じゃんじゃん火
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第一章
じゃんじゃん火
奈良の柳本に住む五兵衛はある日だ、女房のおかねにこんなことを言った。
「最近聞いたんやけどな」
「何を聞いてん」
「いや、じゃんじゃん火っていうお化けのことや」
家で赤子の面倒を見ている女房の丸い顔を見つつ言った、赤子の顔は女房のそれとは違って五兵衛の細長い顔で太い眉を持っていて唇は厚い。女ではなく男でよかったと思う顔だと生まれた時に言ったものだ。
「それ出るらしいな」
「何処に出るねん」
「今の季節で雨が近い夜にや」
つまり夏にというのだ。
「近所のお城の跡にほいほいって声をかけたらや」
「出て来るかいな」
「鬼火みたいなのがな、それでや」
「あんたひょっとして」
「ちょっと見てみよかって思てんねん」
こう女房に言うのだった。
「出してみてな」
「止めた方がええで」
おかねは夫の話を聞いてすぐに言った。
「お化け出して見るとかな」
「あかんか?」
「後でよおないこと起こるで」
「そやろか」
「そや、それよりも近所に何か凄いお婆さんおるらしいやん」
「ああ、何かおるらしいな」
「そのお婆さんとこ行ってきたらどや?」
こう夫に言うのだった。
「お産と疱瘡にご利益あるらしいし」
「その二つにか」
「うちもこの子産んだけど」
その赤子を見て言う。
「やっぱり大変やしな」
「おなごの大仕事やな」
「命賭けたな」
まさにというのだ。
「それやさかい」
「それにご利益あるならか」
「他にも色々ご利益あるさかい」
「お化け出すよりもか」
「そのお婆さんとこ行ってきたらどや?」
「そやな」
少し考えてだ、五兵衛はおかねに応えた。随分と考える顔になって。
しかしだ、それでも彼は言った。
「いや、しかしな」
「お化け見に行くんやな」
「出し方聞いたさかいな」
それならばというのだ。
「ここはや」
「お化け出してみてか」
「見てきてな」
「それでどんなのかうちに話するんやな」
「そうしてくるわ」
「それで何もなかったらええな」
「ないやろ、多分」
五兵衛は至って能天気な感じで女房に応えた、そうして縄を作りつつこうも言った。
「別に」
「お化け出してもか」
「多分な」
「そう言えるのは何でや」
「何となくや」
つまり根拠は何もないというのだ。
「思ってるだけやけどな」
「それが一番危ないで」
「まあ出し方わかってて見た人がおるからな」
「見て死んだ人はおらん」
「そやろ、まあ大丈夫やで」
「そやったらええけど」
おかねはまだ心配そうだった、だが。
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