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魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~

作者:かやちゃ
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第4章:日常と非日常
  第96話「弓」

 
前書き
正直3.5章にして4章の繋ぎにしてもいいと言えるような章です。
日常成分が多めで、所々魔法などが入ります。
シリアスはそこまで多くない...かも?
 

 






       =out side=





 国守山にある八束神社の境内裏。その奥の森の中に、人払いの術が掛けられていた。

「ほら、また腕で引いてるわ。こうして、肩を開くように...。」

「あっ....引きやすい...。」

「でしょう?それで、そのまま保って...弓手(ゆんで)...左手をぶれないように、妻手(めて)...右手を放す。っと、まだぶれるわね。ここはしっかり練習よ。」

「はーい...。」

 そこにて、何人かが集まり、弓を扱う練習をしていた。
 弓を持つのはアリシア。教えているのは椿だ。
 他にも、優輝と葵もそこにいた。

「弓道って色々と細かいよな...。ベルカ時代なんて当てればそれでよかったよ。」

「それでも優ちゃんも十分上手いと思うよ。かやちゃんも感心してたし。」

 アリシアが練習しているのを、二人は眺めながらそんな会話をしていた。
 二人は弓道について教える程詳しくはないため、大人しくしているのだ。

「今日合わせ、残り九日。それまでにある程度まで上達させるから、厳しく行くわよ。」

「...うん!」

 椿の言葉に、アリシアはやる気を再燃させ、言われた箇所を修正していく。



 なぜ、このような状況になったかと言うと...








   ―――昨日...





「椿ー!!」

「きゃっ!?な、なによ!?」

 扉を開け放つように、優輝の家にアリシアは乗り込んでくる。
 名前を呼ばれた椿は、突然の事に驚く。

「なんだ?」

「アリシアちゃん?いきなり家に来てどうしたの?」

「えっと...。」

 アリシアは、いつもの元気な姿を引っ込んでいた。
 そのまま、椿の前まで来て....見事な“土下座”をした。

「私に!弓を教えてください!!」

「....えっ?」

 突然の訪問からの突然の土下座&頼み事に、さしもの椿も固まってしまう。

「えっと...経緯を聞かせてもらえないかしら?」

「実は...。」

 聞くと、アリシアは中学に進学した際、弓道部に入部したという。
 中学校に弓道部は珍しい事なのだが、今は関係ない話なので置いておこう。
 先日まで、司関連の事件でしばらく学校を休んでいたので、部活もやっていなかった。
 解決後に復帰した訳なのだが、当然他の部員よりも遅れていた。
 それでもアリシアは懸命に練習に取り組んでいたのだ。

 しかし、一部の者はそんなアリシアを快く思わなかった。
 事あるごとに、遅れているアリシアを馬鹿にしてくるのだ。
 大体の同級生や先輩は、そんなアリシアを応援したり庇ったりしてくれるのだが、アリシアにも限界があり、つい噛みつくように言い返してしまったのだ。
 その際、“十日後に競射で勝ってやる”と啖呵を切ってしまったのである。

「...それで、私に頼りに来たの?」

「うん...。シグナムは魔法で使うだけだし、優輝も使えるだろうけど、それは“当てるための弓”であって“弓道”じゃないし...。椿が一番適任だと思って...。」

「まぁ...理にかなっているわね...。」

 アリシアも“和”の文化については興味があった。
 だからこそ弓道部に入ったのである。
 そして、その“和”に最も通じているのが椿だと分かっていたため、こうして椿に直接頼みに来たのだ。

「お願いします!私に弓を教えてください!」

「教えて...って言われても、アリシアは素人でしょう?さすがに十日で人並みにっていうのは、厳しいわよ?」

「でも、それでもあんな先輩に負けるのなんて嫌なんだよー!」

 椿も、アリシアのいう事は分からない訳ではない。
 アリシアも遅れた分を取り戻そうと頑張っているのだ。
 それを馬鹿にするような人間に負けたくはないし、逃げたくもない。
 しかし、それでも十日で人並みに上げるのは少し難しかった。

「....はぁ。まぁ、やってみるわ。うんと厳しくする上に、どれだけ上達するかは分からないわよ?それでもいいかしら?」

「やらないよりは断然マシだよ。...お願いします。」

「教えるなんて、あまり経験はないのだけど...。優輝、葵。手伝ってくれるかしら?」

 とりあえず教える事に決め、椿は優輝と葵に協力を求める。
 別に断る理由もないので、二人はあっさりと了承した。

「場所は...八束神社の近くがいいでしょ。じゃあ、早速行くわよ。」

「えっ、もう!?」

「一刻を争うわ。それとも、上手くなれなくてもいいのかしら?」

「っ、ごめん。行くよ。」

 そうして、アリシアは椿に弓を教えられる事になった。
 その日は基礎知識を体で覚えさせて終了し、そして冒頭に至る。

 ちなみに、椿の弓の知識と弓道は、少しばかり違いがあったため、優輝が図書館から弓道関連の本を借りて照らし合わせながら教えていた。







「とりあえず正座関連は大丈夫だけど、肝心の射法八節がまだね...。」

「二日目でそこまで行ったのは凄いと思うけどねー。」

「無理矢理詰め込んでいるだけよ。せめて五日目までには大体できるようにして、後は全部体に馴染ませないと、上手く射れないわよ。」

 射法八節とは、弓矢を用いて射を行う射術の事である。
 足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会、離れ、残()の八つの動作を表しており、これができなければ基本弓道で矢は上手く射れず、(あた)らない。

「手厳しいな。」

「むしろ一朝一夕で簡単に上達したら困るわ。優輝みたいなのが他にもいたら弓使いの式姫として悲しくなるわ。」

「僕だって一朝一夕で習得してないって...。」

 優輝は導王時代の実戦経験と、前世での手際の良さから、霊術を早く習得していた。
 ....実の所、優輝に才能があるかと聞かれれば、あるとは言えないレベルである。

「いたたた...。」

「まだ射形が正確ではないから、長時間射続けるのは無理ね...。」

「うん...。腕と手が痛い...。」

 まだ弓を実際に引くというのに慣れていないのか、アリシアは腕を痛めていた。
 本来なら腕を痛める程ではないので、やはりまだ射形が上手く出来ていないのだろう。

「...霊力を使えば回復できるけど...どうする?」

「....いや、いいよ。魔法や霊術には頼らない。そんな事したら卑怯だから。」

「そう言うと思ったわ。」

 しかし、やはり続行するには支障を来すので、一度休む事にする。
 森の中ではあるが、優輝達が先に手入れしておいたため、座ったりするスペースはある。

「そう言えば、霊力でどうやって治すの?筋肉痛は、魔法でも少し治しづらいけど...。」

「魔力ではそうかもしれないけど、霊力は生命力に近いのよ。だから、体内で循環させるように流し続ければ、自然治癒能力を高めれるの。」

「へぇー...。」

 休みながら、アリシアは椿に霊力について聞く。
 司の件以来、自身に霊力が多量にあると分かったので、興味を持っているのだ。

「便利....だけど、頼っちゃダメ。頼っちゃダメ...。」

「早くも意志が揺らいでる...。」

 必死に楽な道を拒もうとするアリシアに、葵は少し呆れる。

「しょうがないな...。アリシア、ちょっといいか?」

「えっ?」

 そこで、優輝がアリシアに近づき、手を取る。

「ちょっとしたマッサージだ。放置していると筋肉痛になるものでも、こうしてほぐしておけば大丈夫だし、痛みの回復も早い。」

「あっ、っ、く、くすぐったいよ。」

 手のツボとなる部分を、優輝は押す。

「ほら、腕もだ。」

「んっ...う、上手いね優輝...。」

「覚えられるものは全部覚えてきたからな。筋肉痛にならなければ、動きに支障を来す事もないから、これは覚えておいたんだ。」

 手慣れた様子でアリシアの手や腕を揉み解す優輝。
 アリシアもくすぐったいのと同時に気持ちいのか、上擦った声を漏らす。
 ...傍から見れば、セクハラである。

「っ......!」

「凄く誤解されそう...。」

 気持ちよさそうにするアリシアと優輝に、椿は視線を行ったり来たりさせる。
 葵は葵で、人に見られない場所でよかったと密かに安堵していた。

「ん、っ~~.....!」

 アリシアも恥ずかしい所があるのか、声だけは漏らさないように空いている手で口元を抑えていた。



 そして、十数分後...。

「あ、あまり女の子にはしないようにね!」

「お、おう...?まぁ、あの様子じゃ、仕方ないか...?」

 顔を赤くしながら言うアリシアに、優輝もタジタジになりながら頷く。
 優輝自身、アリシアの様子に少し恥ずかしくなっていたのだ。

「さて、休憩も終わったから再開するわよ!」

「えっ!?も、もう!?」

「優輝に色々してもらったんだから回復してるでしょ!ほら、早く!」

 捲し立てるように急かす椿に、アリシアは慌てて(かけ)を付け、弓を持つ。
 ちなみに、弽とは弦を引く手に付ける弓道用の道具だ。

「かやちゃん、もしかして苛立ってる?」

     ドッ

「何か言ったかしら?」

「れ、霊力込みの矢...。」

 葵の余計な一言に、椿は敏感に反応し、アリシアが持ってきた矢を霊力を込めて射った。
 なお、この矢はアリシアが弓道部で買った物で、部活共有の物ではない。

「さ、さすがに効いたぁ...。」

「余計な事を言わない!」

「わ、私の矢が...。」

 さすがに葵にも、その矢は痛かったらしい。...あまり効いてはいないが。

「よっと...よし、曲がってはいないぞ。」

「よ、よかった...。」

「あたしの心配はしないんだね。まぁ、大丈夫なんだけど。」

 優輝が矢を抜いて曲がってないか確かめ、曲がっていない事にアリシアは安堵する。
 葵がその横で何か言っていたが、本人の言う通り大丈夫なため、心配はしていなかった。

「さぁ、続けるわよ。」

「りょ、了解デス...。」

 “イイ笑顔”で言う椿に、アリシアは冷や汗を掻きながら返事するしかなかった。







「....これぐらいか。」

「そうだねー。これなら弓道場の的と同じ距離かな。」

 翌日、優輝が地面に線を引き、弓道での的との距離を測っていた。
 的は既に自作しており、木に立てかけてある。

「残り八日...今日は午前練が終わったら午後はずっとらしいからな。」

「かやちゃん、厳しいよねー。」

「それでも教えるのはちゃんとやっているから、椿らしいけどな。」

 ちなみに、椿は現在部活中のアリシアを見に行っている。
 もちろん、霊術などで気配を消して見つからないようにしている。

「...それにしても、私有地でこんな事やっていいの?」

「...ダメな気がする。」

 他人の土地を使うどころか、安全対策のない外で弓を扱っている時点でアウトだと、優輝は遅まきながらに気づく。

「....結界を張っておくか。」

「そうだね。」

 空間位相をずらしておけば少なくとも安全だろうと、優輝は結界を張った。
 後はモラル的な問題だが...魔法に関わっている時点で、今更な部分もあった。

「士郎さんに道場使わせてもらえるか聞いておこうかな...。」

「でも、あそこは剣術の道場だよ?」

「距離の問題があるか....。」

 弓を引く場所と的の距離は、28m必要なため、高町家の道場では大きさが足りなかった。
 ちなみに、28mは近的の場合で、遠的をする場合は60mも必要だったりする。

「そういえば、この弓は?アリシアちゃんは自分の弓を持ってたよね?」

「ん?あぁ、これか。僕もちょっとやってみようかなってね。」

 葵は弓道部から持って帰ってくるアリシアの弓とは別に置いてある弓を見つける。
 どうやら、優輝も興味を持ったようで、自作(創造)しておいたようだ。

「そっか。だから昼前にここに来たんだね。」

「まぁな。普通の弓ならこの通り...。」

 そういって放った矢はあっさりと的に命中する。

「簡単に中てれるけど、“弓道”として射ると...。」

 次に、優輝は射法八節を意識して引くが、今度は当たらない。

「全く当たらない。しかも射法八節も上手くできてないと来た。」

「弓術と弓道の時点で色々違うからね。仕方ないよ。」

 そういいながら、葵も弓を射ってみる...が、中らない。

「...難しいね。」

「これを十日でか...。そりゃあ厳しい訳だ。」

「かやちゃん曰く、弓道...“道”の文字が入るものはただ腕前を鍛えると言うより、精神を鍛えるらしいからね。ただ中てるだけじゃあ、意味がないって事かぁ...。」

 改めて“道”は奥が深いと実感する二人だった。





「...とりあえず、射法八節はある程度叩き込んだから、一度見本を見せるわ。」

「そういえば、通しでの見本は見てなかったなぁ...。」

 一節ごとの見本は見せていたものの、射るまでの一連の流れは見せていなかったため、アリシアはどんな感じなのか興味を示していた。

「弓道場を見た感じ、この辺りからね。それに、立射みたいだから座ってする必要もなかったわね。」

 弓手に弓を、妻手に二本の矢を持ち、そのまま両拳を腰に付ける。
 “執弓(とりゆみ)”と呼ばれる姿勢を椿は取り、それを合図に優輝達は黙る。

「......。」

 椿は一礼をし、射手が控える“本座”と呼ばれる位置から、射を行う位置である“射位(しゃい)”へと静かに移動する。
 次に足踏みを行い、矢を番える。
 弓構え、打起しと静かに行い、“大三(だいさん)”と呼ばれる動作を経て引分けに入る。

「.........。」

 優輝も、葵も、アリシアも、その様子を物音一つ立てずに見る。
 結界で外界との音が遮断された今、その場の音は弦を引き絞る音のみだった。

「っ....!」

 “バシュッ”と小気味よい音を立て、矢は放たれる。
 弦を引いていた妻手は離れ、まるで大の字のように両手が伸びた状態となる。
 弓は弓手で持っていた所を軸に回転し、弓は執弓の時と同じ向きになる。

「.....。」

 伸ばしていた両腕を降ろし、椿は弓へと向き直り、もう一本を番える。
 そして、先程と同じように、美しさを感じさせる程静かに矢を放った。
 もちろん、二射とも的の真ん中に命中していた。

「っぁ.......。」

 アリシアは、一瞬呼吸を忘れていた事に気づき、少し声を漏らす。
 それほどまでに椿の射形に見入っていたのだ。

「...こんな感じよ。どうだったかしら?」

「.....凄い...。...ごめん、凄すぎてそんな感想しか出ないや。」

「表情を見ればどう感じていたかわかるわ。」

 まさに研ぎ澄まされた射。
 式姫だからか、ただ弓が上手いかはアリシアには分かりかねるが、それでもただただ美しく、凄いと素直に実感した。

「私にとって、弓道式の引き方は精神統一の儀式みたいなものなの。中てると思わず、ただ心を落ち着けて射っているだけなのだけど...。」

「明鏡止水の心...か。一種の極致だよなぁ...。」

「それで真ん中に中るって相当だよね。」

 精神統一しているからこそ、矢が中る訳なのだが、それでも凄いと優輝は感心する。

「まぁ、そっくりそのままできるぐらいになれとは言わないわ。でも、要領はさっきの通りよ。じゃあ、始めましょうか。」

「...うん。弓道の本当の凄さがわかったから、ますますやる気になったよ。」

 そういって、アリシアは意気揚々の本日の練習を始める。
 相も変わらず厳しい指導の椿だが、アリシアはその方が上達している実感がある程、腕前が上げれていると分かっていたので、文句一つ言わずに取り組んだ。







 ...そして、そんな練習が続き、ついに約束の日が来た。









       =アリシアside=





「....よし。」

 更衣室の中で、私はついにこの時が来たのだと、気合を入れる。
 今日までの十日間。椿のおかげで弓道の腕前は上がったと自他共に実感している。

「うん、着付けもバッチリ。じゃあ、行こうか...!」

 そんな気合を表すためにも、今日は袴を着ている。
 ...着付け関連も、椿に叩き込まれたっけ...?やっぱり厳しかったなぁ...。

「...あれだけ仕込まれたんだから、大丈夫っ!」

 椿や葵、優輝だけじゃない。ママやフェイト、練習を見に来てくれた司や奏(フェイトや優輝から話を聞いたみたい)にも応援されたんだから、上手く行くはず!

「今こそ、あの先輩を見返す時っ!」

 準備は万端。後は、弓道場に行って競射を行うだけだ。
 そう思って、私は弓道場へと向かった。



「....あれ?優輝に葵に...椿も?どうしてここに?」

 弓道場に向かう途中で、何故か優輝達と会う。

「まぁ、応援って感じかな。椿が気にしててさ。」

「べ、別にそういう訳じゃ...!あれだけ叩き込んだんだから、相応の結果を出してもらわないと困るからよ...!」

「ちゃんと先生とかには許可を貰ってるから気にしないでね。」

 わざわざ私のために応援に来てくれたらしい。
 ...嬉しいんだけど、余計に緊張しちゃうかも...。

「ほら、来年には僕もここに通うんだから、ここで先輩らしい所見せてくれよ?」

「先輩...よっし、まっかせてー!」

 なんか優輝に“先輩”って言われるようになると思うと、俄然やる気が出てきた!
 ここは一つ、優輝の言う通り先輩らしい所を見せなきゃね!

「じゃあ、行こっか!」

 他の弓道部の皆はまだ更衣室にいる。
 これは私と先輩の個人的な争いなので、部活が始まる前にやるのだ。




「....来たわね。おめおめと逃げ帰れば良かったんじゃないかしら?」

「...逃げる訳ないじゃん。私から売った喧嘩なのに。」

 相変わらず私を嘲るように言ってくる件の先輩が、そこにいた。
 そんな彼女に便乗している同級生や先輩も、私を笑うためなのか既に来ていた。
 ちなみに、敬語なんて使っていない。...使うような相手じゃないし。

「あら?そこの三人は?」

「...私を態々応援しに来てくれたんだよ。私が勝つって確信した上でね。」

 もちろん、三人共そんな事は言ってない。ただのはったりだ。
 ...でも、そのつもりで臨んで欲しいのか、優輝は今の言葉に笑みを返してくれた。

「っ...知り合いの前で恥を晒すのね。これだからちやほやされている輩は...。」

「御託なんてどうでもいいよ。早く勝負を始めるよ。部活が始まる前に終わらすんだから。」

 弽を付け、弓と矢を手に取る。
 手入れは万全だ。椿はこういう所も厳しかったからね。
 ちなみに、ここの弓道場はそれなりに広いため、優輝達が入っても邪魔にはならない。

「ふん、あの程度の腕前で私に勝つ気なのね。嘗められたものだわ。」

「........。」

 先輩の言葉をまるで聞いていないかのように無視する。
 なぜなら、既に私は矢を射るための精神状態に移行しているからだ。

「(...それに、練習中の腕前だけで判断...か。)」

 八日程まではそのままだったけど、それ以降の部活では手を抜いていた。
 手の内を晒して、逃げられる訳にもいかないしね。
 ちなみに、椿が見学してた時の事だけど、部活後に椿が先輩の魂を見たからなのか、“碌な大人にならない”って言ってたっけ?それを聞いた時は笑っちゃったな。

「....始め!」

 そうこうしている内に、競射が始まる。
 教えられた通りに射位に立ち、弓を番える。

「(....これは、一種の精神統一の儀式。椿はそう言った。だから、ただ、心を落ち着けて...射る!)」

     ドッ

 私が放った矢は僅かに下にずれ、外れる。逆に先輩は中てたようだ。
 ...やっぱり、少し緊張してたみたいかな。

「ふふ...。」

「.......。」

 私を嘲笑うように先輩とそれを見ている取り巻きが嗤う。
 そんな様子に、私は一切影響されずに、次の矢を番え、射る。

     タンッ!

「なっ....!?」

「.....。」

 ほんの少し、上へと修正したため、今度は命中する。
 弓道は、狙いが1mmずれただけでも3㎝もずれるらしいから、狙いの調整は難しい。
 ちなみに、今度は先輩は外していた。これでどちらも一中だ。

「(...心を落ち着け、精神を統一...。)」

     タンッ!

 呼吸に合わせ、三射目を射る。...またもや命中する。
 なんてことはない。ただ、さっきと同じように射っただけだ。
 弓道は、突き詰めてしまえは中った時と同じ動きをし続ければずっと中てられる。

 その“同じ動き”が、普通はできないものなんだけどね...。
 だけど、椿の教えはそれを可能にさせてくれた。
 それが精神統一。心を落ち着けて射る事だった。
 ...まぁ、これを習得できたのは昨日の最後の方だったんだけどね。
 それでも凄い方だと椿も素直に言う程だったらしいけど。

「っ.....!?」

 同じく中てた先輩だが、明らかに焦っている。何せ、未だに同中だ。

「(....この勝負、貰ったよ。先輩。)」

 明らかに心が乱れているのが見なくてもわかった。
 ...なら、私が負ける要素はもうない。

「ぁっ.....!?」

「...一番、二中.....四番、さ、三中!」

 先輩の“しまった”と言った声のしばらく後、“采配”と呼ばれる...中ったかどうかを判定する人の声が響く。
 ...四射三中...中学生の、それの一年生でこの結果は中々だろう。
 先輩も、別に腕前が低い訳じゃない。むしろ高い方ではある。
 まぁ、心が乱れたから中るものも中らなかったんだけどね。

「お疲れ、アリシアちゃん。」

「ふぅ...。ブイ!」

 労いの言葉を言ってくれた葵に返すように、私はVサインをする。
 もちろん、弓道としての礼儀を忘れずに、退場での“体配(たいはい)”という動作も欠かせてない。

「お疲れ、アリシア。」

「...上出来よ。」

「えへへー、頑張った甲斐があったよ。」

 優輝も椿も、労いの言葉を掛けてくれて、自然と私の頬は緩んでしまう。
 そんな和やかな雰囲気に対し、先輩の方は信じられないと言った風だった。

「嘘...嘘よ!こんなの、マグレに決まってるわ!!」

「そうよ!こんなのありえないわ!」

「....はぁ。」

 “やり直せ”とか、“卑怯だ”とか口々に私に文句を言う。
 そんな先輩たちに対し、椿が溜め息を吐いて立ち上がる。

「アリシア、一番強い弓を借りるわよ。」

 そういって、椿は誰も使ってない弓を手に取り、懐から弦を取り出して張る。
 椿が手に取った弓は、前任の顧問の先生が使っていた弓で、18㎏と他の生徒や今の顧問の先生には少々引きづらい弓だ。

「...こんなものね。」

「何を...。」

 “弓把(きゅうは)”と呼ばれる、弓と弦の間の距離を一度の調整で整え、戻ってきた私の矢を二本借りて的前に立つ。
 そして、あの時私に見せた射形を、披露してみせた。

「.....私がアリシアに弓を教えたわ。アリシアが貴女に勝ったのは偶然じゃなく、必然よ。アリシアはこの十日間、貴女を見返すために必死に努力したわ。その努力に、文句など言わせないわ。」

「っ.....。」

 殺気とも取れそうな、椿の気迫が伝わってくる。
 椿は、私に弓を教える際にしっかりと責任を持っていた。
 だからこそ、私の努力を誰よりも理解していたし、認めてくれていたんだ。
 それで、納得させるために、あの射形を見せたのだろう。

「全く...。ただの嫉妬で人を貶すんじゃないわよ。...あ、勝手に使って悪かったわね。」

「あ、うん。誰も使ってなかったから、壊さない限り別にいいんだけど...。」

 見た目はどんなに高く見ても高校生に見えるかどうかなのに、先程の椿はそれを感じさせない程の雰囲気を出していた。
 だからこそ、先輩たちも認めざるを得ないと、肩を落としていた。

「...あー、椿?なんか、滅茶苦茶見られてるぞ?」

「えっ...?あ....。」

 他の部員の皆が、椿の射形を見ていたらしく、椿は凄く注目されていた。

「....これは、しばらく帰れそうにないな。」

「あはは...なんか、ごめん。」

 苦笑いしながら言う優輝に、私は弓道部を代表して謝るしかなかった。









 この後、椿は弓道への関心が強い部員に質問攻めされ、疲れ果ててしまった。












 
 

 
後書き
おかしいな...こんな作者の個人的なネタの話なのに、書こうと思えば2話に渡る事ができそうな程だった...。まぁ、簡略化して1話に収めましたが。
結局どんな話だったかと言うと...アリシアが先輩に馬鹿にされて椿の協力の下、見返す話です。その題材が弓道になったって感じです。

弓道関連に関しては自論(?)です。妻手については“馬手”とも書きますが、この小説では妻手にしてあります。
そして、弓を話題に出す通り、アリシアの武器の一つが弓になります。
なお、他の武器はinnocent仕様です。
ちなみに、弓道をしている時のアリシアの髪は後ろで一つに束ねてあります。ポニテとはちょっと違う感じです。(弓道でポニテやツインテは厳禁なので)
それと、結果での番号が一番と四番なのは、弓道では三番ごとに第一射場、第二射場と分け、同じ射場では順番に引くルールがあるからです。違う射場なら自分のペースで引けるため、こうして一番と四番に分かれていました。

なぜアリシアが一部にこんなに嫌われているかって?...ただの妬みです。
アリシアが美少女且つ、明るい性格なため、その人気に嫉妬してるだけです。 
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