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DOREAM BASEBALL ~ラブライブ~

作者:山神
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戦友は今・・・

ゆっくりと閉じられていた目を開いていく。開かれた視界に入ってきたのは、シミ一つない真っ白な天井。

「おはようございます」

まだ眠たげな目をパチパチと動かして瞳孔を合わせている青年に、カーテンを開けている看護婦が挨拶する。彼もそれに適当に答えると、ゆっくりと体を起こしていく。

「体調はどうですか?」
「特には・・・」

寝癖のついた髪の毛を掻き、普段通りの髪型へと戻す。それから大きく背伸びをすると、明るく病室を照らし付ける窓の外を見つめる。

「今日もいい天気ですね」
「そうですね・・・」

関心のないような声のトーンで、ただボーッとしている彼を見た看護婦は、空気を読んで席を外すことにした。

「・・・」

ただ外を眺めるだけの時間が流れていく。しばらくして何か行動を起こそうと思い立った彼は、リモコンを手に取りベッドの隣に備え付けられているテレビを付けることにした。

『プロ三年目の綺羅、今季三回目となる完封で両リーグ最多となる17勝目を上げました』

テレビを付けた瞬間、耳に入ってきたのは、聞き覚えのある名前に目を奪われる。その映像の人物を見て、かつての球友だと知り、ため息を漏らす。

「光の奴、頑張ってんだな・・・」

昨日の活躍を映し出される投手の姿を見て、彼がどれだけ練習に取り組み、上を目指しているのかが容易に想像できる。

『綺羅投手は防御率でもリーグトップとなる――――』

若き雄の活躍をこぞって取り上げるメディアだが、彼は続きを聞くことなくテレビを消すと、松葉杖を手に取り部屋を出る。
部屋の外に出たのはいいが、朝早いこともあってすれ違うのは看護婦や俺のように退院の近づいている者ばかり。なので、特に会話をすることもないし、この時間では売店も開いていない。

(屋上でも行ってみるかな)

入院している期間が短いのもあるが、まだ病院の屋上というものにいったことがない。今日は天気もいいようだしと、前々から気になっていたその場所へと彼は足を進めてみることにした。

「つっても、やっぱ何もないよな」

わかっていたことではあるが、たどり着いたその場所にはやはりこれといったものがない。かろうじてベンチがあるが、分煙化が進んでいる今の世の中では、喫煙スペースがあるわけでもなく、ただ広い空間が存在しているだけだった。

「はぁ・・・」

だが、誰もいないというのは好都合だった。青年はベンチに腰掛けると、夏も過ぎ暑さも和らいでいる太陽の光を浴びつつ、物思いにふける。

「あの時俺も、プロになるべきだったのかな」

三年前のあの日、今では遠くに行ってしまった友からの誘いを断ったことを思い出す。

『え!?お前志願届け出さないの?』

信じられないといった表情で、俺の下した結論に耳を疑う青年の顔。彼にその後幾度となく説得されたが、俺は答えを変えることはなかった。

『悪いけど、今プロになるわけにはいかない』

最後の夏の大会を終えた俺は、ある理由からプロ野球の道へ進むのを拒んでいた。四年間の猶予をもらい、また決心がついた時、迎え入れてくれるチームがあればプロに進もう。そう思っていた・・・しかし・・・

『この足では、野球はもう無理だ』

すぐに治るだろうと思っていた。クロスプレーなんか今まで何回も何回も経験していたし、接触してケガしたこともある。それなのに、今回のケガは、今までのものとは比べ物にならない大きなものだったらしい。

『この足じゃ全力疾走なんかとてもできません。痛みに耐えられないと思いますよ』

来年には最高学年となり、主将を任されることがほぼ決まっていた。それだけにチームに与えた影響は大きかったし、彼自身もいまだに切り替えができずいた。

『お前が来る頃には、手の届かないところにいるかもよ?』
『上等だよ。すぐに追い抜かしてやるからな』

「本当に手の届かないところに行かれたな」

どんどん階段を駆け昇っていく背中に、顔を背け降りていったかのような、そんな感覚に襲われる。二度と果たすことのできない約束が、ひどく胸を締め付けた。

「くそっ!!」

立ち上がり、フェンスを掴み声を上げる。かつて下した判断に対する後悔と、自分の無力さに対する苛立ちが、それには込められていた。

「あいつもこんな気持ちだったのかな・・・」

脳裏を過る高校時代の一人の友の姿。あの時の彼も、こんな絶望のそこにいたのかと思うと、ますます心が荒んでくる。

(これからどうするかな・・・)

大切な物を失い、人生の全てを捧げてきただけにショックは計り知れない。激しい喪失感の中、これからのことをシミュレートしてみる。

(教員免許は取れそうだし、教師にでもなるか?)

勉強も程よくやっていたおかげで、安定した職業に就くこともできる。しかし、果たしてそれが最善なのか、わからずにいた。

(やりたいことってわけでもないし・・・)

元々プロ野球に進んでいく予定だっただけに、その計画が崩れたことで気持ちが下を向いている。今は何を考えようとも、ネガティブ思考にしかなり得ないのに、彼はそれに気付かず、答えを見つけようともがく。

「ふぅ・・・」

しかし、出てくるのはため息ばかり。簡単に答えなど、出るはずもなかった。

(もういっそのこと・・・ここから・・・)

フェンス越しに地上を見下ろし、あらぬ考えが頭を過る。それは本来の彼なら選ぶはずのない選択であったはすだったが、冷静さを失っている今の状態では、正しい判断をすることができなかった。

ガシャッ

金網に両手をかけ、昇っていこうとする。足が負傷しているため、なかなか進めずにいたが、やっとの思いでフェンスを乗り越えようとした時・・・

バタンッ

屋上の扉が勢いよく開かれた。

「ハラショー!!」

金色に輝くサラサラの髪をなびかせながら、頬を赤らめて走り寄ってくる少女。彼女がなぜそんなに興奮しているのかわからずにいた。

「東日本学園の天王寺さんですよね!?」
「うおっ」

昇りきろうとしていたところから無理矢理地面へと引き摺り下ろされ、お尻から落下する。そのダメージに痛む部位を擦っていたが、目の前の少女はお構い無しだ。

「甲子園で優勝した東日本学園の天王寺剛(てんのうじごう)さんですよね!?」

目を輝かせ何度も同じ問いをぶつけてくる少女に圧倒される。何がそこまで彼女を興奮させているのか、その時の彼にはわからなかった。

「そうだけど・・・」

東京都の野球名門校、東日本学園高校。部員数は各学年最大20人と決して多くはないが、その大半が学校側からの推薦を受けたエリートたちで構成されていることもあり、常に上位に進出する強豪校として知られている。
中でも三年前、日本一に輝いた“高校野球史上最強”と称されたチームを率いていたのが、この物語の主人公、天王寺剛なのである。

「ハラショー!!こんなところで会えるなんて!!感激です!!握手してください!!」

許可を得る前にすでに手を握っていた少女だが、それくらいいいかとされるがままでいる。しかし、握手した際に彼はある違和感を感じ取った。

「君、野球してるの?」

手が普通の女の子よりも固かったように感じた彼は、まさかと思い聞いてみる。すると、少女は嬉しそうにパッと笑顔を浮かべる。

「わかりますか!?亜理沙、野球が大好きなんです!!」

なぜ三年も前の選手を知っているのか疑問だったが、それを聞いて納得する。野球をこよなく愛しているのなら、ある程度話題になった人物のことを把握していても不思議はないからだ。

「なんでこんなところに・・・」

俺と同じように患者の着る衣服に身を包んでいる彼女だが、どこかをケガしているようには見えない。かといって病気でも患っているのかとも思えないほど健康そうな肌色だし、なぜこんなところにいるのか、青年は疑問に持った。

「今回は検査入院なんです!!明日には退院するから、天王寺さんに急いで会わないとって思って!!」

少女は看護婦から青年が入院していることを偶然聞いたらしく、探し回っていたところで屋上にたどり着いたらしい。ただ、それよりも彼は検査入院という単語が引っ掛かった。

「病気だったの?」
「いえ!!頭にボールを受けちゃって・・・」

金髪の彼女は投手だったのだが、一年ほど前の試合でピッチャー返しを頭部に受けてしまい、その当時入院していたらしい。それから数週間で退院したのだが、中学に上がったそのあとも体調が崩れることが多々あり、その原因を調べるために再度入院しているらしい。

「せっかくお姉ちゃんが入ってたシニアに入れたのに・・・練習にも行けなくて・・・」

悲しそうな少女の姿を見て、思わず今の自分と重ね合わせてしまう。大好きなものをできない悔しさは彼も、彼女も同じだった。

「でも!!天王寺さんに会えてよかったです!!亜理沙の目標の人だから!!」
「俺、キャッチャーなんだけど」

ポジションが違うのに目標にされるのは、妙な気分になってしまう。喜んでいいのか、はたまた別の反応をすればいいのか。

「目標です!!いつか亜理沙のボールを、天王寺さんに受け止めてほしいんです!!」
「そういうことか」

自分とバッテリーを組んでほしいから、そういう意味での目標とされていることを知り、嬉しくなる。こんな年下の子にまでそう思ってもらえることは、人ならば誰でも喜ぶであろう。

「絢瀬さん!!ここにいたのね」

喜びに浸っていると、扉を開き一人の看護婦が入ってくる。彼女はどうやら目の前の少女を探しに来たらしく、目的の人物を発見できて安堵しているようだった。

「検査の時間だから、戻りましょ」
「は~い」

手を引かれ、病室へと帰っていく少女。しかし、彼女は言い残したことがあったのか、立ち止まると青年の方を振り向く。

「天王寺さんもケガ!!早く治してくださいね!!絶対に亜理沙のボール受けてくださいね!!」
「あぁ」

特に約束をしたわけではなかったのに、いつの間にか決まってしまっていた取り決め。拒否権などなく返事をするしかなかった青年に笑顔を見せた後、少女は屋上を後にした。

「行っちゃったな」

台風のように現れて、去っていった少女。取り残された青年は沈んでいた自分がバカらしくなり、苦笑いを浮かべる。

「リハビリ頑張るか」

果たされることがあるとは思えないが、結果的に元気付けられた少女との約束を胸に病室へと帰っていく天王寺。その翌日も退院の挨拶へとやって来た少女に圧倒された彼は、その出会いをきっかけに今までとは別の道を歩むことになるとは、まだ知らなかった。


 
 

 
後書き
亜里沙がヒロインになりそうな始まり方ですが、くっつく予定はありません。剛くんは野球バカなので・・・ 
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