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kissはいつでも無責任!

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痛々しき出会いと変化

「じー……」
「えーと、こんにちは?」

 数十秒後。僕とヨハネ(?)とかいう女の子は未だに木の上から動かず、見つめあっていた。どちらかいえば彼女が俺を観察しているだけのような。

「一つだけ訊かせて。あなた……何者なの?」

 なんてことだ、ヤバそうな質問が飛んできてしまった。僕はここで確信した。この娘――中ニ病患者だ!

「に、人間です」
「嘘、ねぇ……そんなはずはないわ」
「ぇぇぇ」

 しかも答えてみたら通じなかった。どうすればいいんだ。昼休みが終る時間がおそらくかなり近くなってきているし、できればうまいこと解散したいのだが――

「むむむ……」

 彼女が凄い一生懸命な眼差しを向けて僕を観察……いや、もはや監察している。唸ってまでいるぞ。とても逃げられそうにない。

 こうなればやけくそだ。僕は恥を捨てて、話を合わせるべくキャラを演じることにした。ノーマルにやっていては彼女に通用しないので、テンションは痛々しい仕様で。

 僕はドスを効かせた声を心掛けつつ、頭に浮かんだセリフを綴るようにして言い放った。

「もういい埒が明かん……よくぞ只者でないと見抜いたな。そうだ、オレは人間などでは断じてない」
「っ、やっぱり……(ようや)く正体を告げる気になったのですね?」

 うわぁ辛い。何をやっているんだ僕は。ってヨハネさん、どうしてそこで緊張感溢れる顔つきで受け答えてきちゃってるんですか。余計精神にこたえるっての!

 自分の中の何かが崩れるのを実感したが、もうここまできたらやりきるしかない。僕は続々と意味不明な単語を紡いでいく。

「まあ、不本意だがなぁ……フフフフ……ハハハハハッッッ! 人間の姿は形代にすぎない。余は――異世界である“暗黒界(ディープ・ブラック・ワールド)”より遣わされた第一級魔剣士、ダークネスドレッドだ!」
「……」

 一応やりきった。そして二度とやりたくない。さて、誤魔化せたかどうか。僕はヨハネの様子を窺ってみる。

 ヨハネは俯いて押し黙っていた。そのため表情はよく認識できないが、ひょっとしたら……。

 ――――スベったか?!

 冷や汗が伝ってきた。患者の彼女に引かれたら、こちらの面目は丸潰れじゃ済まない。一生の黒歴史となる。

 と、ヨハネが顔を上げた。彼女はなんと――


 キラキラ目を輝かせていた。

「カッコイイ!!」
「え、待って」

 彼女はしゃぎだして、ずいっと僕の方に詰め寄ってきた。話を合わせることができたのはいいが、効果が大きすぎたらしい。……いい匂いがした。

「剣士って、ソードとか持ってる!?」
「いえ、えっと、あのですね」

 彼女が滅茶苦茶ご機嫌になってしまった。これでは距離を取るのがかえってさっきより難しい。というか、顔がどんどん近くなっている。流石に無いとは思うが、万が一のことがあったら大変だ。勢いあまって唇でも触れあえば、僕の能力にヨハネが侵されてしまう。

 一旦落ち着いてもらわねば。僕は必死に出任せを叫ぶ。

「は、離れろ! よ……余の周りにはダークマターが浮いているんだ、下手に接近していたら貴様はそれに当たって消し飛ぶぞ!!」
「な、なんですって!?」

 ――マジですか。すんなり信じちゃったよこの()。純粋かよ。

 ヨハネは真っ青になって、さっと後ろに退いた。

 が、それがいけなかった。二人同時に上っているので、木に安定して乗っていられる面積は既にだいぶ狭くなっていたのだ。つまりヨハネが飛び退いた先は――空中だった。

「えっ……!!?」

 浮遊感ゆえだろう、ヨハネが素っ頓狂な声をあげる。僕はその時には動いていた。足からならともかく、背中から落ちたなら助かるかどうかわからない。

「ヨハネ、掴まれっ!」

 恐怖のせいか、スローモーションのように全てがゆっくりになった気がした。ただ、考えている暇は皆無。ヨハネは確実に下降していく。僕は全身全霊の力で両手を伸ばす。

 ――くそっ……間に合えぇぇぇぇぇ!!






 次の瞬間、手に温かみ。

「ひぇぇ……」

 下を覗くと、泣きそうなヨハネが僕の右手を両の手でがっちり握ってぶら下がっていた。

「うお……よかったぁ」

 僕は安堵した。最悪の結末は免れたのだ……。




●○●○●○●




 その後木から下りて、

「大変な目に合わせてしまってごめんなさい!!」

 僕は盛大に土下座した。ヨハネはやめてと言ったが、そういう訳にはいかない。一歩間違えば大変なことになってたのだから。

「ホント、お願いだから顔上げて」
「……」

 見上げると困り果てたようなヨハネ。ますます罪悪感を抱いたが、渋々立ち上がる。彼女は僕が土下座をやめたのを確認して溜め息をつくと、ジトっとした目つきで睨んで咎めた。

「あなたは第一級の魔剣士なんでしょ? だったらもっとどーんとかまえてなさいよ!」
「ゑ?」

 目を丸くしざるを得なかった。まさかこんな部分を怒られるとは、そう思うぐらい説教の内容は拍子抜けなモノだったのである。しかし今度はその鋭い目を逸らすと――ヨハネはぼそっと呟いた。

「……けどあなた、さっき私のことヨハネ(・・・)って呼んだわよね。その……嬉しかった」
「はい?」

 一体どこに喜ぶ点があったのかわからず、眉を寄せる。ヨハネは瞳を微かに潤ませ、さらに小さな声で続けた。

「初対面で私をヨハネって呼んだ人、実はあなたが初めてだったの。ちょっとだけ運命感じたわ……」

 ――どくっ、と心臓が跳ねた。普通なら笑ってしまうような言い回しなのに、彼女がやけに可愛く見えたのだ。

「また、どこかで会えるかしら?」
「おっ……大袈裟だね。同じ学校の生徒なんだから、そのうちタイミングはあるだろうに」

 なんとか動揺を隠して僕は答える。するとヨハネは満足そうに「えへへ……」と笑った。なんなんだコレは、ちょっぴり甘酸っぱい。

「あ、次の時間は移動教室だったわ……急がなきゃ。またね!」
「……ん、またな」

 ポーッとしているうちに、ヨハネは嵐のように去っていった。走っていく彼女の後ろ姿を見送りながら、僕は考えを改めるのだった。

 ――案外浦の星(ここ)での生活、楽しくなるかも。 
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