殺人鬼inIS学園
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第九話:無人機と殺人鬼
結論からいうと、幸いなことにツインテール転校生少女こと鳳鈴音は、ラシャの一撃で都合のいい感じに記憶が消えていたので、勝手にISを展開したことに関しては一応詫びを入れ、反省文の提出も進んで行うことに同意した事になった。
ラシャ本人も、喧嘩両成敗という形で、一週間の謹慎程度でのお咎めとなり、謹慎期間中は千冬や一夏の相談相手となったり、肉体のトレーニングを敢行するなどして過ごした。
そして、謹慎が解けた日の放課後。
「ラシャ兄!明日クラス対抗トーナメントがあるんだけど見に来てくれよな!!俺、出るんだぜ!!」
と、弟分からISの試合に誘われることになり、何故か一介の用務員たるラシャは千冬と山田先生の居る教員席という名の特等席で観戦することとなっていた。
「一夏のやつ、あの転校生を怒らせたみたいだな」
山田先生がお手洗いに立った時、ラシャはいつもの口調に戻った。同時に試合前の様子を見て、溜息をつく。その様子に千冬も同意して眉間を揉む。
「あいつはどうも女を容易く怒らせる才能があるからな……誰かさんを尊敬しすぎたせいでな」
ジト目でラシャを睨む千冬。
「ハハハ、誰のことなんでしょうねぇ」
「お前以外に誰が居る。一夏が敬意を抱く唯一の男だぞ?」
ラシャはため息を吐いて帽子をとった。その表情には困惑と憂いが見て取れた。
「そこまで大した人間じゃないよ、俺は」
ラシャは皮肉げな笑みを浮かべた。その顔の内側では殺人鬼としてのラシャが全てを嘲笑っている様にも見えた。それに気付いているのか否か、千冬はそっとラシャの肩に手を置く。
「失踪していた時に何があったのかは知らんが、お前は立派な人間だよ。少なくとも私達を救ってくれたという実績がある。だから、だからそんな顔をするな」
肩の手はそのままラシャの脇腹にまわり、ラシャを抱きしめる体勢になった。
「千冬ちゃん?」
「ラシャ、私はな……お前」
その時、千冬は何者かの気配を感じて振り返った。視線の先には山田先生が両手で顔を包み込んで立っていた。明らかに二人の行動を見守っていたような体裁だ。
「山田先生、何時から見ていた?」
「ええと……編田さんが織斑君について分析してた時からですね…」
「最初からいたんじゃないか、トイレはどうしたんだ!?」
「いえ、その……ハンカチ忘れちゃって……と、いいますか……おふたりとも仲いいんですね」
千冬も山田先生もお互い顔を真っ赤にしてしどろもどろに言い合っている中、ラシャは自らの第六感を何かが駆け抜けていくのを感じた。
「……」
ラシャは天を仰ぎ、雲1つない快晴の空を凝視した。
「……来る」
その一言とともに、天蓋のシールドをぶち破って何かが乱入してきた。
「あれはヤバそうだ」
どう見てもISにしか見えない鉄塊に、ラシャは言いようのない悪寒を感じ、千冬を見た。
「ラシャは避難を。私は教員部隊の指揮を……」
しかし、山田先生の声に更に緊張が走る。
「ダメです!シャッターが降りてて、セキュリティレベルが最大値でロックされてます!!」
「何だと!?」
「今、三年生のプログラミングに長けた子達でクラッキングをさせてます!!」
慌ただしくなる教員席を見て、ラシャは自らの出る幕はないことを察し、素直に脱出することにした。だが、このままでは寝覚めが悪いので少々「ズル」をすることにした。
ラシャは通気ダクトを通じて一旦自室に戻ると、暗殺用のセムテックスを取り出して戻ってきた。そして、千冬に連絡をとった。
「織斑先生、聞こえますかな?」
「ラシャ!?一体何の……」
「これから扉をぶち破りますので生徒諸君に避難勧告を」
淡々と告げるラシャの態度に千冬の声色は大いに慌てた様子で静止した。
「ま、待て!何をする気だ!?」
「工事用のセムテックスで扉を破壊します。時間を考慮すればこれしかないかと」
「…いけるのか?」
「今すぐ教員部隊を突入して頂ければ心置きなく避難できるんですがねえ」
皮肉げに笑みを浮かべると、暫しの沈黙の後に返事が帰ってきた。
「分かった、許可する。だがこれっきりだぞ」
「了解」
ラシャは喜々として扉の隙間に小分けしたセムテックスを詰め込むと、雷管を刺して起爆させた。セムテックスは扉の閂にあたる部分を破壊し、ロック機構そのものを無力化する。ここからがラシャの言う「ズル」の出番だった。
「頼むぞポンコツ、男を見せろよ!!」
ラシャはまだ起爆時の熱が冷めぬ扉の亀裂に手を突っ込むと、自らの腕力のみで扉をこじ開けにかかった。肉、骨、腱、神経の全てが悲鳴を上げる。「中止せよ!中止せよ!中止せよ!」と。だが、ラシャはそれらを無視して力を込める。
白騎士事件の際に受けた「仕打ち」が力となるからだ。それこそ、ラシャの生きる理由にして悲願の一翼を担うモノでもある。
「人間」としてのラシャが限界を迎えた瞬間、鋼鉄のゲートは歪な音を立てて開放された。眼前には唖然とした表情でこちらを見つめる女生徒たち。そんな彼女らに対してラシャは手を叩いて一言。
「はい、押さないで二列になって落ち着いて避難するように。避難訓練の成果を見せる時ですよ!!」
生徒の先導を行っているラシャは視界の隅に篠ノ之箒が実況席に向かっているのを目撃した。
「あのバカ何考えてやがる!!」
ラシャは近くに居たエドワース先生に先導を任せると、実況席に駆け込んだ瞬間、耳障りなハウリングに襲われた。
「一夏ぁっ!!男なら……男ならその程度の敵に勝てなくて何とするっ!!」
このバカは一夏に檄を、否、野次を入れるためだけにわざわざ命の危険を冒して実況席のスタッフを殴って来たのだ。愚かしくも、「この状況下で自分は役に立つと思い込んでいる」のだ。正直見捨てたいところだが、ラシャはIS学園の用務員である以前に一夏の兄貴分だ。一夏が悲しむようなことはなるべくあってはならない。故に、ラシャは箒を拘束することにした。
放送席には、箒に殴られたのであろう実況と解説の生徒が気を失って倒れていた。
「何をやってる!早く避難しなさい!!」
ラシャは不意打ちをしたい気持ちを押し殺しつつ、箒に声をかけた。案の定、箒は不機嫌さを隠そうともせず、ラシャに反論する。
「またお前か!一夏の邪魔をするな!今どういう状況かわかっているのか!?」
ラシャの頭の中で何かが切れかけた。それは脳の最奥で神経一枚で繋がった状況でフルフルと震え、理性の最終防衛ラインを弱々しく死守していた。
「お前に言われたくはない、無関係な一般生徒とは避難するように言われたのがわからないのか!」
「私は無関係じゃない!!一夏に活を入れるため……」
「それこそ邪魔なのがわからないのか!!そこまで腐っているのか篠ノ之!!」
ラシャは箒越しに、乱入者がこちらに注目しているのが見えた。同時に、敵ISの銃口がこちらを睨みつけていた。
「おいおいおいおい!!」
ラシャは大慌てで気絶している女生徒たちを抱えると、放送席から滑るように脱出した。一夏の叫び声が聞こえたのが心残りだが、今はこの哀れで同情を禁じ得ない実況と解説の生徒を無傷で脱出させる事が最優先だった。
轟音を吐き出す放送席から脱出すると、ちょうど居た教職員に生徒を託し、箒を回収しようと再度放送室に戻ったラシャの眼前には、今まさにこちらに突っ込もうとしている敵ISがあった。
「ちょっと待っ!!」
この世のあらゆる武力のヒエラルキーの頂点に座している存在に勝てるはずもなく、ラシャは思わず防衛本能の赴くままに顔を覆ってしまった。恐らく自分に襲いかかるであろう衝撃と痛みと死の瞬間は訪れなかった。違和感に気付き、目を開けるとそこには純白のISを纏った弟分が、光の剣を敵の脇腹にめり込ませている光景があった。
「一夏!?」
思わず弟分の名前を張り上げる。意外や意外、ついぞ前にデコピンで弾き飛ばした弟分が一丁前に己の命を助けたのだ。
「無事か!?ラシャ兄!!」
一夏の声は、アドレナリンによる興奮状態の影響なのか必要以上に声を張り上げていた。だが、ラシャが手を挙げて無事だと応じると、「良かった」と返事を返すのだが、幾分か落ち着いた声色に戻っていた。
「箒!!」
一夏は放送室の隅でへたり込んでいる箒に近寄った。
「一……夏?」
呆然とした表情で箒は一夏の名前を呼ぶが、一夏の顔は厳しかった。
「何であんな危険なことをしたんだよ!専用機さえ持ってないのにあんなことして、何かあったらどうするんだよ!!」
一夏の一喝に箒は数瞬面食らった様子だったが、次第に怒りで顔が真っ赤になり泡を飛ばして反論し始めた。
「な、何だその言い草は!!大体お前が情けないから……」
「避難命令無視した箒には言われたくねえよ!!ラシャ兄達が大怪我するところだったんだぞ!!」
「私よりこの男の肩を持つのか一夏!?」
唖然とする箒の表情に、一夏は呆れるしか無かった。大きな溜息をつくと、失望を露わにした表情で箒に向き合った。
「もう良い、箒とは絶交だ。何を言っても無駄なら、もう話す必要もないし、顔も見たくない」
一夏の決断に箒は青ざめる。
「ま、待ってくれ一夏!!」
踵を返して去ろうとする一夏に、箒は縋り付こうとしたのか慌てて歩をすすめる。
「来るなよ人殺し!!」
怒髪天を衝かれた一夏は遂に声を張り上げた。その言葉に箒だけでなくラシャでさえ凍り付いた。
「ラシャ兄が居なけりゃあお前はこう呼ばれてたかもしれないんだぞ。わかってるのか?」
肩越しに振り向く一夏の表情は死人のように冷たく、瞳には涙があった。
「い、一夏!!待ってくれ!!謝るから!!」
それでも一夏に縋ろうとする箒の眼前に、一夏は刀を突きつけた。
「なあ頼むよ箒、何度も言わせないでくれ。それに、謝るなら俺の前に謝らなきゃならない人が居るだろう?」
吐き捨てるように告げると、一夏はIS格納用ピットへと向かって飛んでいった。呆然とする箒はそのまま駆けつけた教員部隊に拘束され、連行されていった。それと入れ違いに千冬達が飛び込んできた。双方顔面蒼白といった状況で、山田先生はラシャを見るなりワンワン泣き出し、千冬に至ってはラシャを張り倒してしまった。
「全く!なんて無茶をするんだ!私達教員部隊にまかせて逃げるべきだったんだぞ!!」
「グス……そうですよ!私達、気が気じゃなかったんですからね!!」
「ちょっと手加減して欲しかったかなあ…」
放送機材の残骸から身を起こしたラシャは、あらぬ方向へ曲がりかけた首を元に戻しながら呟いた。
その後、日が暮れるまで説教を食らったラシャは、轡木理事長に呼び出されていた。
「先ずは、生徒達の避難誘導の助力を感謝しなければなりませんね。お疲れ様でした」
恭しく頭を垂れる十蔵に対して、ラシャも同じく頭を垂れて返礼した。
「学園に勤務するものとして当然のことをしたまでです」
本題に入るのか、十蔵の瞳が鋭くなった。
「此度の襲撃犯なのですが、無人機でした」
理事長の言葉にラシャは目を見開いた。ありえないからだ。ISが夜に蔓延って十数年、「人が乗らないと動かない」というのが通説となっていたからだ。そこに現れた無人機。通説を破壊する天災のような出来事。最早思い当たる人物は一人しか居ない。
「通説を破壊する存在……もしや」
「篠ノ之束……とお考えですかな?」
ラシャの後を継ぐ十蔵に、ラシャは強く頷いた。
「奴以外考えられませんかと」
「確かに、世界中のIS技術の粋はIS学園に集中してます。故に無人機は理論上不可能だと……ふぅむ、もう下がって結構です。引き続き、不穏分子の排除をよろしくお願いします」
「承知致しました」
そう言い残して退室したラシャは、おもむろに胸に手を当てて、ううむと唸った。
──来るなよ、人殺し!!
愛しい弟分の言葉が脳内で反芻される。同時に自らの両腕が血にまみれている光景を幻視したラシャは、乾いた笑いを吐き出した。
「あいつも言うようになったな」
そういうラシャは次のターゲットの目星をつけるべく、自室に戻っていった。
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