぇっ!」
「なんでこんなことを…!」
何百、何千以上の怒号の声を浴びせかけられる男は、それを聞いてさぞ愉しそうにクツクツと嗤う。
目を疑うほどに輝く金色の髪と瞳を宿した男のその顔、いや存在自体があまりに“綺麗”だった。
まるで一世紀に一人レベルの芸術の才能を持つ者が、一生をかけて作り上げた作品のように完成度が高い。
“醜い”と思える部分が何一つないのである。
「――――」
なのに、何故だろうか。
あまりに綺麗な顔をしていて、本来ならば見惚れる以外にないはずなのに――
「…ッ!」
――どうして、ここまで“気持ち悪い笑顔”をしているのだろうか。
「さぁ、諸君。残念だけれど君たちの願い…元の世界に帰すことは叶わないよ」
「なんでだよ!」
「こんなところに来させたんだ!戻すことぐらい出来るだろうッ!?」
そんな声を聞いて、その男はピタリと笑みを掻き消す。
争い事も、人に恨まれることもあまりない世界に生きていた蒼也たち。
本来ならば俗にいう“殺意”などに一切縁のない蒼也たち。
だが男が無表情になった瞬間、すさまじい圧力が体全体に掛かったように身体が動かなくなる。
体中の力が抜け、蒼也は尻餅をついた。
―怖い。
争いにも戦いにも無縁だった蒼也たちが分かるほどに濃密な“殺意”。
いや、これは“殺意”ですらなく“イラつき”だ。
ただの“イラつき”が蒼也たちに“殺意”と思わせたほどの濃密な圧力をかけたのである。
「なんでって、楽しく無いからに決まっているだろう。それぐらい分かれよ、下郎ども」
男はそういうと、再び笑みを取り戻す。
その“気持ち悪い笑顔”が、今の蒼也たちにとっては救いだった。
そうして、その恐怖を何とか払いのけ段々蒼也はこの後の展開を把握する。
「――ッ…!」
身体が、熱くなるのを感じた。
きっと自分もあの男と同じぐらい笑っていると蒼也は断言できる。
なぜなら、何度も夢見てきたからだ。
「誰かこんな眠い世界から連れ出してくれないか」と。
だから、早く言ってくれ。
「よくわかったのなら、君たちには――」
こんなクソッタレな世界から連れ出してくれ。
こんな変わり得ない世界から連れ出してくれ。
こんな面白みのない世界から連れ出してくれ。
こんな――
「――異世界へ行ってもらうからね?」
――救いのない世界から連れ出してくれ。
「大丈夫、君たちには“特殊能力”を上げるから、あまりに強い敵にあわない限り死なないから。あと、キャラクター名は本名になるから気を付けてね。あぁ、最後に脳内でメニュー管理は大体できるからね」
恐怖のあまり声を上げられない人々を良いことに、マシンガンのように男は必要事項をさっさと言い終わると、手を振る。
それは、あまりに憎たらしい笑みで――
「それじゃあ、がんば?」
――その瞬間蒼也は視界を光で覆われていた。
「それが、どうしてこうなったッ!」
そして、蒼也…もといソウヤが出現した場所は森の中で、しばらく探索していたらαテストの最後らへんに出てきたと思われる魔物に出会ったので、現在逃走中なのだ。
「グルァアアアアアッ!」
「「ブヒィイイイイイッ!」」
三匹に追われる結果になったソウヤ。
その中で、必死に頭を回す。
―このままだとやられるだろうし、なんとかしないと…!
ソウヤはなんとか森のデコボコの地面を走るが、そろそろ体力の限界も来ていた。
―取りあえず、なによりステータスを見ないとはじまんねぇ…!
しかし、この注意が錯乱しやすいこの場所で確認できるのかどうか…とソウヤは頭を悩ます。
「えぇい!男は度胸ッ…!」
ソウヤはそう吐き捨てると、脳内で“ステータス”と呟く。
よくある電子音が鳴り響き視界の目の前にステータスが現れた。
―取りあえず、頼みの綱の“特殊能力”の確認が優先!
ソウヤはそう切り捨てると、視線を奔らせる。
“特殊能力”。
多くあるサブ、またはメインスキルの中でも特に入手難易度が高いスキルのことを指す。
その代わりに効果はかなり高いらしく、αテストで手に入れた数人の人々は“FTW”最上位の強さを誇っていたらしい。
そして、その特殊能力をあの男は”全員に配る”と言っていた。
―つまり、使える特殊能力ならこの状況を…!
必死に目を奔らせていたソウヤは、目的の”特殊能力”という文字がステータス上にないことに気が付く。
「おい、おい待てよ…!」
―まさか、俺だけ持ってないとかいうそんな馬鹿な事が…!
絶望に当てられ、遂にソウヤの歩む足が止まりかけたその時、ソウヤは別の文字を見つけ出した。
―希少能力…巨剣使い 下級(0/500)―
― 肉体強化 下級(0/400)―
― 空間魔法 下級(0/400)―
「ゆにーく…すきる?」
予想外の展開に、ソウヤの頭が停止しかけるが即座に再起動する。
―取りあえず、これに賭けるしかない…!
ソウヤは巨剣使いの内容を確認すると、再び驚愕した。
―巨剣使い 下級(0/500) 職業能力―
― 全ステータス常時×5(巨剣所持時全ステータス×10に変化)―
全ステータス最大10倍、それがこの希少能力の効果。
あまりに簡単で、強い。
―全ステータス最大で10倍なんて、今まで聞いたこともないぞッ…!
その驚愕をなんとか押し込め、次に肉体強化を確認する。
―肉体強化 下級(0/500) 特徴能力―
― 発動時全ステータス×5 5秒毎にMPが1減る―
これもぶっ壊れ性能なのをもう驚かないソウヤは確認する。
そして最後の空間魔法も閲覧しようとして――
「グラァアアアアアッ!」
――その鳴き声がもう近距離から聞こえることに気が付く。
―くそ、悠長なことをしてる暇はない!
ソウヤはそう脳内でそう決めると、メインスキルを“戦士”から“巨剣使い”に変更する。
その瞬間、ソウヤの視界が変わった。
「…えっ?」
全てのものがスローペースとなり、走り続け無くなりかけた体力も完全と言えるまで回復。
地面を強く踏み込めばそれだけスピードが上がり、力が凄まじく上がっている。
そして、なにより思考がクリアになっていた。
―これなら、いけるかもしれない。
圧倒的な力に満たされることを実感したソウヤは、目の前に迫っている巨木に対して大きく跳躍する。
軽くオリンピック選手を越した跳躍力で巨木に表面を割りながら着地するソウヤ。
―“肉体強化”、発動。
ソウヤの視界が、もう一段階変わる。
更に周りの速度が遅くなり、もう完全に豚とキメラの魔物は止まっているようなものだ。
「…行くぞ」
巨木に大きな穴を開け、ソウヤは魔物たちに対して飛び出す。
初期の剣を持とうとしたが剣が持たないとソウヤは判断して、素手で殴ることにする。
「すぅっ…」
ソウヤは短く、息を吸うとキメラの獣に対して左手を前に出し右手を腰に置く。
キメラを完全にとらえると、未だソウヤの変化に狼狽えているキメラの頭めがけて――
「“正拳突き”ッ!!」
――スキル効果で、半自動的に右手を振るう。
肉と骨がつぶれる音がして、キメラは即死した。
血に濡れた拳を見て、ソウヤは吐き気をこらえながら豚の魔物を睨みつける。
「ブ、ブヒィ…」
「ブヒ、ブヒ」
豚の魔物は狼狽えたように後ろに下がった。
その内心は、あまりに歪なことだろう。
必死に逃げ回っていた弱者が、いきなり圧倒的なまでの強者となっていたのだから。
「「ブ、ブヒィイイイ!」」
豚の魔物は生物としての本能が勝ったのか、ソウヤに後姿をさらし逃げ出していった。
「――ッ…!」
ソウヤは豚の魔物がいなくなったのを確認して、そのまま地面に膝をつき手をつく。
足が、手が初めての命の取り合いを前に笑っていた。
―気持ち、悪い…。
ソウヤは肉やら骨やら内臓やらがこびりついている右手を見て、吐き気を隠せない。
傷一つ負っていないのに、ソウヤはかなり消耗している。
「異世界なんて、碌なもんじゃない…な……」
ソウヤは、そう深く思いながらしばらくの間その消耗を少しでも回復するために休んでいた。
そうしてソウヤの物語は始まった。
歯車は、未だ男の手のひらで回り続けている。
後書き
※これは(物理的にも精神的にも)主人公の成長物語です
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