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機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ 第三の牙

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第三話 新たな天使

 
前書き
\( ‘ω’)/ウオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッッッッッッッッッッッッッッ!!
なんか書くの楽し過ぎてヤベェ!でも、更新は遅いのぉ!
読んでくれると嬉しいです!感想くれると超嬉しいです!
感想をくれると早く次話を投稿するかも……? 

 
 そろそろ────時間だ。
 「……間に合わなかった」
 奴が、目覚める。目覚めてしまう。
 それだけは阻止しなければならない。
 このままでは、覚醒する。
 ────厄災の天使が再び火星に舞い降りてしまう。
 もし、「これ」に記された通りにことが進んでいれば今頃は……。
 弱気になるな。ここで諦めたらこれまで積み重ねてきたことが全部パーになっちまう。
 後ろを見るな。振り返るのは後でいい。
 後悔もそうだ。今は前だけ見て突っ走れ。
 そう、自分に言い聞かせ男は自らを奮い立たせる。
 今までも、後悔の連続だった。
 それはこれからもそうだろう。
 でも。ここで立ち止まったら、その後悔さえ無駄になる。だから────今は走れ。
 誰よりも速く。誰よりも強く。
 これからする後悔を後悔して良かったと思えるように、男は走る。
 例え、その道の行先が、後悔しかなかろうと────走れ。
 
 
 
 

 「アカツキー。そこの調味料、取ってぇ」
 「これ?」
 「その右のやつ、」
 「これ?」
 「あ、こっちから見て逆の方!」
 「分かった……あ、母さん。鍋から黒い煙が出てるよ」
 「えっ?
 あ、えぇえ!?」
 慌てて火を消し、鍋の中身を確認する母さん。
 「あちゃ……やっちゃった」
 「大丈夫?」
 「うん。大丈夫……だと思う」
 今の反応からするに鍋の中身は大丈夫じゃなかったようだ。
 えへへへ……と誤魔化すように笑ってるけど誤魔化せてないからね。
 「さて。もう一回、作り直しますか!」
 そう言って、食器棚から新たに大きめの鍋を取り出し食材を入れ始めた。
 さっき、料理に失敗したばかりなのに母さんは上機嫌で再び料理を作り始める。
 「ふんふんふ♪」
 鼻歌混じりの包丁さばき。これは相当、ご機嫌のようだ。
 そんなに嬉しんだ。
 クーデリアが家に帰ってくるのが。
 先日、クーデリアから家に電子メールが届いた。内容は簡単にまとめると「今の仕事がひと段落したので火星に帰ります。早く帰って、アトラの手料理が食べたいです」って感じの文章で、それを見た母さんは昨日からずっと料理を作り続けている。
 その量はとてつもなく。
 普段、ご飯を食べてるテーブルの上だけじゃあ収まりきらず。収まりきらない分の料理は椅子の上や棚の上に置いている始末であった。
 「こんなに作って、食べ切るれるの?」
 「一日じゃあ……無理かも。
 でも、日持ちするのばかりだから大丈夫!」
 「それって大丈夫……なの?」
 日持ちするのばかり作っても腐ってしまっては意味がないと思うのは俺だけかな。まぁ、母さんは楽しそうに料理してるしそれを中断させるのも野暮というやつだろう。
 だから、俺は母さんの料理姿を眺めることにした。
 手伝う、という選択肢もあるけど俺の料理の腕は絶望的で手伝ったら何が起きるか分からないほとで、以前あったことをあげるなら……そうだなぁ。
 包丁を持ったら、包丁の刃が折れて飛んでいくとか。鍋を持ったら鍋の底に大きな穴が開くとか。他にもあるけど、料理をする上で必要な器具を持つと何故か壊れてしまうのだ。
 ある意味、天性の才能って言われたけど全然嬉しくなかった。
 だから、俺はこうやって料理をしている母さんを眺めることしか出来ない。手伝いたくても、手伝ったら母さんに怪我させるかも知れないし……。だから、俺は見るだけだ。
 「……」
 ふと、思った。
 ────クーデリア、迎えに行こうかな。
 多分。クーデリアは一度、自分の職場に行ってから家に帰ってくるだろう。それなら俺もクーデリアの職場に行って一緒に帰ろう。
 「母さん、俺。クーデリアを迎えに行ってくるよ」
 「うん、解った。気を付けてねぇー」
 
 
 クーデリアが働いてる場所……久しぶりに行くなぁ。
 昔はしょっちゅう母さんに連れられて行ってたけど、一人で行こうとはあまり思わないし……それに、こんな大きな建物は苦手だ。
 ここ数年で大きく発達した街並み。
 小さい頃はどうとも思わなかったけど、これだけ劇的な成長を見せられたら頷ける。人の数も増え、様々な人種の人々が歩いていた。
 最近は地球の金持ちの旅行者も多く、火星では見慣れない服や食べ物が沢山出回っていた。
 目の前の売店でも、地球の売り物が並べられ販売されている。
 その値段は、子供のお小遣い程度では買えない高さで。
 「ねぇねぇ、おじさん!
 これ安くしてよ!」 
 「おいおい、ボウズー。これでも結構安くしてんだぜ?
 これより安くはできねぇよ」
 「あと少し!ほんの少し!
 そうしたら買えるから!」
 「ほーん。なら、母ちゃんにでも小遣いせびってくりゃあ買えるなー」
 「ほんの少しでいいから安くしてよぉ」
 「けっ。これ以上、安くなんてできねぇつうの。商売の邪魔だから帰れ帰れー」
 こんな有様で。
 火星に出回っている地球の物は子供のお小遣いでは買えない高級品となっている。
 ちなみに、さっきのやり取りで子供が買おうとしていたのはインスタントラーメンと呼ばれるもので、なんでもお湯をかけるだけで食べられるらしい。
 味も、そこそこ美味しいらしく。
 一度は食べてみたい。
 でも、すぐに作れる反面。体には悪いらしい。
 母さん曰く、料理は手間を掛ければ掛けるほど美味しくなる! インスタント食品は邪道!と言っていた。
 早くて美味い。でも、体に悪い。
 作るのに時間が掛かって美味い。
 まぁ、俺は母さんの料理の方が美味しいと思うけどね。
 生まれてから一度も地球のインスタント食品を食べたことは無いけど母さんの作る料理に勝てる訳ない。
 「あ、着いちゃった」
 それは、巨大なビルだった。
 周囲のビルも結構デカイけど、そのビルはそのどのビルよりも大きく見上げるほどの高さだった。
 ここが、クーデリアの会社だ。
 名前は……なんだったけ。確か、アドモス商会だった気がする。
 これだけ大きな会社を持つクーデリアってやっぱり凄いなぁ。
 
 ────そして、それはやってきた。
 真っ赤な、血の色をしたそれはやってきた。
 始まる────厄祭戦の再来が。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「────?」
 一瞬、空の上を何かが通り過ぎていった。
 鳥のような影……だった。でも、あんなに大きい影を作る鳥っているわけない。
 鳥の形をした雲が、たまたま太陽と重なって影を作った?
 そう考えれば、さっきの鳥の影の大きさも頷ける。俺は空を眺め────それを見た。
 それは、真っ赤な何かだった。
 「アレは……」
 鳥の形に似ている。でも、あの大きさは鳥なんかじゃない。
 太陽の光に照らされ、異様な光を放つ真っ赤な物体。それは、少しずつ降下し、周囲に暴風を巻き起こした。
 嵐のような風だ。
 「おい……なんだ、アレ?」  
 「ギャラルホルンの新型モビルスーツ……?」
 「なんかの……パレードか?」
 周りの人達は、それを見ている。
 そして、それはその人達を見て────。
 「────え?」
 巨大な足で、地面ごと蹴り飛ばした。
 蹴り飛ばされた道路の一部は物凄い勢いで建物に激突し、建物を粉砕した。
 ピチャっ。
 何か、頬に当たった。
 俺はそれを右手で拭う。
 「え……? これ……血?」
 よく見れば服の所々に真っ赤な液体が付いていた。
 怪我はしていない。ということは、これは俺の血じゃない。
 じゃあ、誰の……?
 その答えは近くにあった。
 足元に転がっている人間の「手」らしきもの。さっき、アイツが吹っ飛ばした人の手のようだ。
 「……?」
 一瞬の出来事で状況を把握し切れていない。
 でも、ここにこのまま居るのは駄目だと判断した。
 俺は走った。
 クーデリアは、この建物の中に居る。
 あんな訳の分かんない奴の近くに居るんだ。ここは危険だ。母さんの所に一緒に帰れば大丈夫……それで大丈夫だ。
 早く、早く。
 走れ。走るんだ。
 悲鳴を上げる人達。無視しろ、今はクーデリアと一緒に帰ることを考えるんだ。
 「ママっ!ママっ!」
 泣きわめく、女の子声。
 その光景は、昔の「あの」光景を思い出した。
 母さんと一緒に泣いていた「あの」女の子。おいおい、嘘だろ。なんで、こうなってる。これはなんの冗談だ?
 目の前で。
 ────ママっ!ママっ!
 と泣き叫ぶ女の子。女の子は倒れ込んだ母さんらしき物体を揺さぶっていた。
 おい、それはママじゃない。
 それはもう、「ママ」じゃない。
 止めろ。
 止めろ。止めろ。
 止めろ。止めろ。止めろ。
 止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。
 止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。
 止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。
 止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。
 止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。
 止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。
 止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。
 
 ────止めろ!
 
 「もう、止めろ」
 俺はいつの間にか、女の子の隣に立っていた。
 「君のママは。もう、「ママ」じゃない」
 女の子の母親「ママ」を俺はとても凝視できない。だってそれは、人間じゃない。人間には見えない。
 俺の知ってる人間はそんな「形」をしていないんだ。
 「もう、止めろ」
 「……やだ。ママはっ」
 「止めろ……それは、」
 「ママっ!ママ────」
 女の子はこれを母親と認識している。
 止めろ、止めてくれ。
 それはママじゃない。それはもう、「人間」じゃない。
 気付けよ。お前が、それを揺さぶるからそれの裂けた腹から血がどんどん溢れ出てる。
 あぁ、冷静になって見れば。
 この女の子の母親だったそれの右腕が無い。もしかしたらさっきの右腕はこの女の子の母親だったもののかも知れない。
 「ママっ。ねぇ、起きて。
 今日の夕食は私と一緒にハンバーグ作るって約束してたじゃん……。
 ねぇ、起きてよ。話したいこと沢山あるの。隣のお姉ぇちゃんがね、最近好きな人が出来たんだって。その人、先生に怒られてばっかりでクラスの皆からも非難されてたんだけどお姉ぇちゃんが勉強を教えてからその人、変わったんだって。無表情で何を考えてるか分かんないけどクラスの皆のことを大切に思ってて分からない所があったら放課後に教えてあげるんだよ?」
 ────止めてくれ。
 「それでね。お姉ぇちゃんはその男の子のことが最初は嫌いだったんだったよ。授業中は寝てばっかりで起きてても空を眺めるばっかりで先生の話を聴こうともしない。人の名前も間違って覚えるし好きになれなかった……でも、空を眺める時の表情はカッコイイって言ってた。でも、その男の子せいで廊下に立たされたり、職員室に行って謝りに行ったのはホントムカつくって言ってた。
 でも、それでもね。お姉ぇちゃんは楽しかったんだって。
 怒られたのは嫌だったけど、その男の子と一緒に話をしたり、空を眺められて楽しかったんだって……」
 ────止めてくれ。
 聴きたくない。聞きたくない。
 「お姉ぇちゃん。もしかしたら、最初からその男の子のこと好きだったんじゃないかな。だってね、お姉ぇちゃん。その男の子の事を話してる時とっても楽しそうだったんだ。今でも、たまに怒ってるように見えるけど……お姉ぇちゃん、笑ってたんだ。
 この前のテストの点数で負けちゃったんだって。お姉ぇちゃん、その事を自分のことのように喜んでた。でもね、最後は怒るの。私より点数高いなんて生意気!って……ホントに楽しそうに男の子のことを話すの」 
 「やめろ!」
 声を荒げ、俺は女の子の声をかき消した。
 「ママ、お姉ぇちゃんが……」
 それでも、女の子はやめない。
 止めろ。なんで、それをママって呼ぶんだ。それはママじゃない。もう、人間じゃない。
 「もう、死んでるんだ……」
 女の子はそれを揺さぶる。
 ────血。
 足元は血で一杯だった。
 これ、全部。アレから流れ出た血なのだろう。ははっ、そうか。
 そうか、アレは死んでるんだ。そうだ、死んでるんだ。
 女の子は母親の死を理解できていない。
 母親だったそれを、まだ、母親だと思っている。
 駄目だ。それじゃあ、駄目なんだ。
 「誰か……助けてくれ…………」
 「おい、誰か!誰か!」
 「パパ!ママ!」
 「────」
 耳を澄ませば聴こえてくる。
 悲鳴、叫び。助けを求める声。
 そして、それは増え続ける一方で。徐々に消えていく。
 いや、正確には消されているか。
 「行こう、ここは危険だ」
 「やだ……ママ、ママも連れて行って」
 「無理だ。もう、それに。もう、それは君のママじゃない」
 「ママだよ、私の。
 私のママだよ!」
 女の子は母親だったものに抱きつく。
 冷たくなった肉の塊。流れ出るおびただしい血の量。それを見て、俺はどうとも思わなかった。
 苦しい、とか。悲しい、とか。
 そんな人として当たり前の事を思えなかった。
 あぁ、俺はあの頃から何も変わっていないのだろう。
 だから、この今の光景を昔と重ねてしまうんだ。
 泣きわめく女の子に、俺は何もしてやれない。
 「じゃあ、君はここに残るの?」
 「……」
 「君のママは、君に生きて欲しい。そう思ってるはずだ」
 「……」
 「君は、ここで死にたいの?」
 「……」
 女の子は黙り込んだ。
 なら、もういいや。俺に出来ることは何も無い。
 立ち去ろうとする、その時だった。
 「……死にたくない」
 女の子はそう呟いた。
 「なら、ここから離れよう。まずは安全な所まで逃げるんだ」
 手を差し伸べ、笑顔を作る。
 女の子は俺の手に触れる────はずだった。
 
 ────────ペチャッ。
 
 俺の目の前から、女の子が消えた。
 代わりに俺の足元にはボールのような物が転がっていた。
 「あ、」
 俺はそれの存在を瞬時に理解した。
 そのボールのような物にはさっきの女の子が付けていた髪留めが付いており────いや、これってあの女の子の頭だよね?
 「……なんで、」
 さっきまで生きていた。
 俺の手に触れていたその手は一体何処に行ったんだ?
 なんで、女の子の頭が、俺の足元に転がっているんだ?
 そして、なんで、俺は────「冷静」なんだ。
 ここは恐怖する所だ。ここは泣き叫ぶ所だ。そんな場面で、俺は何故……無言で立ち尽くしているんだ。この女の子は生きようとしていた。そして、それを俺は助けようとした。そのはずだ。それなのに女の子は頭だけになっていて俺はそれを見下ろしている。女の子は俺を見つめていた。希望を得たその瞳は俺を見ていた。俺はその瞳を見て……何も思わなかった。
 何も感じなかったのだ。
 俺は生きている。
 女の子は死んだ。
 何故、死んだ?
 何故、生きようとした女の子が死んだ?
 さっきまで生きていた。生きようとした生きようとしていた女の子が何故?何故?
 解らない。
 分からない。
 判らない。
 でも、責めて。頭だけでも。
 「これなら、寂しくないよね」
 俺は女の子を母親だったそれの近くまで運び、隣に置いた。
 「ごめん……こういうの、解んないんだ」
 目を閉じ、両手を合わした。
 「ごめん。俺、行くから」
 そう言って、俺は走り出した。
 クーデリアの元へ。母さんの元へ。
 自分が、さっきの女の子みたいになる前に俺は走る。
 死にたくない。生きて、母さん達に会いたい。そう願って走る。
 生きる為に。母さん達と生きる為に。
 ……。
 …………。
 ────ガガガッ。
 響き渡る銃音。その音は大きく、普通の銃の発する音ではない。それはモビルスーツのライフルの発射音だ。
 ギャラルホルン 最新鋭機«グレイズ・マイン»
 グレイズフレイム採用型。グレイズの上位互換とも言えるギャラルホルンの主力モビルスーツだ。
 見た目はグレイズフレイム«グレイズ»と殆ど変わらず、特質した点はない。あるとすればグレイズフレイムの特徴である汎用性だ。元から汎用性の高いグレイズを更に強化し、どんな状況下でも活動できるモビルスーツとして開発された。武装も、グレイズの物とさほど変わらず、威力を上げたライフルと近距離用のアックスのみ。
 遠距離ならライフルで応戦し、近距離ならアックスを叩き込む。市街地でのモビルスーツ戦用の装備だ。市街地では逃げ遅れた民間人や建物の損害を極力避ける為に威力の低い武装を装備する。かといって、それで戦闘に負けてしまっては意味がない。
 故に、状況によっては«空»からの援護射撃で迎撃する効率の良いシステムで戦いを行う。
 だが、それはモビルスーツを相手にする場合での話だ。
 荒れ狂う鳥のような形をした何かは暴れ回る。
 人間を積極的に攻撃し、虐殺する。
 そして、その鳥もどきの動き方も計算されていた。
 鳥もどきはモビルスーツの射線上に生きた人間を入れることで攻撃を回避しているのだ。
 生きた人間を見殺しに出来ないギャラルホルンのモビルスーツパイロットは何の手出しもすること無く、その光景をたた、ただ見ていることしか出来なかった。
 ………………。
 ……………………。
 …………………………。
 走れ────走れ。
 悲鳴は無視しろ。振り返るな。前だけ見て走れ。
 耳を塞げ、そうすれば何も……聴こえない。
 今はクーデリアの元へ走れ。一緒に逃げて、母さんと三人でご飯を食べるんだ。だから、振り返るな。前だけ見るんだ。助けを求める人達の声なんて無視しろ、火に炙られ焼ける人間なんて見るな。今は走れ、生きる為に走れ。
 だから────立ち止まるな。
 「見てない、見てない。
 助けてなんて聴こえない。殺してくれなんて聴こえない。俺はそんなの聴いてない。俺はクーデリアと一緒に帰るんだ。母さんが家で待ってるんだ。そうだ、俺はクーデリアと一緒に家に帰って母さんの作ったご飯を食べるんだ。たわいない会話をして、家族の時間を過ごすんだ。そう、今日は家族三人で過ごせる貴重な日なんだ。少しでも早く帰らないと駄目なんだ。
 駄目なんだよ。帰らないと……こんな所に居ちゃ駄目なんだ。生きて帰って、俺は。俺は────」
 「アカツキッ!」
 その声は俺の冷たい心を揺さぶった。
 視線の先、そこに立っていたのはクーデリアだった。
 「クーデリア……」
 良かった。無事だったんだ……。
 「なんで、こんな所に……アトラは一緒じゃないの?」
 「母さんは家で俺達の帰りを待ってる。クーデリアの好物を沢山、作って待ってるんだ」
 「アカツキ……?」
 「だから、帰ろう。ここは危険だ。ここに居たら、あの鳥みたいな奴に殺される────」
 俺は抱きしめられた。
 「クーデリア……?」
 「大丈夫、大丈夫よ。貴方は死なない。私が守ります。だから、そんな顔をしないで」
 そんな顔って……。俺は、半壊した店の硝子に映った自分の顔を見てしまった。
 その表情は、あの時と同じで「笑っていた」
 こんな状況なのに、俺は笑っていたんだ。
 「ここは危険です。ここを右に行けば地下シェルターがあります。そこまで行けば大丈夫、きっと助かります」
 クーデリアは俺の手を引っ張り走った。
 そして、奴はそれに気付いた。
 ────ドンッ!!!!!!
 爆発に似た着地音。その衝撃で、俺とクーデリアは吹き飛ばされた。
 粉塵舞う、周囲一帯。あまりの衝撃に俺達の立っていた足場は大きな穴が空いており、あのままそこに居たら今頃、俺達は……。考えるだけで、悍ましい。
 「クーデ……リア」
 俺とは違う所に吹き飛ばされたのか、姿が見えない。
 ツゥッ────足が、痛い。
 さっき吹き飛ばされた衝撃で右足を痛めたようだ。歩けるけど、激痛でうまく動かせない。折れては……いないようだ。
 両腕は……動く。頭痛もしない。
 足だけ、なら問題ない。今はクーデリアを探すんだ。
 さっきのデカブツの姿は見えない。
 俺達を殺したと勘違いして、何処か別の所に飛んだのだろう。
 そして、人を殺す。
 あのデカブツが戻ってくる前にクーデリアを探し出すんだ。そして、クーデリアの言っていた地下シェルターに逃げよう。
 そうすれば……助かる。俺達は、助かるんだ。
 「クーデリア……」
 右足を引きずりながら歩く。
 壁を使って、ゆっくりと一歩ずつ確実に進む。
 そして、クーデリアを見つけた。
 「クーデリア、クーデリア、」
 建物の瓦礫の上で倒れてる。
 見たところ怪我はない。
 吹き飛ばされた時に頭を打って気絶したのだろう。息もしている……生きてる。
 「クーデリア、起きて。ここから逃げるんだ」
 返事はない。揺さぶっても起きない。
 このままじゃあ……。弱気になるな。今は生きることを優先しろ。クーデリア一人くらいなら、なんとかなるはずだ。
 そうだ。俺は、俺達は生きるんだ。
 「クーデリア……行くよ、」
 クーデリアの体を起こし、腕を肩に掛ける。
 ……重い。でも、歩ける。
 足が震えて、うまく歩けない。
 それでも、歩ける。
 「大丈夫、俺達は……大丈夫」
 不思議と右足の感覚が無くなってきた。
 痛みも薄れてきた。これって、症状が悪化してきたのが原因なんだろうけど今は助かる。足が勝手に震える……それでも、クーデリアを連れて歩けるなら問題ない。
 「「「「「「────」」」」」」
 響き渡る悲鳴。
 うるさい。
 うるさい。うるさい。
 うるさい。うるさい。うるさい。
 耳障りだ。耳を塞いでも、この声達は俺の頭に残り続ける。
 ────助けて。
 ───死にたくない。
 ──この子……だけでも。
 ───────誰か……。
 ──────父さん……母さん。
 ────────────痛い。
 ────……嫌だ。嫌だ。嫌だ。
 ────────……恐い。
 色んな声が、俺の頭の中を「胸」の中で響き渡る。
 止めろ。そんなの、俺にどうしろっていうんだ。
 無視しろ。これまで、俺は無視してきたじゃないか。
 助けを求める人達の声を、手を無視してきた。それなのに今さら……俺にそんな義理はない。助ける必要なんてない。俺はあの人達の事なんて知らない。
 目を瞑れ、何も視界に映すな。
 俺はクーデリアを助けるんだ。
 それだけって手一杯なんだ。だから、もう────止めてくれ。
 足が、止まった。
 動け。ここで立ち止まるな。
 ここで立ち止まったら、ここまで来て止まったら俺は一体、何の為にここまで来たんだ?
 クーデリアを、母さんを探し出し助け出す為に。俺は……一体どれほどの人達を犠牲にしてきた?
 救いの手を求めて、必死に伸ばしてきた手を無視した意味をここで喪ったら……俺は。
 
 ────もう、嫌だ。
 
 「……諦めるかよ」
 考えるな。歩き続けろ。
 俺は、クーデリアを助ける。
 今は、それだけを考えろ。それだけを考えるんだ。
 足を前に踏み出せ。ここで立ち止まるな。後ろを振り返るな。前を見ろ。
 それでも、聴こえてくる断末魔。
 聴き続けろ。そして、忘れるな。
 瓦礫の下敷きになった少年。
 それを助け出そうとしている中年の青年。
 俺の目の前で死んだ女の子。
 そうだ、思い出せ。そして、忘れるな。
 今、俺が見ているこの地獄を脳裏に焼き付ける。
 人が死んでいく。
 圧死。
 窒息死。
 焼死。
 周囲に転がっている人間だったそれを。
 助けられた救けられなかった命を俺は忘れない。
 俺はクーデリアを救うために、他の救えた人達を犠牲にした。一人の人間を救うために大勢の人間の生命を犠牲にしたんだ。呪われても、憎まれても仕方ない。でも、それでも……俺はクーデリアと一緒に生きるんだ。
 生きて、母さんの所に帰るんだ。
 その為ならなんだってする。生きる為なら、なんだってしてやる。
 俺は────。
 
 ────生きるんだ。
 
 ……ここが、クーデリアの言っていた。
 もう、声も出ない。
 体力を使い切った。足も震えて動かない。
 あと……少し。ほんの、少しなんだ。
 あと、もう少しで────。
 
 そこで、俺の視界は途絶した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「────アカツキ、」
 
 誰の、声だろう。
 男の声だ。それも一人じゃない。
 複数人の男の声。なんか、身体が揺れてる。
 「おい、起きろ。
 アカツキ。アカツキー」
 「そんな乱暴に起こすんじゃねぇよ。コイツはここまで議長を担いで来たんだ。もっと丁重にだなぁ……」
 「そんな事、言ってる場合かよ。
 今は怪我人を運ぶのを優先しねぇと……ここもいつ狙われるか分かんねぇだからな!」
 「分かってる!でもな、焦っても状況は変わらねぇ。今は冷静になれ、コイツは俺が運ぶ」
 「……分かった。でも、起きたら一人で歩かせろよ。議長は気絶したまんまだからその間にやらないといけない事が────」
 「分かった。それも任せろ」
 身体が浮いた。
 「まずはこっから離れる。
 んんで、ドックに向かうぞ」
 「ドック……?
 おい、まさか!?」
 「モビルアーマーに対抗するにはガンダムフレームしかねぇ。アレならあのデカブツをぶっ壊せる」
 「待て!
 忘れたのかよ。ミカヅキがモビルアーマーとやりあった時をよぉ!」
 ────ミカヅキ……?
 俺の父さんの名前だ。
 「忘れる訳ねぇだろ。
 あぁ、アイツはあの鳥野郎のせいでああなったんだからな」
 「なら!」
 「心配するな。今の«バルバトス»に阿頼耶識は搭載さてねぇ。ギャラルホルンで開発された擬似阿頼耶識システム«リンカー»システムってのを乗っけてる。それさえ使えれば俺だって戦える……はずだ」
 「でもよぉ……お前。
 足が震えてんじゃねぇか!」
 「こ、これは武者震いだ!」
 「強がんなよ。無理もねぇ……アイツは化物だ」
 「でも、誰かがやんねぇとだめかなんだ。俺は「副団長」として責任を取らなきゃなんねぇんだ!」
 
 「それ、俺がやるよ」

 「「!?」」
 
 ん? なんで、そんなに驚いてるの?
 二人のオッサンは俺の顔を見て唖然していた。
 「お前、起きてたのか……」
 「さっき、起きた」
 「話、聴いてたのか」
 「途中からね。あのデカイのモビルアーマーって言うんだね。で、それに対抗できるのが、ガンダムフレームってヤツでしょ」
 「「…………」」
 「その、ガンダムフレームってモビルスーツなんでしょ。俺に乗らせてくれ」
 「ば、バカ言うな!
 アレは子供のお前に使える代物じゃねぇ!」
 「そんなの、やってみないと解んないよ」
 「それに……お前。
 その足でどうやってモビルスーツを操縦すんだよ」
 金髪のオッサンは俺の右足を指でさす。
 あれ。なんか包帯でぐるぐる巻にされてる?
 「骨は折れてねぇ。筋肉の筋が切れかかってるだけだ。でもな、モビルスーツに乗ってドンパチすりゃあ……お前の足は使いモンにならなくなんぞ」
 「いいよ、その時はその時」
 「ッ!バカ野郎!
 お前も!ミカヅキも!なんでそんなに自分を犠牲にすんだよ!」
 「知らないよ。てか、降ろして」
 金髪のオッサンは「チッ」と舌打ちし、俺を降ろす。
 「ねぇ、俺はどうすればいい?」
 「は?」
 「アイツはどうやれば倒せるの?
 弱点は?行動パターンは?武装は?」
 「んなの……教える訳、」
 「ねぇ、」
 「……」
 真っ黒オッサンと金髪オッサンは俺を見て悲しそうな顔をした。
 「お前……ホント、ミカヅキそっくりだな」
 「見た目もそうだけど。
 性格もそっくりとは思わなかったぜ」
 「知らないよ。それより、今はあのデカブツを倒す方法を教えてくれ」
 金髪オッサンは重たい溜息を付き。
 笑顔で俺の体を持ち上げた。
 「歩けるよ」
 「関係ねぇ。お前を運び出すんだ、こっちの方が楽に決まってんだろ」
 「だから、俺はアイツを────」
 「お前をドックまで連れて行く」
 そう言って金髪のオッサンは走り出した。
 「時間がねぇ。手短に説明するからちゃんと頭に叩き込め!」
 「ユージン!」
 真っ黒なオッサンは大声で金髪のオッサンの名前らしき言葉を叫んだ。
 「今の俺はユージンじゃねぇ。
 火星連合議長 補佐官«ジーンナ»だ!」
 
 「でもな、やっぱり俺は鉄華団 副団長のユージンなんだよ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 

 
後書き
(//・_・//)カァ~ッ…やっぱり、ユージンはユージンだぜ! 
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