ULTRASEVEN AX ~太正櫻と赤き血潮の戦士~
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3-4 出撃!花の華撃団
前書き
まだ今回は戦闘の直前までです。次回、大神さんたちと変身したジンの共闘を執筆します。
「米田ジン、呼び出しを受けてまいりました」
「おお、来たか」
支配人室に入って敬礼するジンを、米田は歓迎した。
「どうだ?大神の奴は」
「……」
米田からの問いかけに、ジンは無言だった。表情も険しい。米田はそれを見て尋ねてみる。
「おぅ、どうした?大神の奴が俺に対して文句でも言ってきたか?」
「…ええ」
「ほぉ、大当たりってわけか」
自分が悪く言われているのを予測しておきながら、ジンの不機嫌な顔を見て米田は笑っていた。
「米田さん、自分がどういわれているのかもわかっててあんな…」
この帝劇が、魔の存在から人々を守る組織『帝国華撃団』の本部であることを隠す。その理由は大神が真にこの帝劇を愛せるかを見極めるための措置だが、軍人として堅物すぎる彼がこちらのことを誤解するのは目に見えていた。理解したうえでやっていたのか、そのつもりでたずねようとすると、米田は笑ったまま答える。
「馬鹿、部下の文句や悪口の一つや二つ、いちいち気にしてたら軍人何ざやっていけるわけねぇだろ」
いわれてみればそのとおりだが…ジンは誤解したままとはいえ米田を悪く言われたことが気に食わなかった。
「ま、んなことより…あいつは他に何か言ってなかったか?」
「近いうちに、帝劇を辞めると」
「辞めるぅ?」
耳を疑ったのか、米田は呆れたような声を出す。
「当てはないと言ってましたが、海軍のつてをたどって身の振り方を考えるおつもりのようです」
「ったく、敢えて何も知らせてなかったとは言え、海軍首席卒業のくせして馬鹿だねぇ。他になにか言ってなかったか?」
「他に、ですか?」
「おう、この帝劇のことについての不満とかだ。つまらねぇプライドでも口にしてたんじゃねぇか?」
米田は話を聞く限り、大神が残念ながら花組の隊長として、最も持っておかなければならないものを持っていなかったと、捉えつつあった。
ジンもそう思えてきた。あの人では…と思いかけたとき、思い出した。ひとつだけ、彼が好感を持てるような言葉を口にしていたはずだ。
「一応、この帝劇のみんなが安心して舞台に励むことができるようにするためにも、とおっしゃってました」
「ほぉ…」
それを聞いて米田は、さっきと打って変わってほくそ笑む。それを聞きたかった、とでも言いたげな満足げなものだ。
「それより、米田さん。僕に何か用があったんじゃないんですか?」
「おっと、そうだったな」
わざとらしく気を取り直す言葉をいい、改めて米田はジンに向き直った。
「これから大神の歓迎も兼ねて花見の下見に行ってもらおうと思ってんだ」
「迎え入れるんですか?あの人、辞めるつもりなのに」
「辞めさせるかよ。この帝劇をなんだかんだで、大事に思ってくれていることがわかったし、なにより俺たちは次の戦いで戦禍を出せなかったら解散命令が下される。辞表を出してきやがったらその場で破り捨ててやるぜ」
米田はどこか意地の悪い笑みを見せてくる。その顔を見てジンは、悪い大人の顔をしていると思った。大神にあえてこの帝劇の秘密を隠したのも、大神をいじってやろうとでも思った意図があるのではと疑わされる。
しかし大神が、米田とあやめが求めていた、霊力を扱える男性にして海軍を首席で卒業するという貴重な人材なら、本人が辞職を希望しても手放したくない。帝都の危機はそこに生きる人たちの共通の脅威だというのに、いまだ自分たちの財産の心配ばかりする賢人機関のために解散命令を下されるなんて、とても許せる話じゃない。
「それはそうと、お前はこれから上野公園に行け。お前が大神とさくら、あの二人と始めて会った場所だ」
「あそこか…」
椿と一緒に大神とさくらの二人と出会った、あの公園か。桜の木々がとても綺麗に、かつ満開に咲いていた場所だ。花見の場所としてはちょうどいい場所だ。
「場所はもうわかるな?」
「大丈夫です。記憶がないからって、物覚えが悪いわけじゃないですから。
それじゃ、行ってきます」
上野公園は、大神とさくらの二人と出会ったときと同じく、満開の桜であふれていた。まだ緑化も進んでおらず、風に吹かれて散っていく桜吹雪が美しく、見るものすべてを魅了する。あの時、脇侍が現れて大騒動になったのが嘘のようだった。
すると、足元に一個の丸い鞠が転がってきた。子供たちが転がしてきたものが来たのだろう。ジンはそっとそれを拾うと、幼い少年が彼のもとに駆けよってきた。この子のものだろう。彼は黙ってその鞠を手渡した。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
少年はジンにお礼を言って走り去っていき、ジンは手を振ってその子を見送った。
少年は友達と思われる他の子供たちと合流すると、きゃっきゃっと騒ぎながら走り回って友達同士で遊び始めた。それを見て自然とジンは微笑みを浮かべた。
そういえばあの時、トラと呼ばれた子供を庇おうとした自分は赤い巨人の力の片鱗を発現させて脇侍を退けたが、大神とさくらの二人がいなかったらまずかったかもしれない。
米田のことを悪く言われて頭に血が上っていたかもしれない。あの人は純粋に、誰かのために頑張りたかっただけだ。それだけに、大神の器を見極めるためにあえて嘘をついた米田に対して怒りたくなるのも、考えてみれば何も知らされなかった彼の立場から考えてみると当たり前のことだ。
(帰ったら謝っておこうかな…)
米田に対しては強く恩を感じているだけにあの時は大神に対してもつい苛立ちを感じたが、それはお門違いだと改めて思い、ジンは戻ったら大神へ謝罪することにした。
…と、今は下見に来ていたんだったな。気を取り直して彼は、花組の皆が花見を楽しめそうなスペースを探し回る。
「うわっ!」
「おう!?」
ふと、それを探し回るのに集中するあまり、前を見るのを怠った彼は前にいた誰かとぶつかってしまう。
「す、すみません!」
「いえ、こちらこそ…」
咄嗟にジンは目の前にいる人物に謝罪する。ふと、彼は違和感を覚える。目の前の人から発せられた声に聞き覚えがあった。
その顔を見て、ジンは目を見開く。相手の人物もまた、少し驚いたようにジンの顔を見返していた。
「あなたは、あの時の!」
「君は確か…!」
ジンがぶつかってしまった人物、それは以前、デビルアロンと交戦する前に出会った美青年、ルイスだった。
「大神さん、この帝劇をお辞めになられるって本当なのですか!?」
一方、帝劇では大神が帝劇を辞職するという話を聞いて、さくらたち花組が彼の元へ問い詰めに来ていた。
「…ああ、近いうちにここを出る」
大神は言いづらそうに肯定した。
「お兄ちゃん、そんなのだめー!」
アイリスが大神の辞職に対して猛反対する。
「少尉、辞職とはずいぶん急すぎませんこと?」
すみれが大神を細い目でじっと睨みながら問いかけてくる。それに同調してか、マリアも快くない視線を大神に向けた。
「モギリが軍人の仕事ではないとでも考えたのですか?詰まらないプライドだとは思わないのですか?」
大神は首を横に振る。
「プライドとか、もはやそんな問題じゃない。降魔や怪蒸気の脅威がすぐそこまで迫っている。それなのに、何もしないままここでモギリをやっているようでは何も守れやしない。
マリアの言うとおり俺だって軍人だ。噂の赤い巨人に頼りきりになんてできない。
だから、少しでも可能性の見える道を行きたいんだ。君たちが、安心して舞台を帝都の人々に見せられるように」
「大神さん…」
その言葉自体は嬉しい。マリアが指摘したような理由でここを出るというわけではなく、彼なりにこの帝劇を思っての決断なのだとは理解した。だが、それでもここにいてほしいという願いが、この時のさくらとアイリスの中にあった。
「…すまない。もう決めたことなんだ。みんなと別れるのは辛いが、このまま行かせてくれ」
だからさくらは、実はこの帝劇が大神が赴任する『帝国華撃団』の本部なのだと伝えようとした。
「でも大神さん、ここは大神さんが望んでいた…」
「さくら!!」
しかしそれを、マリアが遮ってしまう。その声に驚いてさくらはビクッと身を硬直させ言葉を途切らせる。そして鋭い視線を向けて『それ以上は言ってはいけない』と目で伝える。
「で、でもマリアさん…米田さんにとっても…」
だが大神がここを抜けることは、この帝国華撃団としてはあまりに痛手だ。それでも、もう伝えるべきではないのか?さくらは目で訴え返す。
「さくら君、マリア…?」
何か言いたいことでもあるのだろうか?二人が何を伝え合っているのかわからない大神。
米田の名前を口にしていたが…。ふと、米田の名前を聞いて大神は、さっき自分に殺気立っているような視線を向けてきたジンの顔を思い出す。
「みんな、少し…聞いていいかい?」
皆が大神のその一言につられ、彼に注目する。
「ジンから聞いた。米田支配人は、かつて降魔戦争で最前線に立っておられたと。
なのになぜ、生粋の軍人だった米田中将が、ここで支配人をやっているんだ?あの人ほどの軍人なら、たとえ退役したとしても…ここで劇場の支配人として留まるなんて、呑気すぎると思うはずだ。いつどこから襲ってくるかわからない以上、降魔の脅威だってこの帝劇にとっても無関係じゃない。なのになぜだ?」
「それは……」
その問いに、さくらたちは口ごもる。米田からの口止めが解かれていない以上、離すことはできない。しかし大神は、彼女たちが何かを隠していることを確信した。
「答えてくれ。君たちは何を知っている?俺に何を隠しているんだ?」
その時だった。
帝劇の館内に、激しい警報が鳴り響いた。
「こ、この警報は…!?」
突如帝劇内を響き渡る警報に驚いた大神は周囲をきょろきょろと見渡す。火事でも発生したのだろうか。さくらとアイリスは大神に問われた途端に言いづらそうにする。実はこの警報は、帝都に魔の手が忍び寄ったこと、それに対処すべく帝国華撃団召集命令が下されたということだ。だがまだ、米田から明確に秘密解禁の命令が下されたわけじゃないから、二人は返答に困らされた。
一方で、警報を聞いた途端にすみれとマリアの二人が真っ先に二階の方へ駆け上がっていく。
「ふ、二人ともどこへ!?」
驚く大神だが、二人は見向きもせずに二階へ姿を消していく。すると、さくらとアイリスも目つきを変えて大神の服をつかんできた。
「さくら、お兄ちゃんを連れて行っちゃおうよ!」
「そうね、すみません大神さん!ちょっと強引ですが、着いて来てください!」
「え!?ちょ…うわ!!」
待ってくれ!と叫ぶ間も与えられず、大神は強引に二人に引っ張られていく。マリアとすみれの二人が駆け上った二階の、花組の面々が使っている私室の廊下の奥。そこへたどり着くと、奥の壁が上り、8つのダストシュートが着いた隠し部屋が露わになる。
「こんなところに隠し部屋が!?」
「ほら、大神さん!驚いてる場合じゃありません!」
「早く早く!」
「うわああああああああああ!?」
驚く大神をそっちのけに、さくらとアイリスは大神の目の前のダストシュートのふたを開き、そこへ大神を無理やり放り投げて行った。大神が落ちたのを確認すると、さくらとアイリスもそれぞれ別のダストシュートへと飛び込んでいった。
「そうですか、ジンさんは花見の下見のためにこちらへ来られたのですね」
「はい。新しい隊長が赴任したので、その祝いを兼ねて」
「新隊長ですか…私も聞き及んでいます。確か海軍出身の方で、大神一郎という方だとか」
同じころ、ジンとルイスは上野公園の桜並木の道を共に歩きながら互いに話していた。
ルイス…本名はフランシスコ・ルイス・アストルガ。花組と風組とは別に編成された、弱い降魔が成長する前に叩く、花組の負担を少しでも多く和らげるための部隊。彼はそこの現隊長を務めているという。
「けど、こうしてあの時の方と会えるなんて思ってもみませんでしたよ。あのときは、本当にありがとうございました」
「礼なんていいですよ、ルイスさん」
彼と会うのは、ジンが赤い巨人の力に目覚めたあの戦いの直前以来だ。あの時は互いのことを全く知らないままだったが、まさか互いに帝国華撃団の関係者とはお互いに驚かされたものである。
「花見、僕は初めてだからちょっと楽しみなんです」
「花見の経験はないのですか?」
「ええ、まあ…」
自分には記憶がないから、本当に初めてなのかどうかは不明だ。けど、記憶を失ってから初めての花見。自分の新たな思い出になるかもしれない。
「ところで、ルイスさんも花見の下見に来られたんですか?」
「いや、私は…仕事で来てるんですよ」
「仕事?」
「ええ。ジンさんも、以前ここで起きた怪事件のことはご存知ですよね?」
ルイスからの問いにジンは頷く。知っているも何も当事者だ。
「以前ここで脇侍たちが暴れた理由を調べているんです。彼らは人を襲う驚異という点では降魔とは変わらない存在ですが、人工物であるという違いがあります。おそらく何者かが何かしらの目的を果たすために造りだした可能性があります」
「なるほど…」
思えば、脇侍も見るからに人工物だ。無目的で作られたものとは考えにくい。もしただ暴れさせているためだけに造られているとしたら、何ともはた迷惑な話だ。
「前回の花組の方たちと赤い巨人が交戦したエリアの、降魔出現前に脇侍に破壊された祠から、わずかに霊力が感知されたことがわかってます」
「祠、ですか?」
「この帝都には魔を鎮めるための祠などが、多数設置されています。降魔や怪蒸気にとっては邪魔なものです。だからあの長屋の地点にあった祠の石が破壊された。
もしかしたらここにも奴らを引き寄せるだけのなにかがあったかもしれません。それを突き止めたら、事が起こる前に被害を抑えることも可能かもしれない」
「さすがルイスさん、そこまで調べていたんですね」
奏組をまとめているだけある。ジンは素直にルイスの手腕の良さを称えたが、ルイスは首を横に振ってきた。
「いや、私なんて大したことないですよ。私たちにできることなんて、花組の方々と比べると、ほんの一握り程度でしかありません」
その時、一瞬ルイスの表情が曇ったように見えた。それも、もどかしさの他に悲しみを帯びたものに見える。しかもさっきから笑みさえ浮かべているから、それがまた自嘲じみたものに見られ、何か彼に深い事情があることを思わせてしまう。
「ルイスさん…」
しかしそれを尋ねようとした途端、ルイスはまるでそれをあらかじめ悟ったかのように、話を切り替えてきた。
「あ、ジンさん。あのあたりがよいのではありませんか?」
「え、あ…あぁ…」
ルイスが指をさした方向に自然と目が行く。他よりも大きめの桜の木が、花びらを多く散らしながら佇んでいる。その根元は、シートがなくても腰を掛けるのにちょうどよさそうな綺麗な芝生が生い茂っている。
「確かに、ここならちょうどよさそうです。ルイスさん、すみません。これは僕が頼まれてたことなのに」
「いえ、これも花組の方々へのささやかな恩返しのつもりです」
礼を言ってきたジンに、ルイスは謙虚に断りを入れてくる。すると、彼の顔がさっき一瞬だけ見せた、憂いを含めた笑みに変わっていた。
「私たち奏組は、花組の肩と違って霊力が低く、量子甲冑を稼働させることができない。だからごく小さくて弱い降魔しか倒すことができません。
量子甲冑を扱えるあの方たちは、さらに強力な敵を倒すことができる一方で、その分この先も数多くの苦労を背負うことでしょう。ですから、こうして少しでも、彼女たちの戦いの負担を減らして差し上げたいんです」
「ルイスさん…」
「すみません、最後に愚痴っぽくなりましたね」
苦笑交じりにルイスはジンに謝ってきた。いや、とジンは一言だけ気に留めていないことを伝える。この人、笑みを見せてなんでもないふりをしている。光武に乗れない、操縦できない。その苦悩を彼は抱え込んでいると、ジンは読みとった。もしかしたら、新たに赴任してきた大神に対しても内心では劣等感を覚えているのではないだろうかとも予想した。
そのときだった。
「うああああああああああああ!!」
その叫び声と共に、上野公園は再び混乱に陥ることとなる。
その時、ジンたちと同様、この上野公園に派遣された者がいた。
黒之巣会の死天王の一人、蒼き刹那である。
「天海様の命令通り、目的の場所に着いたな。にしても、全く…」
到着早々、刹那はいかにもイラつきを感じているのか、深いため息を漏らす。
「花なんか見ただけで、なんでこうもギャーギャー騒ぐんだろうなぁ。人間の考えることなんてわからないよ」
この刹那という少年に人間の感性がまるで理解できなかった。彼にとって興味があるのは、そんな『ありきたりでつまらないもの』ではない。彼が求めているのは常に、人の苦痛と恐怖に満ちた声と表情だけ。故に、この花見の景色とその喧噪はあまりにも耳障りかつ目障りだった。
「まぁいいさ。ここで適当に脇侍を暴れさせてしまえば…それで僕の欲は満たされる。まずは…手筈通り…」
刹那はニヤッと冷酷な笑みを浮かべ、鋭くとがった爪を生やした手を地面の上に置く。すると、彼の足もとに怪しげな光を放つ魔法陣が展開される。
「オンキリキリバサラウンハッタ…オンキリキリバサラウンハッタ、オンキリキリバサラウンハッタ、オンキリキリバサラウンハッタ……」
周囲の人たちも当然気づき、あいつはいったい何をしているんだと、奇異の目で刹那を見やる。少なくとも彼が、まともではないことをしようとしていることを察した人が、恐怖を感じて離れていく。しかし子供たちは「すっげー!」と興味を抱いて近づく者さえいた。
「いでよ……魔の力を授かりし怪獣…『魔獣』よ!!」
刹那が叫ぶと同時に、その場から飛び退いた瞬間だった。
魔法陣から、昼間とは思えないような真っ黒な闇があふれ出て、天へと立ち上っていく。
やがてその闇は周囲を覆い、上野公園をたちまち混乱と恐怖に陥れた。大人から子供まで、パニックに陥る人々の叫び声を、刹那は強く快感を覚えた。
「ほらほら早く来なよ、帝国華撃団に赤い巨人。でないと…ここにいる人間、僕たちが皆殺しにしちゃうよ?」
せせらわらう刹那の背後から、彼の作った方陣を通して巨大な生物の影が、地の底より這い出てきていた。
ダストシュートから飛び出してきた大神は、床に落下した際に打った尻をさすりながら立ち上がる。その際、自分の着ている服がモギリ服から完全に変わっていることに気付く。ダストシュートを通っている間に自分の知らない間に着替えさせられていたのだ。さらに目の前に飛び込んできた光景に、彼は目を見開く。
巨大モニターに作戦会議用の長テーブル。そこはまさしく作戦会議室だった。
「これはいったい…」
「よう大神。なかなかよく似合うじゃねぇか」
自分を呼ぶ声に大神は振り返る。そこには軍服を着こんだ米田と、同じく戦闘服に着替えたさくらたち花組のメンバーたちと、椿・かすみ・由里の三人全員が揃っていた。
「米田支配人。これはいったい…!?」
「お前を騙すような真似をしてすまなかったな。今から説明してやる」
それから米田たちは大神に説明した。この帝劇は帝国華撃団の本部であり、歌劇団は世を忍ぶ仮の姿であること。普段の歌劇団としての活動は資金集めと、帝都の人々の心に安らぎをもたらして魔を鎮めるため。いざ降魔や怪蒸気が現れた場合は本来の任務である怪魔討伐に当たるということ。敢えて隊長に赴任することになった大神に、この事実を伏せていたのは、大神が軍人として以前に、この帝劇の生活と日常を愛し、そしてこの帝劇の仲間たちの身を強く案じることができる存在であり、決して犠牲を強いるような存在ではないことを確かめるためであるということ…これまで大神に秘密にしてきたことすべてを明かした。
「では、ここは本当に軍の…自分が配属予定だった帝国華撃団の本部だったんですね!?」
正直大神にとって衝撃的なことの連続だった。劇場が配属先の本部であり、激情の花形女優が、自分の部下となる華撃団の隊員だったとは。頭が混乱しそうだったが、同時に喜びもあった。自分が求めていた勤め先が、幻なんかじゃなかったのだ。
「そうだ。帝国華撃団・花組。その隊長の任…お前に任せてもらうぞ。
風組、すぐにモニターに出してくれ」
「はい!」
椿・かすみ・由里の三人はすぐモニターに、事件が発生した現場の状況をモニターに出した。映し出された場所の景色は、非現実的な異様な光景を映し出していた。
「なんですの?昼間のはずだというのに、夜のように暗いですわ」
すみれが訝しむように、映像に映された場所の、暗黒に満ちた景色を見て呟く。それを説明しようと、かすみが口を開いてきた。
「現在、上野公園で謎の黒い霧が発生し、近隣の人々がパニックに陥っています。被害状況、および避難状況については把握できていません」
「おそらくあの黒い闇のような霧の影響で、避難はまともにできていないとみるべきね」
マリアが映像内の上野公園を見て、黒い霧のせいで避難状況が芳しくないことを予想した。
「現場には花見の下見のためにジンが、そして小型降魔の調査任務で派遣していたルイスもいる。いつものことだがあまり呑気にはしてられないな」
「ルイス…?」
「奏組のリーダーさんだよ。アイリスたちが劇をしてる間はね、笛を吹いたりバイオリンを弾いたりしてるんだよ」
「なるほど、オーケストラ担当の人なのか。華撃団って多彩なんだな」
聞きなれない名前を耳にして大神は首を傾げると、アイリスが説明を入れてきてくれた。
「大神、華撃団の詳しい説明については、この戦いを終えてからにしてくれ。今はジンたちも、現場に逃げ遅れた人々のためにも時間が惜しい。直ちに出撃し、上野公園内の人たちの救出、および敵の討伐を頼むぞ」
「はい!!」
初めての、帝国華撃団・花組隊長としての戦闘。高まる昂揚感を胸に、大神はさくら、すみれ、マリアの三人と共に出撃した。
その頃の上野公園は、刹那の行いによって地獄絵図寸前だった。
「うわああああ!!」
「た、助けて!!誰か!!」
彼の形成した魔法陣から発生した黒い霧は、上野公園の真上に広がっていた青空を闇で覆いつくし、人々を暗黒の中に惑わせた。さらに刹那は徹底的に公園に来訪していた人々をいたぶるつもりか、脇侍を何十体も召喚して人を襲わせる。
「いや、やめ…ぎゃああああ!!」
脇侍たちは、逃げ遅れた人に対して容赦なく刀を振り下ろし、殺戮の限りを尽くしていく。
「ははははは!そうだ、もっと怯えろ!そして恐れおののけ!黒之巣会死天王が一人、この青き刹那の力にね!!」
闇の中から現れる脇侍を操りながら、刹那は耳に轟く恐怖と絶望の叫びに、大変な興奮を覚えていた。
今回の自分の任務は弱い人間共をただいじめるだけ、というわけではない。これから自分たち黒之巣会の敵となる『帝国華撃団』なる組織と、彼らに組している謎の赤い巨人の力量を測ることだ。
さらにもう一人、彼はちょうど目に入った、逃げ遅れた女性に向けて跳躍し、彼女の眼前に立つ。
「ひ…」
「くくく、いいねぇ、その恐怖に満ちた絶望の表情…僕はその顔が好きなんだ。ねぇ、もっと見せてよ?その綺麗な顔をズタズタにしてあげるからさぁ!」
邪悪さに満ちた歓喜の笑みを露にし、刹那は右手を振り上げる。その手から延びる爪は血のように紅く染められ、剣のような鋭さがあった。非情にもそれを振り下ろした刹那。女性は目を伏せて、自分に迫る死に恐怖するしかなかった。
だが、その時だった。どこからか飛んできたチャクラムが、刹那の方を狙って飛んできた。刹那は反応が遅れて避けることができない。チャクラムは刹那の爪に直撃し、弾き返される。
「ぐ、誰だ!?」
せっかくの至福の時の邪魔をされ、刹那は顔を歪める。チャクラムは円を描くように、駆けつけてきたルイスの手に戻った。
「大丈夫ですか!?」
さらにもう一人、ジンが女性のもとに駆けつける。酷く怯えている様子だが、かろうじて怪我だけは負わされていなかったようだ。
「君は、ここで何をしているんだ…!?」
ジンは顔を上げて、刹那を睨み付ける。
「見ればわかるだろ?この公園をめちゃくちゃにしに来ただけさ」
まるで意味が分からない。ただ壊すためだけにこんな騒ぎを、この少年は起こしたというのか。
「どうしてそんなことを!」
「理由でも聞きたいの?それで僕に『こんなことしちゃいけません』って、年長者面でもして説教でもするわけ?」
刹那は逆にジンに対して、何を言っているんだとでも言っているように言い返してきた。
「人をむやみやたらに傷つけて心が痛まないのか!?」
人を傷つけは人は人を憎み、争い、さらに互いに傷つけあう。その愚かさはたとえ記憶を失った今でも、はっきりとジンは認識していた。故にこの少年が、あからさまに好き好んで人を傷つけ襲っていることが理解できなかった。いや、したくもなかった。
「いるよねぇ…そういう…」
さらに言ってきたジンを刹那はうっとおしく感じ、眉間にしわを寄せながら心底不快感を抱く。
「自分が正しいって遠回しにほざくウザったいだけの奴ってさぁ!!」
爪を鋭くとがらせながら、今度はジンに標的を変えてそれを振り上げた。だがその瞬間、刹那の足元にチャクラムが投げつけられ、刹那は舌打ちしながらとっさに避ける。
「ジンさん、ここは私に任せて、行ってください」
ルイスが手元に戻ったチャクラムをつかみ、刹那と対峙したまま背後のジンに言った。
「ルイスさん、でもそいつは…!」
「ええ、脇侍を召喚するほどの強大な妖力、私でも勝てるかどうかはわかりません。ですが、その女性をここに置いておくことはできません。
いいから行ってください!」
ルイスは強く甘いマスクからは想像のつきづらいほど大きな声で言い放った。折れる気配がなく、そして今はいちいち説得に応じている暇がない。なら言われた通り一度引き上げるのがいいだろう。ジンもできれば女性のことをルイスに託しこの場に残って、刹那と戦うことを選びたかったが、ルイスに万が一のことが起こる前に、女性をどこかに預けた後で変身すれば…
「逃がすと思ってるのか?めでたい奴らよ」
刹那が指を鳴らすと、ジンさえも逃がすまいと、周囲に脇侍たちが結集した。
「さぁて、このまま大人しく切り刻まれてよ。せっかくだし、最後に一つ好きな方を選ばせてやるよ。僕自身に切り裂かれるか、それとも脇侍に細切れにされるか…」
「く……」
逃がす気さえも見せないとは。よほど自分たちをなぶり殺しにして楽しみたがっているようだ。あいつの目がそう語っている。ジンは刹那を見て確信した。
ルイスは、どうすれば被害にあった女性とジンを逃がすことができるのか必死に模索した。だが自分の霊力では、脇侍を倒すことはできない。すでに認知していたこととはいえ、自分の無力さを常々呪わされる。
ふと、そのとき、上野公園の地面が妙に揺れ始めた。
「なんだ?」
刹那も違和感を覚えたのか、辺りを見渡し始める。
すると、上野公園近くの水路から、大きな影が飛び出してきた。
それは、大型の列車だった。レールに乗らず、水中から打ち上げられたかのごとく姿を現した
帝国華撃団の光武移動用車両『轟雷号』だ。
さらにその車両の横から、四つの光武が飛び出し、ジンとルイスたちの周囲の脇侍の前に降り立つと、瞬時にその脇侍たちを切り裂き、撃ち抜いて撃破してしまった。
「何者だ!?」
刹那が顔を歪めて、邪魔をしてきた四つの機体に怒鳴る。
それにこたえるかのように、機体から四人の若い声が轟いてきた。
「帝国華撃団・花組、参上!」
「花組…!」
ついに花組が派遣されてきたのだ。ルイスがほっと一息ついた。
今度は新たに、真っ白な機体が追加されている。その光武には、大神が搭乗していた。
「ジンさん、お怪我はありませんか!?」
「さくら、僕なら大丈夫だ。助けに来てくれてありがとう」
桜色の光武からさくらの声が聞こえてきた。彼女に続いて、白い期待から大神の声が聞こえてきた。
「ジン、ここにいては危険だ。すぐに下がってくれ」
脇侍たちは、さっきの花組の登場と共に撃破された。今なら逃げることができる。
「ルイスさん、今のうちにひきましょう。この人も安全な場所に運ばないと」
「ええ」
ルイスや救出した女性と共に、ジンは安全な場所へといったん引き揚げた。
「帝都の平和を乱す者は、俺たちが許さない!行くぞ、みんな!」
「了解!」
大神の掛け声に応え、花組のメンバーたちも応じた。
「まったく、いいところでつくづく邪魔が入るよね」
結局獲物から逃げられてしまい、刹那は機嫌を悪くしたが、すぐ新たに獲物を大神たちに変え、爪を舌でなめとりながら笑みを浮かべた。
「まぁいいさ。あんたたちが遊んでくれるってことだよね?」
刹那としては、彼ら帝国華撃団が現れたのはむしろ好都合だった。赤い巨人がまだ現れていないが、それはまだいい。引っ張り出す手ならある。
まずは奴らの戦い方を探りつつ、その動きを知る。そして…
「お前らの誰に…消したくても消えない闇があるか…見せてもらうよ」
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