Sword Art Rider-Awakening Clock Up
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会談終了
歓声の輪の中央で、立役者となったネザーは相も変わらず無表情を浮かべ、片手剣を鞘に戻すと、キリト達の方に向かって叫ぶ。
「誰か蘇生魔法を頼む!」
「わかった」
頷くと、サクヤがスッと浮き上がった。着流しの裾をはためかせながら、ふわふわ漂うユージーンのリメインライトの傍らまで上昇し、スペルワードの詠唱を開始する。
やがてサクヤの両手から青い光が迸り、赤い炎を包み込んだ。複雑な形状の立体魔方陣が展開し、その中央で残り炎は徐々に人の形を取り戻していく。
最後に一際眩い閃光を発すると、魔方陣は消滅した。ネザーとサクヤ、そして蘇生したユージーンは無言のまま舞い降り、台地の端に着地した。再び周囲を静寂が包む。
「……見事な腕だな。俺が今まで見た中で最強のプレイヤーだ、貴様は」
静かな声でユージーンが言った。
「褒めすぎだ」
短くネザーが応じる。
「貴様のような男がインプにいたとはな……。世界はまだまだ広いということか」
「お前との勝負には勝ったんだから、俺の話は信じてもらえたってことでいいんだよな」
「………」
ユージーンは眼を細め、一瞬沈黙した。
その時、台地を取り囲むサラマンダー部隊前衛の長槍隊から、1人のプレイヤーが歩み寄ってきた。ガシャリと鎧を鳴らして立ち止まり、左手で尖った面頬を跳ね上げる。
無骨な顔つきのその男は、ユージーンに一礼してから口を開いた。
「ジンさん、ちょっといいか」
「カゲムネか、なんだ?」
どこかで聞いた声と名前__とネザーは一瞬首を捻り、すぐに思い出した。地底湖で襲ってきたメイジ部隊の生き残りが口にしていた名前。そして昨日リーファと初めて会った森で見逃したサラマンダーの声と合致した。
「昨日、俺のパーティーが全滅させられたのはもう知ってるよな」
カゲムネがまさにその話をしていて、キリトとリーファも続けて思い出した。
「ああ」
「その相手が、まさにこのインプと、あそこのスプリガンなんだが__確かに、連れにウンディーネがいたよ」
「……!?」
リーファは唖然としてカゲムネの横顔を見つめた。ネザーも一瞬眉をピクリと動かしたが、すぐにポーカーフェイスに戻る。カゲムネの言葉は続く。
「それに、エスの情報でメイジ隊が追ってたのもこのインプ御一行だと聞いている。まぁ、その後メイジ隊は撃退されちゃったらしいがな」
エス__とはアルファベットの《S》。スパイを指す隠語だ。または、誰かの名前のイニシャルとも考えられる。だとすれば、それはおそらく《シグルド》だろう。
ユージーンは首を傾げ、カゲムネの顔を見た。周囲の者の大半にとってはチンプンカンプンな話だろうが、リーファとキリトは手に汗握る思いで話の行方を見守った。
やがて__ユージーンは軽く頷くと、言った。
「そうか」
軽い笑みを浮かべ、
「……そういうことにしておこう」
次いでネザーに向き直り、言う。
「確かに、現状でインプ、スプリガン、ウンディーネと事を構えるつもりは俺にも領主にもない。この場は引こう。__だが貴様とはいずれもう一度戦うぞ」
「……その言葉、忘れないようにしておこう」
ネザーの差し出した右拳に、ゴツンと己の拳を打ち付けると、ユージーンは身を翻した。翅を広げ、地を蹴る。
それに続いて飛び立とうとしたカゲムネは、一瞬リーファの顔を見ると、ニッと笑いながら不器用に右眼を瞑った。借りは返した__とでも言ったつもりだろうか。リーファも右頬に微かな笑みを浮かべる。
翅を鳴らして2人が飛び去ると、リーファは胸の奥に溜めていた息を大きく吐き出した。
地上に残された者達が見守る中、サラマンダーの大軍勢は一糸乱れぬ動作で隊列を組み直すと、ユージーンを先頭に鈍い翅音の重奏を響かせながらたちまち遠ざかっていった。無数の黒い影はすぐに雲に飲み込まれ、薄れ、やがて完全に消え去った。
再び訪れた静けさの中、ネザーが呟いた。
「……荒くれなサラマンダーにも、話の通じる奴がいるんだな」
「無茶苦茶なことをしでかしたものだな」
「お前にだけは言われたくない」
どことなく楽しそなやり取りをするネザーとキリトに、サクヤが咳払いを1つしてから声をかけた。
「すまんが……状況を説明してもらえると助かる」
静けさを取り戻した会談場の中央で、一部は憶測なんだけど、と断ってからリーファは事の成り行きを説明した。サクヤ、アリシャ・ルーを始めとする両種族の幹部達は鎧の音1つ立てず長い話に聞き入っていたが、リーファが説明を終えて口を閉じると、揃って深いため息を漏らした。
「……なるほどな」
両腕を組み、艶麗な眉のアーチを小さく顰めながら、サクヤが頷いた。
「ここ何ヶ月か、シグルドの態度に苛立ちめいたものが潜んでいるのは私も感じていた。だが、独裁者と見られるのを恐れ合議制に拘るあまり、彼を要職に置き続けてしまった……」
「サクヤちゃんは人気者だからねー、辛いところだヨねー」
サクヤ以上の単独長期政権を維持しているアリシャ・ルーが自分のことを棚に上げて深々と頷く。
「苛立ち……何に対して……?」
未だシグルドの心理が理解できないリーファが訊ねると、サクヤは視線を遠い稜線に向けながら答えた。
「多分……彼には許せなかったのだろうな。勢力的にサラマンダーの後塵を拝しているこの状況が」
「………」
「シグルドはパワー志向の男だからな。キャラクターの数値的能力だけでなく、プレイヤーとしての権力をも深く求めていた……。故に、サラマンダーがグランド・クエストを達成してアルヴヘイムの空を支配し、己はそれを地上から見上げるという未来図は許せなかったのだろう」
「……でも、だからって、なんでサラマンダーのスパイなんか……」
「もうすぐ導入される《アップデート5.0》の話は聞いているか?ついに《転生システム》が実装されるという噂がある」
「あっ……じゃあ……」
「モーティマーに乗せられたんだろうな。領主の首を差し出せばサラマンダーに転生させてやると。だが転生には膨大な額のユルドが必要となるらしいからな……。冷酷なモーティマーが約束を履行したかどうかは怪しいがな」
「………」
リーファは複雑な心境で、金色に染まりつつある空と、その彼方に霞む世界樹を見遣った。
アルフに生まれ変わり、飛行制限の頸木から脱するのはリーファの夢でもある。そのために、シルフ1の実力と噂されるシグルドのパーティーに参加し、熱心に狩りをこなして、稼いだユルドのほとんどを執政部に上納してきた。
仮に、ネザーとキリトと出会いパーティーを脱退した経緯がなければ、シグルドの口振りからして彼はおそらくリーファをサラマンダー転生計画に誘ったのだろう。そうなった場合、自分はどうしただろうか……。
「プレイヤーの欲を試す陰険なゲームだな、ALOって」
不意に、苦笑混じりの声で傍らのキリトが言った。
「デザイナーは嫌な生活してるに違いないぜ」
「ふ、ふ、まったくだ」
サクヤも笑みで応じる。
リーファは、何となく自分の心を少しばかり預けたくなって、キリトの左腕に自分の腕を絡めると体重をかけた。どのような状況に至ってもまるで動じないように見えるキリトにぴったり接していると、揺れる気持ちがすとんと落ち着くような気がする。
「それで……どうするの?サクヤ」
訊ねると、美貌の為政者は笑みを消し、一瞬瞼を閉じた。すぐに聞いた深緑色の双眸は冴え冴えとした光を放っている。
「ルー、確か闇魔法のスキルを上げてたな?」
サクヤの言葉に、アリシャ・ルーは大きな耳をぱたぱた動かして肯定の意を表した。
「じゃあ、シグルドに《月光鏡》を頼む」
「いいけど、まだ夜じゃないからあんまり長くもたないヨ」
「構わない、すぐ終わる」
もう一度耳をぴこっと動かし、アリシャ・ルーは一歩下がると両手を掲げて詠唱を開始した。
耳慣れない韻律を持つ闇属性魔法のスペルワードが、高く澄んだアリシャの声に乗って流れる。たちまち周囲がにわかに暗くなり、どこからともなく一筋の月光がさっと降り注いだ。
光の筋は、アリシャの前に金色の液体のように溜まっていき、やがて完全な円形の鏡を作り出した。周囲の者が声もなく見守る中、その表面がユラリと波打って__滲むようにどこかの風景を映し出した。
「あ……」
リーファは微かに吐息を漏らした。鏡に映っているのは、何度か訪れたことのある、領主館の執政室だった。
正面に、巨大な翡翠の机が見える。その向こうで領主の椅子に身体を沈ませ、卓上にドカッと両足を投げ出している人物がいた。眼を閉じ、頭の後ろで両手を組むその男は間違いなくシグルドだ。
サクヤは鏡の前に進み出ると、琴のように張りのある声で呼びかけた。
「シグルド」
その途端、鏡の中のシグルドはぱちりと眼を開き、バネ仕掛けの如く跳ね起きた。同じく鏡の中のサクヤと真っ直ぐに眼を合わせてしまったのだろう。口元を強張らせてびくりと身体を竦ませる。
「サ……サクヤ……!?」
「ああ、そうだ。残念ながらまだ生きている」
サクヤは淡々と応えた。
「なぜ……いや……か、会談は……?」
「無事に終わりそうだ。条約の調印はこれからだな。そうそう、予期せぬ来客があったぞ」
「き、客……?」
「ユージーン将軍が君によろしくと言っていた」
「な……」
今度こそ、シグルドは大いなる驚愕に見舞われたようだった。剛毅に整った顔がみるみる蒼白になる。言葉を探すかのように瞳をキョロキョロと動かし__その視線が、サクヤの背後のリーファ、キリト、ネザーを捉えた。
「リー……!?」
一瞬、飛び出すほどに見開かれたその眼は、ついに状況を悟ったようだった。鼻筋に深くシワを寄せ、猛々しく歯を剝き出す。
「……無能なトカゲどもめ……。で……?どうする気だ、サクヤ?懲罰金か?執政部から追い出すか?だがな、軍務を預かる俺がいなければお前の政権だって……」
「いや、シルフでいるのが耐えられないなら、その望みを叶えてやることにした」
「な、何……?」
サクヤが優美な動作で左手を振ると、領主専用の巨大なシステムメニューが出現した。無数のウィンドウが階層をなし、光の六角柱を作り出している。1枚のタブを引っ張り出し、素早く指を走らせる。
鏡の中のシグルドの眼前に、青いメッセージウィンドウが出現するのが見えた。それに眼を走らせたシグルドが、血相を変えて立ち上がった。
「貴様っ……!正気か!?俺を……この俺を、追放するだと……!?」
「そうだ。レネゲイドとして中立域を彷徨え。いずれそこにも新たな楽しみが見つかることを祈っている」
「う……訴えるぞ!権力の不当行使でGMに訴えてやる!!」
「好きにしろ、……さらばだ、シグルド」
シグルドは拳を握り、更に何事かを喚き立てようとした。だがサクヤが指先でタブに触れると同時に、鏡の中からその姿が掻き消えた。シルフ領を追放され、アルンを除くどこかの中立都市にランダム転送されたのだ。
金色の鏡は、しばらく無人となった執政室を映していたが、やがてその表面が波打ったと思うと儚い金属音を立てて砕け散った。同時に周囲を再び夕陽の光が照らし出した。
「……サクヤ……」
再び静寂が訪れても眉根を深く寄せたままのサクヤの心中を慮って、リーファはそっと声をかけた。
美貌の為政者は、左手を振ってシステムメニューを消去すると、吐息交じりの笑みを浮かべた。
「……私の判断が間違っていたのか、正しかったのかは次の領主投票で問われるだろう。ともかく__礼を言うよ、リーファ。執政部への参加を頑なに拒み続けた君が救援に来てくれたのはとても嬉しい。それにアリシャ、シルフの内紛のせいで危険に晒してしまって済まなかったな」
「生きていれば結果オーライだヨ!」
というケットシー領主の呑気な声に続けて、リーファもぶんぶん首を振った。
「あたしは何もしてないもの。お礼ならこの2人にどうぞ」
「そうだ、そういえば……君達は一体……」
並んだサクヤとアリシャ・ルーが、改めて疑問符を浮かべながらネザーとキリトの顔をまじまじと覗き込む。
「ねぇ、インプ君、確か大使って名乗ってたけど……本当なの?」
好奇心の表情か、立てた尻尾をユラユラさせながらアリシャが言った。ネザーは肝が据わった態度できっぱりと答えた。
「もちろん大嘘だ。ポーカーで言うところのブラフだ」
「な__………」
2人がガクンと口を開け、絶句。
「……無茶な男だな。あの状況でそんな法螺吹きをするとは……」
「なら、一緒にいたスプリガン君が護衛っていうのも、嘘なんだネ」
「………」
当たり前、という顔で頷く。
「手札に勢いがない時は、掛け金をレイズするのが得策。あの状況では、それが一番有効な手段だった」
それを聞いたアリシャ・ルーは突然ニィッと、いかにも猫斜めいたイタズラっぽい笑みを浮かべると、数歩進み出てネザーの顔を至近距離から覗き込んだ。
「大嘘つき君にしては君、かなり強かったネ?さっきのユージーン将軍はALO最強って言われてるんだヨ。それに正面から勝っちゃうなんて……インプの秘密兵器、だったりするのかな?」
「いいや。敢えて言うなら……ロクでなしを救うために雇われた傭兵だ」
「ぷっ、にゃはははは」
ネザーの答えを冗談と解釈したのか、アリシャは一頻りに笑うと、いきなりネザーの右腕を取って胸に抱いた。斜め下方からコケティッシュな流し目に乗せて、
「フリーなら、君__ケットシー領で傭兵やらない?3食おやつに昼寝つきだヨ」
続いて__
「おいおいルー、抜け駆けはよくないぞ」
とサクヤの、心なしかいつもより艶っぽい声。着流しの袖が、するりとネザーの左腕に絡みつく。
「彼は元々シルフの救援に来てくれたのだから優先交渉権はこっちにあると思うな。ネザー君と言ったかな__どうかな、個人的興味もあるので礼も兼ねてこの後スイルベーンで酒でも……」
途端、キリトとリーファが唖然とした表情で状況を見定める。
「あーっ、ずるいヨ、サクヤちゃん。色仕掛けはんたーい」
「人のこと言えた義理か!密着しすぎだお前は!」
美人領主2人に左右からぴたっと挟まれたネザーは、どっちもどっちだろ、と思いながらもすぐに立ち直った。なぜなら、領主2人への返事はすでに決まっていたからだ。
左右の腕にくっついた2人を振り払ったネザーは、相変わらずの冷徹な表情で口を開いた。
「生憎、俺はそこのスプリガンに雇われている故、余所で油を売っている暇はない。速いとこアルンに行かなきゃならない」
「ほう……そうか、それは残念」
いつも心の底は覗かないサクヤだが、今度ばかりは本当に残念そうに言うと、リーファに視線を向けてきた。
「アルンに行くのか、リーファ。物見遊山か?それとも……」
「領地を出る__つもりだったけどね。でも、いつになるかわからないけど、きっとスイルベーンに帰るわ」
「そうか。ホッとしたよ。必ず戻ってきてくれよ__彼と一緒にな」
「途中で家にも寄ってね。大歓迎するヨー」
2領主はネザーから離れると、表情を改めた。サクヤは右手を胸に当てて優美に上体を傾け、アリシャは深々と頭を下げて耳をぺたんと倒す動作でそれぞれ一礼する。頭を上げたサクヤが言った。
「__今回は本当にありがとう、リーファ、キリト君、ネザー君。私達が討たれていたらサラマンダーとの格差は決定的なものになっていただろう。何か礼をしたいが……」
「礼は不要だ」
きっぱりに答えたネザーの姿を見て、リーファはハッと思いつくことがあった。一歩進み出て、言う。
「ねぇ、サクヤ__アリシャさん。今度の同盟って、世界樹攻略のためなんでしょ?」
「ああ、まあ__究極的にはな。2種族共同で世界樹に挑み、双方ともにアルフになれればそれで良し、片方だけなら次のグランド・クエストも協力してクリアする……というのが条約の骨子だが」
「その攻略に、あたし達も同行させてほしいの。それも、可能な限り速く」
サクヤとアリシャ・ルーは顔を見合わせる。
「……同行は構わない、と言うよりこちらから頼みたいほどだよ。時期的なことはまだ何とも言えないが……しかし、なぜ?」
「………」
チラリとキリト、ネザーを見る。謎の多い2人の少年は、一瞬瞳を伏せると、言った。
「俺達がこの世界に来たのは、世界樹の上に行きたいからなんだ」
「そこに、探し求めてる人がいるかもしれない」
「人?妖精王オベイロンのことか?」
「いや、違う__と思う。リアルで連絡が取れないんだけど……どうしても会わなきゃいけないんだ」
「へえぇ、世界樹の上ってことは運営サイドの人?なんだかミステリアスな話だネ?」
興味を引かれたらしく、アリシャ・ルーが大きな眼をキラキラさせながら言う。だがすぐに耳と尻尾を力なく伏せ、申し訳なさそうに、
「でも……攻略メンバー全員の装備を整えるのに、しばらくかかると思うんだヨ……。とても1日や2日じゃあ……」
「そうか……そうだよな。いや、俺達もとりあえず樹の根元まで行くのが目的だから……後は何とかするよ」
キリトは小さく笑うと、「あ、そうだ」と何かを思いつき、ネザーの耳元に顔を寄せて小声で話す。数秒後、「本気か?」とネザーの短い返事と共にキリトは左手を振った。出現したウィンドウを素早く操り、かなり大きな革袋をオブジェクト化させる。
「ほら、お前も速く」
「……はいはい」
ネザーは渋々という思いでウィンドウを素早く操作し、キリトのと同じくらい大きな革袋をオブジェクト化させる。
「これ、資金の足しにしてくれ」
言って差し出した後は、じゃらりと重そうな音からしてユルドが詰まっているようだった。受け取ったアリシャは一瞬ふらついた後慌てて2つの袋を地面に置き、ちらりと中を覗き込んで__眼を丸くした。
「さ、サクヤちゃん、これ……」
「ん……?」
サクヤは首を傾げ、右手の指先を袋に差し込む。つまみ出したのは、青白く輝く大きなコインだった。
「うあっ……」
それを見た途端、リーファは思わず声を漏らした。2領主は口を開けて凍りつき、背後で事の成り行きを見守っていた12人の側近達からも大きなざわめきが上がる。
「……10万ユルドミスリル貨……これ全部……!?」
さすがのサクヤも、掠れた声で言いながらコインを凝視していたが、やがて呆れたように首を振ってそれを袋に戻した。
「これだけの金額を稼ぐのは、ヨツンヘイムで邪神クラスをキャンプ狩りでもしない限り不可能だと思うがな……。いいのか?一等地にちょっとした城が建つぞ」
「構わない。俺達にはもう必要ない」
キリトは何の執着もなさそうに頷く。ネザーは本当に必要ないかどうかにいささか疑問だったが、2領主に世界樹攻略の準備を1日でも速く整えてもらう必要がある。キリトとリーファ、そして自身を含めた3人でグランド・クエストを攻略できるとも思えない。万が一のための保険のつもりなのだ。
再び袋を覗き込んだサクヤとアリシャは、ほぅーっと深く嘆息してから顔を上げた。
「……これだけあれば、かなり目標金額に近づけると思うヨー」
「大至急装備を揃えて、準備ができたら連絡させてもらう」
「よろしく頼む」
サクヤの広げたウィンドウにアリシャが革袋を格納する。
「この金額を抱えてフィールドをうろつくのはぞっとしないな……。サラマンダー連中も気が変わる前に、ケットシー領に引っ込むことにしよう」
「そうだネー。領主会談の続きは帰ってからだネ」
領主達はコクリと頷き合うと、部下達に合図した。たちまち大テーブルと14脚の椅子がてきぱきと片付けられていく。
「何から何まで世話になったな。君達の希望に極力添えるよう努力することを約束するよ、キリト君、ネザー君、リーファ」
2人の領主は手を振りながら翅を広げて一直線に上昇すると、空に光の帯を引き、赤く染まった西の空へと進路を向けた。その後を6人ずつの配下が雁の群れのように美しい隊列を組んで追っていく。
夕焼けの中に彼らの姿が消えてしまうまで、3人は無言で見送っていた。やがて周囲は、あの激闘と、3種族の命運をかけた駆け引きが幻だったかのように静まり返り、吹き渡る風鳴りと葉擦れの音が残るのみとなった。リーファはわずかな寒さを感じて、そっとキリトに寄り添った。
「……行っちゃったね」
「ああ__終わったな……」
一連の事件の発端となったシグルドの決裂は、もう遥か昔の出来事のような気がした。まだせいぜい7、8時間前のこととは信じられない。
「なんだか……」
キリトと一緒にいると、この世界こそが現実で、翅のある今の自分が真の姿であるような気がしてくる__というようなことをリーファ/直葉は思ったが、うまく言葉にすることができなかった。その代わりに、キリトの胸に体を預け、その鼓動を感じてみようとした、その時__。
「まったくもう、浮気はダメって言ったです、パパ!」
「わっ」
憤慨したような声と共にキリトの胸ポケットからユイが飛び出してきて、リーファは慌てて距離を取った。
「な、何をいきなり……」
焦ったような声を出すキリトの頭の周りをパタパタ飛び回ったユイは、その肩に座ると可愛らしく頬を膨らませる。
「領主達にも見とれてドキドキしてました!」
「だ、だって綺麗な人達だったんだから、男ならしょうがないんだよ!!」
自分のことを言われたわけではないとわかってリーファはほっとしたが、同時に新たな疑問が湧いてきて、ついユイに訪ねてしまった。
「ね、ねえユイちゃん、あたしはいいの……?」
「リーファさんは大丈夫みたいです」
「な、何で……?」
「リーファには、女の子らしい魅力がないからだろ」
本音か冗談か、区別がつかないネザーの台詞。
「ちょっ……な……それってどういう意味!?」
聞き捨てならない言葉に、思わず剣の柄に手を遣りながら詰め寄る。
「お前の今までの行動を振り返り、分析した上で導き出した結論だ」
瞼を閉じて腕を組み、考え込む体勢でネザーははっきりと答えた。
「まぁ、そんなことより先を急ぐぞ。時間が勿体無い」
そう言ってネザーは翅を広げ、スイッと浮かび上がった。
「あ、ちょっと、待ってください!!」
リーファも翅を広げ、地を蹴る。
「恐れを知らないな……あいつ」
相手の気持ちなど気にせずに発言するネザーに対し、キリトは苦笑いを浮かべた。一目散に世界樹を目指して加速していく2人を追って思い切り翅を震わせながら、キリトはチラリと背後を振り返るリーファの姿を捉えた。巨大な山脈に遮られて、その向こうに広がるはずの古森と懐かしいシルフ領は望めなかったが、暮れなずむ濃紺の空に、大きな星がまたたくのが見えた。
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