提督はBarにいる・外伝
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美保鎮守府NOW-Side B- PART3
前書き
どうにか美保鎮守府に到着した提督一行。しかし美保提督はかつてのその印象からは遠くかけ離れた言動が目立ち……
~視察の裏で②~
「はぁ……」
深夜、再び秘密のテレビ会議での冒頭。提督が珍しく溜め息を吐いたのである。
『おや珍しい。不死身のアンデッド・金城提督でも疲れるんですか?』
そのぼやきを聞き逃さず、毒を吐いてくる大淀。そんなだから腹黒眼鏡などと言われてしまうのである。
「いや……なんか違和感だらけでモヤモヤしててな」
『違和感?』
「あぁ。どうにもなぁ……あの美保提督、俺が実際に見た事がある奴の印象とかけ離れ過ぎててな」
「でもそれは、私達の知らない経験を積んだ結果で性格が変わったんじゃないの?」
川内の指摘も解る。人の経験というのは多種多様で、その結果如何で性格に多大な影響を与える事がある。さりとて、提督も長年人を見てきた分人を見る目は養ってきたつもりだった。ただそれでも、根っこの部分は変わらない物なのだ。だがしかし、彼の態度や言動からはそれが感じられない。何か『大事な物』がごっそりと抜け落ちてしまったような……そんな印象を受けたのだ。
「あ、その件に関しては青葉から報告が」
「何だ?」
「美保の大淀さんに断りを入れて海軍省のサーバーに潜ったんですが……ここの提督、ずっと海軍に籍を置いてた筈なのにごっそりと経歴が抹消されてる時期が有るんですよ」
「What?」
「そいつぁ……クサいな」
『成る程、こっちでも調べてみます』
「それに、何人かの艦娘の来歴も改竄されてますね……ちゃんと確認しないと解らないレベルで巧妙に、ですけど」
ますます怪しい。経歴が消された提督に、行方を眩ましていた艦娘。この2つが揃った時に起きていた事とは……
「あぁそれと、美保提督の経歴が消されてる時期がちょうど、ここが元帥さんの直属になった直後とピッタシ符合するんですよね。これって何か影響あるんですかね?」
のほほんと言ってのけた青葉に、固まる川内と提督。金剛だけが察する事が出来なかったのか、首を傾げている。
「そりゃお前……影響大有りだろがよ」
「そうだよね、元帥閣下はいい人だけど敵が多いし」
基本好好爺然としている元帥だが、海軍内部や政治の方面には敵も多い。深海棲艦殲滅すべしという意見は、未だに根強い。それに陸軍は海戦に関わる事が少ない為に彼我の戦力差を理解せずに、全艦娘を投入した掃討戦を仕掛ければ勝てる!等とほざく高官も居るらしい。第一、敵の本丸も敵の総力も解らない状態でどうやって総攻撃を仕掛けろというのか。
「あ~……アルペジオの世界の海軍さんの苦労が解る気がしてきた」
「は?何言ってんのdarling?」
「いや、ただの独り言だ。気にすんな……話を戻すぞ」
「元帥の直属になった直後に美保の提督が失踪……って、これ完全に『消された』よね?」
川内がそう推論を立てた。ほぼ正解だろうが、結果を見る限り……
「いや、『消そうとしたが失敗した』ってのが正直な所だろ?何せ奴は生きてんだ」
美保提督は暗殺されかけたが、一命を取り留めた。……いや、表向きには暗殺された事になったのかも知れん。
『ありました、その記事が過去の新聞やニュース記録に残っています』
「やっぱりか」
『ただ……誰がどこで暗殺されたのか詳細は書かれずに、海軍の高官が暗殺されたと簡潔に報じられたようですね』
「間違いなく情報規制されてますね」
「あぁ……そうだろうな」
しかし、それほどの重大事件。無理にでも探ろうとする奴が少なからず出てきそうな物だが。
「美保の提督、ちょっと可愛そうだヨ……相当なショックだったと思う」
「ショック……それだ!」
金剛の思わぬファインプレーだ。奴の言動から感じた違和感。
「恐らく、暗殺未遂のショックから美保の提督は記憶喪失……下手すると、まだ完全に記憶を取り戻して無いんじゃねぇか?」
「可能性は高いね」
「青葉もそう思います!」
しかしこれに勘付いたと悟られれば、外とのやり取りを疑われかねない。
「取り敢えず、向こうからの説明があるまでは記憶喪失に関しては知らぬ存ぜぬを通す……いいな?」
「「「了解」」」
さて、モヤモヤが片付いた所で本題に入るとしよう。
「……ところでよ、この部屋綺麗だろうな?ダニやらノミやら、『虫』が多いのは勘弁だぞ?」
「大丈夫だよ提督、私と青葉で『クリーニング』しといたから」
「ならいいんだが」
勿論、美保鎮守府の艦娘達の掃除の手抜きを疑った訳ではない。この部屋が盗撮・盗聴の類いをされていないか?という確認を川内とのやり取りの中でしたのだ。
『虫』というのが盗撮用の小型カメラや盗聴機といった物の隠語、『クリーニング』というのがそれを見つけ出して取り除く作業の事である。つまり、外に音が漏れたりしない限りはこのテレビ会議はバレる可能性がかなり低い、という事になる。
「でも凄いですよココ!秘匿通信やら暗号通信が飛び交いまくってて、PCの調整に苦労しました」
ノートPCの電波の送信にも、細心の注意を払っているのだ。数百に及ぶチャンネルを用意して、タイミング・規則性もなくそのチャンネルを細かく切り換えて逆探知を防いでいたのだが、ここでは通信の量が多すぎてそれが阻害されてしまったのだ。
『まぁ、お陰でいいカモフラになってますがね?』
大淀に割り込むように会話に参加してくる明石。
「そんだけ隠したい物がある、って事だろ?オスプレイやら米軍の小火器やら扱ってんだから」
『何それkwsk!』
「落ち着け淫乱ピンク」
テンションが一気にMAXまで上がった明石に、すかさずボディーブローを入れて落ち着かせる提督。明石は
『淫乱ピンク……提督にまで淫乱ピンクって言われた。もうダメだぁ、おしまいだぁ……』
と、リアルにorzとなっている。
「まぁ、オスプレイってのはVTOLとレシプロ機の合の子だな。垂直離着陸も出来るし、普通に滑走路からも飛び立てる。」
「その上、ジェットエンジンじゃないからウチの空母でも扱える!でしょ?darling」
ドヤ顔で語る金剛。そもそもお前はVTOLが何か知ってんのか?
VTOL。英語のVertical TakeOff and Landingの略でVTOL。日本語に訳すと、垂直離着陸機とでもいった所か。ヘリのように垂直に離着陸出来て、水平飛行や上昇・下降は普通のジェット機並みにこなせるという夢のような戦闘機。話を聞くと狭い日本ならば是非とも投入すべき!という代物だがその実、現実そんなに甘くない。
そもそも、VTOLはほとんど垂直に飛ぶ事は無いのだ。そもそも、飛行機は何故飛ぶのか?答えは『翼があり、物凄い速度で前進して揚力を発生させているから』であると言われている。※未だにメカニズムは解明されてない
どんなに軽量化されているとはいえ、チタンとジュラルミンの塊である戦闘機、正式採用されている米海軍のVTOL『ハリアー』ですら、運用時の重量で10トンはあるのだ。その重量物を揚力も運動エネルギーの恩恵も受けずに浮かせるのはかなり辛い物がある。
『ハリアー』の例を取ってみよう。ハリアーはジェットエンジンの向きを無理矢理可変させて噴射圧を真下に向けて垂直に離着陸する。この際エンジンは悲鳴を上げ、冷却水を吹き付けて宥めすかして、無理矢理に飛んでいるのだ。しかもこの可変機構と冷却装置、垂直離着陸以外の時には無駄な荷物だし、重くなりすぎてミサイル積めねぇし、冷却水をフルに使っても90秒しか垂直に飛べねぇしと問題だらけだったりする。
※他の方式の垂直離着陸機もあるのだが、今回は割愛
それでもVTOLにも活躍の場はあるのだが、かなりニッチな場面以外では普通の戦闘機に劣ってしまうのだ。しかし、レシプロ機であるオスプレイならば、ヘリよりも早く移動でき、垂直離着陸も可能。使い道が広がるワケだ。
「つまりだ、オスプレイって奴はレシプロ機のエンジンを主翼の先端に取り付けて可変機構を持たせ、垂直離着陸も出来るようにした機体なワケだ」
『ほうほう!夢が広がりますねぇ!』
元気を取り戻したらしい明石は、目を輝かせて話を聞いている。ウチの鎮守府の担当する海域は広い。オスプレイが導入できれば、艦娘の迅速な派遣や任務の幅を増やす事も可能だろう。
「青葉、データはぶっこ抜けそうか?」
「任して下さい!今日海軍省のサーバーに潜った時に、バレないように美保鎮守府のサーバーにバックドア仕掛けて来ましたから!」
バックドア……要するに裏口である。どんなに強固な防壁のある要塞だろうと、誰も知らない裏口を付けられてしまえば筒抜けも同然だ。
「手際がいいな、くれぐれも気付かれねぇようにな」
「了解です!」
「私はもう少し人間関係を洗ってみるよ。そこからデータの保管場所が割り出せるかも」
「頼むぞ、キナ臭くなってきてるから任務変更もあるかも知れんが」
「解ってるよ、臨機応変に……でしょ?」
「さて、次は明日の晩だ。進展があればその都度報告……本日はこれにて解散!」
提督の号令に、画面の向こうの2人を含む5人は静かに敬礼した。
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