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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~暗躍と進撃の円舞~
  Behind the truth

ALO上空に浮かぶ、伝説の魔城。

アインクラッド。

その第一層【始まりの街】。全フロアの中でも一、二を争うほどの巨大な街並みの中に、かつてその城が一万人の虜囚を抱える監獄だった頃は、行きかう者達が一様に暗い顔をしていた《黒鉄宮》という施設がある。

無論、ALOにて復活した現在では、フロアボス攻略者の名が刻まれる場であるということもあり、かつて知人の死亡確認のために訪れていた多くのプレイヤー達が放っていた陰鬱な雰囲気はどこにもない。

そんな黒鉄宮だが、その地下に広大な迷宮を擁していることを知る人間はSAO時代まで遡っても僅かしかいない。

黒鉄宮地下迷宮最深部。

基部にはあるまじき高レベルMobの巣窟である、黒い石造りのダンジョンを抜けたその先。

危険域の中にぽっかりと空いた空白地帯、安置であるその部屋は、完全な正方形を成していた。入り口は一つだけで、中央にはつるつるに磨かれた黒い立方体の石机が設置されている。

アルヴヘイムにその身を移してからは誰一人訪れるどころか、そもそもその存在を知る者もほぼいない安全エリアに、ひたりと静かな足音が響いた。

黒曜石のような、黒水晶のような、透明感のある黒い石で構成された部屋の中。

純白の髪をなびかせながら入室した小さなその人影は、まるで幻のような、それこそ妖精のような神秘的なベールを纏っていた。

現れたその少女は、入り口の外から聞こえる、徘徊するモンスターの恐ろし気な咆哮など意に介さず、真っ直ぐに部屋の中央――――そこに鎮座する黒い立方体へ向かう。

変化は明確だった。

まるで、少女の接近そのものに何らかの命令が込められていたかのように、黒い石に突然数本の光の筋が走った。直後、ぶん……と音を立てて表面に青白いホロキーボードが浮かび上がる。

少女は知っている。この立方体は本来、スタッフが内部側からシステムに強制介入し、データの巻き戻し(ロールバック)などを実行できるために設置したコンソールだということを。

そして、自身もそこに介入できるということも。

―――ここから、《あの場所》へ。

せっかく出現してもらったが、キーボードは使う必要がない。彼女が掌る力が何なのか、それさえ理解できていれば現象を片付けるには充分だ。

少女は弦を震わせるように、思考の糸を弾く。

それだけで、呼応するように石に走る輝線の光量が増した。直後、少女の矮躯を青白い光が包む。階層間をテレポートする際にに発生する転移光だ。

転移する時に感じる、軽い眩暈のような感覚をやり過ごし、少女が次に目を開けると、景色が変わっていた。

宇宙。

夜闇にも似た、紺を混ぜた黒の中に、ぽつぽつと銀砂のような輝きが混じっていて、その様は広大な星空を思わせる。

だが、よくよく目を凝らすとその印象が違うという結論を得るだろう。遥か彼方で瞬くのは、素っ気ないバイナリデータの欠片。そして、地平線のようにうねっているのは、データの海とでも呼称すべき、データの塊が平面体を成しているだけだ。

そんな空間の中。足元さえ透明に設定されている不可思議の中、それを超える不可思議を内包する《男》が佇んでいた。

その後ろ姿を視認しただけで気が狂いそうなほどの憤激が身を焦がすのを感じながら、それでも真っ白な少女は口を開いた。

この空間に入った時点で――――否、そもそも最初からこちらの動向などこの男にとっては、まさしく手のひらの上のことのように把握されていたことだろう。

それでも。

原則だろうが規則だろうが、どうでもいい。

様式美のように、少女はこう言った。



「久しぶりね――――カーディナル」



銀糸を爪弾いたかのようなその言葉に。

燕尾服(タキシード)を着たその男は、ゆっくりと振り返りながら薄く笑った。

「久しぶりだな……イヴ。アリアドネの糸、神たる全知と魂を繋ぐ道標よ」










――――カーディナル。

その単語が指し示す意味は、主に三つの意味がある。

一つ目は、現実世界のカトリック教会組織における高位の役職だ。日本語では枢機卿と呼ばれる。

二つ目は、アトリ科の鳥の名前。日本語では猩々紅冠鳥、全身に枢機卿が着る法衣と同じ緋色の羽毛が生えていることから名付けられた。

そして三つ目が――――茅場晶彦によって開発されたVRMMOゲーム運営用の高機能自立プログラム、《カーディナル・システム》だ。最初のバージョンがSAOに用いられ、アインクラッド内の通貨、アイテム、モンスター出現バランスを絶妙に調節し、幾多のプレイヤーを手玉に取っていた。

これだけでも知る者はほとんどいない。

だが、その中でもさらに限られた人数だけが知る、その先がある。

SAOを創造した狂気の天才、茅場晶彦でも完全なスタンドアロン型のGM用システムを作ることはできなかった。彼は当時、AI研究の最先端として《(フラクトライト)》の存在を提唱していた《鬼才》小日向相馬に協力を求める。

結果的に誕生したのは、従来のカーディナル・システムと二人三脚で管理権を与えられたAI《カーディナル》。

だが、完全無欠な世界の管理者たらんと生み出された彼には、唯一の欠点があった。

それが、未知への渇望。

本人が言うには知識欲だが、はっきり言ってあの入れ込みようはもはや執念を超えた、人間でいう食物や空気と同じようなものに思える。

万物を識る。

そのためだけに数々の非道な手段、手法を行使してきたAIプログラム、カーディナルだが、その過程でとある少年と対峙することになる。

意思と意思、欲望と欲望がぶつかり合い、重なり合った結果、カーディナルはその魂を突き動かす根源的な渇望を上書き(オーバーライド)され、永き眠りについていたはずだ。

「――――起きて、たのね」

うねり、漂う、データコードの海。

そのただ中で、イヴと呼ばれた真っ白な少女は言った。

対して、タキシードを着た男はどこまでも泰然としていた。彼は大仰に腕を広げながら、

「私はちゃんと言ったはずだ。『あと二、三年は眠る』とな。その最低条件は満たしている」

「ハッ、白々しいわね。ずっと監視してたくせに」

吐き捨てるような言葉に、男は底知れない笑みを浮かべる。

「さて、何用かな?イヴ。まだ接触点には至っていない気がするが」

「誤魔化さないで。初めから分かっているはずよ」

動じない男にいい加減沸騰しそうになっている頭を必死になだめすかしながら、少女は金と銀の瞳を細めた。

「なぜ、《災禍》を蘇らせたの?」

「…………」

「あなたには分かっていたはず。《彼女》は必ず《災禍》を復活させる。そうと知っていて、あなたはここから《彼女》を見つけ出したのでしょう?」

疑問はあった、最初から。

GGO最大の大会。バレットオブバレッツをあそこまで完膚なく引っ掻き回した力と実行力。その両方を持っていたにも拘らず、《彼女》はSAOがクリアされてから今まで何の音沙汰もなかった。

前兆も、予兆すらも。

―――だけど。

激甚な感情を抑え、能面のような表情になっている少女はゆっくりと首を巡らせた。

「この――――《ホロウ・エリア》から」

ホロウ・エリア。

その正体は、一般Mobやイベント、その他ゲームで実装する予定の様々な要素を本実装前にバグの類がないか確かめるための、開発テスト用の秘匿エリアのことだ。

SAO時代、カーディナル・システムはできるだけ開発スタッフの手を借りないスタンドアロンのシステムを目指されていた。その方向性の極地がここなのだ。

このエリアでは、本来ならスタッフ自らの手で行われるべきテストプレイヤーさえ、一般サーバで生きている通常プレイヤーIDをもとに量産されていた。

その名も、ホロウ・データ。虚ろな影のような彼らは、ユイを初めとしたMHCP(メンタルヘルス・カウンセリングプログラム)にも実装されていた感情収集システムによって抽出された、本物のプレイヤーの感情データで構成されている。

「SAO黎明期、あなたは誕生した《災禍》に興味を持った。まぁ、最初から心意(インカーネイト)システムという未知に惹かれていたという側面もあって、それを掌る私にコンタクトを取っていたことは、憶えているわよね?」

「無論。私はゲームマスターとして調整される過程で、忘却という機能が削ぎ落とされている。つい昨日のようにリフレインできるとも。《災禍》の伴侶たる《彼女》を――――なぶり殺しにされ、吐き捨てるように殺されたあの娘を見出し、野に放ったあの瞬間は」

単純に、ホロウ・データであって、プレイヤーそのものを生き残らせていないのは、それを為せる権限がカーディナル自身にも与えられていないためだ。

HPがゼロになった瞬間、死ぬ。

それは一種の概念やルール、法則のようなレベルで、あの世界の常識になっていた。

生き返った――――否、無理矢理甦らされたあの《少女》が、喜びというありふれた感情に簡単に押し潰されたのも、ひとえに《彼女》が本物ではなかったからという明確な理由が存在する。

ホロウ・データは、単なるAIの一種であり、しかもその完成度は同じトップダウン型AIであるMHCP達と比べるとかなり目劣りする出来だ。生体脳ほどの処理能力を持たない《彼女》では、一連の中で積み重なった感情エミュレータの過剰振幅に耐えきれなかったのだろう。

「……なら、その危険性についても知っているはずよね。MHCP(ユイ)を通じて、感情収集システムそのものを逆手に取り、《四凶》という、本来プログラム上に存在しえない新たなモノを創りだした、あなたなら」

「《災禍の鎧》による……色彩変化」

「小日向相馬唯一の家族、小日向蓮は替えのきかない代物。それを言ったのはあなたでしょう?彼の《色》を変化させないために、いざという時にどんな《色》にも染められるよう、そのためだけにいったいどれだけ消費したと思っているのよ。確かに今回、《災禍》によってあの子が歪んだのは僅かかもしれない。けれど、その歪みがどれだけ致命的なのか、あなたは把握しきれているの?」

今にも張り裂けそうな心の内を必死で抑えながら、真っ白な少女は続ける。

「分かっているの!?小日向蓮がいなければ、この子は――――マイは……ッ!!」

だが、その叫びに対して、タキシードを着た男はしばらく無言だった。

ホロウ・エリア管理区。その円形の空間のド真ん中に据えられたコンソール上に浮かぶ幾多のホロウインドウを一瞥した男は、ふぅと短い呼気を吐き出す。

そして、カーディナルと呼ばれる男は簡潔に言い放った。

「もう、あの少年はダメだ」

「――――ッッ!!」

主題が欠落した、簡単な言葉だった。

だが、その言葉は少女に大きすぎる衝撃を与えた。足元がぐらつくように感じるほどの心的ショックを受けたイヴと呼ばれる少女は、絞り出すように口を開く。

「そん、な……。あの子……、あの子が、マイの《代わり》になるって――――ッ!!」

「……イヴ。君は、今回のGGOでの一件を僅かな歪み、とは言ったが、それは間違いだ」

「な、に……?」

金銀妖瞳(ヘテロクロミア)の双眸を見開く少女に、カーディナルはどこか、沈痛そうな表情を浮かべた。

「歪みなど、最初からあった」

男は言う。

「では語ろう。小日向蓮、それが、私達の手のひらの上からいかに離れているのかを」

今回非在だった、とある少年の趨勢を。 
 

 
後書き
さて、《前置き》は終わって《本題》でございます。
え?今までのが前置きかよって?私はあらかじめ言ってましたよ。今編の題はGGO編に出た謎に対する答え合わせのようなものである、と。つまり前話の黒幕ちゃんの涙とかは全部が全部"ついで"ということですね~、はい←
さて、いきなり出てきたゲーム設定に戸惑われるかもしれませんが、まぁプレイされてない読者様用に要約しますと、GGOに出てきたフェイバルさん――――もといフランですが、現実世界ではSAO時点で死亡していた、というのがGGO編の終盤に投下された謎でした。そして今話で出てきたホロウ・エリア、並びにホロウ・データというのは、要するにSAO生前のプレイヤーを模した幽霊とでも思っていただければ。
あくまで劣化クローンのようなものなので、完全な生前の人格は発現しないようなんですけどね。詳しくはSAOゲーム二作目をチェック(宣伝←
 
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