殺人鬼inIS学園
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第十八話:殺人鬼と夏の空
前書き
福音編突入
原作「ちょっと田んぼの様子見てくる」
忘年某月某日
日本のとある上空にて。編田羅赦はIS学園所属のヘリコプターの中で学園お抱えの武装警備員達に紛れていた。よって、着ている物も学園指定の作業着ではなく、バラクラバとブルーの野戦服にタクティカルベストを身に着け、物騒なカービン銃を抱えている。
本来ならば彼は学園の業務に勤しみつつ、花壇の片隅に植えた野菜のご機嫌を取る予定だったのだ。だがしかし、彼はこうして戦地へ向かう傭兵の真似事を行っていた。これも総てIS学園一年生の臨海学校の影響である。同時に、ラシャがこの十年間待ち望んでいた瞬間が訪れようとしていたのである。
「今年度はイレギュラーな事態です。織斑君の入学の影響でデータ採取のノルマが急増しましてねぇ…臨海学校の要員が急遽増員されるという事態が発生したのですよ」
二日前、理事長からこの事を知らされたラシャは、自らを便利屋か何かと勘違いしているとしか思えない理事長の脳髄に竹包丁を突き刺してやろうかと思い席を立ちかけたが、理事長の表情から伺える濃い疲労の色に並び、目元に皺とともに刻まれた隈を確認した途端、眼前の無茶振り老人がとても哀れな何かにしか見えなくなっていた。
「この歳で徹夜はキツイですねえ…更識くんも裏方で頑張ってくれているのですが、やはり最終確認は最高責任者が目を通さないといけませんからねえ」
「生徒会長であり、暗部の長だとしても一介の学生に学校の重要業務を任せるのは如何なものでしょうか?」
ラシャの素朴な疑問に、轡木理事長はうんざりしたような表情を浮かべた。
「女尊男卑であれ男尊女卑であれ、差別が蔓延ると有能な人材がなかなか見つからなくてですね…」
ラシャは全てを察して黙祷するように目を瞑った。
「ああそれと、今回の臨海学校に貴方を警備員の一員として派遣する理由は、他にもあるのですよ」
ラシャは怪訝な表情を浮かべた。こういうときにろくな仕事を与えられた例がないからだ。
「どのような理由が?」
ラシャの問いかけに対して理事長は、急に神妙な表情を浮かべてテープレコーダーを取り出した。
「随分と古臭いですね?」
「ネットやデータ端末経由で盗まれる可能性を考慮した結果です」
レコーダーのカセットからノイズ混じりに会話が聞こえてきた。双方女性の声だったが、ラシャにとっては聞き覚えのある声だった。
「やあ……ぁ!ひサ……だね…ず……ってたよ!!」
「姉さん……」
「うんうん、お姉……は……ってるよ………だよね……箒…の…専用………モチロン…ハイ……ド……オー……ック…そして、…白………紅椿!!」
この会話を聞き終えたとき、理事長室の空気は真冬のように冷え切っていた。テープが終わりまで再生され、レコーダーの自動巻き戻しの音が響く中、先に口を開いたのはラシャだった。
「篠ノ之…束!」
「ノイズだらけですが、声紋分析では本人の声で間違いない様です。会話の相手は篠ノ之箒ですね」
「この会話はどこで?」
「篠ノ之箒の携帯電話には盗聴器を含めた逆探知システムがインストールされています。あの過保護な天災がいつかアプローチすると踏んで、ね。尤も、妹の方からコンタクトを取る事態は想定外でしたが……」
轡木理事長の表情は能面のように無表情だ。ラシャは暫く思案するように視線を泳がせた。
「この盗聴は理事長の独断ですか?」
「いいえ、日本政府と更識が仕込んでいました」
「IS学園は国家からの干渉を受けないのではなかったのですか?」
「篠ノ之束は白騎士事件以来、どう譲歩してもテロリストです。我々は学園を守る義務がある……例えIS工学の第一人者と言えども、学園の生徒を危険にさらす訳にはいきません。5月のクラス代表トーナメントに乱入した無人機の出処も明らかになっていない現状、彼女が学園最大の脅威です」
「……で、俺にどうしろと?」
不満げな声色とは裏腹に、ラシャの眼は期待に満ちていた。目より染み出た喜悦は頬を伝い、口角を釣り上げた。ラシャはその時、確かに笑っていたのだ。
「篠ノ之姉妹の対面を阻止して頂きたい。奇しくも臨海学校二日目は篠ノ之箒の誕生日でもあります。故に何らかのアプローチがあり、プレゼントという名の混沌が齎される可能性があります。たかが一姉妹間の絆をとやかく言いたくはありませんが、どうにも嫌な予感がします。何しろ相手は天災です。学園生徒の安全を考慮して行動して頂きたい」
「私に依頼するということはもしや…?」
ラシャのウキウキした様子に、理事長は何を今更とばかりに軽いため息を吐いた。
「勿論、有事の際には篠ノ之博士を殺害しても構いません。分類上はテロリストなのですから、世間上非難されはしないでしょう」
「了解しました。すぐにでも取り掛かれますよ」
椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がるラシャ。その瞳は普段の彼からは想像できないほどの正気に満ち溢れており、喜悦に爛々と輝いていた。轡木理事長は、その表情に誕生日やクリスマスの訪れに浮つく子供を想起し、戦慄した。
「立て!降下準備!!」
警備主任の怒号によって現実に戻されたラシャは、周囲の武装警備員達と共にヘリから懸垂降下の準備を始めた。日本の夏独特の湿気を帯びた暑さと、それらを遠慮なく模倣する白砂の海へダイブする。
と思いきや、ラシャは熱砂の中へダイブする一団に紛れることはなく、ヘリ自体もラシャ以外の警備員が降下を完了した瞬間、直ぐに旅館への方角へと向かっていった。
「降下3分前、起立せよ」
ヘリのパイロットが淡々と告げる。ラシャは軽く頷くと、ヘリのドアを開けた。湿った風が顔を撫でる。
「ファストロープ降下準備」
背後から少々急かされるように声が飛ぶ。
「いや、このままでいい」
自然と、ラシャの口から言葉が漏れた。軽く爪先を床に打ち付けて身を乗り出す。
「お、おい!?」
ヘリパイロットが狼狽して声をかける。
「それでは、御機嫌よう」
ラシャは軽々と身を翻して、ヘリから飛び降りた。ヘリのローターによってかき回される風を何ともせずに、近くのビルの屋上へ三点着地を決めた。
「なんて無茶なやつだ!!おい!?生きているのか!?」
ヘリパイロットが慌てて無線を送る。
「大丈夫だ、何ともない。これから仕事に取り掛かります」
ラシャは装着された小型無線で返事を寄越す。適当に手を振って健在であることを伝えている。ヘリパイロットは安心したのか、ヘリはすぐに遠ざかっていく。
「さてと」
ラシャはすぐに見に付けていた野戦服のセットを素早く脱いだ。その下には青色の作業服が丁寧に着込まれていた。一日目に身に着けているべき服装は野戦服ではなく、この作業着だ。ポケットの地図を拡げて行くべき場所を暗記していく。
全ての場所を把握したラシャは、自らが立っているビルの横に点在している電柱の一つに飛び移った。そのまま慎重によじ登ると、頂点付近にある変圧器のケーブルの一つにポケットに入っていた洗濯ばさみのような機械を慎重に挟み込み、急いで電柱から降りた。
「最近の世の中は恐ろしいものだな、あんな洗濯バサミもどきでレーダーかよ」
臨海学校一日目においてラシャに命じられた任務は、街中に対空レーダーと探知機を仕掛けるというものだった。小型化を念頭に置いたお陰で、複数仕掛けなければならない有様だが、監視の役目はほとんど問題ない事になる。
このようなややこしさの極みを凝縮した作業に従事している最大の理由に、篠ノ之束の介入の予想はごく一部のものにしか知らされていない事にある。彼女はテロリストであると同時に、ブラックボックスの多いISの研究の最前線を独走している麒麟児でもある。
故に混沌を撒き散らした事を抜きにしても、自国陣営に引き込もうと暗躍する輩が後を絶たず、IS学園に強引なコンタクトを取る者が爆発的に増えていた。ラシャも礼儀を弁えない輩を今年度においても二桁台は葬り去っている。
本来ならば、電気工事の業者になりすまして敢行すべき作業を不審者丸出しの様体で行ったため、全ての指定された地域へ小型レーダーを設置するのに一日中かかってしまった。
ラシャは、ビルの屋上に隠した野戦服を始めとした装備の類を回収すると、旅館から数キロ離れた位置にある民宿で一夜を明かすことになった。
暗い暗い闇の中に、灯火のように光るディスプレイの電子光。その光に照らされて幽鬼のような顔が浮かぶ。元は美しく均整の取れた顔だったのであろう。だがしかし、この様なシチュエーションで映るそれはおぞましく、目の下の隈と口元にあられもなく付着した食べかすの存在がさらに対象の美貌を損なうことに拍車をかけていた。
彼女のナリを一言で表すのであれば、『混沌』にして『歳不相応』であった。サイズの合わないエプロンドレスは豊満な肢体を辛うじて覆い隠している状態で、頭には機械じかけの兎耳のカチューシャを身に着けている。
果たして、この様な破綻者がかつての学会の寵児のなりそこないであった天才にして天災でたる篠ノ之束博士だと気付く人間はいるのであろうか。
「待っててね~箒ちゃん。今すぐ届けてあげるからね~」
自らが何を妹に渡すのか、そしてそれがいかなる影響を世に与えるか。彼女は永久に考えることはしないだろう。彼女にとっては妹の機嫌が最優先。その他の有象無象なぞ眼中にはない。彼女の世界を形作っているのは、今となっては実の妹と親友、親友の弟のみである。
極論でも何でも無く、彼女は妹達さえ居てくれれば何兆人人口が増減しようが意に介さない。
「暫く会ってないから箒ちゃんもいっくんも見間違えるだろうな~。束さんの推測サイズより大きくなってたらどうしよう!?うふふふふ!!」
下種の思考に身を任せて悶ている束は、自身の移動用ラボに搭載してあるレーダーがたくさんの光点を示していることに気付いた。
「ん~?おお、対空レーダーの巣だ!!よくもまあこんなに設置したよね。ごくろーさん」
自身の襲来を予期されていたにも関わらず、束の眼に狼狽の色は無かった。伊達に十数年以上世界の目を逃れる逃亡生活は伊達ではない。
「んじゃあこっちにも考えがあるもんね…っと、くーちゃんくーちゃん?聞こえる?」
何処からか取り出してきたヘッドセットを兎耳を器用にかわして装着すると、束は予定していた周波数に呼びかけた。返事はすぐ返って来た。同時にモニターに瞼を閉じた銀髪の少女の顔が浮かぶ。
「御用でしょうか束様」
「も~!束さんのことはママで良いって言ってるじゃん!!」
「そういう訳にはいきません」
「くーちゃんも頑固だねー、誰に似たんだろう?」
愚痴をこぼす束の表情に苛つきはない。寧ろ、彼女の一挙手一投足をどことなく楽しんでいる節があった。
「まぁいいや。くーちゃん、露払いよろしくね~。ひょっとしたら『あいつ』に会えるかもしれないから本気でやってね?」
「畏まりました」
くーちゃんと呼ばれた少女は恭しく一礼すると通信を切った。
後書き
ぶっちゃけ、箒の携帯って政府の手で盗聴器とか仕込まれてそう。
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