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その日はいつかやって来る

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09


「神無、おふくろと隊長が来ても手出しはするなよ」

「何故だ」

「これは雪之丞の遺言だからな、「もっと強い奴と血ヘドを吐くまで殴りあって、勝ってから死にたかった」って言ってた」

「どうしてそこまでしてやるっ、一度生き返らせてやったのに、暴れてお前の脇腹に傷を付けた男だろっ?」

 遺言か… そう言えば昔聞いた事がある、魂を取れなかった間抜けな魔族の童話を。 その男は誰の願いも叶えられず、誰の魂も取れなかったが、いつまでも契約書を捨てずにいた。

「あいつは目の前にいた俺と戦いたかっただけだ。 あの頃の俺って結構強かったからな」

 やがて数百年が経って力を付け、ようやく願いを叶える事が出来るようになった男は、全ての契約を果たして行ったとされている。 既にその者達は死んで、魂は取れなかったと言うのに。

「嘘だっ、どうしても倒せずに、最後まで「やめろっ」って言ってたじゃないか。 あの後、お前に食事させるのに何日かかった? 腹に残った傷は絶対治療させなかっただろっ」

 それからさらに数百年、男の元に恩義を感じた者達が転生して来たと言う。 怪力無双の豪傑、鎧武者、人形使いの博士、知略に長けた女達。 星の如く集まって来る家臣によって、ついに男は一国一城の主となり、大きな力を得たとされている。

「まあな、でも男の約束ってやつだ。 今日は記念に一本抜くから、それで勘弁してくれ」

 この話は契約の大切さと、無力な者でも努力次第で成功できると思わせる、単なる作り話だと思っていた。 だがこれは、過去に魔界に現れた、こいつの実話だったのかも知れない。

 これは偶然なのだろうか? 正式には通達されていないが、私の任務はこいつを魔界に連れて行き、混迷を極めるアシュタロスが支配していた地域を安定させ、中央に帰属させる事だ。 話の通りなら、こいつの夢は叶うだろう。

「では、何のために私に力を与えたっ? ただ見ているだけなのかっ、相手が二人なら私も共にっ」

「昔、俺達は合体してアシュタロスと戦った、だから隊長も必ずそうする、おふくろのオリジナルは文珠も出せるからな」

「わ、分かった…」

 あいつが一瞬消えると、神無を後ろから抱いて首筋を撫でていた。 いくら油断していたとしても、これは「いつでも殺せる」と言う意味だ。 神無はこいつの力に納得したらしい。

「いやっ! お義母様とは戦わないでっ! もしヨコシマに何かあったら、私… 私っ」

「心配するなよ、おふくろも隊長も、俺は殺せないように出来てるから」

 嘘だ、同じ顔と言葉を持ったダミーを、ああも簡単に破壊できる奴だ。 グレートマザーはお前を殺せる、初めからそのために作ったのだろう。

『警告、降下艇接近』

 やがて隊長とグレートマザーは、自分の予備や量産型を残し、僅かな手勢だけを連れて、塔の頂上に上陸して来た。 あちらも儀式を忠実に再現する事にしたらしい、その方が明らかに被害は減るはずだ。


 第8話

「ゴーストスイーパー美神美知恵、横島百合子! 私達が極楽へっ! 行かせてあげるわっ!!」

 合体した奴らは、さらに恐ろしい存在になった。 ただのステッキのような神通棍を、全長百m以上の鞭に変え、直径2m近いビームのように、触れる物全てを破壊して行った…

 先程の神無と神父の戦いが子供の遊びに思える。そこであいつが叩き落され、神通棍がその場所を貫いた時、私は命の危険も考えずに飛び出そうとした。

「待てっ! ワルキューレッ」

「頼むっ、あいつを助けてくれっ!!」

 そう言いながら、神無にすがりついて泣いていた私… 足手まといは私だ、弱い、力が欲しい、あいつを守れる力が…

「見えないと不安だろう、お前にも何が起こっているか見せてやる」

 そう言うと、私の目を押さえて、自分が見ている光景を投射してくれた神無。 私も加速している。


《美知恵さん、やったのかい?》

「いいえ、どこかに隠れてるわ、全周に気配があるのが不気味だけど」

 ザアアアッ

「その通り、残念でした」

「バンパイアミスト… ピート君の技まで、どうやって?」

「あいつが死ぬ前、俺の血を吸わせたんですよ、少しは元気が出るかと思いましてね。 でもあいつは俺を支配しなかった、死んだ時、連れて行ってもくれなかった」

 霧になったあいつが、隊長の背後に現れて締め上げている、良かった、生きていたんだな。

「そう… でもみんなの技で戦うなんて、貴方って律儀なのね。 だけどピート君やタイガー君までヤりたがってたかしら?」

「ちょっとお祭りに付き合って貰ってるだけですよ、ダンピールフラッシュ!」

「ああっ!!」

 巨大な鞭が四方から包み込む前に、あいつの技が隊長を叩き落し、また霧になって消えた。

「どうだっ、俺の中にっ! 俺の血の中に生きてるかっ?! ピートッ!!」

 上空から速射砲のように、霊波砲、ダンピールフラッシュを打ち込んでいるあいつ。 もう人間の領域を越えているのは間違いない、ハヌマンより強いと言った相手を追い詰めているのだから。

「いい加減におし、これ以上「おいた」が過ぎると堪忍しないよ」

「よお、おふくろになったか。 でも「チエちゃんのお婆とテツの法則」は通じないぞ」

「この家庭内暴力息子っ! 母親に手を上げるなんて、やっぱりお前は父親似だよっ!」

「やかましいっ! このクソババアッ! 今までよくもやってくれたなっ!」

「あたしに口答えするのは、その口かっ? その口かっ! オラオラオラオラオラオラッ!!」

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

 芸術のような隊長の鞭捌きから打って変わって、その場に立ったまま拳圧で押し合う低次元の戦いに突入した二人。 多分、どれだけ当てたかではなく、闘牛のように一歩も退かなかった方が勝ちなのだろう。

 キコーン、キコーン、キコーン

「ああっ! カラータイマーがっ?」

「無駄にパワー使い過ぎなんだよっ! さっさと隊長に代われっ」

「チッ、勝負はおあずけだよっ…… ハ~イ、お待たせ、貴方の担当の「ママ」美知恵よ、やっぱり本当のママとはヤりにくいでしょ」

「おふくろは普通に喋ってましたよ、それ隊長の地ですか?」

「ふふっ、そうかもね、次はどんなプレイがお好み?」

「じゃあ、スペシャルでお願いしますよ」

「そう、だったら私達の塾女タッグの、スペシャルビーフケーキをご馳走してあげるわっ! 泰山千条鞭!!」

 二本の神通棍を取り出した隊長が、技の名の通り、数え切れない程の鞭に枝分かれさせ、あいつのいた場所を粉々に砕いた。

「どうっ? これなら霧になっても叩き落せるわよっ!」

「はははっ、最高だっ、やっぱり貴方は最高ですよっ! はははははははっ! 狐火っ! ダンピールフラッシュ!」

 狂ったように笑いながら、鞭の射程外に離れ、巨大な火球やダンピールフラッシュを連打するあいつ。 この光景は… とても美しい。 どちらも命の火花を散らし、機械である隊長にまで魂が宿っているかのようだ。

「ネビュラチェーンッ! この攻防一体のアンドロメダの鎖は、どんな攻撃も受け付けないわっ! 貴方自身が「私の中」に入るしか無いわよっ、さあ、いらっしゃい、ボウヤ」

「ええ、行きますよ、お手柔らかにお願いします」

 既に爪先や膝、肘からも神通棍を出し、ほどけた髪まで鞭と化して、無数の光る触手の中に浮いている隊長。 果たして人型の存在で、これ以上の化け物がいるだろうか? 少なくとも私は見た事が無い。

 キュウウウウウウウウウン!!

 双方とも力が収束してぶつかり合って行く。 もうすぐ文珠の効果が切れるのだろう、隊長の側もエネルギーの出し惜しみはしていない。

「あははははっ! どうっ? 私の「締め付け」は? そろそろ堕ちなさいっ!」

「まだまだですよっ! タイガーッ! やっぱりお前ってタフだなっ! エミさんの所で鍛えられたのかっ!」

 盾やフィールドで受け切れず、攻撃を喰らっても、触手を引き千切って突き進むあいつ。 ワータイガーになったのは、防御力を高める為だったのか、それとも一瞬でも親友と一緒にいたかったのか。

「これで最後よっ! ネビュラストームッ!!」

 自分の足場まで捨てて全ての鞭を集め、錐のように一点を突き破ろうとする隊長。 頼む、そいつを殺さないでくれ…

「「はあああああっ!!」」

 あいつが隊長の核に接触した時、眩い光が起こり、何も見えなくなった。 やがて、目が馴染んで来ると、あれだけあった触手が全て無くなり、奴らが倒れていた。

「ふふ… まさか神通棍使いが、最後に神通棍でやられるなんてね…」

「師匠の令子直伝ですからね、「ママに騙された仕返し」らしいですよ」

「そう、あの子って、執念深いから… でも霊刀も文珠も使わないなんて、私も舐められたものね」

「いいえ、もう出ないんですよ。 左手を雪之丞にくれてやって、ハンズオブグローリーで、あいつの偽者を斬ってからは」

「そうだったの」

 倒れた二人に向かって歩み寄って行くヨコシマ、そこに朧が割り込んだ。

「やめてっ、お義母様を殺さないでっ!」

「朧め、邪魔はするなと言われただろうが」

 戦闘中、ずっと目を隠して見ようとしなかった朧が、グレートマザーを守ろうとしている。 それは機械だ、そこまでする必要は無いだろう。 それとも朧も、ユキノジョウと言う男を斬った後のあいつを知っているのか?

「大丈夫だ、話をさせてくれ」

「う、うん……」

「どう? これで満足して貰えたかしら?」

「ええ、雪之丞の残りの爪まで成仏しそうで慌てましたよ」

「じゃあ、教えてくれる、今回の目的」

「はい、まず隊長の遺言「地球をお願い」でしたね。 地球の経営権50%以上と、カオスのおっさんと俺の軌道エレベーターの全ての権利、隊長名義にしておきましたから」

「それだけの規模の取引をどうやって? 市場は閉鎖されたはずよ」

「こっちにも「紅ユリ」がいますからね、簡単でしたよ。 事件の途中、売り浴びせておいて、紙屑同然になった権利を、「法的には生きてる奴」を操作して、買い取っただけです。 コロニーや宇宙船は飛ぶように売れましたよ」

「貴方って百合子さん似だったのね… でもそれって犯罪じゃないの」

「法的には何の問題もありません、それにこれからは貴方が法律ですよ、隊長」

「そう……」

 また遺言だ、やはりこいつは、全員の遺言を果たそうとしている。 おキヌと言う女が死んでからは、ずっと孤児を育て、神父が死んでからは、全ての飢餓と貧困を無くそうとしていた。 何もかも「契約」のためだ、最も古い形の契約、それは美しい魂を求めるが故、相手の願いを全て叶える事…

「艦隊の操作も、残りの仕事が終わったら返します」

「ヒャクメさんは?」

「そうですね、吐く物が無くなったら、塩水でも飲ませて、落ち着いた頃に味噌汁と梅干でもやったら治ると思いますよ」

「あれ、二日酔いだったの」

「ええ、毒素だけですけど、2,3日は苦しませてやって下さい、令子が苦しんだ分は…」

「神様にそんな事したら罰が当たるよ」

「もう当たってるよ。 ほら、おふくろには地球以外の経営権と採掘権だ、小遣いには多いけど、マネーゲームは好きだっただろ? 令子とは全然反りが合わなかったのに、金に関してだけは「師匠」って呼ばれてたしな」

「お前… 最初からこのために」

「いいや、全員の願いを叶えるのは難しかったから、カオスのおっさんに考えて貰ったんだ。 これも全部、おっさんの計画通りなんだろうな…」

 本当にあのカオスが考えたのかどうか疑わしいが、また声を震わせているあいつ。 よく泣く奴だ… そこで震動が始まり、周囲が崩壊を始めた。

「さあ、今の戦いで最後のバランスが崩れそうだ、止めは反物質弾で極移動が起きる、早く帰れよおふくろ」

「まだ何かやろうってのかい、だったら今度はあたしがっ!」

「いいのよ百合子さん、貴方の息子さんとドクターカオスの計画よ、間違いは起こらないわ」

「でも…」

「地球が動いた瞬間にアクセスして、令子を時空の狭間から取り出す。 それだけだ、安心しろよ」

 ミカミの救出が目的だったか、しかし、そのためだけに地球を動かすとは……

「これも令子のための戦いだったのね」

「全部じゃないですけどね。 でも何日か前の俺には、無理矢理動かすなんて出来ませんでしたよ。 単純なミスで地球が滅ぶんですから、例え何千年でも自然にバランスが崩れるのを待つしかなかった」

 こいつはあの場所で、ずっとミカミを待っていたのだ。 隊長の最後の命令を守って地球を守り、親孝行の方法を考え、他の者の願いを叶えながら…

「もしかしたら、千年前もこうだったのかしら」

「ええ、アシュタロスだって馬鹿じゃないですから、何の見返りも無しに、南極の拠点を捨てた訳じゃないでしょう。 あの時、あいつも俺と同じように、何か大切な物を取り返したんですよ」

 何故嬉しそうに言っている。 お前は奴が憎かったのでは無いのか、まさか奴の願いまで叶えると言い出すんじゃ無いだろうな。

「じゃあこれ、無駄になっちまったね」

「懐かしいな、「模」の文珠か、お別れにそれ使って、一発殴って行ってくれよ」

「そうかい、殴られるのが好きなのも父親似とはね」

『摸』

 グレートマザーがヨコシマと同じ形、ユキノジョウと同じ形に魔装して行く。

「魔界に行くんだったね、しっかりやれるよう、気合を入れてやるよ」

「ああ…」

「歯を食いしばれっ! 1、2、3、ダァーーー!!」

 ガシッ!! ズザザアーーーー!!

 頬を張り飛ばされた勢いで、そのまま地面を滑って行くあいつ。 多分、この程度では死なないだろう。

「こんな時は、「ありがとうございました」だったな」

「ああ、鉄砲玉みたいに行ったきりじゃなくて、用事が終わったらさっさと帰って来るんだよっ」

「分かったよ…」

 ヨコシマを殴った場所と同じ所を押さえて、グレートマザーが帰って行く。 これも記録通り、自分も同じダメージを喰らったらしい。


「なあ、ワルキューレ、魔界にもあんな強い奴いるのか?」

「ああ、いるぞ、力だけの化け物から、12枚の羽根を持った堕天使までな」

「だとさ、後四本、どこで使うか楽しみだな、雪之丞」

 その場に倒れたまま、脇腹を撫でているこいつ… 私もここまで思われてみたい物だ。

「さあ、これからが大変だ。 始めるぞ逆転号、スケジュールに狂いは無いか?」

『問題ありません、反物質弾の発射まで830秒』

 もう何も言うまい、後はカオスの計算の精度と、こいつが造らせた施設にミスが無い事を祈ろう… もちろん、我々の最高指導者に対して。
 
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