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殺人鬼inIS学園

作者:門無和平
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第十九話:邂逅

 忘年某月某日、臨海学校二日目。編田羅赦は野戦服に身を包み、カービン銃を肩に掛けて砂浜を疾走していた。偶然にも干潮の時間帯が重なったお陰で、人目につきにくい道を選ぶことが出来たのだ。

「全く、車の一つでも支給できなかったのだろうか!!」

 轡木理事長のやつれた表情が脳裏に浮かんだが、最早哀れみの情は湧いて来なかった。何らかの意趣返しを行わねば気が済まないレベルまでラシャは苛立っていたのだ。

この件でカタが着いたら退職しよう。そして総てを打ち明けて法の裁きを受けよう。

 かねてより考えていた事がもう目の前にちらつき始めている。今更真っ当に生きるには罪を重ねすぎている。やり残したことや未来への希望を夢見ることが出来るほどラシャは無神経ではなくなっていた。だが、それらの後悔や苦悩も、諸悪の根源である篠ノ之束を殺すことによって初めて出来ることだ。どの道彼女の心臓にナイフを突き立てるまでは、ラシャは泣くことも、苦悩することも、死ぬことも許されない。

「十年前のツケを漸く返せるぞ…あの時殺さなかったことを後悔させてやる!!」



 旅館、花月荘近辺のカフェに一人の少女が紅茶を飲んでいた。時代錯誤なゴシック・ロリータに身を包んだその姿は、近代的な造りをしているビーチ周辺の風景からは明らかに浮いていた。それだけでなく、白磁器のように白い肌に水銀のような滑らかな銀髪。日本人らしからぬ顔の作りはゲルマン系のそれだ。
 それだけでなく、固く閉じられた瞼が万人に対し、近づき難い威圧感をささやかながらに与えていた。彼女こそ、篠ノ之束から「くーちゃん」と呼ばれていた少女である。

「どうぞ、レディ・サービスのシュークリームです」

 キザなウェイターが恭しく小皿を少女のテーブルに差し出す。女性優遇制度の影響を受けたこの店では、女性限定のサービスを多々取り揃えており、それに応じてチップと言うかたちでおこぼれを貰おうと考える者も多かった。このウェイターもその例に漏れず、恐らく育ちの良いであろう少女に媚を売っておこうと画策する俗物の一種であることは想像に難くない。

「結構です」

 しかし、ウェイターの予想に反して少女の反応は明確な拒絶だった。お客様、しかも女性の不興を買ったと判断した従業員の空気が凍りつく。慌てて店長と思わしき女性が少女のテーブルに駆け寄ろうとするも、少女は固く閉じられていた瞳を薄く開いた。

「結構、立て替えておいて下さい」

 ただ一言呟くように発言すると、少女は体重を感じさせない穏やかかつ軽やかな足取りで店を出て行った。店内には、阿呆のように口を開けて我を失っている店員と客だけが残っていた。彼らが我に返るには、ヤカンの沸騰による汽笛が鳴り響く2分後を待たねばならなかった。

 喫茶店から出た少女は、束から与えられた帽子を被り直すと、盲人用の杖を片手に歩き出した。閉じられた眼には、遥か彼方を疾走する一人の男の姿を鮮明に捉えていた。

「編田羅赦を発見。ワールド・パージ起動」



 そこに彼女は居た。熱砂から襲いかから地獄も、照りつける日差しも、肌を荒らす潮風も意に介さず唯、唯ひたすら踊っていた。歳不相応なエプロンドレス。機械仕掛けの兎耳のカチューシャ。赤いハイヒールを履いた破綻者は紛れも無く、篠ノ之束その人だった。

 ラシャは文字通り頭が真っ白になった。目的地のシークレットビーチへ向かう道中、追い求めていた標的が無防備に踊っていたのだ。あの時、十年前の夏の病院のICUで出会った時のままの姿で踊っていた。その時と寸分違わぬ無垢な笑顔で踊っていた。あの面の皮を剥げば一体どれほどの狂気が湧き出てくるのであろうか。
 とかく、奴がこうして無防備な状態で居るのであれば好都合だ。ラシャは我に返ると、身を隠していたテトラポッドから相手を伺うと、カービン銃の薬室に初弾を装填した。備え付けられた中距離対応ダットサイトを覗き込むと、光点はしっかりと彼女の頭部にホールドされている。緊張の余り口内が異様に渇く。同時に舌がヒビ割れたのか、鋭い痛みが走り、口内に生ぬるい潤いと血の匂いが充満する。
 落ち着きを取り戻すため、ラシャは深呼吸をした。大きく息を吸い、ゆっくりと吐く____最中、唐突に息を止めるラシャ。そのまま硬直しつつ、思い切って引き金を引いた。発砲炎とともに吐き出された一発の7.62x51mm NATO弾は旋条によって安定を与えられ、──篠ノ之束の頭をぶち抜いた。

 兎耳のカチューシャだったものが、ぬらついた赤い液体と脳髄の欠片を道連れに砂浜に突き刺さる。かつての大天災だったものは、バレエの大トリを踊るかのようにスピンすると、潮騒に洗われた砂浜にどうと身を横たえた。

──やったか?

 分類上は人類に値するものの、十年以上世界を欺いたその手腕は侮れない。科学が発達したこの現代において、ラシャは珍しく霊的なもの、スピリチュアルなものを信じている人間であった。だからこそ、相手が予期せぬ反撃をしてくる可能性を考えていた。
 カービン銃を構えたまま、脚のホルスターから手製の竹包丁を取り出す。此度の仕事に合わせて厳選した自信作のうちの一振りだ。複数用意した中で、一番の自信作を取り出す。とりあえず首と胴体を分離させないと安心できない。その後はバラバラに解体して焼却する予定だ。余裕があれば酸で溶解した後投棄したい。
 ラシャはカービンとナイフを同時に構えてすり足でにじり寄る。一歩ごとに緊張が走りぬける感覚に吐き気を覚えるが、今更退くわけにもいかない。
 どうにか浜辺に横たえる束に接近することが出来た。足で軽く蹴り転がすと、頭部の残骸にこびりついた死人の眼がこちらを見つめていることに気付いた。慌ててカービン銃を構えて数発発砲する。エプロンドレスに発砲音と同数の紅い花が咲く。漸くターゲットが沈黙していることに気付いたラシャは、カービン銃のセーフティをオンにすると足元に置いた。
 そして、彼の世界が崩れ落ちる。

 突如眼前の遺体がガラス細工のように砕け散った。ラシャの周囲を光りながら粉雪のように舞い散るその光景は、かつて観たアニメ映画の宇宙ロケットを打ち上げるクライマックスに似ていた。
 舞い散っていた物体が再び足元に集まる。光は徐々に人型の輪郭を成し、ラシャの眼に真実を映し出す。
そこに横たわっていたのは、知らない女性だった。シンプルなシャツにホットパンツ。安物のゴムサンダルを履いた何処にでも居そうな女性──。しかし、その顔は無惨に吹き飛ばされ、脳髄と頭蓋骨のスクランブル・エッグをはみ出させていた。

 ──そんな、まさか。

 ラシャの脳内に最悪の光景が浮かび上がる。

「また遭ったな」

 そして、もう二度と聞くことのないはずの声に、ラシャは今度こそ我を失った。何せ、自らがこの手で頭をかち割ったはずの女の声が聞こえたのだから。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ…!?」

 ラシャはどうにか声を絞り出す。声と同時に胃の中の物がせり上がってくるのをどうにか抑えつつ、ラシャは素早くカービン銃を拾い上げ、眼前の亡霊に突きつけた。

「何処を見ている?」

 完全な予想外。声は右から聞こえたのだ。

「!?」

 ラシャは声のする方向に視線を向ける。どうしたことか、もう一人ラウラ・ボーデヴィッヒが居るではないか。
 ──迂闊な。ラシャは土壇場で心の平衡を取り戻した。彼女が転校してきた際に轡木理事長から資料を受け取り、それらに目を通したことを思い出したのだ。彼女はドイツ軍のデザイナーズチャイルドだ。人造人間であり、人権無視の生物兵器でもある。同じような人間など当たり前のように存在していても可笑しくない。

ならば答えは簡単だ。彼女達は亡霊などではない。

 ラシャの覚悟はこの時決まった。

「良いだろう。そんなに死人に憧れるなら、死人そのものにしてやろう」

 刹那、3人目のラウラ・ボーデヴィッヒが左側から現れ、ラシャのカービン銃から弾倉を引っこ抜いてしまった。唐突に現れた予期せぬ伏兵の登場に、ラシャの反応が遅れた。彼に出来ることと言えば、とっさに引鉄を引いて、薬室に装填されていた一発の弾丸を眼前の的に叩き込む事だった。

 この時聞こえた発砲音は、些か『不安になるような音』であった。同時に、先程の発砲時には無い奇妙な手応えに襲われる。素人でも分かる銃の異音にも動ずること無く、ラシャは左手に持っていた竹包丁を、カービン銃の弾倉を引っこ抜いたラウラに投げつける。
 その時、左足に激痛が走った。最初に現れたラウラ・ボーデヴィッヒが、ラシャの左大腿部に細身の剣を突き刺していたのだ。

「ぐぅおおおおおお!?」

 ラシャはホルスターに収められていた支給品の拳銃を抜いた。しかし、既に動きを読まれていたのか、側面に回り込まれてしまう。
 気づけば、周囲を三人のラウラ・ボーデヴィッヒに囲まれていた。眼前に一人、背後に二人。一向二裏と呼ばれる集団戦法だ。現代の戦闘機戦にも応用されており、かの赤穂浪士や新撰組が好んで使ったとされる戦い方だ。常に不意打ちと言う形で絶対的有利な状況を武器に戦ってきたラシャにとって、この状況は余りにも絶望的だった。
 今まで一方的に命を奪ってきた狩人が、遂に狩られる立場に追い込まれてしまったのだ。
 
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