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To Heart 赤い目

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赤い目

To Heart 赤い目

 今日もいつもの朝が始まり、いつもの行事が行われる。
 ピンポーン
「ひろゆきちゃ~ん」
 ピンポンピンポーン
「起きて~~」
 ピポピポピポーン
 今朝も恒例の行事が、つつがなく執り行われていた。
「ひろゆきちゃ~ん」
 ガラッ!
「その呼び方は止めろっ」
「だって、ひろゆきちゃん起きて来ないんだもん」
 窓越しに朝の挨拶が交わされ、爽やかな1日が始まろうとしていた。今までと違うのは、浩之が別の女と結ばれた後であること。
(あれが、神岸…あかりさん)
 その時、赤い目があかりを見つめると、周囲の感触が一変した。
 チュチュチュチュンッ! カアッカアッカアッカアッ!
 家の周りのスズメ達が全て飛び去り、カラスも騒ぎ始める。
「キャッ、な? 何なのっ」
「何だ? 先輩が来てるのか?」
 また芹香が何かしたのかと、窓から辺りを見回す浩之だったが、セバスチャンの運転するリムジンは見当たらなかった。
「ははっ、まさかな…」
 来栖川のお嬢様が、朝早くからこんな場所にいるはずも無いので、変な考えを頭から追い出す。 それに黒魔術とは言え、芹香の使う術に、こんな陰惨なイメージは無かった。
「何だか怖い、ひろゆきちゃん、早く行こうよ」
「ああ」
 怯えた声を出すあかりに急かされ、着替えを済ませ、足早に階段を駆け下りる浩之。
「おう、待たせたな」
 何事も無かったように挨拶するが、さっきの状況が気にはなってはいた。 
「どうしたのかしら」
「地震でもあるんじゃないか?」
「ええっ!」
「ふっ、相変わらず、あかりは臆病だな」
「もうっ、ひろゆきちゃんったら、いつもそうなんだから」
 いつもの二人が、いつもの通学路を駆けていく光景、赤い目はそれをどこまでも追っていた。
(そんな… 毎朝一緒に登校してるなんて、まるで恋人同士……)
 チュチュンッ! カアッ! カアッ! カアッ!
 辺りの空気が弾ける感触に、その場から動けないスズメ達と、一際高く鳴いて、逃げるように飛び去るカラス達。
(…許さない)
 赤い瞳の奥に、嫉妬の炎が燃え上がった。

「ハア、ハアッ、何とか間に合ったな」
 校門をくぐり、校庭を歩いていると、玄関前に立っていた人待ち顔の芹香を見つけ、声をかける。
「あれ、先輩、どうしたんだ? えっ?「マルチを見ませんでしたか」だって?」
 コクコク
 相変わらず「ゴン太君方式」で喋る芹香、この混雑した状況で、何故あの声が聞こえるかは謎であった。
(ひろゆきちゃん、どうしてあの人の声が聞こえるんだろう? まさか愛の奇跡!)
 一人で勘違いして極限状態に陥るあかりは目に入らず、芹香と話を続ける。
「マルチって、もうテストは終わって帰ったんだろ。 え?「そうなのですが、新しいパーソナルデータを入れて、別の場所にテストに行ったまま、帰って来なくなりました」だって?」
 コクコク
「そうか… まあ、あいつの事だから、道に迷って帰れなくなったとか」
 帰り道が分からず、道に迷って犬や猫と一緒に暮らしているマルチの姿が見えるような気がした浩之。
(あいつならありえる…)
 フルフルッ
「違うって、「GPSがあるので、道には迷いません」だって?」
 コクコク
 例えGPS内蔵でも、使い方がわからず迷いそうなマルチ。
「じゃあ、病気のお年寄りでも見付けて、そのまま家に運んで看病してたら帰れなくなったとか」
 コクコク
 一人暮らしのお爺さんやお婆さんをおぶって帰り、世話をしているマルチの姿も想像できた。

 浩之想像中…
「いつもすまないねえ」
「それは言わない約束ですぅ」
 パリンッ、ガシャーン!
「はわわ~~、おかゆがっ、おかゆがぁ~~」
 土鍋をひっくり返したり、巨大せんべいのように、カチカチに焼き上げているマルチの姿も、簡単に想像出来た…

「よけい怪我させたり、逆に面倒見て貰ってるんじゃあ… え?「それなら居場所がわかるので、病院に送ってマルチは連れて帰ります」だって?」
 コクコク
「じゃあ悪い奴に騙されて、人助けだと勘違いして食い逃げでも…」
 どこかの悪人と一緒に、タイヤキを食い逃げしているマルチの姿も浮かんだ。
 フルフルッ
「え?「作品とメーカーが違います」って? ああ、そうだな、あいつに限って悪事を働くとは思えんし、悪人でも身の上話でも聞いて、最後には改心させそうだな」
 コクコク
「じゃあ、さらわれてどこかに売られちまったんじゃあ…」
 パーツ取りされて、残りは100グラム98円ぐらいで切り売りされている、哀れなマルチの姿も浮かんだ。
 フルフルッ
「え、「それも違います」って? 「豚バラ肉よりは高いです」って?」
 フルフルフルッ!
「ああ、ごめんごめん、説明が長すぎて飽きられるんじゃないかと思って、ついバリエーションを。 「充電はしているようなので、どこかで生きています」だって?」
 コクコク
 来栖川の中でも、芹香と長瀬博士だけは、マルチを「生きている」と認識していた。
「ったく、先輩にまで心配かけやがって、どこをほっつき歩いてるんだ、あいつは? でもどうして先輩がマルチの事を知ってるんだ? もしかして、何かしたんじゃあ…?」
 ……コクリ
 その表情だけで、何があったか分かってしまう、哀れな浩之だった。

「まさか、魔法をかけて魂を宿らせたとか、命を与えたとか… え?「魂は元から宿っていたので、願い事が叶うように、「うぐぅ」と「あう~~」の魔法をかけてあげました」だって」
 コクコク
 それはきっと、人間になって浩之に会いに行く代償に、声が出なくなるとか、思いが遂げられなかった時は泡になって消えてしまうような魔法かも知れない。
「え?「マルチはきっと貴方のいる場所に現れるので、周りを監視させて頂いてよろしいですか」だって?」
 コクコク
「ああ、俺はいいよ、何なら先輩に監視してて欲しいな」
 ポッ
 顔を赤らめ、下を向いてしまう芹香。
(うっ、かわいいっ)

「あーーっ! 何朝から女の子口説いてんのよ、あんたはっ!」
 ガスッ!
 背後からの志保の攻撃を防ぎながら、芹香の言葉だけは聞き続ける。
「え?「私は口説かれていたのですか?」って先輩(ポッ)
 ポッ!
 さらに赤くなって下を向く芹香。
「まだやるかっ! それにこの人、来栖川のお嬢様じゃないのっ! 何身分違いな事してんのよっ!」
 志保の言葉を聞いて、シュンとしてしまう芹香。
「このバカ野郎、先輩が大人しくなっちまったじゃないか、謝れっ!」
 どの状況を大人しいと言うのか不明だったが、浩之的に今の芹香は大人しく見えるらしい。
「イーー! だっ」
 浩之に向かって歯をむき出し、嫌な顔をする志保を見て、まるでス*ィーブンセガールのように後ろを取り、首を真後ろに捻ってやる。
 ボキュッ!
「ぐはっ!」
 志保は浩之の朝の挨拶で、一瞬にして絶命… もとい、大人しくなった。
「なっ、何すんのよっ! 痛いわねえ」
 ギャグキャラなので、例え首が回転しても死なない志保。
「すいません先輩、このやかましいのは、俺の幼馴染で志保って言うんですよ。 悪気は無いらしいんですけど、昔からこの調子で、誰からも嫌われる奴なんです、ぜひ嫌ってやって下さい」
「何よっ!こんな時は「仲良くしてやって下さい」が普通でしょ」
「おまえは普通じゃないから、それでいいんだっ」
 ギャー! ギャーギャー!
 二人が争っている間、芹香がポツリとつぶやいた。
「え?「お二人共、とても仲がよろしいのですね」だって? そんな、こいつとは昔から会うと喧嘩ばかりで」
(チッ! 18禁パートでも、ボツ絵に立ち絵の顔だけ貼り付けたみたいな「アイコラ写真」程度の扱いだったくせに、お前なんか顔と体のサイズすら合わせて貰えなかったんだよ)
 とても失礼な事を考えていると、その思いは志保にも伝わった。
(フンッ! アニメでやっと顔が出たと思ったら、ヌボーーっとしたオッサンだったくせに。 恋愛ドラマって顔じゃないのよ、大食い大会でも出てなさいっつーのっ!)
 キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン、キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン
 不毛な争いをしているうちに、始業の鐘が鳴り、やがて下らない授業も終わった。

 放課後…
「はっ! はっ! はっ!」
 神社の境内で鍛錬する葵。 いつの間にか、エクストリーム同好会のメンバーは少し増えていた。
「なあ、どうしてお前がここにいるんだ? 坂下」
「フッ、知れた事を、空手は私闘を禁じられている。 私はそれを破って葵と戦った。 道場をやめ、空手部を退部したのは私のけじめだ」
「あれは試合だ、道場は無いけど、ここは練習場だし、ちゃんとルールに従ってやった試合だ」
「だとしても、他流試合も禁止されている、私闘と何ら変わりは無い」
「それは分かった、だからどうしてここにいるのか聞いてるんだ」
「聞くまでも無い。 私は綾香に敗れ、また葵にも敗れた。 空手部で目指すものの無いまま、同好の士が集まっても何も得る物など無い、だから私はここにいる」
「ここ… 同好会だぞ」
「……それを言うな」
 少し顔を赤らめ、向こうを向いてしまう坂下。
「ほらっ、そこ、手が止まってるわよ」
(お前もだ… 綾香)
 校外とは言え、何故か寺女の制服を着た女が二人。
「エイッ! ヤアッ!」
(セリオって鍛えても意味無いと思うんだけど、やっぱり言ったら殺されるのか?)
 綾香には「どうしてここにいる」と聞く前に倒され、地べたを這い、石畳にキスしていた浩之。
「お前らは、もっといい場所でトレーニングすればいいだろ」
「違うわ、設備が整った場所で、お抱えのドクターが健康管理してるなんて、鍛錬じゃ無いのよ。 そう…(遠い目)身も凍るような雪山で、自分で大木を切り倒して、斧で割って暖を取ったり…」
 もう目付きが変になって、遠くを見つめている綾香。
「そうですよね、やっぱり特訓って言えば…(遠い目)足の甲だけで棒にぶら下がって、足の裏に置かれた湯飲みを、中のお茶をこぼさないように、腹筋だけで起き上がって取ったり、そこでまた頭の上に湯のみを置かれたり、ふふっ」
 笑っていても、目付きは危ない葵。
(こいつら、実はマゾだな…)
「そう、それで、監視の車が付いて来れないような、腰まで埋まる雪の中を駆け上って、山の頂上で「ドラ~~クォ~~!」って叫ぶのが特訓なのよっ!」
 仁王立ちになって涙ぐむ綾香、きっと書記長閣下の前で戦って、共産主義の人と友情を芽生えさせたりするらしい。
「ええ、壁と壁の間を手と足だけで登ったり、指だけでクルミを砕けるまで… うふふっ」
 こちらも、すっかり目がイッちゃってる葵ちゃん。
(強くなる為の基本はこれかっ、これなのかっ)
 訓練の為なら、苦しい状況に置かれて、自分を苛め抜くのが快感らしい。 それからは葵ちゃんに、「強くなる為」と称して、荒縄でしばり上げたり、ローソクや木馬で責め立てようと画策するようになった浩之だった。

「よーし、そこまでっ」
 夕暮れの境内で、鍛錬が終わって、サンドバッグを片付ける逞しい女達。 そこで、神社の階段を何かが登って来た。
「ひろゆきさん…」
 クゥ クゥ クゥッ! カアッ カアッ カアッ!
 周囲の異様な雰囲気に、境内の鳩やカラス達が、慌てて飛び去って行く。
「何だ? 今朝と同じじゃないか」
 第六感の無い素人の浩之でも、今の異様な感触には気が付いた。 そして武道を極めた者達には、当然のようにこの殺気を感じ取る事ができた。
「綾香さんっ」
「ええ、来たわね」
 来栖川から監視のために来ていたのか、浩之を守るためにいたのか、綾香達も身構える。
「おい、あれって?」
「ひろゆきさ~~~ん」
 異様なオーラを纏い、石段を登って来たのはマルチだった。 制服も知らない学校の物を着て、笑顔も、人間らしい表情も何も無く、赤い目だけを光らせていた。
「マルチサン、ヤハリアナタデシタカ」
「許さない…」
 構えを取ると人工筋肉が引き締まり、マルチの駆動音が大きくなった。
 キュウウンッ!!
 奇妙な姿勢から飛び上がると、人とは違う動きで葵に襲い掛かるマルチ。 関節の位置は人間と同じだったが、掛けられるトルク、耐久力は人外の物で、普通の人間なら動きを追う事すら出来なかった。
「ハッ!」
 空中でセリオが迎撃し、マルチを叩き落としたが、制服以外にダメージが及ばず、境内に落ちたマルチは人外の動きで正立姿勢に戻り、首を180渡回転させて三体の敵と要救助者(浩之)を確認して戦闘態勢に入った。
「何してるんだよっ? マルチッ! 正気にもどれっ!」
 浩之的には人間らしく、無能なロボットがマルチだったが、本来の性能を引き出されている機械は、葵や綾香の急所を正確に狙って攻撃を始めた。
「おいっ、ロボット三原則とか、どうなってるんだ?」
「そんなの簡単に書き換えられるのよっ、誰かさんの手でね」
「ええっ?」
 マルチの意思ではなく、別の人物によってプログラムを書き換えられてしまっているようで、人を襲い、急所を攻撃するのに何の躊躇いも持たない殺人機械。
「あれ? もうバレちゃいましたか? 来栖川さん」
 マルチに続いて神社の階段を登って来た人物、その少女も赤い目を輝かせていた。
「誰だ、お前?」
 坂下も知らない少女は、格闘家たちを恐れもせず、境内に立った。
「始めまして、でしたか?」
 神社の周囲では、何かの機械音が蠢いていた。
 
 

 
後書き
読者数水増しや自己評価自演何でもありの他所と違い、読者数が少ないこちらでもkanonの感想をいただき、これもリクエストがありましたので一応継続してみます。 
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