Sword Art Rider-Awakening Clock Up
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橋上の決着
リーファは思わず悲鳴にも似た叫びを上げた。2人のHPバーが急減少し、一瞬で黄色い注意域へと突入したのだ。いや、完全スキル制のALOではHPの上限値があまり増えないことを考えれば、初撃で即死しいないのが奇跡と言えた。それほどの密度の多重魔法攻撃だった。リーファは深い戦慄と共に敵の意図を悟った。
この敵集団は、間違いなくキリトとネザーのことを、彼らの凄まじい物理攻撃を知っており、それへの対抗策を練り上げているのだ。
重武装の前衛3人は一切攻撃に参加せず、ひたすら分厚いシールドで身を守る。どんなに2人の剣の威力が高くとも、体に届かなければ致命的なダメージを受けることはない。そして残る9人はおそらく、全員がメイジだ。一部が前衛のヒールを受け持ち、それ以外の者が曲線弾道の火炎魔法で攻撃する。これは、物理攻撃に秀でたボスモンスター攻略用のフォーメーションだ。
しかし、なぜ。これほどの人数を動員してまで、なに故ネザー達を狙うのか。
その疑問はとりあえず先送りにして、リーファは回復魔法の詠唱に入った。ようやく薄れた炎の中から姿を現したネザーとキリトに、使える中でもっとも高位のヒールをかける。すぐにHPゲージは充填され始めるが、それがただの気休めでしかないことはもう明らかだ。
2人も敵の戦法を察したようだった。持久戦は不利と見てか、キリトは大剣を構え直すと猛然と重戦士の列に打ちかかる。
「うおおっ!」
黒光りする刃がシールドに激突し、眩いほどの火花を散らす。
だが__。
「……あの阿呆が」
キリトを貶す言葉を小声で呟き、ネザーは半端呆れていた。戦闘はすでに単純な数値的問題へと堕していた。
キリトが剣を振るって与えるダメージは、すぐに後方でヒーラー役に専念している数人のメイジによって回復されてしまう。その直後、残りのメイジが詠唱する攻撃魔法が降り注ぎ、キリトを爆発の渦に包み込む。
直前でその場から後ろへ下がったネザーは運よく爆発から逃れるが、これでは個人の技量の介在する余地がない。
趨勢を決めるのは最早、メイジ集団のマナポイントと、キリトのヒットポイントどちらが先に尽きるかというその一点でしかない。その結果は、向こう見ずに突っ走るキリトを見ていれば明らかだった。
何度目とも知れない火球の雨が再びキリトに襲いかかる。
「くそっ!」
ここでネザーが行動に出る。
右手を上空に向かって突き出し、スペルを詠唱した。敵メイジ集団はすでに火球呪文の詠唱に入っている。しかし、発射タイミングを合わせるためかそのスピードは遅い。ネザーは覚えたばかりの詠唱を高速で唱え、立て続けにスペルワードを組み上げていく。音1つでも間違えれば発動がキャンセルされてしまうが、危険を犯して限界まで口の回転を上げる。
長いワードを唱え終わった途端、掲げられたネザーの右手から紫紺に輝く複数の球体が現れ、ビィィィと空気を鳴らし、火球の雨に目掛けて一斉に発射されていく。
闇属性魔法の1つ__《ダーク・スフィア》。
標的を追尾する闇のエネルギー塊を放つ魔法。ネザーがスペルを暗唱して覚えたこの闇魔法は、敵を遠くから攻撃するため__遠距離戦に持ち込むつもりでいたが、ネザーは敵の火球攻撃を防ぐために発動した。
ダーク・スフィアが火球と衝突したことによってキリトは難を逃れたが、全ての攻撃を防ぎ切ることは叶わなかった。安心もできず、すぐにまた次の攻撃がやってくるのは明白。立て続けに発動されるオレンジ色の光がキリトとネザーを翻弄さし、吹き飛ばし、地面に叩きつける。続けてネザーもダーク・スフィアを放つが、敵の攻撃を食い止めるばかりの防戦一方だった。
あくまでゲームとして《痛み》自体は再現していないALOだが、爆烈系魔法の直撃を受けるのはもっとも不快な感覚フィードバックの1つであると言っていい。轟音が脳を揺さぶり、熱感が肌を焼き、衝撃が平衡感覚を痛めつける。その影響は時として現実の肉体にまで及び、覚醒してから数時間も頭痛や目眩いに苦しめられることがあるほどだ。
「う……おおおっ……!」
だがキリトは何度炎に飲み込まれても立ち上がり、剣を振り被った。ネザーもまた、降り注ぐ火球を闇魔法で防ぎ続ける。回復魔法を虚しく唱えながら、リーファはその姿に痛々しいものを感じずにはいられなかった。これはゲームだ、こんな局面に至れば、誰でも諦めて当然なのだ。負けるのは悔しいが、システムの上で動かされている以上、どうにもできない数値的戦力差というものがある。なのに、なぜ__。
これ以上ネザーとキリトの姿を見ているのに耐えられなくなり、リーファは数歩走り寄るとその背中に向かって叫んだ。
「もうういいよ、2人とも!またスイルベーンから何時間か飛べば済むことじゃない!奪われたアイテムだってまた買えばいいよ、もう諦めようよ……!」
だがキリトは、わずかに振り返ると、押し殺した声で言った。
「嫌だ」
その瞳は、周囲を焦がす炎を映して赤く輝いていた。
「俺が生きている間は、パーティーメンバーを殺させやしない。それだけは絶対嫌だ」
今度はネザーがわずかに振り向き、押し殺した声を放つ。
「認めるのは癪だが……俺もこんな戦いに蹴落とされるのは御免だ」
2人の意地にリーファは言葉を失って立つ尽くした。
どうにもならない窮地に陥った時の反応は、プレイヤーによって様々だ。《その瞬間》を照れ笑いに紛らせようとする者、固く眼を瞑り体を縮めて耐えようとする者、最後まで闇雲に剣を振り回そうとする者。しかし対処の差はあれ、結局は全ての者が擬似的な《死》に慣れていく。VRMMORPGというジャンルのゲームをプレイする上で避けられない体験として、それぞれに折り合いをつけていくのだ。そうでなければこの《ゲーム》は《遊び》になり得ない。
だが__ネザーとキリトの瞳に浮かんでいたギラつくような光は、リーファがかつて見たことのないものだった。システム的にはもう覆しようのない状況に抗い、懸命に生存の道を探ろうとする意思がそこには渦巻いていた。瞬間、リーファはここがゲームの仮想世界であることを忘れた。
「うおあああああ!!」
仁王立ちになったキリトが吠え、ピリピリと空気が振動した。
「このっ!」
スペルを詠唱しながら無数のダーク・スフィアを放つネザーは、弾幕を張るかのように敵の火球を防ぎ続ける。
敵の火力が途切れた一瞬の隙を突いたキリトは、聳え立つシールドの壁に無謀としか言えない突進を敢行。大剣は右手に下げ、空いた左手をシールドのエッジに掛けると無理矢理に抉じ開けようとする。思いがけないアクションに、サラマンダーの隊列が乱れた。わずかに開いた防壁の隙間に、右手の大剣を強引に突き立てる。
壁戦士の鉄壁の防御を、魔法も使わずに密接して崩そうとするキリトの戦法、そしてALOを始めて間もないニュービーにしてはかなりいい線を行ってるネザーの闇属性魔法。そんな2人の戦いは、古株のリーファでも見たこともなかった。そもそも、攻撃にすらなっていないその動作では、とても効果的なダメージは望めない。だが、冷静に対応するネザーとは真逆に、狂乱とも取れるキリトの行動は、盾の内側から戸惑いの叫びが上がった。
「くそっ、なんだこいつ……!」
その時、ネザーの耳に相棒の声が届いた。
「ネザー!いい作戦が閃いたから協力してくれ!」
「……っ!?」
一瞬、唖然する。焼け石に水、という言葉をネザーは飲み込んだ。普段はおバカキャラとしか見ていないキリトの瞳は真剣で、今の自分と同じ確固たる意思を宿していた。作戦の全般を聞きたいところだが、そんな暇もなかった。
「……わかった!とりあえずやれ!」
今の自分には状況を打開するような効果的なアイディアがないため、キリトの思いつきに賭けることにした。
直後、メイジ達の火球が再び雨となって襲いかかる。ネザーは舌を噛みそうなほどの早口でスペルを詠唱し、ダーク・スフィアを無数に放つ。爆撃機による空爆を思わせる甲高い音を引きながら火球の群が天を切り裂いた。シールドの壁に取り付くキリトを、次々に咲く火炎の花が書き込み__
「ふっ!」
ネザーは広げた右手に爆圧のフィードバックを感じながらも、咄嗟に発動させた防御魔法のフィールドでキリトを包み込んだ。
「ナイスタイミングだ、ネザー」
爆裂魔法を1つ中和するたびに残りのマナポイントがぐんぐんと減少していく。片手剣を鞘に戻し、空いた左手でポーチからマナ回復ポーションを取り出して飲んだが、とても追いつかない。この爆撃1回を防いだところで何になる__と思った、その時。
キリトの胸ポケットから顔を出したユイが鋭い声で叫んだ。
「パパ、今です!!」
ハッとして眼を凝らす。紅蓮の炎の中、キリトが剣を掲げすっくと直立していた。微かに呪文の詠唱が耳に届いてくる。スペルワードの断片を、記憶のインデックスと照合する。
……このスペル……幻属性か!?
ネザーは一瞬息を飲み__そして歯噛みした。今キリトが詠唱しているのは、プレイヤーの見た目をモンスターに変えるという幻影魔法だ。だが、実戦での評価はないに等しい。なぜなら、変化する姿はプレイヤーの攻撃スキル値によってランダムに決定されるのだが、大抵はパッとしない雑魚モンスターになってしまう上、実ステータスの変動がないということが周知されてしまっては恐れる者などいるはずもないからだ。
ネザーのMPはついに残りの1割を切った。キリトの作戦とやらに従って一か八かの博打に賭けたものの、どうやらダイスは裏目に出たようだった。
しかし__。
無駄骨……とは思いたくないな。
ネザーは作戦の欠点を払い除けるようにぶんぶんと首を左右に振る。キリトとはSAO時代からの長い付き合いな故、ネザーも自分なりにキリトを信じていた。仕事柄、人の欠点ばかりを見ようとするネザーにも心から信頼を寄せられる者はいる。キリトもその1人と訊かれたら__素直にYESとは答えられないだろう。
少なくとも賭けてみるだけの価値はあると見越している。
そう思いながらも右手に最後の力を込めた。敵の火球攻撃の最終波が降り注ぐのと、防護フィールドが消えるのはほぼ同時だった。一際大きく火炎の渦が巻き起こり、ゆっくりと静まって__
「え……!?」
「………!?」
炎の壁の中で、ゆらりと黒い影が動いた。一瞬、眼の錯覚かと思った。それが、あまりに巨大だったからだ。
大男揃いのサラマンダー前衛の、優に2倍の高さがある。視線を凝らすと、背を屈めた巨人のように見えた。
「キリト君……なの……?」
リーファは呆然と呟く。そうとしか考えられない。あれは、キリトが幻影呪文によって変化した姿なのだろうが__あの大きさは。
立ち尽くすリーファとネザーの眼前で、のっそりと黒い影が頭を上げた。巨人ではなかった。その頭部はヤギのように長く伸び、後頭部から湾曲した太い角が伸びている。丸い眼は真紅に輝き、牙の覗く口からは炎の息が漏れている。
漆黒の肌に包まれた上半身にはゴツゴツと筋肉が盛り上がり、逞しい腕は地につくほどの長さだ。腰からは鞭のようにしなる尾。禍々しいその姿を表現する言葉は、《悪魔》以外になかった。
だがネザーには、その悪魔が何をイメージして作られた幻影なのかがわかっていた。
「二刀流で初めて倒した、記念すべき相手だな」
ネザーは内心で呟きながら、その悪魔を懐かしそうな眼で眺めていた。
サラマンダー達は皆凍りついたように動きを止めていた。その場の全員が魂を抜かれたように見守る中、黒い悪魔はゆっくりと天を振り仰ぎ__
「ゴアアアアア!!」
轟くような雄叫びを上げた。今度こそ、誇張でなく世界が震えた。体の底から、原始的な恐怖が沸き起こる。
「ひっ!ひいっ!!」
サラマンダー前衛の1人が、悲鳴を上げて数歩後退した。その瞬間、恐ろしいスピードで悪魔が動いた。鉤爪の生えた右手を無造作にシールドの列に開いた隙間へと突き込み、その指先が重武装の戦士の体を貫いた__と見えた瞬間、赤いエンドフレイムが吹き上がって、サラマンダーの姿は搔き消すように消滅した。
「うわあああ!?」
たった一撃で仲間が倒れるのを見た残る2人の前衛は、異口同音に恐慌の叫びを上げた。盾を下ろし、左手の武器を振り回しながら、ジリジリと後ずさっていく。
後方のメイジ集団の中から、リーダーの者と思しき怒鳴り声がした。
「バカ、体勢を崩すな!奴は見た目とリーチだけだ!今まで通り陣形を保てば、ダメージは通らない!」
しかしその声は戦士達には届かなかった。漆黒の悪魔は大音量で吠えながら飛び掛かると、右の戦士を巨大な顎門で頭から咥え、左の戦士を鉤爪で掴み上げた。激しく振り回され、叩きつけられたアバターから、ゴ、ゴッ!と連続して赤い断末魔の光が放たれ、まるで鮮血の如く飛び散った。
3人の前衛が消滅するのに、10秒もかからなかったろう。気を取り直したように再びリーダーの指示が飛び、メイジ集団がスペル詠唱を始めた。だが、アーマーの類は一切身につけず、赤いローブを纏っただけのピュアメイジの集団は、前衛と比べるといかにも脆そうで__シュルルル、と呼気を吐き出しながら屹立した黒い悪魔に、幻惑魔法の効果以上の恐怖心を煽られたようだった。詠唱速度が、これまでよりも格段に遅い。
スペル詠唱が終了する寸前、メイジ隊に向かって悪魔は大きく右腕を振り上げ、横一文字に薙ぎ払った。前面にいた2人がボロ切れのように吹き飛ばされ、宙で次々と赤い炎を撒き散らし、消滅。悲鳴と、ガラスを叩き割るようなバシャッ!という効果音が空に満ちる。間を置かず巨木の如き左腕が唸り、再び2名のサラマンダーが四散する。
つい数瞬前までは集団の中央にいた一際高級そうな魔道装備を身に纏ったメイジが、いかにも魔法職といった細面を引き攣らせた。スペルワードをファンブルしたらしく、両手を包んでいたエフェクト光がブスン!と黒煙を上げて消滅する。
キリトの変化した悪魔は、地響きと共に一歩足を踏み出すと再び轟くような雄叫びを放った。リーダーと思しき男は「ヒッ!」と喉を詰まらせたような悲鳴を上げ、右手をぶんぶん振り回した。
「た、退却!たいきゃ__」
だが、その言葉が終わらない内に__。
悪魔は一瞬身を縮めると、大きく跳躍。ズシンと橋を揺るがして着陸したのは集団の真っ只中だった。それから後はもう、戦闘と呼べるものではなかった。
悪魔の鉤爪が唸るたび、その軌跡にエンドフレイムが飛び散る。中には健気に杖で肉弾戦を挑もうとする者もいるが、武器を振り下ろす間もなく頭から牙に飲まれ、絶命する。
暴風圏から器用に逃げ回っていたリーダーが、最早これまでかと見てか橋から身を躍らせた。水柱を上げて湖面に飛び込むと、そのまま猛烈なスピードで彼方の岸を目指して泳いでいく。
ALOでは水に落ちても、装備重量が一定値以下なら沈むことはない。メイジの軽装が幸いして、見る見る内に橋から遠ざかっていったが__突然、その数名の下にゆらりと巨大な黒い影が現れた。
直後、ガポンという水音を残してリーダーが一瞬で水に引き込まれた。無数の泡を残して影は湖水の深みに潜っていき、消える直前、チラッと赤い光が瞬いたのが見えた。
キリトの悪魔は敵リーダーの末路は興味を示さず、とうとう最後の1人となった不運なメイジを両手で高々と持ち上げた。ギャーギャーと悲鳴を上げるその体を、2つに捻じ切る勢いで力を込めていく。
あまりのバイオレンスシーンに思わず呆然としていたネザーがそこでようやく我に返り、大声で叫ぶ。
「待て、キリト!!そいつは生かしておけ!!」
急いで悪魔の元の駆け出したネザーに続いて、ユイを肩に乗せたリーファも駆け出した。悪魔は動きを止めて振り返ると、不満そうな唸りを上げながらもサラマンダーの体を空中で解放した。
ドチャッと音を立てて橋の上に落下し、放心の体で口をパクパクさせている男の前で立ち止まると、ネザーは鞘に収納していた片手剣を右手ですぐさま抜き取り、男の足の間に突き立てた。金属音と共に剣先が石畳に食い込み、男の体がビクッと震える。
「誰の差し金なのか、洗いざらい吐いてもらうぞ」
冷ややかな声の内側には、押さえ込まれた怒りが眠っているようだった。そのゾッとするような声は、逆に男をショックから醒ませたらしく、顔面蒼白ながらも首を横に振った。
「こ、殺すなら殺しやがれ!」
「こいつ……」
やけくそのつもりか、頑とした態度を取る男にネザーは少なからず腹を立てた。
その時、上空から様子を見下ろしていた悪魔が、黒い霧を撒き散らしながらゆっくりとその巨躯を消滅させ始めた。ネザーとリーファが顔を上げると、宙に溶けていく霧の中央から小さな人影が飛び出し、スクンと橋に着地した。
「いやあ、暴れた暴れた」
キリトは首をこきこき動かしながら打って変わってのんびりした口調で言い、巨剣を背中に収めた。ポカンと口を開けるサラマンダーの隣にしゃがみ込み、肩をポンと叩く。
「よ、ナイスファイト」
「は……?」
唖然とする男に向かって、爽やかな口調で話し続ける。
「いやあ、あんた達の作戦も実によかったよ。俺1人だったら速攻やられてたなぁー」
「何言ってるんだお前……?」
「まあまあ」
ネザーが尖った声を出すと、パチリとウインク。
「さて、物は相談なんだがキミ」
左手を振ってトレードウィンドウを出し、男にアイテム群の羅列を示す。
「これ、今の戦闘で俺がゲットしたアイテムと金なんだけどな。俺達の質問に答えてくれたら、これ全部、君にあげちゃおうかなーなんて思ってるんだけどなぁー」
男は数回口を開けたり閉じたりしながら、キリトのにこやかな笑顔を見上げた。不意にキョロキョロと周囲を見回し__おそらく、死亡したサラマンダー全員の蘇生猶予時間が終了し、セーブポイントに転送されたのを確認したのだ__再びキリトに向き直る。
「……マジ?」
「マジマジ」
にやっと笑みを交わす両者を見て、リーファは思わずため息。
「男って……」
「なんか、身も蓋もないですよね……」
肩でユイも感心したように囁いた。
「俺も含まれてるのか?」
ネザーが再び冷ややか声で問うと、リーファは「あ、いや……」と慌てふためいた。
「ね、ネザーさんのことは、身も蓋もないなんて思っていませんからね。当然含まれていませんから、誤解しないでくださいね」
「………」
説得力に欠ける口調だが、そういうことにした。
一方、蔑視の目線に怯まず、取引が成立した男2人はグッと頷き合った。
サラマンダーは、話し出すと饒舌だった。
「今日の夕方かなぁ、ジータクスさん、あ、さっきのメイジ隊のリーダーなんだけどさ、あの人からメールで呼び出されてさ、断ろうとしたら強制招集だっつうのよ。入ってみたら、たった3人を10何人で狩る作戦だっつうじゃん、イジメかよおいって思ったんだけどさ、昨日カゲムネさんをやった相手だっつうからなるほどなって……」
「カゲムネって誰?」
「ランス隊の隊長だよ。シルフ狩りの名人なんだけどさ、昨日珍しくコテンパンにやられて逃げ帰ってきたんだよね。あんたがやったんだろ?」
シルフ狩りなる言葉に顔を顰めながら、ネザー達3人は視線を交わした。おそらくネザーとキリトがALOを始めたばかりに遭遇し、昨夜撃退したサラマンダー部隊のリーダーのことだろう。
「……で、そのジータクスさんはなんであたし達を狙ったの?」
「ジータクスさんよりもっと上の命令だったみたいだぜ。なんか、《作戦》の邪魔になるとか……」
「作戦って?」
「サラマンダーの上のほうでなんか動いてるっぽいんだよね。俺みたいな下っ端には教えてくれないんだけどさ、相当でかいこと狙ってるみたいだぜ。今日入った時、すげえ人数の軍隊が北に飛んでくのを見たよ」
「北……」
リーファは唇に指先を当て、考え込んだ。アルヴヘイムのほぼ南端にあるサラマンダー領の首都《ガタン》からまっすぐ北に飛ぶと、リーファ達が現在通過中の環状山脈にぶつかる。そこから西に回ればこのルグルー回廊があるし、東に行けば山脈の切れ目の1つ《竜の谷》がある。どちらを通過するにせよ、その先にあるのは央都アルン、そして世界樹だ。
「……世界樹攻略に挑戦する気なの?」
リーファの問いに、男はぶんぶんと首を振った。
「まさか。さすがに前の全滅で懲りたらしくて、最低でも全軍に古代武具級の装備が必要だってんで金貯めてるとこだぜ。おかげでノルマがキツくてさ……。でもまだ目標の半分も貯まってないらしいよ」
「ふうん……」
「ま、俺の知ってるのはこんなとこだ。__さっきの話、本当だろうな?」
後半はキリトに向けられた言葉だ。
「取引で嘘がつかないさ」
スプリガンの少年は飄々と嘯くとトレードウィンドウを操作した。入手したアイテム群を覗き込んだサラマンダーは、嬉々とした表情でせかせかと指を動かしている。
ネザーとリーファは半端呆れながら男に言った。
「それ、元はお前の仲間の装備だろ」
「気が咎めたりしないの?」
すると男はちっちっと舌を鳴らす。
「わかってねえな。連中が自慢気に見せびらかしてたレアだからこそ快感も増すってもんじゃねえか。ま、さすがに俺が装備するわけにもいかねえけどな。全部換金して家でも買うさ」
ほとぼりを冷ますために何日かかけてテリトリーに戻ると言い残し、サラマンダーは元来た方向に消えて行った。
なんだが、ついさっきまで繰り広げられていた死闘が嘘のように思えて、リーファはすっかりいつもの調子に戻っているキリトの顔をまじまじと眺めた。
「ん?何?」
「あ、えーっと……。さっき大暴れした悪魔、キリト君なんだよねぇ?」
訊くと、キリトは視線を上向けて顎をぽりぽりと掻いた。
「んー、多分ね」
「多分、って……サラマンダーがモンスターの見た目に騙されて混乱するかもって作戦じゃなかったの?」
「いやー、そこまで考えてなかったって言うか……俺、たまにあるんだよな……。戦闘中にブチ切れて、記憶が飛んだりとか……」
「自覚はあるってことか」
そういえば、アインクラッド第74層迷宮区で《ザ・グリームアイズ》と戦った時も、かなりブチ切れていた感じだった。そのことを鮮明に思い返したネザーは、ある意味驚異的なキリトの能力に少しばかり恐れを感じた。
「まあ、さっきのは何となく覚えてるよ。ユイに教えられた魔法使ったら、なんか自分がえらい大きくなってさ。剣もなくなるし、仕方ないから手掴みで……」
「ボリボリ齧ったりもしてましたよ」
リーファの肩で、ユイが楽しそうに注釈を加える。
「ああ、そういえば。モンスター気分が味わえてなかなか楽しい体験だったぜ」
にやにや笑うキリトを見ていると、リーファはどうしても聞いてみたい疑問が湧いてきて、恐る恐る口にする。
「その……、味とか、したの?サラマンダーの……」
「……ちょっと焦げかけの焼肉の風味と歯応えが……」
「わっ、やっぱいい、言わないで!」
キリトに向かってぶんぶんと手を振る。と、不意にその手を捕まれ__。
「がおう!!」
一声唸るとキリトは大きく口を開け、リーファの指先をぱくりと咥えた。
「ギャーーーーッ!!」
リーファの悲鳴と、それに続くばちーん!という破裂音が地底湖の水面をわずかに揺らした。
「……はぁ〜」
呆れた光景を細目で眺めるネザーは、ため息しか出なかった。
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