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Sword Art Rider-Awakening Clock Up

作者:redo
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アルンへの旅路

足早にチューブから風の塔最上部の展望デッキに飛び出す。数え切れないほど訪れたことのある場所だが、四方に広がる大パノラマは何度見ても心が浮き立つ。

シルフ領は、アルヴヘイムの南西に位置する。西側は、しばらく草原が続いた後すぐに海岸となっており、その向こうは無限の大海原が青く輝いている。東は深い森がどこまでも(つら)なり、その奥には高い山脈が薄紫色に連なる。その稜線(りょうせん)の更に彼方に、ほとんど空と同化した色で一際高く聳える影__世界樹。

「うお……すごい眺めだな!」

リーファに続いてエレベーターを降りたキリトが、眼を細めてぐるりと周囲を見回した。

「空が近いな……。手が届きそうだ……」

「……届くわけないだろ」

ロマンチックな雰囲気を壊しかけるネザーの小声は耳に入らず、瞳に憧憬(しょうけい)にも似た色を浮かべて青い空を仰ぎ見るキリトに並んで、リーファはそっと右手を空に翳し、言った。

「でしょ。この空を見てると、ちっちゃく思えるよね、いろんなことが」

「「………」」

ネザーとキリトが気遣わしげな視線を向けてくる。それに笑顔を返し、リーファは言葉を続けた。

「……いいきっかけだったよ。いつかはここを出ていこうと思ってたの。1人じゃ怖くて、なかなか決心がつかなかったんだけど……」

「そうか。……でも、なんだか、喧嘩別れみたいな形にさせちゃって……」

「あのシグルドって奴の下じゃ、どっちにしろ穏便には抜けられなかったはずだ」

その先は、リーファの独り言だった。

「なんで、ああやって縛ったり縛られたりしたがるのかな……。せっかく、翅があるのにね……」

その時。

キリトの着ているジャケットの大きな襟の下から顔を出したユイが、疑問を抱いたかのように口を動かした。

「複雑なんですね、人間は」

キラランと音を立てて飛び立つと、キリトの肩に着地し、小さな腕を組んで首を(かし)げる。

「人を求める心を、あんな風にややこしく表現する心理は理解できません」

彼女がプログラムであることも一瞬忘れ、、リーファはユイの顔を覗き込んだ。

「求める……?」

「他者の心を求める衝動が人間の基本的な行動原理だとわたしは理解しています。故にそれはわたしのベースメントでもあるのですが、わたしなら……」

ユイは突然キリトの頬に手を添えると、(かが)み込んで音高くキスをした。

「こうします。とてもシンプルで明確です」

呆気に取られて眼を丸くするリーファの前で、キリトは苦笑いしながら指先でユイの頭を突いた。

「人間の世界はもうちょっとややこしい場所なんだよ。気安くそんな真似したらハラスメントでバンされちゃうよ」

「手順と様式というものですね」

「……頼むから妙なことを覚えないでくれよ」

キリトとユイのやり取りを呆然と眺めていたリーファは、どうにか口を動かした。

「す、すごいAIね。プライベートピクシーってみんなそうなの?」

「こいつは特に変なんだよ」

言いながらキリトはユイの襟首を摘み上げると、ひょいと胸ポケットに放り込んだ。

「そ、そうなんだ」

「お前ら……肝心なことを見落としているぞ」

「「え?」」

今まで声を殺していたネザーが、空を眺めながら口を動かした。

「人間ってのは……愚かな生き物だ」

「愚か……?」

興味を引かれ、リーファとキリトは上を向くネザーの横顔を見た。

「人は誰でも、自分の求める何かを持っている。願い、望み、祈り、欲望……解釈は様々だが、それらを叶えるために人は生きていると言ってもいい。だが……進む道を間違えれば……死ぬまで後悔することになる」

首を下ろし、リーファに眼を向けて続ける。

「だがリーファは……少なくとも後悔せずに済む道を選択した。自分が何者かを決めるのは、能力でもステータスでもない。どんな選択をするかだ。その選択次第で自分が決まる」

「……選択で……自分が決まる」

リーファはネザーの名言を繰り返しながら、屈めていた腰を伸ばした。

なら__この世界でどこまでも飛んでいきたいと願っている自分の気持ちを選択したということだろうか?そしてその奥底で誰かを求めているのだろうか。不意に、和人(かずと)の顔が脳裏を()ぎって、ドキン、と心臓が大きな音を立てる。

ひょっとしたら__この妖精の頃を使って、現実世界のいろんな障害を飛び越えて、和人の胸に飛び込んでいきたいと、そう思っているのだろうか?

「まさかね……」

考えすぎだ。心の中でそう呟いた。今は、ただ飛びたい。それだけだ。

「ん?何か言った?」

「な、なんでもないよ。……さ、そろそろ出発しよっか」

キリトに笑顔を向けると、リーファは空を振り仰いだ。夜明けの光を受けて金色に輝いていた雲もすっかり消え去り、深い青がどこまでも広がっていた。今日はいい天気になりそうだった。

展望台の中央に設置されたロケーターストーンという石碑を使ってキリトに戻り位置をセーブさせると、リーファは4枚の翅を広げて軽く震わせた。

「準備はいい?」

「ああ」

「OKだ」

キリトは胸ポケットから顔を出したピクシーが頷くのを確認し、いざ離陸しようとしたところで__。

「リーファちゃん!」

エレベーターから転がるように飛び出してきた人物に呼び止められ、リーファはわずかに浮いた足を再び着地させた。

「あ……レコン」

「ひ、ひどいよ、一言声かけてから出発してもいいじゃない」

「ごめーん。忘れてた」

ガクリと肩を落としたレコンは、気を取り直したように顔を上げるといつになく真剣な顔で言った。

「リーファちゃん、パーティー抜けたんだって?」

「ん……。その場の勢い半分だけどね。あんたはどうするの?」

「決まってるじゃない。この剣はリーファちゃんだけに捧げてるんだから」

「えー、別にいらない」

リーファの言葉に再びレコンはよろけたが、この程度でめげるような彼ではない。

「ま、まあそういうわけだから当然僕もついていく……と言いたいとこだけど、ちょっと気になることがあるんだよね」

「……何?」

「まだ確証はないんだけど……少し調べたいから、僕はもうしばらくシグルドのパーティーに残るよ。__ネザーさん、キリトさん」

レコンは、彼にしては最大限に真面目な様子で2人に向き直った。

「彼女、トラブルに飛び込んでく癖があるんで、気をつけてくださいね」

「あ、ああ、わかった」

「……こいつも似たようなものだけどな」

どこか面白がっているような表情で頷くキリトとは裏腹に、ネザーは周りに聞こえない程度の小声で彼の悪口を呟いた。

「それから、2人に言っておきますけど、彼女は僕のンギャッ!」

語尾の悲鳴はリーファが思い切りレコンの足を踏みつけたことによるものだ。

「余計なこと言わなくていいのよ!しばらく中立場にいると思うから、何かあったらメールでね!」

早口でまくし立てると、リーファは翅を広げ、フワリと浮き上がった。名残(なごり)()しそうな顔のレコンに向かって、大きく右手を振る。

「……あたしがいなくても、ちゃんと随意飛行の練習すんのよ。後、あんまサラマンダー領に近づいたらダメよ!じゃあ!」

「り……リーファちゃんも元気でね!すぐ追いかけるからね!!」

と涙を滲ませて叫ぶアバターの中身とはどうせすぐに学校で会うというのに、それなりの別れの感慨がこみ上げてきてしまって、リーファは慌ててクルリと向きを変えた。北東の方角を見据え、翅を広角に固定して滑空(かっくう)を始める。

すぐに隣に追いついてきたとキリトが、笑いを押し殺したような表情のまま言った。

「彼、リアルでも友達なんだって?」

「……まあ、一応」

「ふぅん」

「……何よ、そのふぅんってのは?」

「いや、いいなあと思ってさ」

キリトに続けて、彼の胸ポケットからピクシーも言った。

「あの人の感情は理解できます。好きなんですね、リーファさんのこと。リーファさんはどうなんですか?」

「し、知らないわよ!!」

つい大声で叫んでしまい、リーファは照れ隠しにスピードを上げた。レコンの直球な態度にはいい加減慣れてしまっているのだが、キリトの隣でやられるとなぜか妙に恥ずかしかった。

「………」

一番後方を飛ぶネザーは、そんなリーファの気持ちを見ただけで察した。似たような経験を持つ者としては、多少の共感を抱かざるを得ない。

気づくと、いつの間にか街を出て、森の緑に差し掛かっていた。リーファは体を半回転させて後進姿勢を取り、遠ざかっていく翡翠(ひすい)の街を見つめた。

1年を過ごしたスイルベーンから離れることを思うと、郷愁(きょうしゅう)に似た感情がちくりと胸を刺したが、未知の世界へ旅立つ興奮がすぐにその痛みを薄めていった。バイバイ、と心の中で呟いて、再び向き直る。

「さ、急ごう!一回の飛行であの湖まで行くよ!」

遥か彼方にキラキラと輝く湖面を指差し、リーファは思い切り翅を鳴らした。











リーファとネザーは(なか)感嘆(かんたん)し、半ば呆れながらキリトの戦闘を眺めていた。

シルフ領の北東に広がる《古森(ふるもり)》の上空、もう少しで森を抜けて高原地帯に差し掛かる辺りだ。スイルベーンはもはや遥か後方に遠ざかり、どんなに眼を凝らしても翡翠の塔を見分けることはできない。

いわゆる中立域の奥深くに分け入っているために、出現するモンスターの強さもかなりのレベルになりつつある。今キリトが3匹を同時に相手にしている、羽の生えた単眼の大トカゲ《イビルグランサー》もシルフ領の初級ダンジョンならボス級の戦闘力を持っている。

基本ステータスもさることながら、厄介なのは紫の1つ眼から放つ《邪眼(じゃがん)》__カース系の魔法攻撃で、喰らうと大幅な一時的ステータスダウンを強いられる。故にリーファとネザーは距離を取って援護に徹し、キリトにカースが命中するたびに解呪(かいじゅ)魔法(まほう)をかけているのだが、正直に言ってその必要があるのかどうかも怪しいところだ。

身長に迫るほどの巨剣を握ったキリトは、防御や回避といった言葉は辞書にない、と言わんばかりのバーサークっぷりを見せて次々とトカゲを叩き落としていった。尾を使ったトカゲ遠距離攻撃など意に介する風もなく、剣を振り回しながら突進しては時に数匹を一度にその暴風に巻き込み、切り刻む。恐るべきはその一撃の威力で、当初は5匹いたイビルグランサーはあっという間にその数を減らし、最後の1匹はHPを残り2割程度に減らされたところで逃走に移った。情けない悲鳴を上げながら森に逃げ込もうとする奴に向かってリーファは左手を翳すと、遠距離ホーミング系の真空魔法を発射。緑色に輝くブーメラン状の刃が4〜5枚宙を走り、トカゲの体に絡みつくようにその鱗を切り裂いた。直後、青い爬虫類の巨体はポリゴンの欠片となって四散し、この日5度目の戦闘は呆気なく終了した。

大きな金属音と共に剣を鞘に落とし込み、宙をフワフワと近づいてきたキリトに向かってリーファは右手を上げた。

「お疲れ!」

「援護サンキュー」

バシンと掌を打ち付け合って、笑みを交わす。

「………」

ネザーは相変わらずの無愛想。援護どころか手を動かす素振りも見せなかった。

「しっかしまぁ……何て言うか、無茶苦茶な戦い方ねぇ」

ネザーの態度など気にせずリーファが言うと、キリトは頭を掻いた。

「そ、そうかな?」

「普通はもっと、回避を意識してヒットアンドアウェイを繰り返すもんだけどね。キミのはヒットアンドヒットだよ」

「その分速く片付いていいじゃないか」

「今みたいな一種構成のモンスターならそれでもいいけどね。接近型と遠距離型の混成とか、もしプレイヤーのパーティーと戦闘になった時は、どうしても魔法で狙い撃たれるから気をつけないとダメだよ」

「魔法ってのは回避できないのか?」

「遠距離攻撃魔法には何種類かあって、威力重視で直線軌道の奴は、方向さえ読めれば避けられるけど、ホーミング性能のいい魔法や範囲攻撃魔法は無理ね。それ系の魔法を使うメイジがいる場合は常に高速移動しながら交錯(こうさく)タイミングを計る必要があるわ」

「ふむぅ……。今までいたゲームには魔法ってなかったからなぁ……。覚えることが沢山ありそうだな」

キリトは難解な問題集を与えられた子供のような顔で頭を掻いた。

「まぁ、ネザーさんはすでにコツを掴んだみたいだから、キミもすぐに掴まないとね。現実でスポーツをするようなものだよ」

「いや……スポーツとは、違うと思うけど……」

「いいから先を急ぐぞ」

イラついたようにネザーが口を挟んできた。

「おう」

「はーい」

2人が返事をした後、全員翅を鳴らして移動を再開した。傾き始めた太陽に照らされて金緑色に輝く草原が、森の彼方に姿を現しつつあった。





その後はモンスターに出会うこともなく、3人はついに古森を脱して山岳地帯へ入った。ちょうど飛翔力が限界に来たので、山の裾野(すその)を形成する草原の端に降下する。

靴底を草に滑らせながら着地したリーファは、両腕を上げて大きく伸びをした。生身の体にはない器官なのに、長時間の飛行をすると不思議に翅の根元が疲労するような感覚に襲われる。数秒遅れて着陸したネザーとキリトも同じように腰に手を当てて背筋を伸ばしている。

「ふふ、疲れた?」

「いや、まだまだ!」

「問題ない」

2人の余裕にリーファは少々驚いた。

「お、頑張るわね。……と言いたいとこだけど、空の旅はしばらくお預けよ」

リーファの言葉に、キリトとネザーは眉を上げた。

「見えるでしょ、あの山」

草原の先に聳え立つ、真っ白に冠雪した山脈を指差す。

「あれが飛行限界高度よりも高いせいで、山越えには洞窟を抜けないといけないの。シルフ領からアルンへ向かう一番の難所らしいわ。あたしもここからは初めてなのよ」

「なるほどね」

「その洞窟は長いのか?」

「かなりね。途中に中立の鉱山都市があって、そこで休めるらしいけど……。キリト君、ネザーさん、今日はまだ時間大丈夫?」

訊かれた途端、2人は左手を振ってウィンドウを出すと時計を確認し、頷いた。

「リアルはもう夜7時だが、問題ない」

「俺も当分平気だよ」

「そう、じゃもうちょっと頑張ろう。ここで1回ローテアウトしよっか」

「ろ、ろーて?」

「ローテアウト。交代でログアウト休憩することだ。中立地帯だから、即落ちはできない。だから代わり番こでログアウトし、残った奴が空のアバターを守る、という仕組みだ」

言葉の意味が理解できない黒衣の妖精に、ネザーが詳細に説明する。

「なるほど、そういうことか。なら、リーファからどうぞ」

キリトは紳士らしく女性のリーファに先を譲った。

「じゃあ、お言葉に甘えて。20分ほどよろしく」

言うと、リーファはウィンドウを出し、ログアウトボタンを押した。警告メッセージのイエスボタンに触れると、周囲の風景が中央の一点に流れ込むかの如く遠ざかり、消えていった。

リーファがログアウトし、残されたキリトとネザーは久々に仮想世界で2人きりになった。

「なんか不思議だな」

「何が?」

突然のキリトの発言を疑問に思った。

「俺達SAOじゃ、ダンジョンやボスを攻略するだけだったのに……ここじゃ長旅みたいなことしてる」

「ここはSAOじゃないからな。__まぁ、不思議に思うのはわかるが」

「だろ」

そもそもこんなやり取りをしていること自体が俺にとっては不思議だった。SAO時代ならともかく、現実に帰還した後も、俺とキリトは再び巡り会い、共に仮想世界にやってきた。仮想世界は人の心の穴を埋めるものだと思ってきたが、最近は人と人を結び付けるものだと思えるようになってきた。

「そういえば……お前に訊きたいことがあるんだけど」

「何だ?」

俺は今にもやってくる質問に態勢しようとする。

「どうしてお前は……俺と一緒にALOに来てくれたんだ?」

「は?」

質問の意図が理解できなかった俺の態度を、キリトはすぐさま悟った。

「エギルの店で、お前は確かこう言ったな。自分の眼で確かめたいことができた、お前には74層での借りがある、と。でも理由はそれだけじゃないだろ」

「………」

勘が鋭い奴だとは思っていたが、まさか自分の深層心理に入り込んでくるとは……。俺は戸惑いを感じながらも、どう応じるべきか沈思(ちんし)した。

「……お前の……アスナを取り戻そうとする行動に興味が湧いた……っというのも理由の1つかな……」

「興味?」

「アスナがこの世界にいる確証なんて、何1つ存在しない。だがお前は……わずかな手掛かりだけで行動した。俺に言わせれば……非論理的だ」

「………」

合理的な物言いだが、ネザーらしい言い分だと納得していた。

「もしそれが、お前の強さの源なら……お前と共に行く。そしてお前も見定める。そう思った」

「見定めるって……これはテストか何かか?」

「別に。俺はただ、お前のその身に(みなぎ)る強さが気になってるだけだ」

この時、キリトは思った。なぜネザーは__人同士の絆を否定するのか。

思い返してみれば、ネザーはこれまでずっと誰かと親密になったことがない。ただでさえ他人とロクに話さない彼は、恐怖の対象として見られることが多かった。愛や友情を拒絶し、遠ざけ、自分の殻に閉じ籠もろうとする。

自ら悪役を買って出るのは何か意味があっての行為だと考えてきたが、実際はキリトが考えるほど単純ではないのかもしれない。SAOをクリアした英雄の称号を得ても、ネザーはその呼び名さえ否定する始末。

「どうしてお前は、そうやって人との関係を否定するような考え方なんだ?」

気を張り詰める思いでキリトは質問した。

「……アスナと出会ってからのお前は……変わった。そして考え方が……甘すぎる」

「甘いって……」

「ソロプレイヤーを続けてきたお前ならわかるはずだ。孤独こそが己を磨き、強さこそが己を制する。弱肉強食の世界に、正義も悪もない。ただ強い者が生き残るという結果だけだ」

「………」

そうかもしれない__。

一瞬、そう発言しそうになったが、口を抑えて取り止めた。

ネザーの言ったことは、ある意味正論だった。SAOの強さの基準は、レベルやスキル、強化武器の入手。それらがプレイヤーとしての強さを極め、生存率を上げてきた。キリトが《二刀流スキル》を入手できたのも、その基準値を超えたからこそだ。基数によってアインクラッドを制御していたカーディナルシステムならではの奇跡、と言ったところだろう。

「……お前の言ってることは、正しいとは思うよ。お前に比べれば……俺は甘い。お前ほど強い人間でもないけど……それは弱いってことにはならない」

最後の一言を聞いた途端__。

「……ああ、その通りだ」

「え?」

「人は人を愛すると弱くなる。だが……恥じることではない。弱さを知る人間だけが……本当の強さの意味を知っている」

突然の名言染みた言葉に、キリトは眼を丸くした。

「それ……何かの受け売りか?」

「……まぁな」

心の奥底に仕舞い込んでいたはずの記憶が、どういうわけか蘇った。このタイミングで思い出したことに俺は少なからず疑問を抱いたが、同時に__まるで《彼》が俺に、黒衣の少年を最後まで手伝ってほしい、と伝えてるような気がした。

「……何か辛気臭くなったな」

そう言うとキリトはウィンドウを開き、緑色のストロー状のアイテムを2本実体化させた。

「何だそれ?」

「雑貨屋でちょっとな。スイルベーン特産だとよ。ほら」

1つを自分の口に咥え、もう1つを俺に投げ渡した。俺はそれをしばらく観察をし、キリトと同じように口に咥える。それで息を吸い込むと薄荷(はっか)の香りがした。











「お待たせ!モンスター出なかった?」

待機姿勢__しゃがみ込んだ格好__から立ち上がり、リーファの精神が仮想世界のアバターに戻った。首を回すと、傍らに寝転がっていたキリトと、周りを警戒しながら立ち尽くすネザーの2人が見て取れた。

キリトは口からストロー状のものを離し、頷いた。

「おかえり。静かなもんだったよ」

「それ、何?」

「雑貨屋で買ったんだけど……スイルベーン特産だってNPCが言ってたぜ」

「あたし知らないよ、そんなの」

するとキリトがそれをひょいっと放ってきた。片手で受け止め、ドギマギする心を素知らぬ顔で隠して端っこを咥える。一息吸うと、甘い薄荷(はっか)の香りがする空気が口に広がった。

「じゃ、今度は俺達が落ちる番だな」

「俺はいい。お前1人で落ちろ」

キリトの言う《俺達》には自分も含まれていることを咄嗟に悟った俺は、すぐさま拒否した。

「いいのか、飯とは食わなくて?」

「飯は済ませてある。それに、いつ敵が来るかもわからないしな」

「わかった。じゃあ頼んだ」

そう言ってキリトは即座にウィンドウを出し、ログアウトすると、自動的にその体が待機姿勢を取った。

「本当に大丈夫なんですか?」

残されたリーファが訊ねる。

「問題ない。黙ってそいつを見張ってろ」

冷徹に言い切り、リーファから遠ざかって再び辺りを警戒する。

ぶっきらぼうな言い回しに少々怯えるリーファは、空になったキリトのアバターの隣に腰を下ろし、ぼんやりと空を眺めながら薄荷味のパイプを吸っていると、キリトの胸ポケットからもぞもぞと小妖精が姿を現してリーファを仰天させた。

「わぁ!……あ、あなた、ご主人様がいなくても動けるの?」

するとユイは当然といった顔で小さな手を腰にあて、頷いた。

「そりゃそうですよー。わたしはわたしですから。それと、ご主人様じゃなくて、パパです」

「そういえば……なんであなたはキリト君のことをパパって呼ぶの?もしかして、その……彼がそういう設定したの?」

「……パパは、わたしを助けてくれたんです。俺の子供だ、ってそう言ってくれたんです。だからパパです」

「そ、そう……」

やはりどうにも事情が飲み込めない。

「……パパのこと、好きなの?」

リーファが何気なく訊ねると、ユイは不意に真剣な表情でまっすぐ見つめ返してきた。

「リーファさん……好きって、どういうことなんでしょう?」

「ど、どうって……」

思わず口籠もる。しばらく考えてから、ぽつりと考えた。

「……いつでも一緒にいたい。一緒にいるとドキドキワクワクする、そんな感じかな……」

脳裏に和人(かずと)の笑顔が(よぎ)り__なぜそれが、すぐ隣で瞼を閉じて俯くアバターの横顔と重なって、リーファはハッと息を呑んだ。心の奥底に隠した和人への思慕(しぼ)とよく似たものをいつの間にかキリトにも感じてしまっているような、そんな気がして、思わず頭をブンブンと振る。それを見たユイが、怪訝そうな顔で首を傾げる。

「どうしたんですか、リーファさん?」

「なななんでもない!」

つい大声で叫んだ。その途端__

「何がなんでもないって?」

「わっ!!」

いきなりキリトが顔を上げて、リーファは文字通り飛び上がった。

「ただいま。……何かあったの?」

激しく動揺するリーファにキョトンとした顔を向けながら、キリトは待機姿勢から起立した。するとその肩に乗ったままのユイが口を開く。

「お帰りなさい、パパ。今、リーファさんとお話をしてました。人を好き__」

「わあ!なんでもないんだったら!!」

慌ててその言葉を遮りながらリーファも立つ。

「ず、随分速かったね。ごはんとか大丈夫なの?」

照れ隠しに訊くと、キリトは笑って頷いた。

「うん、家族が作り置きしといてくれたから」

「そう、じゃあさっさと出発しましょう。遅くなる前に鉱山都市まで辿り着けないと、ログアウトに苦労するから」

早口で捲し立てると、キリトとユイは揃って首を傾げた。それに構わず翅を広げ、軽く震わせる。

「ネザー、行くぞ」

キリトは、未だに辺りを見張っていたネザーに呼び掛ける。するとネザーは、冷ややかな目線と共に振り向く。

「行くのはいいが……今まで以上に注意したほうがいいぞ」

腑に落ちない顔で今まで飛んできた森の方に顔を向けた。

「何かあったのか?」

「さっきからずっと、誰かの視線を感じていた。近くにプレイヤーが潜んでいるかもしれない」

キリトは肩に乗る小妖精に訊ねる。

「ユイ、近くにプレイヤーはいるか?」

「いいえ、反応はありません」

ピクシーは小さな頭をフルフルと動かした。だがネザーはなおも納得できない様子で顔を顰めている。

「視線を感じる、って……。この世界にそんな第六感みたいなもの、あるんですか?」

リーファが訊くと、ネザーは右手で顎を撫でながら答えた。

「仮想世界だからといって、人間の本来の力が発揮できないわけじゃない。誰かが俺らを見ている場合、そいつに渡すデータを得るためにシステムが俺達を《参照》するが、その流れを脳が感じる、という仮説もある」

「は、はぁ……」

納得できたか否か、微妙な感じのリーファ。

「でもユイが探知できないなら、誰もいないんだろうしなぁ……」

「うーん、ひょっとしたら《トレーサー》が付いてるのかもしれない」

リーファが呟くと、キリトは眉を上げた。

「そりゃ何だい?」

「追跡魔法よ。大概ちっちゃい使い魔の姿で、術者に対象の位置を教えるの」

「便利なものがあるんだなぁ」

「それ、解除できるのか?」

「トレーサーを見つけられれば可能だけど、術者の魔法スキルが高いと、対象との間に取れる距離も増えるから、こんなフィールドだとほとんど不可能ね」

「そうか……。まあ、とりあえず先を急ごうぜ」

「うん」

ネザー1人は納得がいかない感じだが、これ以上時間を無駄にしたくないため先を急ぐことにした。

3人は翅を広げ、地面を蹴って浮かび上がった。間近に迫った白い山脈は絶壁の如く聳え立ち、その中腹に巨大な洞窟がポッカリと黒い口を開けている。不吉な冷気を吐き出しているかのような大穴目指して、リーファは力一杯翅を鳴らし、加速を始めた。
 
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