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提督はBarにいる・外伝

作者:ごません
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みほちんNOW完結記念企画編
  美保鎮守府NOW-Side B- PART0

-西暦20XX年 沖ノ島海域 最深部-

「重巡から雷跡2!」

「躱して!」

 旗艦である金剛から指示が飛ぶ。誰かが放った雷撃注意の言葉に反応した形だ。私も回避しようとボロボロの身体を引き摺るように動かそうとする……が、全身が鉛の塊になってしまったように動かない。

 爆発、衝撃。全身に疾る引き千切れるんじゃないかと思う程の激痛と共に、主機が停止し、私を海上に立たせていた浮力が失われたのを実感した。

「嫌!嫌あぁ!加賀さん、加賀さんっ!」

 あぁ、赤城さんが泣き叫んでいる。そちらに手を伸ばそうとするが身体が言う事を聞かない。

『あぁ……これが轟沈する、という感覚なのね』

 話には、聞いていた。他の艦隊に所属の娘が沈んだ現場も幾度か目撃した。仲間の死に泣き叫ぶ者達も。しかしいざ自分がその立場になってみると、意外と落ち着き払っているのだなと思う。

『必ず還って来い、沈んでも必ずだ』

 夜戦に突入する前に“あの人”に言われた言葉が脳内にリフレインする。少しヤンチャな所があって、強面で……それでも誰よりも優しいあの人。今になって解った、私はあの人に惚れていたのだ。

 仕事の成果が出せず、追い詰められていたのを知っていた。だからこそ、多少無茶をしてでも助けたいと思った。そうして、無事に還って強めに怒られて、そして無事で良かったと言って欲しかった。抱き締めて欲しかった。しかしそれももう叶わぬ夢。


“もう一度、あの人に会いたいですかーー?”

 死ぬ間際の幻聴だろうか、脳内に聞き覚えの無い少女の声が響く。

“時間が無いんですよ、ちゃっちゃと選んで下さい”

 随分とせっかちな幻聴だ。しかし、あの人にもう一度会える物ならば、会いたい。

“どんな手段、結果、未来が待っていようとも、ですか?”

 どうせ死ぬ間際の脳が造り出した、都合のいい幻聴だ。どんな結果になろうとも、思いを伝えられなかったあの人にもう一度会えるのならば。私はこの身を捧げてすらいいと思える。

“そうですか、ならば助けて差し上げましょう”

 え?私の記憶は一旦、そこで途切れた。





 ぺしっ。ぺしぺし。ぺしぺしぺしぺし。顔を何か柔らかいモフモフした物が叩いている。うざったい、と払い除けようとすると、

「うにゃああぁ~っ!」

 え、猫?うっすらと目を開けると、白黒茶色の三毛猫がこちらの顔を覗き込んでいた。

「あ、目が覚めました~?」

 間の抜けた声が響く。先程頭に響いてきた声だ。声のした方に視線をやると、

「よ、妖精さん……?痛っ!」

「あぁ、そのままそのまま。起き上がらなくて良いですよー?」

 艦載機等に乗っているのと同じく二頭身の人型謎生物、妖精さんと良く似た姿をした少女が立っていた。しかし、私の知る妖精さんよりもずっと大きい。しかも、何故だか灰色のトラ猫の前足を持って、びろ~んと伸ばしている。

「あ、今私の事を妖精さんに似てるな~とか思ってますよね?」

 顔に出ていたのだろうか?普段はあまり感情の起伏が無い顔だと言われるのだが。

「それは違いますよ?寧ろ私に妖精さん達が似てるんです。言わば私がコピー元です」

「そんな貴女は一体……?」

 私がそう問い掛けると、少女は猫を抱えたままうんうんと唸り始めた。

「私の正体ですか?うーん、なんと説明してよいやら……。神、あるいは悪魔。エロシーン妨害担当とか、E0のラスボスとか色んな呼ばれ方するんですよねぇ、私」

 なんなんだ、この子は。

「まぁ、私の正体はどうでもいいでしょう?私の役割さえ理解していれば、ね」

「役割?」

「えぇそうです。ブルネイ第一鎮守府所属・正規空母『加賀』さん」

 ますます解らない。何故名乗りもしていない私の名前をこの子は知っているのか?そもそもここはどこなのか?私は先程まで戦っていて、敵の攻撃を受けて轟沈したはずだ。全身に残った傷と痛みがそれを事実だと告げている。

「私の役割は世界の均衡を保つ事。そして、滅び行く運命にある世界に介入してそれを回避する事です」

 少女がそう言うと、抱かれた猫が満足げにニャア、と鳴いた。

「さてさて加賀さん。貴女には今3つの選択肢が用意されています」

 少女がそう言うと、白亜の空間だった場所に3つの光の道が現れた。

「1つは、このまま轟沈するという現実を真摯に受け止め、再び別の艦娘へと転生する道」

 すると、1つの道の先にぼんやりとだが誰かのシルエットが見える。

「運が良ければ貴女の思い人の下へと戻れるかもしれない……が、その可能性はほぼゼロに近いです」

「2つ目は思い人への執念を断ち切らず、怨念へと変質させて深海棲艦へと転生する道」

 今度は先程とは違う道の先にどす黒いオーラが立ち込める。その先に見えるシルエットは確かに、深海棲艦の物だ。白い肌、黒い服装と艤装。ただ、その顔立ちやサイドテールが私に似ていると思ってしまった。

「貴女程の思いの強さがあれば、その辺のヲ級やヌ級には成らないでしょう。恐らくは姫級……しかも、未だ未発見の深海棲艦『空母棲姫』として」

 ゴクリ、と喉が鳴るのを感じる。ついさっきまで戦っていた相手だと言うのに……自分がその姿に生まれ変わるかも知れない、と言われた瞬間から目が離せない。それほどまでに感じる圧倒的な力。私の生まれ変わりとなるかもしれないその姿の彼女が、妖艶に私に微笑んだ。

 コノ チカラガ アレバ、アノ英国カブレカラ 提督ヲ 奪イ取ルコトガ デキルカモシレナイ?

 そんなどす黒い感情が、腹の底から沸き起こる。しかし、敵として対峙するのは私の本望ではない。私はあの人の側に、仲間として、恋人として寄り添いたいのだ。

「敵対しては意味がないわ。私はこの選択肢は選ばない」

「そうですか?この力があれば提督さんを独り占め出来るかもしれませんよ?」

「それでも、よ。あの人を手にかけてまで欲しいとは思わない」

 暫しの沈黙。やがて溜め息を吐いた少女は、パチンと指を鳴らして2つ目の道を消し去った。

「ま、そうですよねぇ。そういう貴女だからこそ私は選んだんですから」

 少女はニッコリと微笑むと、こう切り出した。

「加賀さん。異世界に行くつもりはありませんか?」




「……は?」

「ですから、今いるこの世界線とは別の世界に行く気はありませんか?と聞いているんです」

 私はあの人に再会したいと願っている。それなのに、別の世界に行けとはどういう事なのか?

「実はですねぇ、艦娘が生まれる予定だったのにそのフラグを悉く人間がへし折ってくれやがった世界がありましてぇ」

 要するに、こういう事らしい。

 この妖精もどき少女(仮)の仕事は世界のバランス調整と滅びを防ぐ事。その為にはどうしても艦娘の存在が必要な世界がある。偶然に生まれればそれでよし、だがその偶然が起こらない世界が出来てしまった。何度その為のお膳立てをしても上手く行かない。そこでこの少女は一計を案じ、瀕死の私をその世界に送り込んで現地の人間に発見させ、艦娘を生み出す大元になって欲しいと。そういう事らしい。

「もちろん、このミッションが成功した暁には私が責任を持って因果率をねじ曲げて2つの世界をくっ付けて再会の場を用意すると約束しましょう!」

「……それは100%保証されるのよね?」

「う、そ、それは……」

 少女は明らかに狼狽え、目が泳いでいる。それはもう物凄い勢いで……バタフライしてそうな位の勢いで。

「えぇと、あの提督さんが特異点ですから……それを計算に入れての成功確率は、約30%です」

 3回に1回は失敗し、あの人に会えない。しかしもう1つの道は天文学的数字の確率の低さらしい。どちらをとるか?答えは明白だ。

「行くわ、その異世界とやらに」

「いいんですか?3割ですよ3割」

「けれど、もうひとつの可能性はゼロに等しいんでしょ?なら、私は少しでも可能性の高い方に賭けるわ」

「……そうですか、では。この光の道を真っ直ぐ進んで下さい。その先の突き当たりで異世界に転送します」

 と、少女は私の腰の辺りに触れると、身体の中からぽわりと光の玉のような物が抜き出された。

「それは?」

「通行料です。貴女に宿る艦魂(ふなだま)の一部ですね。これで貴女は艦娘としての能力を失いますが、艦娘建造のデータを取る位には問題ない筈なので」

 では、あの人に会う時には私は普通の女性として会う事になるのか。今度こそ、あの人に思いを告げられるのだろうか?そして、あの人は受け入れてくれるのだろうか?

「さぁ、進んで下さい」

 言われるがまま、私は歩き出した。大怪我をしているというのに、その足取りは軽い。少し歩いただけで、突き当たりに着いてしまった。


「……あ、そうだ」

 唐突に、何かを思い出したかのように少女が口を開く。

「私の一番多く呼ばれている名前をお教えします」

「『妖怪猫吊るし』。そう呼ぶ提督さんは多いですよ。そして加賀さん、ここでの記憶は消えるハズですが……わたしを恨まないで下さいね?」

 は?それはどういう意味なのか、と聞く前にその答えは現れた……………私の足下に。



 スコーンと抜けた床板(らしき物)。何の抵抗もなく落とされる感覚。気持ち悪い浮遊感。ヒモなしバンジーとかボッシュートというレベルじゃない。パラシュート無しのスカイダイビング。今置かれている状況はそれだった。そして海面が見えてきて叩き付けられた瞬間、私は二度目の死を覚悟しつつ、意識を手放した。

「ふぅ……」

 あー疲れたー、とでも言いたげな顔で額の汗を拭う、妖怪猫吊るし。

「さてと、これで世界線の矛盾は解消され……ん?あれ、こっちの世界でもさっきの加賀さん出てくるじゃんよ~。どうすんのコレ」

 モニターらしき物を眺めてぼやく猫吊るし。ふと、その右手には先程抜き取った加賀の艦魂の残滓。

「こ れ だ !」

 猫吊るしはパソコンのキーボードらしき物を操作してモニターの映す場面を切り替えていく。映し出されたのは加賀が沈んだ直後の沖ノ島海域。海面には、白ペンキで『カ』の文字が書かれた飛行甲板が浮いていた。

「よし、これに艦魂の残滓を注入して、因果率を操作……艦娘の復活を研究している学者?調度良いね。偶然を装って加賀の飛行甲板を回収させ、研究材料として提供させる。そして、艦魂と甲板に付着した血液から見事にさっきの加賀の生き写しが完成~!と」

 パチパチパチパチ、と独り寂しくモニターに向かって拍手をする猫吊るし。

「でもまぁ、所詮は魂の残り滓。どんな変質するかなんて私にも解らないけどね……まぁ、あの特異点の塊みたいな提督さんなら自力でなんとかするっしょ!」

 アハハハハハー、と気楽に嗤う猫吊るしの声が響く。神の気紛れや悪戯等という物は、こうして案外身近で適当に引き起こされているのかも知れない……

 
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