殺人鬼inIS学園
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第十二話:斯くして雨は止み
前書き
ブラックラビッ党の皆様、本当に申し訳ない。
「よせ!やめるんだ!!」
ラシャが叫ぶ。だが、黒い雨は止まない。眼前の木の葉を取り除くために、今日の今日まで生きてきたのだから。
ラウラ・ボーデヴィッヒは自らの過去を幻視する。
痛い、痛い。目が痛い……。
「なんてことだ、ここまで来て不適合だとは」
助けてください……。
「彼女には期待していたんだがな……」
「どうする?廃棄か?」
いやだ、捨てないで……。お姉さま達のようになるのは嫌だ……。
「この様な優秀な素体を容易く棄てるわけにはいくまい。豚の餌にするにしても当局に怪しまれている今では無理だ。慰みものにすれば足がつく……もう少し様子を見るしかあるまい」
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
「さあ、来るんだボーデヴィッヒ。新たな義務が待っている」
死にたくない、捨てられたくない。
「盛者必衰の理と日本では言うらしいが、ここまで凋落が激しいと涙も出ん」
「やはり、視力のバランスが崩れたことに依る遠近感の喪失が直接の原因かと思われます」
「『出来損ない』……か。惜しむべきか、否。そこまでの器だったということか」
やめてください、そんな目で私を見ないでください。一生懸命やります。頑張ります。だから捨てないでください。
「ブリュンヒルデが教官として赴任されるらしいです」
「……ボーデヴィッヒ、出迎えをしてやれ。どうせ来週には君は廃棄だ。最期の職務を忠実に果たし給え」
……ハイ。
「お前、ここ数年の成績が振るわないようだな。だが、安心しろ。死ぬ気でやれば3日で平均に、一ヶ月で部隊最強に返り咲けるようにしてやる」
あっ……。
某年某月某日。ラウラ・ボーデヴィッヒは太陽より眩しいものを知った。
ラウラが部隊最強に戻って半年後。晴れ渡る快晴の空の下、彼女は教官である織斑千冬に長く思い続けてきた疑問をぶつけてみた。
「教官殿は何故あんなにも強いのでありますか?」
「何だ、そんなことが聞きたかったのか?」
怪訝な顔をする千冬だったが、彼女は自然と笑みを浮かべていた。地獄のような訓練を与えてきた彼女に似つかわしくない笑みに、ラウラは呆然とした。
「私には弟がいる」
「弟……ですか?」
ラウラはどうにか言葉を絞り出す。
「それに……その、何だ。愛する者が居るんだ」
そう言う千冬の表情は平日の厳しさがウソのように思えるほど緩んでおり、顔色も焼け付いた銃身のように真っ赤だ。
「愛する……者」
熱病にうなされるように反芻するラウラ。
「そうだ。弟とそいつの為になると何だってしてやりたくなる。そいつは今、行方不明だがな……お前もいつかそういう人間が出来るはずだ。その時、私の言うことが解るだろう。私が救われて惹かれたように、な」
「行方不明なのに愛しているのですか?」
「当たり前だ。私はそいつに一生を捧げても良い程の恩を受けたんだ。今更他の男に靡くなど考えられんよ」
ラウラは自らの心中に黒い何かが渦巻いていくのを感じた。同時に顔に影が射す。
「教官、やはり自分には分かりません」
ラウラの冷えきった回答を千冬はどう受け取ったのだろうか。少なくともラウラの懐中に渦巻くものは見抜けなかったに違いない。彼女は柔和な微笑みを浮かべて告げた。
「何時か分かる時が来る。いつか、な」
その笑みは見たことない笑みだった。哄笑にしてはささやかなもので、嘲笑にしては善性に満ちていた。達成感からくる笑みでもなかった。ただ一つ言えるのは、その笑みはラウラが目指す千冬像からは遠くかけ離れ、拒絶したくなるようなものであったということだった。
「教官はあのようなお顔をするお方ではない。教官はあのようなお顔をして良いお方ではない。教官にあのようなお顔をさせる貴様らは皆死ぬべきだ!!!」
正気をかなぐり捨てたかのような絶叫を上げたラウラは、肩のレールカノンをラシャに向けて乱射した。幸い、冷静さを失った狙撃故、彼に当たる様な弾道は存在せず、武道場の壁を無慈悲にぶち抜くだけで終わった。同時に、大口径の蹂躙に耐え切れずにいた天井が、遂に轟音とともに崩れてきた。
「そこまでやるのかボーデヴィッヒ!!」
ラシャは軋みを上げる全身に鞭打ち、レールカノンがぶち開けた穴から外に踊りでた。同時に、足の裏に形容し難き激痛が走る。武道場の壁の破片が、ガラス片のトラップのごとく、両足を穿ってダメージを与えていたのだ。
「くっ!?……ふぅうううううう!!」
ラシャは下唇を噛み切らん程噛みしめると、破片の海を渡り切り、落ちていた消火器をぶちまけて即席の煙幕をつくり上げた後、人目のつく校舎に背を向けて走りだした。どの様な事態であれ、彼は用務員。学園の職員であるかぎり生徒に被害が及ぶような真似はできなかった。
倒壊した武道場の瓦礫を押し上げ、ラウラのISであるシュヴァルツェア・レーゲンが姿を現した。その表情には憤りの色が見て取れた。
「逃げ足の早い、あれでも教官の想い人か?立ち向かうような素振りさえ見せなかったぞ……許せん」
ラウラは飛び散った血痕からラシャの情報を習得すると、血の足跡から追跡を開始した。
「編田羅赦、この私から逃げられると思うなよ!!」
「何があった!?」
職員室でラウラとの話し合いの準備を進めていた千冬は、突如鳴り響いた警報に顔色を変えた。同時に携帯電話に着信が入り、確認すると生徒会長の楯無からだった。
「更識、襲撃か?」
「そのようです。武道場がまるごと倒壊しているみたいです」
その言葉に、千冬は携帯電話を取り落としそうになる。
「ラシャ……ラシャの姿を見てないか!?最後に会ったのは武道場なんだが!?」
「確認出来ていません。先ずは生徒の避難を……?待ってください……何てこと……」
「どうした!?」
「シュヴァルツェア・レーゲン!?……織斑先生、破壊活動を行っているのは、転校生のラウラ・ボーデヴィッヒです!!」
千冬の表情から血の気が完全に引いたのと同時に、携帯電話が砕け散った。
「シュヴァルツェア・レーゲンだと!?ボーデヴィッヒの奴、何を考えているんだ!?」
千冬はロッカーの中に立てかけてあった日本刀を回収すると、武道場跡地へと向かった。
「血が止まらない……」
ラシャは学園の至る所に備え付けられている避難用通路の一角に身を潜めていた。両足は瓦礫や木片でズタズタになっており、破片一つ取り除く度に、激痛が脳を貫く。最早走るどころか歩くことも難しい有様であろう。
「装備は部屋の中、拳銃すら持ってない……詰んだな」
そうなげやりにぼやきつつも、ラシャは諦めていなかった。備蓄されていた医療品で両足を応急処置すると、保存用食料のパワー・バーを一つかじった。薬臭い甘みが彼の思考をクリアにして、心に余裕をもたらしていく。打てる手は一つ。だが、それはあまりにも無謀な賭けだ。だが、ラシャはそれに全額賭ける事にした。
「さあ来い、ボーデヴィッヒ」
一通り備蓄品をかき回したラシャは、満を持して照明装置をぶち壊した。通路全体が闇に包まれると同時に、ロックしていたハッチをプラズマブレードが焼く音がシェルターに響いた。
ラウラ・ボーデヴィッヒは血痕を辿ると、眼前の金属ハッチをプラズマ手刀で切り始めた。ジュウジュウと金属が溶けて滴る音を愉しみながら、ラウラはラシャに対して深い失望の念を感じていた。
試験官ベイビーとして鉄の子宮から生み出された彼女は戦うことしか知らなかった。常に前進して勝利を勝ち取る事こそ彼女の戦闘であり、日常であり、全てだった。故に部隊最強の地位に座る事が出来た。たとえISの出現によって没落してしまっても、千冬の指導のおかげで再度部隊最強に返り咲いてもそれは変わらず、彼女は敵を全て叩き潰してきた。
そんな彼女のささやかな誇りは、『敵に背中を向けない』ということであった。どのような状況であれ、彼女はすべての敵を真っ向から撃破してきた。同時に、そのことを教官である織斑千冬に褒められたことも彼女の誇らしさを助長していた。
編田羅赦は自らとは正反対だ。彼は手向かうことなどしない。教官は生身でISと渡り合うことが可能なのに彼はそれをしない。教官は彼を「私より強い」と評価していた。それがラウラには理解できなかった。現に彼はこうして逃げているからだ。自らが下してきた凡愚共のように。それがラウラには何よりも許し難かった。教官の評価を裏切り続けるこの男は一刻も早くこの世から抹消しなければならない。教官の想い人という「弱点」足りえるだけでなく、臆病な腰抜けという教官の評価を裏切り続けることで教官に汚点をつけ続けているこの男を。
この男を殺めたら、次は弟の織斑一夏だ。彼もまた教官の弱点と汚点で在り続けている。速やかに排除し、教官の存在を一刻も早く完璧なものにしなくてはならないのだ。
ラウラは、ハッチを溶かしてこじ開けると、真っ暗なシェルターを進んでいった。足元には包帯の残骸と僅かな血痕が続いていた。通路の狭さから考えて、シュヴァルツェア・レーゲンでの侵入は無理のようだ。
「無駄なことを、貴様にはISさえ要らん。この手でくびり殺してやる」
ラウラは、シュヴァルツェア・レーゲンを解除すると、ナイフを抜いた。このナイフは入隊時から使用してきたものであり、実戦において何人もの人間の生き血を吸ってきた逸品だ。
「編田羅赦、貴様は死ぬ。凡愚共と同じようにこのナイフの取るに足らない錆になるのだ」
血痕を追跡するラウラ。止血が上手くいってないのか、徐々に血痕の量は増えていく様に見えていた。
「素人め」
ラウラはため息を吐いてT字通路を曲がり、3歩進んだ瞬間…右脚に激痛を感じ、バランスを崩した。
「ぐあっ!?」
冷たい床にうつ伏せに投げ出されたラウラの視界に映ったのは、はるか遠くに転がる自分の右脚だった。シュヴァルツェア・レーゲンのレッグバンドが血だまりの中で溺れている。
「な、何いいぃぃ!?」
同時に自らの脚に再度激痛と衝撃が走る。かろうじて振り返ってみると、憎き編田羅赦が血まみれの防火斧を担いで立っていた。
「き、貴様!何故……」
「足跡をわざと残して慎重に後ずさりしたんだ、足跡を踏んでな。『止め足』っていう獣のやり口だ。後はマヌケな君が馬鹿丁寧に足跡を辿って俺に背を向けた瞬間、今に至る」
「くっ……貴様それでも教官が認めた男か!!」
失血で意識が朦朧としかけても、ラウラは眼前の男への敵意を緩めなかった。彼女の言葉に、ラシャは少し驚いたような表情を見せた。
「千冬ちゃんが?……そうかぁ」
「何故だ、何故貴様ごときが教官の想い人なんだ……織斑一夏もそうだ!あいつさえ居なければ教官の汚点は……」
「お前、千冬ちゃんが鉄で出来てるとでも思っているのか?」
ラシャの底冷えするような声がラウラを凍りつかせる。
「成る程、貴様もそうなのか。見下げ果てたやつめ。貴様のような奴がいるから彼女は一人前に涙も流せんのだ!!」
ラシャはラウラを蹴飛ばした。吐瀉物とともに鮮血が飛び散る。
「だ、黙れ!教官はそのようなお人では……」
「そういう奴なんだよ、あいつは……他人に頼る方法が解かんない奴で、背伸びだけは一丁前で、だらしなくてズボラなただの女の子だったんだよ」
「違う!あのお方は……あのお方は……っ」
「もう良い、しゃべるな。ガキとはいえそこまで他人を曲解する様は不快極まる」
ラシャはラウラに馬乗りになると、防火斧を振り上げた。
「じゃあな、次はまともに生まれて来いよ」
ラシャはそう呟くと、斧を振り下ろした。
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