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自然地理ドラゴン

作者:どっぐす
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二章 追いつかない進化 - 飽食の町マーシア -
  第23話 失うこと

 日はやや傾いてきた感があるが、日没まではまだまだ時間はある。

 マーシアの町の庁舎。
 淡色のレンガで出来た、二階建てのこじんまりした建物である。
 町自体は魔王軍の占領下でインフラが大幅に整備されたが、庁舎については特に増改築する意味もなかったため、手つかずのまま。他の町のそれに比べると、さほど大きくはない。

 その入口から、黒髪を中央で横分けにした車椅子姿の男性――町長と、その車椅子を押す太った若い男性職員が姿を現した。

「では町長、今日もお疲れ様でした」

 車椅子を押していた職員はそう言うと、迎えに来ていた黒いローブを着た瘦せ型の男性と〝押す役〟を交代した。
 その痩せ型の男性も、まだ若いと言われる部類に入るだろうと思われた。面長で切れ長の目。やや怜悧な印象を持たれる顔である。

「では行きましょう」

 町長がそう言うと、痩せ型の男は特に返事をせず、無言で車椅子を押し始めた。



 他の邸宅と同じく淡い土色のレンガ造りの、しかしひときわ大きい町長の自宅。
 その、広い裏庭。

 芝生などはないが、地面はきれいに均され固められていた。
 周囲には、背が低めで乾燥に強い硬葉樹が囲むように植えられており、敷地外との区切りとなっている。

 町長は車椅子姿でその裏庭に降りており、植えられた木の先を、じっと見つめていた。

「……報告に来ないな」

 そうつぶやく町長に対し、背後で車椅子を押さえている痩せ型の男は、やはり何も答えない。しかし、鋭い表情で同じ方向を見ていた。

「暗殺成功の報告なら、待っていても来ませんよ?」

「……! 誰だ?」

 若い男の声が聞こえ、慌てて首を聞こえてきた方向に動かす町長。

「君たちは……!」

 裏庭に入ってきたのは三人。
 背の高い赤毛の青年を先頭にし、みすぼらしい恰好をした亜麻色の髪の少年。そして白のタンクトップとカンフーパンツを着用し、長い黒髪を持つ格闘家風の少女。

「本日もお仕事、お疲れ様でございました」

 赤毛の青年は、町長から少し距離を取ったところまで来ると、そう言って軽く礼をした。
 その右隣に亜麻色の髪の少年、左隣には格闘家風の少女が立ち、横一列に並ぶ。

「ここは私個人の家ですよ。もし御用がありましたら明日庁舎にて――」
「町長、もうすべてわかっていますので演技しなくて大丈夫ですよ」
「……!」

 赤毛の青年が後ろに目で合図すると、三人の後ろからさらに、続々と帯剣した男性が現れた。
 その数、十二名。そのほとんどが程度の差はあれども肥満体型で、この町の人間であることを示していた。

「自警団に冒険者……」

 町長は顔をやや歪ませる。
 常に刻まれている眉間の皺が、さらに深くなった。

「我々のところに五人の暗殺者が来ました。全員縛って尋問させて頂きましたが、素直に『町長の命令で暗殺に来た』とおっしゃっていましたよ? あ、もちろん五人は殺さずに町のお役人のかたに引き渡しましたので。助命と引き換えに、今頃あなたのことを全部しゃべって下さっているでしょう。どうぞご心配なく」

 アランの説明。
 舌打ちが二つ、庭に響いた。
 町長と、その後ろの人物のものである。

「失敗したのか。使えない奴らだ」

 町長は口調を一変させ、そのように吐き捨てた。



 * * *



 シドウは、アランがしゃべっているのを半歩引いた位置で見守っていた。

 暗殺者五人からは話を聞いていたが、この場で町長の反応を見て、あらためて落胆した。
 やはりそうだったのか――と。

 思えば、不自然な点がまったくなかったわけではない。

 毎日治療所に見舞いに来るような熱心な町長が、町に起きている問題を放置していること。
 最も問題解決のために機能していなければならないはずの聖堂に、町から予算が配分されておらず、欠員も補充されないままになっていたということ。

 町長に問題を解決する意思があれば、そんなことにはならないはずだ。

「まったく、いい人に見せかけて大悪人だったとはねー」

 ティアが腰に手を当て、ため息をつく。

「ふふ。私は最初からわかっていました……町長に何かあるのではないかとね。なぜなら私は――」
「優れているからです? 気持ちわるっ。というかそれ嘘でしょ? そんなこと一言も言ってなかったじゃない」
「ふむ。バレては仕方ないですね」
「……」

 ティアは肩をすくめる。

「まー町長さん、このあとわたしたちの後ろにいる人たちに捕まって、めでたく牢にぶち込まれてちょうだい。あ、でもその前に、シドウから聞きたいことがあるそうよ?」

 ティアはシドウに話を振ってきた。
 町長は「シドウ? ああ、その少年の名だったな」とつぶやきながら、視線をスライドさせる。

 シドウは一歩前に出て、口を開いた。

「はい。町長さんが裏で何をされていたのかは五人から聞いているのですが、いったいなぜそのようなことをされてきたのかな? と思いまして」

 尋問した五人は、過去に聖堂のベテラン薬師暗殺にも関わっていたことを自白していた。そしてそれを指示したのも、この町長だったとのことだった。

 それも加味して考えれば、町長は問題解決のために何もする気がないというよりも、もっと強く、問題解決〝させてはならない〟という考えだったことになる。
 この町長がそこまでしなければならなかった動機が、シドウにはさっぱりわからなかったのだ。

「町長さんは足を失くされていますよね? ですと、いつもいろいろな方に生活の助けをしてもらっていると思います。そうなると、普段から他人の優しさに触れているわけですから、より他人にも優しくなれると思うんです。だから、こんなことをする動機ってないはずなので……。何か重い事情があったなら、それをお聞きしたいんです」

 町長は一瞬だけ「ほう」と言って口をすぼめると、下を向いた。
 そして…………

 笑い出した。

 徐々に上を向きながら、大きく、そしておぞましく笑った。
 静かな裏庭に、不気味に響く。

「町長さん?」
「足だ……その足なんだよ、シドウくん」
「え?」

「私は昔、冒険者だった」

 町長の表情には歪んだ笑みが浮かんだままだったが、目は少し遠くを見るように細まった。

「大魔王が討伐されて町が開放された当時は、私はまだ十代だった。政治家になる気などはなかったが、町にいる人間の中では占領以前の魔王軍との戦いで一番功があったから、皆に推挙される形で町長となったのだ」

 町長は続ける。

「町政は順調だった。だが町の解放後は魔王軍の搾取がなくなった影響で、大量の農産物や湖産物が余るようになった。その結果、町人が肥満だらけになったというのは知ってのとおりだ。私も例に漏れず太ってしまった」

「……」

「そして数年経ってから異変は起きた。皆やたらと小便の量が多くなり、やたらと喉が渇くようになっていった。さらにはケガをすると治りにくくなる症状が出始め、酷い者は手足が壊死し、切断に追い込まれていった。回復魔法も効かない、そして薬も効かない。皆その症状の正体がわからなかった。
 そこで私は町長として、『肥満が多いことと何か関係があるのではないか』と、聖堂の薬師に対し調査を依頼した。もちろん私はその道の知識などはない。ただのカンだった。結果的には正解だったのだがな」

 シドウは驚いた。カンであったとはいえ、この町長は奇病の原因について、自分と同じ推測に至っていたのだ。
 そして、今の町長の言い方から、その推測はどうやら正しかったようだ。

「しかし当時の薬師の連中は、町に対して『太っていても健康面の問題はない』という調査結果を出してきた。それどころか『太っていることは豊かさの象徴として好ましい』とすら言っていた。
 当然、専門家の見解であるからそれを尊重することになる。結局、奇妙な症状の原因は不明のまま、いたずらに年月が流れ、私も些細なケガをきっかけに両足を失うことになった」

「……」

「それが、去年……!」

 町長の語気が急に強くなった。

「薬師の連中が『新しいことがわかった』と、嬉々として研究結果を持ってきた。そこには『現在流行している奇病の原因はどうやら肥満が原因らしい』と書かれていた!」

「……!」

「何もかもが『今さら』だった! その研究結果が周知されれば、今五体満足の連中は今後足を失うことがなくなるだろう。だが、失われた私の足は生えてこない!
 こんな理不尽なことがあっていいのか!? この先の人間だけが救済される。すでに足を失った私は救済されない。一生自分の力では歩くことができない不自由な身のままだ!
 そして昔『問題はない』と言い放っていた無能な奴らは何の責任も取らず、それどころか、新しい事実を発見したことで功績をあげたかのような誇らしげな態度だった! こんなバカな話があるか!?
 私はそのとき思った……。この無能な奴らは絶対に殺さなければならない。そして研究結果は破棄し、この先も足を失った私の苦しみは共有されるべきである、とな」

 しゃべり終わった町長は、あらためて禍々しい笑みを浮かべながら、三人とその後ろの人間たちを眼光で舐め回した。

 すぐに言葉を発するものはいなかった。

 三人の後ろにいる自警団や冒険者たちもしばし固まり、町長宅の広い裏庭は静寂に包まれた。
 そのまましばらくの時が流れたが――。

「町長、あなたは間違っています」

 アランが、まるでこの場の人間を代表するかのように、ゆっくりと言った。

「何?」

「世界は、動いています。特に大魔王討伐後、そのスピードは速くなっているように思います」

 赤髪の青年は続ける。

「十年前の常識が今の非常識となっていても、それは決しておかしいことではないのです。
 技術的に及んでいなかったこと――それに対し当時の人間に罪を問うことはできません。ましてや、それを根に持ち、新しい発見を破棄して自身が受けた苦しみを共有しようとするなど愚の骨頂……。それは進歩を否定するということに他なりません」

「……」

「この広い世界のことですから、探せば同じような話はありますよ?
 例えば、剣術の訓練中は『汗をかいて疲れてしまうため水を飲んではいけない』とされ、師匠が弟子にそう厳命していた地域がかつて存在しました。当然、その教えのせいで脱水になり死亡した例もあったでしょう。今となっては、そんなことを言う師匠はいないと聞いていますが、まだ生きている当時の師匠たちに『責任を取って死ね』と言う人はいないでしょう。実際そんな訴訟が起きたという話は聞いたことがありません。
 皆、その時代の水準の中で生きています。それを過去にさかのぼって否定することなど、誰にもできないのです」

「君は、私に……不幸な者に、泣き寝入りしろと言うのか?」

「――不幸だって?」

 シドウは少し驚いて、横にいるアランの顔を見上げた。
 ここまで飄々(ひょうひょう)と喋っていた彼の言葉に、急に怒りが混じったように感じたからだ。

「あなたは自分の足を失った。それはあなたにとって、たしかに不幸なことだったのでしょう。
 しかしこの世界には、家族を、友人を、そして世話になった町の人たちを……周りのすべてを失った人間だっています。もし自分の足を犠牲にするだけで誰かが救えたなら、どんなに嬉しかったか――そう思う人間だっているのです。
 自分が足を失くしたから、他の人間も失くせ? 私から見れば、あなたは自分のことしか考えていない大バカ者です。今ここで黒焦げにして差し上げてもいいくらいだ」

 ――この人は、過去に何かあったのだろうか。
 急に尋常ならざる様子になったアランを見て、シドウはそう思った。

 当然ではあるが、シドウは足を失くしたことはない。なので、町長の苦しみというのがどの程度なのかを量ることができない。
 町長のしていることが許されないということはわかるが、自分に町長の気持ちを安易に否定する資格はないと思っていた。

 堂々と町長の考えを否定できるのは、町長の足喪失を上回る不幸を経験した人物のみ。あの赤毛の青年は、そうなのではないか――。

 あらためて、シドウは町長を見た。
 残念だが、アランの説教も響いているようには見えない。

(さか)しきことを」

 町長はまた眉間の皺を一層濃くし、眼を鋭く光らせた。

「言っておくが、私はここで捕まる気など更々ない」

 町長が背後の人物をチラリと見る。
 その背後の人物は、小型のオカリナのような笛を取り出すと、それを一吹きした。

 ガチャガチャという音が、背後にある家の方向から聞こえてくる。
 その音から、シドウは「もしや」と思ったが、やはり予想を裏切らないものが現れてしまった。

「……!」
「アンデッド、ですか……」
「え? どういうこと?」

 鎧や兜、盾を身に着けた動く白骨が、十体以上。

「動きが軽快そうですし、防具を使いこなしています。スケルトンファイターに区分されそうな上位種、ですね。シドウくん、ティアさん」

「はい、そのようですね」
「ええ? なんで、ここに出るの?」

 後ろにいる自警団、冒険者たちにも、驚きと恐怖によるざわつきが起こった。  
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