風魔の小次郎 風魔血風録
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6部分:第一話 小次郎出陣その六
第一話 小次郎出陣その六
彼は木の上に隠れそこから一部始終を見ていたのであった。あの三人組と同じ超長ランを着ており引き締まった顔に鋭い目をしている。黒い髪は獅子の鬣を思わせるものであり胸には十字架がある。そしてその手には紫の布に包まれた異様に長い何かがあった。
「あれが風魔か」
彼は小次郎がまた姿を消して部屋に戻るのを見届けると自らも姿を消した。後には何も残ってはいなかった。幻の様に消え去っていた。
誠士館。白凰学園の宿敵であり今では影で関東一円の学校全てを支配下に収めようとしている学園である白凰が現代風の建物であるのに対してこの学園は大正のそれを思わせる造りを見せている。神殿の様な円柱と入り口が厳かな印象を与える。その誠士館の奥にその女はいた。
長い髪を伸ばし険のある顔をしている。人形を思わせるその顔立ちは整っていると言っていいがそれでもその険が強烈な印象を与えさせている。濃紺のセーラー服のスカートの丈は長く踝まで包み込んでいる。彼女は暗く赤い光が差し込め暗い赤と青に彩られた部屋の中に設けられた数段の階段の上に立っていた。その後ろには木の机と椅子、チェスのボードと駒がある。壁にあるのは巨大な般若の面であった。
彼女の名を夜叉姫という。上杉家の末娘であり夜叉一族の棟梁でもある。その彼女が今自室において報告を受けていたのであった。
「木刀を全て叩き折られたというのか」
「はい」
あの三人であった。彼等は階段の下に片膝をつき報告していた。頭は上げない。
「何が何かわからないまま」
「馬鹿な、そんなことがある筈がない」
夜叉姫は彼等の報告をまずは否定した。
「木刀をそう簡単に折るなどと」
「いえ」
しかしここで。先程小次郎を見ていたあの男が夜叉姫の前に出て来た。彼もまた部屋にいたのだ。
「夜叉姫、私もその男のことは見ていました」
「武蔵」
彼こそが飛鳥武蔵であった。その傭兵の。やはり彼は夜叉一族に雇われていたのである。その彼が夜叉姫の前にすっと出て来たのであった。
「あれは。風魔です」
「風魔!?」
その名を聞いた夜叉姫の顔が一変した。一気に強張ったものになる。その顔が赤と青の世界に彩られ映し出されていた。
「風魔が。白凰に入ったというのか」
「何っ、風魔が」
「まさか」
三人もそれを聞いて思わず顔を上げた。彼等も風魔のことは知っているようである。
「そのまさかだ。あれは明らかに風魔だ」
「そうか、風魔だったか」
「道理で」
彼等はそれを聞いて納得するのだった。それまでどうしても納得できなかったがそれがこれで変わったのだった。
「あれだけの術を使えるのは」
「奴等しかいない」
「それで夜叉姫」
武蔵がまた夜叉姫に声をかけてきた。
「風魔が出て来たならば躊躇してはなりません」
「確かに」
夜叉姫もその言葉に頷く。頷きながら己の席に着く。それで下半身が見えなくなり威厳がさらに増して見えた。小柄であるのにその威圧感はかなりのものだった。
夜叉姫は席に着くとまずは手を動かした。チェスの駒を一つ手に取った。
「ナイトが動いたか。向こうの」
「こちらも切り札を出すべきです」
武蔵の今度の言葉はこうであった。
「切り札を」
「夜叉八将軍を出しましょう」
彼は言った。
「そうして一気に勝負を」
「馬鹿な」
だが夜叉姫は武蔵のその言葉を一蹴した。顔をさらに強張らせて。その美麗な顔にさらに不吉な険を見せながら。
「武蔵、貴方は何を言っているのですか」
武蔵に対して言葉にもそれを含めて告げた。
「夜叉八将軍は夜叉一族最強の忍達」
「はい」
武蔵もそれは認識しているようだった。こくりと頷いてみせる。
「だからこそです」
「今制圧している八つの地域の抑え」
夜叉姫はこれも言う。
「それを動かせばようやく制圧したその地域が全て」
「ですがこのまま風魔を放っておけばやがては」
「武蔵!」
言葉がさらに険しいものになった。まるで牙の様に。
「それには及びません。切り札はこの誠士館にもあります」
「それは一体」
「まずは貴方です」
武蔵を見据えて彼自身に告げた。やはりその威圧感はかなりのものだ。少女のものではない。
「貴方にはその為に多額の報酬を支払ってここに置いているのです」
「はい、それは」
「まずは貴方を向かわせ。そして」
またチェスの手の駒を取った。今度は黒いナイトであった。
「壬生!」
不意に人の名を叫んだ。
「壬生攻介はおるか!」
「はっ、夜叉姫」
夜叉姫のその言葉と共に部屋に一人の男が入って来た。やはり誠士館の超長ランを着ており日本人離れした流麗な顔に黒く、腰にまで届きかねない長い髪を持っている。彼は静かに夜叉姫の前、武蔵の横にやって来たのだった。
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