殺人鬼inIS学園
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第八話:殺人鬼のお悩み相談室
翌日、ラシャは自室の隣の空き部屋が生徒相談室なるものに変化しているのに気付いた。興味本位で轡木理事長に訊いてみると、とんでもないことを言い始めた。
「生徒会長の更識くんが君に人生相談に乗ってもらったことを羨ましがる人が多くてね、男性と接した経験のない生徒も多いそうだからコミュニケーションスキル向上の一貫で君に相談員になって貰いたいのですよ」
「無茶苦茶にも程があると思いますが……第一何か間違いがあったらどうするんです?」
「おや、貴方は間違いをお望みで?」
十蔵は揚げ足を取った子供のように意地悪な笑みを浮かべた。
「ご冗談を」
瞬間、ラシャの眼の色が変わったように思えた。同時に十蔵にも戦慄が走る。
「私は殺人が正当化されるこの職場を誰よりも愛しています。居心地が悪くなったり、余計な柵がついて回るのはゴメンなんですよ」
十蔵は、自らの背中に冷や汗が流れるのをたしかに感じ取った。
「成る程、考慮しておきましょう」
この獣はいずれ殺さねばならぬ。今は外敵駆除に対する切り札としているが、敵が居なくなれば間違いなく手慰みにIS学園内部を食い荒らすだろう。
「では、御機嫌よう」
十蔵の心配を他所に、苛立ちを隠しつつラシャは、植え込みの剪定を行うべく鋏を背負って庭へと向かった。
その日の夕方、ラシャは多忙の状況にあった。何せ相談室へ向かうと、開始10分前から長蛇の列が出来ていたからだ。しかも生徒だけならまだしも、教職員まで何人か混じっているという状態であった。
「刀奈ちゃん、恨むぜ……」
割と本気で元凶たる楯無を恨みつつ、ラシャは前倒しで相談室の扉の札を「OPEN」に変えた。
IS学園のお悩み相談業務は、ラシャの気力を削り切るには十分すぎる内容だった。延々と愚痴のマシンガントークを聞かされる場合もあれば、いきなりお見合いのような雰囲気でこちらの年収を訊いてくる事もあった。入るなりキスマーク付きの電話番号のメモを投げキッス付きで受け取った際には思わず叩きだしてしまいそうになった。ただでさえ暗殺を請け負って居ない日が続く最中、この様な業務を続けているとフラストレーションが溜まってうっかり殺ってしまいかねない状態になる。
だが、彼は耐えた。この世に完全に無駄なことなど存在せず、必ず何かの糧になる要素が潜んでいるからだ。十年間の放浪生活と身体を蝕みつつある「アレ」によって徹底的に鍛えられたラシャに迷いはない。悲願を達成するまでは何としても死ぬことも裁かれることも許されてはいないのだ。再度覚悟を固めると、ラシャは次の生徒に入室を促した。
入室してきたのは先日の転校生だった。だが、先日の覇気はまるで無く、今にも自害してしまいそうな弱々しい表情に、ラシャは面倒事の匂いを嗅ぎ取った。
「どうぞ」
椅子を勧め、人肌程度の温かさを保った緑茶を紙コップに入れて手渡すと、ラシャは口を開いた。
「只事ではない表情ですね、言いづらくなければどうぞおっしゃってみてください」
「覚えてなかったの…」
「ほぅ」
「一夏が中学の頃の約束を覚えてなかったの!!ああもう何よ!タダ飯食わせてもらえるって、どうトチ狂ったらそういう解釈ができるのよ!!こちとら一世一代の告白だったってのにあの朴念仁はあああああああ!!!」
「おおう」
ガラリと表情を変えて爆発するツインテール転校生に完全に気圧されたラシャは、「またこの手のタイプか」と、お茶を飲みつつ遠目に鎮火するのを見届けようとしたのだが。
「あんたもあんたよ!!」
「おおう!?」
予想外の飛び火に、ラシャは危うくお茶を吹き出しかけた。
「一夏の師匠だかなんだか知らないけど、一夏のやつアタシが中国に帰る前よりあんたの話しかしなくなったじゃない!顔を合わせる度にラシャ兄ラシャ兄って。あの告白のこと聞き出すのにどれだけ苦労したことかぁ…一夏がホモになったらどう責任取るつもりじゃああああ!!」
「うーん、この展開は予想だにしなかったな」
ラシャは戸棚から煎餅を取り出すと、齧りながら眼前の猛獣にどう対処するかをめんどくさそうに考え始めた。
「なんとか言いなさいよ!!あんたのせいでアタシは大恥かいてるんだから!」
「そもそも状況がよく分からないんだが…一夏に告白したら何でタダ飯になるって一体君はなんて告白したんだ?」
「よく訊いたわね、良い?あれは中二の時…」
ツインテール少女は答える。つまるところ訳あって中国に帰らなければならなくなった際、一夏に「料理の腕前が上がったらあたしの酢豚を毎日食べてくれる?」という「私に君の味噌汁を毎日作ってくれないか?」というプロポーズの決まり文句を大幅に魔改造した半オリジナルプロポーズを一夏にしていたが、一夏の反応は。
「毎日酢豚を奢ってくれるって話だろ?いやあ、これでも俺はラシャ兄に鍛えられてるから評価は厳しいぜ?」
と、まるっきり何のひねりも察せずそのまま受け取ってしまい、この中華娘を噴火へと導いてしまったということが大方のあらましである。ラシャは何処からどう突っ込んで良いのか分からなくなったが、取り敢えず何とか一言ひり出すことに成功した。
「君はバカなのか?」
「ぬぅあんですってぇ!!」
般若と化した少女に全く怖気づく事無くラシャは続ける。
「いやぁ、一夏の鈍さを知っておいて『月が綺麗ですね』と言うようなもんですよそいつは。そもそも何でストレートに『好き』と言わないのですか?」
すると、怒気を撒き散らしてあたかも怒れる猛虎と化していた少女の様子が一変。顔を真っ赤にして生まれたての子猫のごとくモジモジし始める。
「え!?そ、それはその……恥ずかしいじゃないのよ……」
ラシャは呆れるしか無かった。
「ああ、貴女ステレオタイプのバカだったんですね」
ブチリ。と嫌な音がすると同時に少女の腕に光の粒子が集まった瞬間、ラシャはテーブルを蹴りあげて少女にぶつけた。
「ぶっ殺す!!」
テーブルがぶつかった瞬間、真っ二つになった。同時にラシャの肩に鋭い痛みが走る。割れたテーブルの隙間から青龍刀を携えたISの腕部のみを部分展開した少女と目が合った。
「容易くそう言うのはよせ」
ラシャは割れたテーブルの隙間から、未だISの展開がなされていない少女の腹部へ掌底を叩き込んだ。それはISのハイパーセンサーさえ見逃すほどの速く、凄まじい一撃だった。
「んにゃあ!?」
哀れ、ラシャの一撃をまともに受けた少女は扉をぶち破ると、廊下の壁に背中を叩きつけて一瞬で意識を失った。唐突な出来事に呆然とする行列に構わずに、ラシャは血を噴き出した肩を止血させると、扉の札を「CLOSE」に変更した。
「失礼、今日はもう店じまいです。また明日」
未だ事態を飲み込めていない行列に一礼すると、ラシャは少女を担いで保健室へ連れて行った。その際呼び出した千冬に少女共々こってり説教を食らったのは言うまでもない。
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